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【小話】鳴かぬなら…【更新】

さて、小話更新です。
本編は、一つだけ御注意点があります。
絶対に、真似をしないでください。(前置き)
器物損壊罪になる…のかもしれませんので…。

準備ができた方から、
現実と虚構の間へ、れっつらごーです。


【鳴かぬなら…】

中央通りの信号がサボり始めて、どのくらい経ったろうか。
機械の塊はご機嫌に通り過ぎ、スクランブル交差点を挟んで、歩行者は待ちぼうけを食らっている。

一向に変わる様子のない赤信号に、三者はそれぞれの感性において、「妙だ」と感じ始めていた。

はちは言う。

「・・・地下道通るか。」

地下へ降り、地上へ上る階段が手間で面倒だが、確実に向こう側へ到達できる。事故があって、やむを得ず信号の働きを止めているのかもしれない。だとすれば、これ以上待つのは無意味だ。

すると、隣のしろが口を開いた。

「強行突破します!」

彼がゆび指す向こうには、途切れることなく走り抜ける車の群。
車間距離の合間をを縫って行こうとすれば、遠慮無くはね飛ばされ、内蔵がはみ出した自分の体を縫う結果に終わる・・・かもしれない。

「その隙に、はちは車の上を跳んでください!」

「隙間ができりゃ、そっから渡るだろ。」

「あ、確かに。はちの体重で車さんが凹んじゃったら可哀想ですよね・・・。」

しょぼんと気を落とすしろに、はちは若干の心配を覚える。

会話が通じない相手の脳味噌は、すでにスクラップ気味なのだろうか。

――いや、今更か。
もちろん口には出さず、

「可哀想じゃねぇよ。機械だからな。」

一応、指摘をしておく。
それに、もし実行に移したら、車がスクラップになる前に体がスクラップになるだろう、とも付け加える。

と。
珍しく外に出ているゆりが、はちの上着の裾を引っ張った。

「あ?なんだよ。」

「あの百貨店を親の敵と思って頂戴。」

物静かに、かつ、唐突な提案に、しかめ面で即答する。

「思えねぇよ。」

しかし、
彼女の有無を言わさない鋭い視線が目に突き刺さり、

「・・・思いました。あー、憎い憎い。」

台風時のビニール傘も驚くほど、あっさり折れた。

「大根役者ですねぇ!」

「んだとこら!」

「これを、最大限の力でぶつけてやりなさい。」

しろとの喧嘩も半端なままに、
強引に掴まされたのは、黒い石の塊であった。完全な球体ではなく、所々に棘のような、痛そうな突起物が生えている。
掌から少々溢れるほどの大きさではあるが、ずしりとした重量がある。

「・・・届くわけねぇだろ。」

デパートまでは横断歩道を挟んで、100メートル少々。
こんな得物で敵討ちに出掛ける者など、どこにもいない。
それに、親の敵といっても危害を加えるとは限らない。
オレだったら、まずは裁判からだな・・・

はちの思案を、しかし、ゆりは涼しい顔で受け流し、

「目的を達成するためよ。」

そう言って、前方を見据えた。

はちは察した。

――こいつの事だから、何か考えがあっての発言だろう。

もしかして、簡単な事なんじゃねぇの?

びゅーんって感じで投げると、なんと!どこぞの信号のスイッチに偶然触れて青になる!人々は、やはり信号は青になって当然だ!との顔で日常に戻る。人知れず人々の困惑を救った堂長は、中途な自己満足を得るのであった・・・!

とかだろ。

ばかばかしい。

はちは一笑に付した。

しかし、

――たまにはこいつの予測にこっちから乗ってやってもいいか。
疑いの心が緩んだ。鉱物を握り直す。

そしてそれを、助走をとって勢いよく、宙へと放った。

綺麗な放物線を描いて、石は飛んでいく。
次の瞬間。
派手な音とともに、キラキラと光る何かが吹き出した。
それは、大通りを走っていた車の、フロントガラスの破片であった。

ブレーキ音に人々のざわめき声と、町は騒然となった。
「なにどうしたの?」「なんか愉快犯?」「もしかして映画の撮影?」「テロだったりして!」「こわーい!」平和ぼけした発言も、写真を撮っている女子高生の姿も、はちの感覚器官に届くことはない。

頭の中が真っ白になっていた。

「本当にやっちゃいましたね!」

「てっめぇ!何とかなるんじゃなかったのかよ!」

我を忘れ、ゆりに詰め寄り、聞きただそうとする。

数秒後。
人々の無数の視線が、自分たちに注がれているのに気がついた。好奇であったり、露骨に嫌悪感を顕したものであったり。遠巻きにジロジロと様子を窺われるだけで、誰も話しかけてこない。

冷や汗が頬を伝った。

はちの隣には、青い白髪の男。その隣には、桃色の着物と長い黒髪の、時代錯誤甚だしい格好をした少女。

――こいつら、目立って仕方ねぇ!

人々の垣根の向こうから、ハザードを点滅させた車が見える。
30代後半の男が降りた。突然の不幸に、なにが起こったのかも、なにに対して怒ればいいのかも、全くわからない。そう言わんばかりの、能面のような顔で、かつてフロントガラスだったところを覗いている。彼の顔がガラスに映ることはなかった。

同時に、
サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
誰かが通報したのだろう。何事かと、車が1台、また1台とスピードを緩め、路肩に車を寄せ、止まる。

そんな中。

「見て頂戴。」

ゆりが声と共に、目線で場所を示す。
それは、歩行者用の信号が、変わる瞬間だった。
赤い世界で、目を覚ましたのか。
通常よりも光度の強い青い光が、日中の日差しに負けじと輝き始める。
一方、道路側の信号は、何人たりとてこの先を通さない、そう言わんばかりの力強い赤い光となった。

それを見て、はちは決めた。
白い彼に顔を向ける。

「逃げるぞ」

「あいあいさー」

深刻な事態に似つかわしくない、愉快そうな声が返ってきた。はちは右腕にゆりを抱える。
咄嗟の判断は、ゆりも当然連れて行くとの結論を出したようだ。

そして。
止まった車の間を縫って、横断歩道を一気に通過した。

走る。
全速力で走る走る走る。

息が上がってきた。
意気は下がってきた。

――いったいなぜ、オレは逃げてんだ?

抱えられた少女は、大人しく捕まっている。
そうだ、捕まらねぇためだった。

霞みゆく視界の中。
アーケードの端の端。
古ぼけた建物、黒蝶堂が見えてきた。

と、
突然腹を捻られて、反射的にそちらを見た。
加速度が落ちてるわ、運動不足よ、と遠慮のない文句が垂らされる。

「うっせぇよ、だっ、誰のせいだと思ってやがる!」

舌を噛みそうになる、途切れ途切れの皮肉口調にも、ゆりは双鉾をわずかに細め、

「人間を動かすには、小さくてもいいからきっかけを与えることが必要なの。」

なに食わぬ顔で言った。
汗だくとなったはちには、彼女の言葉は途切れ途切れにしか聞こえていない。
が、彼女は老成した瞳で

「だから、世界なんて簡単に変えられるの。」

余裕のないはちの顔を見上げながら、すこしだけ口角を釣り上げた。

「貴方は、世界を変えたのよ。」

「過程も大事だっての…!」

黒蝶堂の扉を後ろ手に閉めたはちは、扉に背を預けながら、肩で息をした。


【完】

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
環境ってなかなか変わらないですよね。
世界を変える力を持っていて、真っ直ぐの方向に進んでくれれば問題無いのですが。

通りには通りの憑者さんがいて、車を直してくれたとかくれなかったとか。
そこらへんも、続きが描ければなと。
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【冬の夜の話】

【冬の夜の話】

昼間の雨も止み、澱んだ空に月だけが一つ、薄暗いアーケード端の黒蝶堂を照らしている。
夕飯後、食器を片づけたしろが「ちょっと出かけてきます」と笑顔で言って、早5時間。

時刻はもうすぐ午前零時。

携帯電話を持たない彼からは、一本の連絡が入ってくるはずも無かった。

「どこをほっつき歩いてるんだ、あいつは。」

「夜は奇怪な輩が出現するわよ。」

「あいつも成年男子だ。ああ見えてもな。心配することはねぇよ。」

「あら、気にかけていたのね。」

「…そんな馬鹿な。」

人を殴打すれば命にかかわりそうな程の、分厚い妖怪図鑑を膝の上で広げる少女。
はちは巷に溢れるゴシップ紙以上に、その類の書物を信用していない。
しろが淹れたお茶も、とうの昔に冷え切った。

「ちょっと散歩に行って来る。」

「口笛は吹かないように気をつけて頂戴。」

「そろそろ夜食が食いてぇんだよ。カロリーメイトってやつでも買ってくる。」

そう言うと、財布も持たず靴を引っ掛けたはちは、玄関の戸を後ろ手に閉めた。




堂から出発して数歩の地点。
人通りは全くなく、辺りは暗いが、足元は見える。
その程度の明るさの中。

はちは体勢を崩し、派手に尻もちをついた。

「痛ぇ…」

何も要因がなく、地面と仲良くした訳ではない。
はちは落ちた眼鏡を拾い上げ、足元だった場所を確認する。
と、そこにはみねおちを攻撃され、ぐにゃりと逆エビゾリ型にひしゃげるなにかがあった。

銀色に輝くそれは、大手メーカーが好評発売中と謳うビール缶のようだ。

「まったく、誰がこんなとこに捨てていくんだ。」

それを手に取り、周囲を見渡す。路地が入り組んだ住居の密集地帯が広がる空間の道端。
飲料メーカーが設置する青いゴミ箱が、ぽつんと佇む街灯の下に立っていた。

「それっと。」

コンクリートで強化された地面に激突した腰をさすりながら、ゆっくりとゴミ箱に近づく。
二つ開いた穴のうち、右の穴に缶を持った右手を差し入れた。

その時。

左の黒い穴から、白い物体が目にもとまらぬ速さで飛び出てきた。
それが素早くはちの右手首を掴むと、ひんやりとした感触を彼に与えた。

仄暗い闇から音も無く突き出たそれは、発光するほどに青白く、握力も強い。

それは、肘から下部分の、人の右腕であった。



意識の遠くで、物音が聞こえる。

「困りましたねぇ、何の準備もしていませんし…」

「ぜひ朝咲寺と深見ヶ原墓地を御利用下さいなんだぞ!」

「でも、お高いんでしょう?」

軽快なセールストークにお約束とも言える困惑の声音。

「大丈夫だぞ!早く、安く、懐石も旨い!セットだと、更に割引特価だぞ!」

「最高ですね!」

声が一段と大きくなった。

「今なら冥途までの道案内も私が担当してるんだぞ!」

「安心ですね!」

「さぁ、今すぐここにサインをするんだぞ!」

「わかりました!あ、その前に、はちを片付けないとですね。」

「なら車を手配しよう。」

懐から不思議な形の受信機を取りだした彼女は、ボタンを押している。
見覚えのある後ろ姿が、番号を口ずさむ。

「019の…」

「まず呼ぶのは霊柩車じゃなくて救急車だろうが!」

視野が明るくなったように、一気に開けた。
目の前には、青い帽子…ではなく、青いゴミ箱のふたを頭に載せた白い男と、紫色のよくわからない発光物体を周りに飛ばしているツインテールの少女。

「あ、蘇生しましたね。」

目を細め、にこにこと笑うは、5時間前に店を出たしろである。

「残念なんだぞ…」

その向かい。
至極がっかりと言わんばかりの表情を浮かべるは、深見ヶ原墓地の憑者・牡丹であった。

コンクリートの上に座り込んだはちを横目に、両者は話を続ける。

「ならこの話はまた次の機会に。」

「期間限定のプランだから、今後安くなるかは分からないんだぞ。」

俯き、頬を膨らませる牡丹。しろはそうなんですか!と白い髪を揺らす。

「それは困りますね。」

「でも、今すぐにこのプランを実行できる方法があるぞ!」

「え?」

しろが期待を込めた視線を送る。
牡丹は、へたくそなウインクをかまし、

「決まっているだろう?」

”だぞ”口調の少女は、後背に結び付けている二本の卒塔婆、その片割れに手を伸ばした。

「ここで、堂長を冥途送りにする!」

「ちょちょ、ちょっと待てい!」

はちの反論虚しく、彼女の半身以上の長さである、木製の卒塔婆は構えられた。
見上げた目の瞳孔は細まり、全体として赤紫の光を帯びている。
爛々と輝くその目の下。口元に、薄い笑みが浮かぶ。

一方、彼女の攻撃範囲内に入ったはちは、動かずにいた。
いや、動けずにいた。
腰が抜けて、立てずにいたのだ。
頼みの綱のしろは、「そうですねぇ…」と腕を組んで逡巡している。
牡丹の提案と、はちの命を秤に掛ける脳内会議が滞っているようで、
白い彼に助けを求めることはできないようだ。

牡丹が地を蹴った。




卒塔婆が激しくはちの頭上を襲う。
その直前。分厚い本が、はちの目前を通過した。

バシッと弾く音が辺りにこだまする。
本は旋回し、発射源へと引き返した。

「今宵の三日月は、死神を召喚したのね。」

「ゆ、ゆり!」

ゆりは本を手に収めると、焦げ跡の出来た表紙を手で拭った。

「しろ、はちを連れて下がって頂戴。」

「えー、でも…」

「早く。」

「…わかりました。」

しろは深く頷く。そしてはちへ走ると、彼の腕を握って強引に立たせた。
「痛ぇ…」と言いながら、はちはゆりの後ろに避難する。

「女の子に守ってもらうなんて、なんと嘆かわしい。」

小声で眉をひそめ、つぶやくしろ。
隣で息を切らし、居心地悪そうに後頭部を掻くはちは曖昧なうめき声を返す。

「深見の墓守、正気に戻って頂戴。堂長を襲うというなら、私が相手よ。」

ゆりは手元の本を開く。
両者の間を、ピンと張りつめた空気が通り抜けた。
三日月が、彼女達の立つ地面を照らし続けている。

しばらくすると、牡丹の目から、光が消えた。

「冗談だぞ。仕事が増えて面倒なだけだ。」

卒塔婆を後ろ背に差し戻し、肩をすくめる牡丹。
ゆりは彼女から目を離し、妖怪図鑑を脇に抱え直した。

「あまり騒ぐと、鬼がやってくるわ。」

「夜は危ないからな。堂長、ゆりをちゃんと守るんだぞ。」

「て、てめぇに言われたくねぇよ…!」

すると、牡丹はあっけらかんと笑い、確かにそうだな、と腹を抱えた。

「いざとなったら、深見ヶ原墓地を利用すればいい。何人でも化け物でも歓迎するぞ。」



「で、お前はどうして、ゴミ箱になんざ潜んでたんだ?」

黒蝶堂への帰路。はちが尋ねれば、それはですねと、しろは語り始める。
最近、街では新年を祝うために宴の席が多々設けられているという。店に行かず、自宅で酒盛りをする
者も居り、彼らはその席で出た空き缶を、街のゴミ箱に捨てて帰るというのだ。

「それが、ちゃんと分別できてなくて。ほら、ビール缶ってアルミ缶で、お茶はスチール缶ですよね。
それをごっちゃにして、ぽいするそうなんです。近所の方から苦情が出てるという話を聞きましてね。
僕がお手伝いしようと。」


「ゴミ箱に入って監視してたってのか?!」

「監視だなんて大それたものじゃないです。捨てる場所を間違えたら、教えようと思ってただけですよ。」

「一つ聞くがいいか…?」

「はい?」

「お前が中に入ってたらお前の分のスペースがあるから、入口が二つでも中は共通した空間になってんじゃねぇの?」

「もちろん!仕切りを外さないと、さすがに狭いですからね。」

「…なら、分別しても意味がねぇんじゃねぇの?」

「え?」

しろは立ち止まり、はちを見ながら首を傾げる。

「そう言えば、僕が穴から手を出して注意すると、奇声が聞こえましたね。いったいあれは、どうしたことでしょう?」

「…突然手を掴まれちゃ、誰だって驚くさ。もっとも、お前意外にするやつがいるとは思えんがな。」

はちは溜息一つ。空に浮かぶ三日月を見る。

「…さっきは、心臓が壊れるかと思ったぜ。」

「でも、牡丹ちゃんがいるなら、いつ壊れても安心ですね。」

にこやかに縁起でもない事を言い放つしろ。

「勝手に、人を亡き者にするんじゃねぇよ。」

自分が意識を飛ばしていた間、牡丹としろは葬式の段取りを決めていたのだろう。
どうにか”こっち”に戻ってこれた事を、はちは一人感謝するのであった。
そして数歩後ろを歩く少女・ゆりにも、感謝の念を捧げるのであった。


【終】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【しんごうの話】

【しんごうの話】

「何を描いてるの?」

黒蝶堂の屋上には、昨夜より降り続いた雪が東の空に昇り始めた朝日に照らされ、一面の銀世界を輝かせている。
白い地上をサクサクと踏みしめ歩くは、分厚い本を脇に抱えた少女。
屋上の端、洗濯物干が置かれた場所より少々離れた地点。
雪で染め上げたような白い髪を、深紺のリボンで結った後ろ姿が少女の瞳に映っていた。

「あれ、ゆりちゃん。早いですね。」

振り返った白い青年、氷山しろ。左手に握っていた絵筆をくるりと手元で一回転。
その反動で、筆先に塗られた青色が宙を舞い、足元の雪をじわりと濡らした。

「あなたこそ。」

にこにこという擬音が周囲に浮かぶ青年の隣に歩を進める、無表情の少女。
切り揃えられた黒髪に白い肌。
人間サイズの日本人形が自立歩行の力を手に入れたかのごとく、彼女からは生気が発せられていない。


「早くに目が醒めてしまって。朝食の準備も済んでしまいまして、絵の続きでも描こうかなと思いまして。」

「風景画かしら?」

「えぇ。」

首から下げた紐に繋がるがばんの上。しろが描く風景が、学習机一枚分程度のスペースに広がっている。
青い空を背負った新緑の美しい山並みに、雪の降り積もったのどかな田舎町の昼下がり、と言ったところか。
下方に走る灰色の一本道には、一台の車も人影も無い。

「どうして?」

ゆりはその絵をしげしげと眺めた後、着物の袖口から覗く小さな右手の人差し指を絵と触れるか触れないかの位置で止めた。
そこには、他の世界とこの田舎町とを繋ぐ始まりとなる交差点。

古びた一台の信号機が存している。

「どうして…ですか?」キョトンとした表情を浮かべるしろ。

「どうして、こんな車も、自転車すらすれ違いそうにない辺鄙な場所に、信号機があるの?」

少女は面倒くさがる風も無く、省略箇所を補ってもう一度問うた。

青年は、ぽんと手を打った。

「実はですね、昔、こんなことがありまして――」

しろが語り始めた話の舞台は小学校。
交通安全教室と銘打った授業中。

――事件は起きた。



『どうみても、緑色だ。』

『はち君、あれは”青”なのよ。』

『いや、違う。』

断固として、その場を動こうとしない眼鏡の少年。
その隣で困惑する女性警官。
更に、その隣の隣で苦笑いを浮かべる担任の教員。

『信号が青になったら渡りましょう。』

それほど広くないごく普通の運動場。端に設けられた、疑似的な横断歩道とミニチュアの信号機。
低学年の子供たちが整列して座り、普段とは違う授業形態の雰囲気に、期待と不安の顔を顕にしている。
若い女性警官の指示の元、一列目の生徒たちが立つ。
おもちゃの信号機が、赤から青に点灯を変える。
黄色い旗を傍らに、彼女が生徒達を誘導する。
生徒たちは元気よく耳横に手を当て、天へと突きあげた。
渡る前に右、左、もう一度右を見て、との指令通り、彼らは大げさなほど顔を左右に振って来るはずの無い車を確認する。

しろはそのミッションを難なく終え、体育座りをして他のクラスメイト達をぼんやりと見ていた。

そんな時。
一列になった生徒の中でたった一人、信号が青になったにも関わらず、他の輪を乱して留まる人間がいた。



話は戻る。
しろの隣に立っていた担任が彼女と少年の元へ、重たい足取りで近寄っていく。

『信号が青だと言い張る限り、オレはここを動かねぇからな!』

彼の声は、少々離れたしろの位置にまで届いて来た。
その少年こそが、当時しろと同クラスの黒川はちであった。

彼の主張はこうだ。

――あれはどう見ても青では無い。緑色である。だから、青になって渡るのであれば、緑である限り横断は不可能である、と。

今では電光の技術が発展して信号の”青”は青に見えるが、十数年前には未だ、緑色で代替されていた。

「彼は警察と教育者を相手に、徹底抗戦を計ったんです。」

「徹底”口”戦でもあったわけね。」

ゆりの相槌である掛け言葉に気付かず、しろは首を傾げた。
考え込んでしまう前に、ゆりはそれで?と先を促す。

「先生は本当に困惑していましたよ。なにせ10m程度歩けばそれで済む、なんら障害の無い授業内容でしたから、まさか拒否する子が出るとは思っていなかったでしょう。」

しろはくすりと思い出し笑いを浮かべる。

「今なら面白話として冗談交じりに話せます。でも、当時はぼくも、はちも子どもでした。」

「あなたはどう思っていたの?」

ゆりから吐かれた空気が白く濁る。
しろはそうですね…と腕を組み、

「変な奴ですねと思いましたね。一生道路を渡らないで生活するつもりなんでしょうか?って、ちょっとだけ小馬鹿にしていました。」

悪戯小僧の様に、てへへと笑った。



それから授業の終わりのチャイムが鳴り、生徒たちは先に教室へ戻るよう指示が出された。
しろもクラスメイトと同じく、立ちあがって教室へと足を向けた。

「その途中で、先生の問う声が聞こえて。ぼくはつい、足を止めてしまいました。」

少々棘のある口調で、担任の教員は早口でこう言った。

『なら、はち君はいつ道路を横断するのかな?今まで渡った事がないわけではないよね?』


「そしたらですね、はちは平然と答えたんです。」


『そんなもん、車が来てねぇ時に決まってんだろうが。オレは自分の目を信じてるんだ。じいちゃんからいつも言われてるからな!』

警察官と教員は顔を見合わせた。何がここまで彼の決意を固めさせるのだろうか。
鼻を鳴らす少年は、信号に向かってびしりと指を突き付ける。

『少なくとも緑を青と言い張る様な奴の合図だけで、さぁ進めと背を押されても、オレは絶対踏みとどまってやるんだからな!』




しろとゆり。両者の間を、一時の空白が通り過ぎた。

「…生意気な上に意固地だなんて、つける薬も見当たらないわ。緑を青と表現するのは単なる概念の問題でしょうに。」

しろはこくりと頷いた。

「その日の放課後に黒川家の人、おそらく伊織おじいちゃんが呼び出されていました。長時間の話合いもとい御説教が行われたようです。」

「伊織さんの事だから説教なんて、のらりくらりとかわしたでしょうね。」

ゆりは微かに笑う。
しろは続ける。

「はちは教室に戻ってきてからも、機嫌が悪そうでしたけど、次の日には、普段と同じ様子だったようです。」

足元で眠るかつて少年だったはち。
彼の預かり知らぬところで、彼の過去は暴露されていく。

「いつ事故に遭ってもおかしくないわね。しろ、よくよく見ていて頂戴。」

「大丈夫ですよ。今は”青”が”青”で表現されてますからね。」

パレットに置かれた濃淡の様々な青色と緑色。
それを混ぜ合わせ、しろは自分の絵内、信号機に青緑色を描き入れた。

「はちは今でも、自分の目を信じてるみたいです。やっぱり、人間って根本は変わらないんですね。」


【終】



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【黒蝶】

かこちゃん

カコのドット絵です!
これ、すごく可愛い。
作ってもらっちゃいました。
あざーっす!

はちの月企画も今日で終わりです。
な、ながかった・・・。
お付き合いいただき、ありがとうございました★

皆様、よいお年をお迎えくださいv

【はちの月 一日一短編】

【黒蝶】


電話から漏れる声。

「そちら、くろちょうさんですか?」

「いいえ、こくちょうどうです。」

「あぁよかった。もしくろちょうさんじゃなかったらどうしようかと。」

「だから、こくちょうどうですよ。」

「私、ずっとこくちょうさんだと思ってたんですよ。おかしいですよね。」

「……おかしいですよね。」

――この状況がな。
馬耳東風とはこの事か。彼女の耳はもしや馬の耳なのか。
電話の向こうは牧場か競馬場か何かなのか。我が道を行く高飛車なサラブレッドなのか。

はちは受話器をペンに持ち替え、もうウンザリと顔に書きたくなった。
別に店の名前を間違えられたからと言って、腹を立てているのではないが、
やはり同じ事を繰り返し指摘するのは気後れするし、第一面倒だ。
声色に話を聞けと言う色味をつけられたら、まっさきに耳に突き刺さって都合がいいだろうに。

「あの、くろちょうさん。」

「…はい。」

性質の悪いいたずらなのか。彼女の声に歯切れ悪く応じるはち。彼女は逡巡するように間を置く。
その間さえもどかしい。

「…あの?」

はちは眉をひそめる。無音が耳に取りついたからだ。
馬なのか、人なのか。
もしや彼女は出走してしまったのか。彼女の馬券が人を救い、地獄へ落とすのか。
それとも、のどかな牧場で子どもと触れあっているのか。
そんな事を考える余裕が横たわっている程、沈黙は長い。

そんな想像にふけっていると、気配が戻ってきた。

彼女は唐突に

「頼みたい本があるんですけど、いいですか、くろちょうさん。」

穏やかな口調で言葉を紡いだ。



「なんでございましょうか。」

予想だにしない事を言われ、違和感丸出しの敬語になってしまった。
いや、本屋に掛けているのだから当然、予測すべきお問い合わせ、ってやつなのだが。

先程までの澱んだ気分はどこかへやらに消えて行った。
注文を受け、在庫と代金を確認する。
受話器を置く。リンと高音が、堂内に反響した。
明日には取りに来ると言う。

数分前は馬車を引く馬のイメージだった彼女が、今は馬車に乗ったお姫様のように思えた。

「…それは言い過ぎだな。」



「現金な子ね。」

堂内、はちの腹を察したゆりは薄く笑った。


「なんでじいさんは、『黒蝶』だとか読みにくい名前にしたんだ?地名でもねぇし、洒落てるとでも思ったのか。」

本棚上でページをめくるゆりに問う。
彼女は指先の動きを止め、無表情の白い面持ちではちを見た。

「…黒蝶堂は、伊織さんの命名によるものではないわ。」

静かな声音。高い位置にいるため、はちを見下しているようだ。見降ろしてはいるが。

「そうなのか、初耳だな。」

はちは驚く。

「なら、てめぇがつけたのか?」

ゆりはかぶりを振る。

「私でもないわ。」

「なら誰が…」

はちが言い切る前に、再び書物へ目を落としたゆり。どうやら、答えるつもりが無いらしい。
はちは、宙ぶらりんとなった疑問を、溜息で吹き飛ばした。

【終】

テーマ : オリジナル小説
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【終わらない夢】

今年もあと3日。もういくつ寝るとなんとやら。

ちなみに、今日はきちんと正月を迎えるために、ブルーな気持ちで徹夜です…。
オススメなBGM募集中。

さて、今回の話は、これの後日談です。
あらすじを作ってみたので、参考までにどうぞ。

あらすじ
夏の終わり、黒蝶堂は床上浸水の被害を受け、大量の本がダメになってしまった。
それはゴーグルの少年の仕業であり、はちの窒息死も謀ったそれは、ゆりに対する復讐の意味を含んでいた。
雨上がりの翌日、ゆりは、はちを誘ってとある場所に向かうのだが…。


【はちの月企画 一日一短編】

【終わらない夢】


雨が上がり、イカ料理が並んだ夕飯。

その翌日。
時計の針は10時を指す。

「行くわよ、はち。決着を着けるの。」

ゆりは肩に下げたポシェットに、引き出しの物を仕舞う。
なんだろうか。
そう思う間もなく、堂の入り口で足を止め、振り返る彼女に、半ば引き摺られるようにして連れてこられたのは、いつかの川岸。
ゆりはどこから取り出したのか、どう見てもポシェットには入らないキュウリと、
これまたどう見ても、到底入る大きさでは無いリールの付いていない原始的で簡素な釣り竿を釣り針に突き刺した。

ゆりは上体をねじり、その釣り針を川へと投げ込む。その柄を渡され、強引に握らされる。

しぶしぶ受け取り、草むらに座って当たりを待つ…当たるわけねぇだろ。
魚にだって好みはあるだろうし。一つの光沢もない野菜になんざ、食いつくわけが…。

しかし、暫くすると水面が揺れ、針が沈む場を中心に描かれた渦は徐々に大きくなっていった。
状況把握に戸惑う間もなく、強い力によって体が川辺へと引き寄せられる。
反射的に、しなる竿を引く。

嫌な予感は重々していた。

暫しの力勝負。
そいや!と力任せに振り上げれば、水面がぐしゃりと歪み、そして。
赤と青のゴーグルが陽に照らされ、光が反射する。
水しぶきが舞い、空中に投げだされた少年の姿が眼鏡越しに見える。

思わず釣り竿から手を離してしまった。

反動で、地上に叩きつけられた彼は、うつ伏せの態勢で微動だにしない。
口にくわえるは、どう見てもキュウリ。
口の端には、釣り針が突き刺さっている。

「だ、大丈夫か…?」

激痛が走っているだろうその箇所は見ないようにし、少年に話しかける。
少年は頭を抱えながら、上体をゆっくりと起こした。
ゴーグルがずれ、下から覗く瞳と目があった。

瞬間、彼は慌てて背を向け走って行く。
いそいそとゴーグルを掛け、再びこちらを向いた。

「軟弱なあなたが二度とうちを襲えない様にしてあげるわ。感謝して頂戴。」

「はっ、たかが本屋の童子が笑わせるな。」

「あなたに言われたくないわ。偽物の零落童子さん。」

薄い笑みが浮かぶ少女の口元。対照的に、ぐにゃりと歪むのは少年の顔。

「偽物の零落童子…?」

言葉の意味は、まったく理解できなかったが、
少年の癪に障る言葉を、少女は投げかけたようだった。

「はっきり言ってあげるわ。――この、”できそこない”」

次の瞬間、少年は手にしていたキュウリを地に放った。
長靴が地を蹴り、こちらへまっすぐ走ってくる。

「私の居場所を奪おうとした代償、きっちり払ってもらうわ。」




少女は大きな本を取り出し、少年の蹴りを防いだようだ。
見えたのは両者が交錯し、静止した時になってから。

目で追うのが、精一杯だ。

彼が触れた箇所が、切り傷が走った痕のように、ビリリと裂けていた。

脇から覗くと、ゆりの目が、赤く光っているように見えた。

ゆりは楽しげに問う。

「知ってるかしら?目には目を、歯には歯を。裂傷には…?」

近づいた少年が体勢を整える前、彼女の手が斜め方向に空を切った。




信じられなかった。
次の瞬間、少年の白いTシャツが、真赤に染まったのだ。

力無く、膝から崩れ落ちる少年。
ゴーグルが割れ、中から赤と青の液体が流れ出していた。
Tシャツの赤色は、その液体が原因のようだ。
赤と青が混ざった紫が、足元の草むらを濡らす。

血では無い事にホッと胸をなでおろす。近寄り、大丈夫か、と問う。

しかし、どうも少年の様子がおかしい。
ガタガタと体を震わせ、だらだらと脂汗をかいている。

抱きかかえれば、泡を吹いている。
ただゴーグルが割れただけというのに、一体どうしたと言うのか。
微動だにしないその小さな体から、体温が急速に奪われている。

ゆりは、振り上げた右手に握っていた何か…おそらく凶器をポシェットに入れた。
焦点の定まらない瞳を揺らす少年を見下げて、

「あなたがちょこれーとでも持っていたら、話は別だったけど。」

無表情で、ぽつりと呟く。

「自業自得。今は身の不運を嘆きなさい。」



「朝ですよ!」

飛んできたのは覚醒の合図。
続いて、カーテンのレール上をおもちゃの車が走るような音。
眩しい光が、閉じた瞼の上を満遍なく覆っていく感覚。

布団からはみ出て、畳の上に直接寝転んでいた。
起き上がる。首が痛い。
手に在った感触が、思い出す猶予を与えられる間もなく脳裏によぎる。
その手をじっと見つめる。

「はち、手のひらに落書きでもされてましたか?」

「いや、これは洗っても落ちねぇかもしれねぇ。」

「…?」

しろの怪訝そうな表情は、珍しい。これは、収穫だな。
そうでも思ってねぇと、気が狂ってしまいそうだ。

起床、洗顔、新聞、朝飯。すべてが夢と一致。
なんとも気味が悪い。まさか、本当に起こってしまうのか。

だとしたら?ありえねぇ。でも?ふざけてるのか。

振り払いきれない不安に、そわそわと落ち着かない。
この座布団、座り心地が悪くなったか。

そして時計の針が10時を指した。

「行くわよ、はち。」

――来たか。

これは『終わらない夢』なのか。
そうだとしたら、とびきりの悪夢だ。

「決着を着けるの、か?」

先取りして言ってみれば、ゆりはポシェットに荷を詰める手を止め、じっとこちらを見た。
そして、ひと言。

「それは、私の台詞よ。」

強い視線と共に、彼女は冷笑を浮かべ答える。
その表情に、背を冷たい生き物が這う。
体温を失っていく、腕の中の少年。

――あれは、夢なのだ。だが、目に残る近視感がどうしてもぬぐえない。

彼女は手早く、銀色に光る針と糸をポシェットに仕舞うと、それを肩に下げ、先を歩き始める。
その後ろ姿を見送ると、堂長席、上から2番目の引き出しを開け、隠してあったチョコレートの欠片を上着のポケットに
こっそりと忍ばせた。

いざとなったら、こいつで釣ればいい。

もちろん、川の少年では無い。目の前の、赤いリボンの少女を、だ。

彼女が堂の入り口で足を止め、振り返る直前。

「さっさと行かねぇと、獲物が逃げちまうぜ。」

足早に歩を進め、ゆりの隣に並ぶと、彼女を急かすように外へと出た。


【終】

いわゆる、ゴーグルが本体。

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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