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【小話】本日こそは仕事日和【更新】

 青に白の電飾が目に優しくない。辺りは腕を組んで歩くカップルや、肩を組んで騒ぐ若者グループ、脳内ではこの後の計画を組み立てているのだろう、軽やかな足取りで通り過ぎるスーツの群れやらで混雑している。書棚に並べた、『一生に一度は行きたい世界の名所シリーズ』の写真集が思い出される。この喧噪が写真集に載るとしたら、『できれば遠慮させて頂きたい雑踏ベスト三』には入るだろう。消し飛んでほしいとまでは思わない。こんなにも世間の幸せ幸せ幸せムードが色濃く漂っていると感じる日は、一年を通してそれほどない。寒空の下、輝く人々の横顔を眺めているだけで、心が寒くなる。掌を自分の呼気で温めることに戸惑いを感じて、上着のポケットに手を突っ込んだ。

「……一体誰だ。こんな日に、こんな所に呼び出しやがって。」

 一番怪しいと踏んでいたしろは、炬燵でよだれを垂らして眠っていた。次に黒幕度の高いゆりは、カタカナの行事に興味はないのか、いつも通り、書棚の上で本を読んでいた。「寒くねぇのか」と尋ねても、「私は黒蝶堂の憑者だから」と答えるばかりで、会話を噛み合わせようという気が微塵もうかがえない。「面白いことなど、この世に一つもないのだけれど、あなたは何か知ってる?」とでも言いたげな表情だった。眺めていても頁をめくる以外は変化のない彼女に指摘され、約束の時間が近づいていたことに気が付いた。慌ててマフラーを巻き、上着を羽織って出てきた。だからコートの下は、いつもの仕事着だ。
 それから一時間半が経とうとしている。一週間前、ポストに投函されていた一枚のメモに従って、今日という日にここに居る。待ち人は来ているが、呼び出し人はこない。客観的に見れば、そんな感じか。白い息を吐く。すると隣から、似たような呼吸が聞こえた。ちらりと視線をやる。そこにはダッフルコートにニット帽にマフラーに手袋にブーツと、フル装備の年若い男が立っていて、冷気で頬を赤く染めていた。なんとなく親近感を覚えていると、目が合ってしまった。訪れた沈黙が息苦しく、慣れない愛想笑いを浮かべてみる。すると、彼もぎこちない会釈を返してきた。ここはひとつ、世間話でもした方がいいのか?しかし初めて会った人間に一体何の話題を提供すればいいんだ?こんなことで悩むくらいなら、しろでも連れてくるんだった。ぐるぐるぐるぐると思考が回っていくのがわかる。すると彼が「寒いですね」と話しかけてきた。

「……確かに、寒いっスね。」

「僕なんて今日のために張り切って色々と新調してきちゃったから、懐も寒くって。」

 なるほど。彼の重装備が景色から浮いて見えるのは、そういう訳だったのか。なんとなくではあるが、顔と馴染んでいない印象を受ける。そう、「お店の人に勧められるがまま買っちゃって」との、彼の言葉通りだ。

「……大変っスね。」

話をするよりも、話を合わせる方が吉か。助かったと、胸をなでおろす。彼は眉尻を下げて言う。

「自然な感じで来いって言われたんですけど、何が自然なのかわからなくって。先輩の仕事の手伝いなんですけどね。」

「仕事なんスか?」

「失礼のない服で来いよ、って言われてて」

「……大変っスね。」

「二度目ですよ、それ。」

彼は先程よりも自然に顔を綻ばせた。実直な、田舎の青年然とした笑みだ。「今、自然っスよ」と指摘してみれば、「そうですか!嬉しいな」と、今度は悪童のようにヒヒヒっと笑った。「そろそろ時間だ。行かなくちゃ」と、彼は駅の大時計を見上げて言った。

「ところでお兄さん。何か欲しいものはないですか?」

「話し相手になってくれたお礼に」と、彼はテレビで見るホストのように、空中にハートが生み出せそうなウインクをかましてきた。
「……いや、そんな別に」「今夜の仕事がうまくいくように、願掛けの意味も込めて」「んな急に言われても」申し出はありがたく、待たせては悪いとはわかっていながらも、咄嗟には思いつかない。

「じゃあ決まったら、これを軒下に掛けてください。」

彼は買ったばかりと言っていたニットの帽子を脱ぎ、

「必ず行くよ。必ず決めてね。」

雪に凍った路面を恐れるそぶりもなく、後ろ手を振りながら走り去っていった。

 「……どういうことだよ。」

 自分の手元には、目深にかぶらされた帽子が残った。


途中、怪しげな客引きに遭いそうになりながらも、もう少し待つかと粘っていたら、横からスネを蹴られた。

「痛ぇ!」

「いつまでこんなところに居るつもりなんですか?」

そこには数時間前、炬燵で眠っていた同居人が居た。

「……仕事の話だったら悪いだろ。」

「今日こんな時間まで仕事をするのは、世界中でもサンタさんだけですよ。」

「……お前は少しくらい、世界の経済事情を勉強した方がいいと思うぜ?」

「あれ?その帽子どうしたんですか?」

出かけるときはかぶってませんでしたよねと、彼は帽子を自分の頭にかぶせた。「いい毛糸を使ってますね」と素材についてコメントしている。質がいいものはいいですねと、わかったように頷いた。
その時、

「ねぇ。」

背後から呼びかけられ、その冷たい声に背筋が冷えた。

「ゆり、来てたのか。」

振り返ると、もう一人の同居人が立っていた。外で彼女の姿を見るのは珍しい。童女の着物姿は普段なら目立つが、今日に限っては行事特有の浮つき具合に紛れ、悪目立ちも見世物じみてもいないようだ。ただ、膝小僧が寒そうではある。しろがくしゃみを一つ、周囲が振り返るくらい盛大にした。

「帰るわよ。」

「……帰るか。」

自分を呼び出したあのメモは何だったのか。少しだけ考えて、くしゃみが出た。なぜか、体が冷えていることに疎くなっていたようだ。温かい珈琲でも飲みたい気分だ。帽子のことは後で、こいつらに相談してみよう。

【了】

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【小話】赤青の勝負【更新】

「ちょっと頼まれてくれませんか?」

同居人は堂長席でぼうとしているはちの前にずいと進み出て、あれとこれとそれと、と、指を折り始めた。

「・・・ちょっとまて、買い物か?」

はちの問いに、同居人・しろは頷く。はちは、不信感を抱いた。黒川家の家事一切は過去の諸事情により、同居人・しろに一任されており、掃除、洗濯はもとより、買い物もその中に含まれているはずだ。

だが、しろはにこやかに、爽やかに断言する。

「はち、暇そうですから。」

「・・・悪かったな。」

「たまには気分転換に、外出したら如何?」

書棚の上から降ってきた言葉に、はちは「あぁ」と得心する。おおよそ、ゆりがしろに助言したのだろう。「入れ知恵」といってもいいかも知れない。だが、少女の言葉に逆らって、今までよい結果が残せたことがあろうか。いや、ない。

「・・・わかった、行ってくる。」

机の片づけをそこそこに、はちは指折られた食品や日用品を思い出しながら渡された財布を懐にしまい、買い物へと向かった。



帰宅したはちの手には、買い物の成果が2つのビニール袋となってあらわれていた。
その中身を全てあらためたしろは、

「牛乳とかお豆腐とか、なにか白いものが無いと僕の白さが保てません!」

と、唇をわなわなと震わせて、青い瞳を揺らした。

「・・・消しゴムでも食ってればいいだろ。」

はちは堂長席で、しろの冗句に適当に応じつつ、メモでも取っていけばよかったなとコメカミを指で掻いた。

数時間前、入店した瞬間、何を買えばよかったのか、すっかり頭から抜け落ちてしまったのだ。あれやこれやと思いだす努力はしてみたのだが、頭は痛くなる一方で、一度しか聞いていなかったおつかいの内容を完璧に思い出すのは不可能であった。



後日。

「少し頼まれてくれないかしら?」

昼時、はちとしろがお茶を飲んでいるとき、ゆりが割って入ってきた。彼女が頼んできたのは、細々とした物の購入であった。あれとこれとそれと、と、語る彼女にデジャブを覚えるはちは、慌てて引き出しを開け、紙とペンを取り出す。ペンを走らせ終わると、「これで全部だな」と彼女に内容を見せ、確認をとった。彼女は「いいわ」と許可を出し、黒蝶堂を出て行った。

すると隣に、屈伸をするしろの姿があった。彼は飄々とした風で

「はちには、任せていられませんからね!」

これまた爽やかに笑って見せた。彼はメモを取るはちを横目に、なんの下準備もせず、30項目以上の買い物に出かけようとしている。

「・・・なんだと?」

メモを手に、「お前には負けるわけにはいかねぇ、いや、負けるわけがねぇ」と、はちは眉間にしわを寄せた。

2人の視線がぶつかり、赤と青の火花が飛び散る。
彼らが黒蝶堂を飛び出たのは、ほぼ同時であった。



結果は、引き分けであった。
それぞれが完璧に、彼女の要望を満たす買い物を完了して黒蝶堂に帰ってきた。

はちは腕を組み、じいとしろを横目で見た。

「お前、実は、ひかえていたんだろ?」

「いいえ、ソラで覚えていたんです。」

「・・・覚えるのに、コツがあるのか?」

はちが言うと、しろは首を左右に振って、左手の人差し指を立て、「忘れないでください」と、はちの目を正面からじっと見つめ、大切そうに言葉を紡いだ。

「僕は、一度見たものは二度と忘れないんですよ。」

「・・・そんなことが」

「・・・これは、どういうことかしら?」

はちがしろの言葉に反応しようとしたその時、堂内の奥からゆりが歩いてきて言った。
どうやら先に帰っていたようだ。彼女は両者と、同じ物が二つずつ並ぶ机の上を確認し、

「貴方たちには、協力という言葉を知ってもらう必要があるのね。」

と、冷たい口調で言い放ち、飛び上がって、彼らの頭を書物の角で軽く小突いた。
彼らはそれぞれにうめき声を上げる。
が、彼女は涼しい顔で、机に向かった。机の上に広げられた、同一の2つを両手に掲げる。だんだんと彼女の瞳が赤く染まっていく。2つを胸の前で重ね合わせるようにする。すると、それらは一回り大きな、1つの物に合体したのであった。


【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】雨の日によんでいるのは【更新】

人が本屋に足を運び、書籍を買い求め、読みあさるのには人それぞれ、数々の理由があるだろう。

黒蝶堂堂長・黒川はちは、客人のいない堂内をざっと見渡し、目前の日誌に書くべき事を探す。表戸のガラス越しに見えるアーケードには、朝からしとしととやまない雨が打ち続けている。春の花も散ってしまっただろうかと思いを馳せ、そして、机に頬杖をつく。特段、感傷にふけるようなことでもない。それは毎年のことであり、来年も同じ事が繰り返されるのだから。それよりも今は、日誌を埋める事項の探索に頭を悩ませるのが先決であった。

「来年も今年と同じ事になるとは限らないわよ。」

「・・・だから、人の心を勝手に読むなっての。」

そもそも心を読むなんざ、非現実的なことだと、はちは声の方へ視線をやる。書棚の上には案の定、着物姿の少女・ゆりが座り、分厚い書物を膝の上に広げていた。背表紙が擦り切れていて、タイトルが判読できないそれに

「・・・一体、何の本を読んでるんだ?」

問いかけてみると、ゆりがさらりと答えを口にした。が、はちの耳には謎の呪文としか聞こえなかった。長い上に、聞き覚えのない専門用語が並んでいるようだ。何度聞いても答えは不明瞭で、おおよそ、「脳科学」の内容なのか?と推測できる程度であった。ゆりいわく、何十年も昔に発表された、当時の最先端論文だという。

「・・・一体、いつ使える知識なんだよ?」

「誰が読むんだ、そんな本は」と、はちは首を左右に振った。するとゆりはふわりと地上に降りてきて、その「なんちゃら科学読本」を棚へと戻した。

そのとき、雨音が一瞬大きくなった。気付けば、表戸が開かれていた。
入ってきた客人は傘を入り口に立てかけ、ふらふらと堂内を徘徊し始めた。はちは小声で挨拶をし、軽く会釈をする。後ろで扉が、ゆっくりと閉まる。そして堂長席の前、客人が書棚から引き出したのは、先ほどまでゆりが開いていた、数十年前の最新論文であった。それをパラパラとめくり、ぽんと閉じるとすぐに、客人は堂長席にいるはちの前に来て、「これをください」と請うてきたのだった。呆気にとられたはちであったが、すぐに古いレジスターを起動させ、会計を済ませた。「それでは」と言う客をつい引き留めてしまったのは、小さな違和感を拭いたかったからである。

「・・・あの、どうしてその本を?」

堂長からの焦ったような声音に、客は小首を傾げたが、すぐににこりと笑って言った。

「この子が私を呼んでいるような、そんな気がしたんだよね。」

「たまには雨の日に読書っていうのもいいかなと思って。それに、この本、なんとなく好い匂いがするから」と、2、3理由を述べた客は、機嫌よく黒蝶堂を後にした。

「・・・まったく、よくわかんねぇことってのはあるもんだな。」

本が人を呼ぶはずがないと、はちは日誌の書き出しをそう定めては、再度頬杖をついたのであった。

【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】本心と涙の話【更新】

「・・・欲しいモンを言ってもらえば準備するぜ?」

「だって、本当のことを言おうとすると、涙が出るんだ。」

「それは大変です!今すぐ僕の料理を食べて下さいね!」

なぜか、その日の昼食には客人の彼女を招待した。今日の献立は、しろの手打ちうどんだ。彼いわく、粉から作った方が完成品をゆでるだけよりも安上がり、らしい。経費の本当のところはよくわからないが。
あっという間にたいらげた彼女は、手を合わせ、

「ごちそうさまでした!」

来堂したときの青白い顔からは想像だにできなかった笑顔を弾けさせた。

「・・・で、欲しいモンはわかったのか?」

投げかけた問いに彼女はお茶をあおり、深呼吸を一つして、

「本当のことを言うのは勇気が必要だけど、言います。」

私が欲しいものは・・・



彼女の答えに、オレは向かいの弁当屋を指さした。



過ぎ去った後ろ姿に、呟かざるをえない。

「・・・まだ食うのかよ。」

「心は満たされたみたいでよかったですね。」

「正直が一番ですよ」と、にこにこする隣人に、オレはため息で応じてやった。

「・・・お前って本当に、イイ意味で前向きだよな。」

【了】


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】月兎画廊へのみちしるべ【更新】

画商を名乗る男が黒蝶堂を訪れたのは、午睡にふさわしい頃合であった。黒蝶堂は古書店ではあるが、先代堂長・黒川伊織の趣味の色合いが強かったおかげなのか、壁には様々な絵画や古文書が掛けられ、足下には積み上げられた古書の隣に、制作年代不詳の壷や瓶が所狭しと並んでいる。そんな内容がアダとなっているのか、対外的にも”全体的に古い物を扱う店”として認識されているらしく、時折、珍品を取り扱う”少々変わった”、もしくは、”うさんくさい”と表記するにふさわしい人物が訪れることがあった。

今回やってきた自称・商人が風呂敷から取り出したのは、額縁に納まる一枚の絵画であった。「すばらしいでしょう」と、薄墨で描かれた、月と兎をモチーフにしたそれを掲げて感嘆の声を上げる画商に、堂長である黒川はちは、

「・・・そうっスね。」

と、焦点の合わない瞳を、ばれない程度に右往左往させる。なにせ、絵の価値など皆目見当のつかない、ど素人なのである。絵そのものが漠然と美しいことに文句はないが、それ以上の感想を求められても正直言葉に詰まる、と言ったところであった。画商が

「訳あって手放したい、内密に。」

と続けるところに、不審感を覚えているところでもある。

ふと、軽く背中をつつかれる感覚に、はちは眉を寄せそちらを見やった。すると、なぜか神妙な顔つきの同居人が、口を素早く動かした。

「僕、行きたいところがあるんですが。」

「・・・便所なら、ついていかねぇぞ。」

「縁があると言えば、ありますけど。」

「・・・どういうことだ?」

小声でやりとりをする二人の様子を見ていた画商は、口元だけで笑った。

「また後日改めて参ります。お二人でご相談されたいこともありましょうから。」

と、鼻歌交じりに絵画を風呂敷に包んだ。



「本当に好い音だったんですよ!」

「ここの方が、ゆっくり話せると思って。」

彼女を見つけるのは、意外と簡単であった。「遭遇した」と言った方が、ニュアンスは近い。
はちの視野には細やかな装飾の施された天井が広がり、冷たい枕が、後頭部を冷やしていた。視線を横にやると、パイプ椅子にちょこんと座り、ギターを軽く鳴らすエレベーターガールがいた。

「・・・移送途中に、騒がれなかったのか?」

「私は見つけられない。普通の人間には。」

彼女はぼそぼそとつぶやき、寂しげな旋律を奏で、瞳を伏せる。水玉模様の大きめの帽子が、こてんと傾いた。

はちは思い出す。

彼女の名前は鹿々苑サヱ。鹿々苑百貨店の憑者を名乗る、恥ずかしがり屋を拗らせている少女だ。ゆりの話によれば彼女は、楽器を鳴らしていなければ喋ることもできない、耳を疑いたくなるような特異体質であるらしい。普段は、彼女の憑場である、この広い広い百貨店の中で清掃員に扮して掃除に励んでいるらしく、見つけるのは至難の業だ。

だが本日、彼女は入店してきた堂長達に気がつくとすぐに、その背後に回って・・・

――ここからは、目撃者Sの証言である。

「サヱちゃんの箒の柄がぽっこーんっとはちの後頭部にクリーンヒットしまして、はちは昏倒。僕がここまで運んできて差し上げたんですよ。」

「・・・ほかに、やり方があっただろうが。」

すると彼女は頬を染めた。

「だって、恥ずかしい。」

「・・・は?」

「でも堂長が来たと言うことは理由があるだろうし、でも、面と向かって話すなんて無理だし。」

洋風人形のようなナリの彼女は続ける。はちは思う。人前で箒を振り下ろす勇気があれば、一言声を掛けるくらい、どうということはないだろうに、と。深いため息が出た。

状況から察するに、意識を失った自分は百貨店内の医務室に運ばれたのだろう。色々と考えるのが面倒くさくなったはちは、早々に本題へと入ることにした。

「ここには画廊があったよな。」

彼女は頷く。はちはしろと視線を交わした。

先日、しろは画商が帰った後に言った。

「僕、あの絵画を見たことがあります。昔、伊織おじいちゃんとデパートに行ったとき、画廊に立ち寄りましたよね」と。

「・・・覚えてねぇな。」

「はちも一緒に居ましたよ!」

はちは上着の内ポケットから、写真を取り出して彼女に示した。どこからともなくベースの低い音が流れてきた。サヱは写真を手に、数秒固まった。
そして、

「・・・この子は、今どこに?」

「「「でーん!」」」と複数の音が重なり、吹き付ける向かい風のような重たい音圧が、はちとしろの顔面を襲った。彼らは目を右に左に移動させる。彼女の後ろに、彼女とそっくりの顔をした少女たちによって組織された額奏隊が並んでいた。ゆりいわく、彼女はこうやって、すぐに何かに紛れようとする癖があるそうな。緑色に光る彼女の瞳を前に、はちは頭が痛くなるのを感じていた。



サヱと別れ、黒蝶堂に戻った彼らを迎えたのは、黒蝶堂の憑者・ゆりであった。

「言うまでもないことだけど、商談に応じる必要はないわ。」

堂長席には、昔の新聞が広げられていた。その中央付近、今から20年前の記事に、はちは目を通す。記事の大きさから、あまり大きく取り上げられなかったようではあるが、その文面はまぎれもなく鹿々苑百貨店での窃盗事件についてであり、絵画の特徴を緻密に描写していた。
今回黒蝶堂に持ち込まれた絵画は、間違いなく、窃盗に遭った作品のようであった。

どうしたらいいかと頭を悩ませるはちを前に、ゆりは続ける。

「絵から引き抜けばいい事よ。」

「・・・引き抜くって言っても。」

「それを考えるのが堂長の仕事よ。」

どういう意味なんだと、居間に戻ったはちは天を仰いだ。お縄につきたくはないから、盗み返すことはできない。そもそも、今の画商の手に渡るまでにたくさんの人の手を介した可能性があるから、彼自身、元々が窃盗品だと知らないかも知れない。一方、サヱの様子を思い出すと、元の場所に戻してやりたい気がしなくもない。

「一休さんの虎の絵の話みたいに、外に出てくるのを待ちますか?」

「いや、あれは結局外に出すことができなくて天晴れって話だろ?」

シンクを磨いていたしろが居間にやってきた。その様子を見て、はちの頭にぼんやりとアイデアが浮かんだ。が、その素っ頓狂さに首を左右に振る。

「いいんじゃないの?」

その考えに同意をしたのは、はちの心を読んだゆりであった。はちは言う。

「・・・勝手に心を読むんじゃねぇっての。」



月兎飛び跳ねる深夜の草原が、堂長席に広がった。目の前の椅子には、いつぞやの画商がにこにこと座っている。はちは一言断りを入れ、あらかじめ用意していた、水の張ったバケツを足下に置いた。何の変哲もない、普通の水道水だ。それに絵をかざす。とたん、にこにこしていた画商が怪訝そうに、眉をひそめた。

思いついたのは、シンクに映る反転した食器の絵柄を見たのがきっかけだ。絵画そのものをどうこうするのではなく、中身をどうかすればいいのではないか。そして用意したのが、絵が全て映るような水面を持つ、バケツであった。うまくいくかはわからない。ばかばかしいとは思いつつも、やってみる価値はありそうだった。ゆりの言葉が、後押しとなっていた。

絵を水にかざしてしばらくすると、それはゆっくりと、うっすら墨をひくように水に吸い込まれていった。画商は目を丸くする。実は、はちも同じ気持ちだ。だが、それを表情には出さないようにし、今度はその水を上質な紙に薄く流し入れる。すると、元通りの絵がそこに完成した。

はちは、できるだけ威厳の出るような声音で語る。
誤って、「・・・ありえねぇ」と言ってしまわないように。

「・・・元の位置に、戻した方がいいんじゃないんスかね?」

「いやあ、さすが黒蝶堂さんだ。脱帽いたしました。」

画商は笑って、カラになった額縁を風呂敷に包んだ。その頭上、指を宙でくるりと回す、書棚上の少女の姿があったのは言うまでもない。



後日、黒蝶堂の外にギターを背負ったエレベーターガールが立っていた。

「これ、お礼。」

手短に言うと、彼女は顔を真っ赤にして、来た道を走って帰って行った。大きな帽子が、駆けるはずみで今にも落ちそうである。はちの手には、百貨店内にある老舗和菓子店の名物である、月餅の包みが載せられていた。

取り戻された月兎の絵画は元通り、鹿々苑百貨店の画廊に飾られているらしい。


【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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