【黒蝶】

かこちゃん

カコのドット絵です!
これ、すごく可愛い。
作ってもらっちゃいました。
あざーっす!

はちの月企画も今日で終わりです。
な、ながかった・・・。
お付き合いいただき、ありがとうございました★

皆様、よいお年をお迎えくださいv

【はちの月 一日一短編】

【黒蝶】


電話から漏れる声。

「そちら、くろちょうさんですか?」

「いいえ、こくちょうどうです。」

「あぁよかった。もしくろちょうさんじゃなかったらどうしようかと。」

「だから、こくちょうどうですよ。」

「私、ずっとこくちょうさんだと思ってたんですよ。おかしいですよね。」

「……おかしいですよね。」

――この状況がな。
馬耳東風とはこの事か。彼女の耳はもしや馬の耳なのか。
電話の向こうは牧場か競馬場か何かなのか。我が道を行く高飛車なサラブレッドなのか。

はちは受話器をペンに持ち替え、もうウンザリと顔に書きたくなった。
別に店の名前を間違えられたからと言って、腹を立てているのではないが、
やはり同じ事を繰り返し指摘するのは気後れするし、第一面倒だ。
声色に話を聞けと言う色味をつけられたら、まっさきに耳に突き刺さって都合がいいだろうに。

「あの、くろちょうさん。」

「…はい。」

性質の悪いいたずらなのか。彼女の声に歯切れ悪く応じるはち。彼女は逡巡するように間を置く。
その間さえもどかしい。

「…あの?」

はちは眉をひそめる。無音が耳に取りついたからだ。
馬なのか、人なのか。
もしや彼女は出走してしまったのか。彼女の馬券が人を救い、地獄へ落とすのか。
それとも、のどかな牧場で子どもと触れあっているのか。
そんな事を考える余裕が横たわっている程、沈黙は長い。

そんな想像にふけっていると、気配が戻ってきた。

彼女は唐突に

「頼みたい本があるんですけど、いいですか、くろちょうさん。」

穏やかな口調で言葉を紡いだ。



「なんでございましょうか。」

予想だにしない事を言われ、違和感丸出しの敬語になってしまった。
いや、本屋に掛けているのだから当然、予測すべきお問い合わせ、ってやつなのだが。

先程までの澱んだ気分はどこかへやらに消えて行った。
注文を受け、在庫と代金を確認する。
受話器を置く。リンと高音が、堂内に反響した。
明日には取りに来ると言う。

数分前は馬車を引く馬のイメージだった彼女が、今は馬車に乗ったお姫様のように思えた。

「…それは言い過ぎだな。」



「現金な子ね。」

堂内、はちの腹を察したゆりは薄く笑った。


「なんでじいさんは、『黒蝶』だとか読みにくい名前にしたんだ?地名でもねぇし、洒落てるとでも思ったのか。」

本棚上でページをめくるゆりに問う。
彼女は指先の動きを止め、無表情の白い面持ちではちを見た。

「…黒蝶堂は、伊織さんの命名によるものではないわ。」

静かな声音。高い位置にいるため、はちを見下しているようだ。見降ろしてはいるが。

「そうなのか、初耳だな。」

はちは驚く。

「なら、てめぇがつけたのか?」

ゆりはかぶりを振る。

「私でもないわ。」

「なら誰が…」

はちが言い切る前に、再び書物へ目を落としたゆり。どうやら、答えるつもりが無いらしい。
はちは、宙ぶらりんとなった疑問を、溜息で吹き飛ばした。

【終】
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【終わらない夢】

今年もあと3日。もういくつ寝るとなんとやら。

ちなみに、今日はきちんと正月を迎えるために、ブルーな気持ちで徹夜です…。
オススメなBGM募集中。

さて、今回の話は、これの後日談です。
あらすじを作ってみたので、参考までにどうぞ。

あらすじ
夏の終わり、黒蝶堂は床上浸水の被害を受け、大量の本がダメになってしまった。
それはゴーグルの少年の仕業であり、はちの窒息死も謀ったそれは、ゆりに対する復讐の意味を含んでいた。
雨上がりの翌日、ゆりは、はちを誘ってとある場所に向かうのだが…。


【はちの月企画 一日一短編】

【終わらない夢】


雨が上がり、イカ料理が並んだ夕飯。

その翌日。
時計の針は10時を指す。

「行くわよ、はち。決着を着けるの。」

ゆりは肩に下げたポシェットに、引き出しの物を仕舞う。
なんだろうか。
そう思う間もなく、堂の入り口で足を止め、振り返る彼女に、半ば引き摺られるようにして連れてこられたのは、いつかの川岸。
ゆりはどこから取り出したのか、どう見てもポシェットには入らないキュウリと、
これまたどう見ても、到底入る大きさでは無いリールの付いていない原始的で簡素な釣り竿を釣り針に突き刺した。

ゆりは上体をねじり、その釣り針を川へと投げ込む。その柄を渡され、強引に握らされる。

しぶしぶ受け取り、草むらに座って当たりを待つ…当たるわけねぇだろ。
魚にだって好みはあるだろうし。一つの光沢もない野菜になんざ、食いつくわけが…。

しかし、暫くすると水面が揺れ、針が沈む場を中心に描かれた渦は徐々に大きくなっていった。
状況把握に戸惑う間もなく、強い力によって体が川辺へと引き寄せられる。
反射的に、しなる竿を引く。

嫌な予感は重々していた。

暫しの力勝負。
そいや!と力任せに振り上げれば、水面がぐしゃりと歪み、そして。
赤と青のゴーグルが陽に照らされ、光が反射する。
水しぶきが舞い、空中に投げだされた少年の姿が眼鏡越しに見える。

思わず釣り竿から手を離してしまった。

反動で、地上に叩きつけられた彼は、うつ伏せの態勢で微動だにしない。
口にくわえるは、どう見てもキュウリ。
口の端には、釣り針が突き刺さっている。

「だ、大丈夫か…?」

激痛が走っているだろうその箇所は見ないようにし、少年に話しかける。
少年は頭を抱えながら、上体をゆっくりと起こした。
ゴーグルがずれ、下から覗く瞳と目があった。

瞬間、彼は慌てて背を向け走って行く。
いそいそとゴーグルを掛け、再びこちらを向いた。

「軟弱なあなたが二度とうちを襲えない様にしてあげるわ。感謝して頂戴。」

「はっ、たかが本屋の童子が笑わせるな。」

「あなたに言われたくないわ。偽物の零落童子さん。」

薄い笑みが浮かぶ少女の口元。対照的に、ぐにゃりと歪むのは少年の顔。

「偽物の零落童子…?」

言葉の意味は、まったく理解できなかったが、
少年の癪に障る言葉を、少女は投げかけたようだった。

「はっきり言ってあげるわ。――この、”できそこない”」

次の瞬間、少年は手にしていたキュウリを地に放った。
長靴が地を蹴り、こちらへまっすぐ走ってくる。

「私の居場所を奪おうとした代償、きっちり払ってもらうわ。」




少女は大きな本を取り出し、少年の蹴りを防いだようだ。
見えたのは両者が交錯し、静止した時になってから。

目で追うのが、精一杯だ。

彼が触れた箇所が、切り傷が走った痕のように、ビリリと裂けていた。

脇から覗くと、ゆりの目が、赤く光っているように見えた。

ゆりは楽しげに問う。

「知ってるかしら?目には目を、歯には歯を。裂傷には…?」

近づいた少年が体勢を整える前、彼女の手が斜め方向に空を切った。




信じられなかった。
次の瞬間、少年の白いTシャツが、真赤に染まったのだ。

力無く、膝から崩れ落ちる少年。
ゴーグルが割れ、中から赤と青の液体が流れ出していた。
Tシャツの赤色は、その液体が原因のようだ。
赤と青が混ざった紫が、足元の草むらを濡らす。

血では無い事にホッと胸をなでおろす。近寄り、大丈夫か、と問う。

しかし、どうも少年の様子がおかしい。
ガタガタと体を震わせ、だらだらと脂汗をかいている。

抱きかかえれば、泡を吹いている。
ただゴーグルが割れただけというのに、一体どうしたと言うのか。
微動だにしないその小さな体から、体温が急速に奪われている。

ゆりは、振り上げた右手に握っていた何か…おそらく凶器をポシェットに入れた。
焦点の定まらない瞳を揺らす少年を見下げて、

「あなたがちょこれーとでも持っていたら、話は別だったけど。」

無表情で、ぽつりと呟く。

「自業自得。今は身の不運を嘆きなさい。」



「朝ですよ!」

飛んできたのは覚醒の合図。
続いて、カーテンのレール上をおもちゃの車が走るような音。
眩しい光が、閉じた瞼の上を満遍なく覆っていく感覚。

布団からはみ出て、畳の上に直接寝転んでいた。
起き上がる。首が痛い。
手に在った感触が、思い出す猶予を与えられる間もなく脳裏によぎる。
その手をじっと見つめる。

「はち、手のひらに落書きでもされてましたか?」

「いや、これは洗っても落ちねぇかもしれねぇ。」

「…?」

しろの怪訝そうな表情は、珍しい。これは、収穫だな。
そうでも思ってねぇと、気が狂ってしまいそうだ。

起床、洗顔、新聞、朝飯。すべてが夢と一致。
なんとも気味が悪い。まさか、本当に起こってしまうのか。

だとしたら?ありえねぇ。でも?ふざけてるのか。

振り払いきれない不安に、そわそわと落ち着かない。
この座布団、座り心地が悪くなったか。

そして時計の針が10時を指した。

「行くわよ、はち。」

――来たか。

これは『終わらない夢』なのか。
そうだとしたら、とびきりの悪夢だ。

「決着を着けるの、か?」

先取りして言ってみれば、ゆりはポシェットに荷を詰める手を止め、じっとこちらを見た。
そして、ひと言。

「それは、私の台詞よ。」

強い視線と共に、彼女は冷笑を浮かべ答える。
その表情に、背を冷たい生き物が這う。
体温を失っていく、腕の中の少年。

――あれは、夢なのだ。だが、目に残る近視感がどうしてもぬぐえない。

彼女は手早く、銀色に光る針と糸をポシェットに仕舞うと、それを肩に下げ、先を歩き始める。
その後ろ姿を見送ると、堂長席、上から2番目の引き出しを開け、隠してあったチョコレートの欠片を上着のポケットに
こっそりと忍ばせた。

いざとなったら、こいつで釣ればいい。

もちろん、川の少年では無い。目の前の、赤いリボンの少女を、だ。

彼女が堂の入り口で足を止め、振り返る直前。

「さっさと行かねぇと、獲物が逃げちまうぜ。」

足早に歩を進め、ゆりの隣に並ぶと、彼女を急かすように外へと出た。


【終】

いわゆる、ゴーグルが本体。

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【雨風ゆらぎ】

はっぴーほりでー!
使うなら今しかない。

サンタクロースを何歳まで信じていたか、今になっても思い出せません。
小学生の頃は信じていたんだろうか・・・いや、信じていなかった。
妙なところで、勘が働いて、「サンタなんて、絶対ねーよwww」と気付いていたのでしょう。
それでも、プレゼントが枕元に置かれるまで起きておこうと努力したことが数度。
いずれも寝オチしてしまい、結局尻尾をつかむことはできなかったのです。


ってなわけで、明日は頑張らねば!
その前に、短編更新です。
前回の続きですが、諸事情で最初から最後まで掲載しておきますv


【はちの月企画 一日一短編】

【雨風ゆらぎ】


夏物処分のバーゲンが各デパートで行われる夏の終わり、今年幾度目かの台風が、遥光の街を直撃した。
そして黒蝶堂堂内では、バケツと雑巾を抱えた人間が右往左往している。

「こっちも漏れてんぞ!」

叫ぶのは、当古書店の堂長・黒川はちだ。
彼は仕事を中断、席を外し、店内を見回っている。
あちらこちらに小さな水たまりができている。
頭上から落ちてくる雫。
確かこの店は二階建てのはずで、ここは一階部分だが…と彼は唸るが、雨漏りしているのは事実。
しろに声をかければ、彼は素早い動きで地にバケツを設置した。

「まったく、これだからこのボロ屋は…。」

はちはバケツを持ち上げ、濡れた床を雑巾で拭う。

朝方から空はどんよりと曇り、表通りには、大粒の雨と風が降り注いでいる。
しろに問えば、ゆりは昨日出かけたきり、戻っていないと言う。
猫の手も借りたい、この状況。

「雨酷いですね。ゆりちゃん、大丈夫でしょうか。」

「この雨の中を出て行くなんざ、正気じゃねぇな。」

雨漏りの水滴が額に当たって目覚めたはちは、苦々しいと言わんばかりの顔で言い放つ。
睡眠が中途半端に妨害されたため、目元には隈が浮かんでいる。

「はちだって大切な用事があれば、雨やら槍が降っても行くでしょう?」

「槍なら絶対出掛けねぇよ。」

「なら、空からヤリイカだとしたら?明日は朝から曇り空、ところにより一時激しいヤリイカが降るでしょう。」

突如始まった天気予報士ごっこにはちは動きを止め、腕を組む。

「…あんなベタベタした粘着物質が降るなんざ、想像したくもねぇな。」

「夕飯には、イカ料理が並びますよ!」

「地上に落ちた時点で四散するだろ。」

「地面に当たる前にキャッチすればいいと思いますよ。」

いつの間にか、しろは右手に紺色のグローブを嵌めている。

「巧くいけば、余りを売れるかもしれませんし。」

キラキラ瞳を輝かせるしろ。彼を前に、そう言えばこいつ、両ききだったな。
妙な所で、器用な奴だ。そう再認識したはちは切り返す。

「でもよ、たかがイカとはいえ、落下速度は凄まじいだろうな。お前の大切なグローブに穴が開くかもな。」

「え!」

しろはグローブを抱きかかえ、はちは台詞を続ける。

「単に水が固まっただけの物質が、車のフロントガラスを割るだろ。要はイカの質量と高度。それに速度と量次第だな。墨も飛び散って後の片付けも大変だろうし、場合によっちゃ、台風より性質が悪いぜ。」

「なら、降りイカで一儲け大作戦は…?」

しろは恐る恐る問う。テストの点数を、解答用紙の隙間から覗こうとする小学生のように。
はちは断言する。

「オレ達素人の出る幕はねぇ。漁師さんの圧勝ってとこだ。」

弾き出された結論に、しろはガックリと肩を落とす。
ざぁざぁと雨足強くなる表通り。床下浸水が生じそうな量と勢いに、床が飛び跳ねるイカでひしめく様を連想し、
はちは顔をしかめた。

するとしろは、無言で奥間へ赴いた。
作業を再開するのかと、はちが思った矢先、しろが戻ってきた。

はちは、目を疑った。

彼はどこから持ってきたのか、バケツと釣り竿を右手に握り、青いクーラーボックスを肩から下げていた。
鼠色の長靴を履き、丈の長い水色の雨ガッパを着ている。
事態が呑めないはちとは対照的に、白い本人は、至って真面目なようで。

「イカ漁の極意を習ってきます!そして、いつかは空を釣るんです!」

自信満々でそう言い放つと、雨風揺らぐ外の世界へ飛び出して行った。

「イカに流されても、あいつなら帰ってくるだろうな…。」

白い後姿を見送り、やれやれと額を掻くはちの頭上に、冷たい水滴が襲った。



水滴が受け皿に落ちる度、それぞれの皿やバケツから音階の異なる水音が鳴る。
昼過ぎ。
雨止まず、しろ帰らず、腹の虫収まらず。
はちは誰もいない事を好都合とし、堂長席を離れ、奥間の畳上で横になる。
暫くすると、うつらうつら睡魔が忍び寄って来た。
覚醒したり、睡魔に引き摺られたり。繰り返し繰り返し、非生産的な惰眠を貪っている。

室内に落ちる水音が、ざぁざぁと表通りを殴りつける雨音と混ざる。
外の世界を遮断する音が他の雑音を遠ざけ、はちの眠りは更に深まって行く。

何か妙だと、はちが勘付いたのは、隣の空間から人の気配を感じたからだ。
大量の水が地に叩きつけられる音。それは、風呂場の辺りから聞こえてきた。

「しろが帰って来たのかね。」

よっこいしょと起き上がり、背伸びを一つ。

――こんな昼間から風呂に入るなんざ、それほど体を冷やしたのか。

帰宅の挨拶もせずに、彼らしくない。
気になり、様子を見に行くことにする。
玄関脇の廊下を通る。ふと、目をやれば、しろが普段履いている群青色の靴が置いてあった。

――あいつは何を履いて行ったか。

脱衣所の扉を開ける。やはり、風呂場は使用中のようだ。
洗濯機の傍、いつもなら着替え用の服が用意されているはずだが、
今は脱いだはずの服も、タオルも置いていない。
呼びかけてみるが返事無し。
この狭い風呂で溺れたのか。あいつなら有り得る。

はちは、「入るぞ」と言いながら、浴場の戸をスライドさせた。
途端に浴びせられたのは、予想だにしない罵声であった。

「この変態!」

「わ、わり…」

声の主が手で水鉄砲の形を作る。そして、風呂の湯を使った素振りまでは見えた。
ワイパーが下瞼に付属品として付いていれば…!
これほどまでに強く思う事もないだろう。
眼鏡があるにも関わらず、フレームの上下を通過して目を直撃した水流。
頭の先から足の先まで散々に濡れ、はちは「冷てぇ!」冷気に叫ぶ。

素早く戸を閉め、第二撃を防ぐ。
隙間風が体を撫ぜ、寒気が倍増する。ネクタイで顔に飛んだ水分を拭うと視界が開けた。

「あいつ、なに水風呂なんかに…」

いつにない怒りっぷり。それに、後ろ姿は黒髪だったような気がする。
挙がった複数の疑問。
そして、再び、おそるおそる戸を開く。

と。

「…いねぇ。」

そこには、風呂場に貯まった揺れる水面の他は、何もなかった。
残り湯に手を入れれば、かなり冷たい。
例え夏とはいえ、この雨で水風呂に入るとは、まともな神経ではない。
確認すると、窓には鍵が掛かっており、割られた形跡もない。

「オレ、疲れてんのか…。」

きっと、霞み目もしくは、幻覚だ。目をこする。
と、浴場特有の、足裏に刺さる鋭利な冷たさに、体が震えた。

「寒い、トイレ行くか。」

誰もいなかったのだ。そう、誰も。
今のは見間違いだ。
そして、この冷水は昨晩の残り湯に違いない。
きっとしろが、洗濯用に取っているのだろう。だから、このままにしておくのが丁度良いはずだ。

決して怖いわけではない。そう。

「…怖いわけがねぇだろうが。」

誰に言うのでも無く、小さく呟く。
そして風呂場を振り返る事無く、小走りで、その場を後にした。



トイレのノブに手を掛ける。

洋式のトイレは数年前、祖父が改築を加えたものだ。
彼曰く、「水周りには神様がいるんだよ。」だったか。いるわけねぇだろと、毒づいた覚えがある。
ふと昔を思い出し、はちは顔を左右に振る。
ノブを廻し、腕の力で引き寄せる。

そこには、便座に座り、本を読む人影があった。

「キュウリのてんぷら…これは旨そう。」

はっと顔を上げた。ゴーグルを頭に載せた、見知らぬ幼い少年だ。
驚いた表情。
オレも同じ顔をしているのだろうと、はちが考え付いたところに、視界は、再び遮られた。
彼が持っていた本が、顔面を直撃したのだ。



「今日は水難の相でもでてるのかよ…。」

普段は手相や占いなど全く信じないはちであったが、そう言いたくなるほど、水場での災難が続いている。
ぐったりした面持ちで畳の間へと戻る。

「一体どこのガキだ。勝手に上がり込んで黙ってトイレを借りるなんて、躾がなってねぇ。」

さすがに用を足している途中で追い払うわけにもいかず、彼が出てくるのを待つ事にした。
自分の尿意は、驚きで霧散してしまったが。

「霧散つっても、洩らしたわけじゃねぇぞ。」

ツッコミが宙を舞い、畳の端へ不時着する。
はちはその場に寝転がり、目を閉じる。
残る水場を想像して、嫌な予感を覚えた。

その耳に、心当たりのあるモノが、ごぼごぼと涙を零す音が届いた。



次の現場。予想は的中。しろの独壇場、台所だ。
はちは地を駆け、銀色を右へと捻る。
涙の主は流しの蛇口だ。
しかし止まらない。どころか、

ざばぁー!!!!

「どどどどどうなってん…!」

どんどん水が溢れて、シンクを満腹にさせていく。
底には、なぜか栓がされている。
抜こうと水中に手を差し込むが、ぴったりと嵌っていて、取れる気配すらない。
蛇口の吐き出す速度、水量は、共にかつて無いほど。
とうに限界を突破し、はちの袖口は散々の被害に遭っている。

「ちょちょちょちょ、ととととまんねぇねぇねぇ!!」

と、騒ぐはちの背後。
柱の陰から、くすくすと笑い声が発せられてきた。
はちは手を蛇口に添えたまま、体を捩じりそちらを見る。

白い半袖Tシャツにサスペンダーで吊った七分のズボン。
影になり色を窺えない眼球の上。
巨眼レンズと称して良いほどの、まるで巨大な瞳を模したようなゴーグルが、薄気味悪くはちを捉えていた。



案じていた床上浸水が、実際に起こってしまった。
台所を侵したそれは急流となって堂内へと流れ込み、床を水浸しにしていったのだ。

イカで無かったことが、せめてもの救いなのだろうか。
はちはズボンの裾を膝ほどの高さまで折り、表通りに面した戸をあけて通路にたまった水を出しつつ、
本棚の本を二階へ持って上がるという先の見えない作業に、今にも心が折れそうであった。
いくらか水没してしまった本もあり、大切な商売道具が…!と一瞬だけ後悔したが仕方がない。

――今は残った分を助けるのが先決だ。

少年は、相変わらず棚の影に立ち、足が濡れるのもいとわずに、黙々と作業を続けるはちを観察している。

ちらちらと、はちの働く様を窺っている少年の足元を覆うは、淡い水色の長靴。
はちが視線を送れば、目が合う前に柱の陰に隠れる。

間違いないようだ。
青みがかった黒髪に、でかいゴーグル。
彼は、風呂場とトイレにいた少年だ。

自らの所行を反省して、その旨を伝えたいが、後ろめたい気分が邪魔をしてなかなか言い出せない。
そんな所だろう。

正直に言えば、突っ立ってないで、書物の運搬を手伝ってほしいところだが…彼も立派な客だ。
それに今は、少年に作業の説明をする時間すら惜しい。
この雨の中を追い返すにも行かず、仕方なく放置してしまっている。

ざぶざぶと、足首より上程度の高さまで出来てしまった、堂内の川を渡る。
古本は湿気や水分に弱い上、ちょっとめくるだけで破れてしまう物もあり、実際にプカプカと、本の切れ端が水に浮いている。

ぎりぎりとこすれる音。
開かれたガラス戸が音を立て軋んだようだ。
表通りも土気色の泥水が流れていて、どこからが店でどこからが道路なのか、判別できないほどに被害は大きいようだ。

この水量は、留まるところを知らないようだ。
ふと、少年の立つ場が気になった。
彼は長靴を履いているが、その口にまで水位が上がったのではないか?
沁み込んでくる雨水の感触は、きっとこの雨の中半袖を着ている少年であっても好きでは無いだろう。
都合が悪ければ、畳の間に上がっても、差し支えないだろう。

――しろがいねぇから、茶は出せねぇけどな。

声を掛けると逃げてしまうだろうから、ゆっくりと歩み寄ってみる。
彼はよそ見をし、はちの接近に気が付いていないようだ。

はちは、眼鏡をネクタイで拭い、掛け直す。だが、現場は変わらなかった。
長靴が踏む床の一帯。人一人が立てる程度のスペース。
その場が円形に切り取られているような錯覚を受けたからだ。

円の中心に立つ少年。
いくら見直しても、その円内は、一滴も浸水していない。

――彼は、黒蝶堂の床に、”直に”立っていた。

ゴーグルが鈍い光を放った。左右の配色は赤と青。
見覚えのあるその色合い。
更に、左手の甲には、白い包帯が巻かれている。

はちの背中を悪寒が走った。

まさか。

少年は、笑った。

「この間の礼に来た。」

一種のいじめっ子を彷彿とさせる口元のゆがみ。
彼が右手を空に揺らせば、はちの背後で轟音が鳴った。

「水難ってレベルじゃねぇぞ!」

彼の素振りとそれに伴う音を合図に奥間から流れ出した濁流は、あっという間に堂内へ注ぎこみ、表通りへと繋がる川を作った。
濡れない様にと捲りあげたズボンは、もう腰のあたりまで浸食された今となってはなんの効果も無い。

同じ堂内にいるにも関わらず、少年の周りだけは浸水被害に無い。
円が円柱と化し、彼を見えない保護域で囲っているかのようだ。

水圧で動きが鈍くなったはちに、少年は足を向ける。
彼が歩く道上は、歩調に合わせて水が自然と避けていく。
少年は包帯を取った。手の甲には、三カ所の深々とした穴が空いていた。

「これ、忘れたとは言わせない。」

途端、はちは足をからめとられ、水中に転倒した。
驚きと冷たさに起き上がろうとするが、足首を、何者かによって押さえつけられている感覚に叶わず。
更に首にかかる圧力。
水中で空気が吸えず、少年の顔がおぼろげに見える。
自らの口から零れていく酸素の気泡が、上へ上へ。堂の天井へ向かって登って行くようだ。
もがけどももがけども、逆に苦しみが湧くばかり。

泡と歩を共にし、遠ざかる意識。



「さよなら、はち堂長。」



少年の声が遠くに聞こえた。







頬に感じた電撃の様な衝撃に、慌てて上体を起こす。
左右を見る。
ここは奥間、畳の部屋のようだ。
しかしこの部屋は、先程水害に遭ったはずだが。今は綺麗に片付いている。

「しっかりして頂戴。」

傍に置かれた眼鏡を掛け、確認する。隣にちょこんと座るのは、久方ぶりに見る少女だった。
頭のリボンを揺らし、じっとはちを見ている。
びりびりと痺れる頬は、きっと彼女の仕業であろう。

「おい、水はどうなった?!あの化け物は…?!」

「落ち着いて。話を聞いて頂戴。」

話によると、ゆりが黒蝶堂に帰って来た時、はちは水中で紫色になっていたらしい。
その少年を捕まえて、水を全部表に流してしまったと言う。

そんなことができるはずがねぇ!とはちは言うが、少女は「私はここの憑者だから」と返すに留まる。

「私がいない時を狙うなんて、なんて臆病者。」

彼女は冷徹に一蹴する。

「あいつはどうなった?」

当然浮かんだ疑問を呈すると、彼女は冷蔵庫を指した。

はちは訝しんだ。どういう事だ?

「冷凍庫の方。そろそろ4時間くらい経つかしら。」

「……!」

彼女の言葉を理解するに、一定の時間を要した。
そして絶句。絶句を越え、おそるおそる問うてみる。


「だ、大丈夫なのか?」

「安心して頂戴。綺麗に収納できたから。」

彼女は冗談を言っている風でも無い。真面目な様子だ。

「そういう問題じゃねぇよ!」

はちのツッコミにも動じることなく、ゆりは「水は凍らせるに限るわね。」

真顔でそう言うと、すっと立ち上がり、冷蔵庫へ歩く。そして、躊躇なく扉に手を掛けた。

はちは、予想される最大の惨劇に、思わず目を覆う。

これは正当防衛が適応されるレベルだろうか、他者に理解される事態なのか?


「はち、現実を見て頂戴。」


ゆりの冷たい声が、はちの決心に繋がった。


――例え冷凍された肉が落ちてこようと、あなたのためにやった事なの、と言われようと。

「オレは一切関係ありません。」


――これだ。これで罪は免れるはずだ。

それでも、怖いは怖い。
びくびくしながら指と指との間隙から覗いてみる。
そこには、少年が立っていた。全身には白い氷の塊が付着し、霜が体に降りたかのよう。
少年はずれ落ちるゴーグルを押さえ、半ベソをかいている。
そのゴーグルの下からは、つぶらな瞳が顕になっていた。

「お、覚えてろ!」

「典型的な悪役台詞をどうも。」

ゆりの皮肉が飛ぶ。
少年はへっぴりごしになりながら、雨風吹き荒ぶ表通りへ走って逃げかえっていった。


「てめぇ、あいつが丈夫だったからよかったけどよ…殺人沙汰は御免だぜ。」

静かになった黒蝶堂。部屋は綺麗だったが、堂内は凄惨な状態になっていた。
そろそろ片づけをしなければ、夜になってしまう。

散らかり放題の堂内に、はちは溜息一つ。本当に今日は疲れる一日だった。
対して余裕に満ちたゆりは、悪意溢れる顔でくすりと笑った。

「あら。これでも手加減したのだけど。」

ゆりは誰との言葉遊びをしているのか。きっと、あの子どもはまたやってくるのだろう。
根拠は無いが、はちはそう思わざるを得ない。

「そういう問題じゃねぇよ!」


心からの本心が流れた。
堂内には、最大の被害者の咆哮だけがむなしく響いたのであった。

【終】

この日の夕飯は、イカ料理が並んでいるはずです。
きゅうりな彼の出番は、また後日。

忘れたとは言わせない詳細→夕闇に流れる 灰色の影


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【雨風ゆらぎ】

今日は冬至らしいですね!
蒸したかぼちゃが食べたいです。
なのに季節外れの短編置いておきます。
しかも、続き物です。


【はちの月企画 一日一短編】

【雨風ゆらぎ】


夏物処分のバーゲンが各デパートで行われる夏の終わり、今年幾度目かの台風が、遥光の街を直撃した。
そして黒蝶堂堂内では、バケツと雑巾を抱えた人間が右往左往している。

「こっちも漏れてんぞ!」

叫ぶのは、当古書店の堂長・黒川はちだ。
彼は仕事を中断、席を外し、店内を見回っている。
あちらこちらに小さな水たまりができている。
頭上から落ちてくる雫。
確かこの店は二階建てのはずで、ここは一階部分だが…と彼は唸るが、雨漏りしているのは事実。
しろに声をかければ、彼は素早い動きで地にバケツを設置した。

「まったく、これだからこのボロ屋は…。」

はちはバケツを持ち上げ、濡れた床を雑巾で拭う。

朝方から空はどんよりと曇り、表通りには、大粒の雨と風が降り注いでいる。
しろに問えば、ゆりは昨日出かけたきり、戻っていないと言う。
猫の手も借りたい、この状況。

「雨酷いですね。ゆりちゃん、大丈夫でしょうか。」

「この雨の中をか。」

雨森の水滴が額に当たって目覚めたはちは、苦々しいと言わんばかりの顔で言い放つ。
その目元には隈が浮かんでいる。

「はちだって大切な用事があれば、雨やら槍が降っても行くでしょう?」

「槍なら絶対出掛けねぇよ。」

「なら、空からヤリイカだとしたら?明日は朝から曇り空、ところにより一時激しいヤリイカが降るでしょう。」

突如始まった天気予報士ごっこにはちは動きを止め、腕を組む。

「…あんなベタベタした粘着物質が降るなんざ、想像したくもねぇな。」

「夕飯には、イカ料理が並びますよ!」

「地上に落ちた時点で四散するだろ。」

「地面に当たる前にキャッチすればいいと思いますよ。」

いつの間にか、しろは右手に紺色のグローブを嵌めている。

「巧くいけば、余りを売れるかもしれませんし。」

キラキラ瞳を輝かせるしろ。彼を前に、そう言えばこいつ、両ききだったな。
妙な所で、器用な奴だ。
再認識したはちは切り返す。

「でもよ、たかがイカとはいえ、落下速度は凄まじいだろうな。お前の大切なグローブに穴が開くかもな。」

「え!」

しろはグローブを抱きかかえ、はちは台詞を続ける。

「単に水が固まっただけの物質が、車のフロントガラスを割るだろ。要はイカの質量と高度。
それに速度と量次第だな。墨も飛び散って後の片付けも大変だろうし、場合によっちゃ、台風より性質が悪いぜ。」


「なら、降りイカで一儲け大作戦は…?」

しろは恐る恐る問う。テストの点数を、解答用紙の隙間から覗こうとする小学生のように。
はちは断定する。

「オレ達素人の出る幕はねぇ。漁師さんの圧勝ってとこだ。」

弾き出された結論に、しろはガックリと肩を落とす。
ざぁざぁと雨足強くなる表通り。床下浸水が生じそうな量と勢いに、床が飛び跳ねるイカでひしめく様を連想し、
はちは顔をしかめた。

するとしろは、無言で奥間へ赴いた。
作業を再開するのかと、はちが思った矢先、しろが戻ってきた。
はちは、目を疑った。

彼はどこから持ってきたのか、バケツと釣り竿を右手に握り、青いクーラーボックスを肩から下げていた。
鼠色の長靴を履き、丈の長い水色の雨ガッパを着ている。
本人は、至って真面目なようで。

「イカ漁の極意を習ってきます!そして、いつかは空を釣るんです!」

自信満々でそう言い放つと、雨風揺らぐ外の世界へ飛び出して行った。

「イカに流されても、あいつなら帰ってくるだろうな…。」

やれやれと額を掻くはちの頭上に、冷たい水滴が襲った。

【続】

まだまだ続くでゲソ!
イカ娘は見たこと無いですのでゲソ。
…使い方絶対間違ってる。流行語おめでとうです。


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いただきもの!

コメ返しました!ありがとうございますv

前回の更新で、←欄(プロフィール)を変えました。
キャラ紹介のイラストを、ドット絵に変更。

実はこれ、作ってもらったものなのです(!)

黒蝶の三者分は既に完成済みでして。
牡丹を新しく作ってたのですが、ジェバンニ並の速さで作業が進行してました。

そして完成…これは、RPGが始まりそうな予感がします。ドラクエ…一度は、やってみたいです。

てなわけで、こちらにも掲載しておきます♪
ぜひぜひ、見てやってくださいませv

私信⇒ありがとうです☆また次の奴も頼みますね(!)

はちしろゆりぼたん

さて、もうすぐ年末。
いろいろごたごたしておりまして、更新がまちまちになると思いますが、お暇な時にでもかまってくれると嬉しいです♪

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【天使と歌声】

コメントの返信をいたしました!ありがとうございます~。
ぼたん
 /黒蝶堂が、ゲームになるぞ!\
     もちろんウソなんだぞ!


さて、久々の短編です。
今回は、ゆりと、もうひとかた。新しいやつが登場しますb
・・・描く側が手を焼きそうになるほど、アクの強いやつです。
相変わらず、駄弁ってるだけですが。


↓↓よろしければ、ずずいっとどうぞ↓↓

【はちの月企画 一日一短編】

【天使と歌声】


「煙の事を、『紫煙』って言うのは何故だ?納得できないぜっ!」

足裏で幾度も地を叩き、組んだ腕の先。
右手の人差し指をせわしなく動かし続ける男。
誰に対してでもなく、一人でぶつぶつと文句を言っている。

「どう見ても白だっ!」

「『天使と歌声』、それに母親が同時に誕生するこの場所に、あなたはひどく似合わないわね。」

産婦人科を主に扱っている、遥光の町でも屈指の巨大な病院。
その屋上はただただ広く、降り注ぐ陽の光が地に当たって空へと反射する。
干された大量の白いシーツが、風にはためく。

その一角。

「天使?どれも似たような猿にしか見えないぜっ!」

男はイラ立つ態度を隠そうともせず、短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけ、煌々と灯っていた火を消す。
といっても、喫煙を遠慮するわけではなく、二本目に火を点けるためだ。

ゆりは、黄色をまとう彼に呼び出されていた。



「生まれた時に息吹き、死ぬ際は息を引き取るのだそうよ。」

「生は吐き出し、死は吸い込むってか。よくできてるなっ!」

二本目に満足したのか、黄色い彼は冷静さを取り戻し、ゆりの話に耳を傾けている。
柄が長い内は会話も可能なのだが、段々と短くなるにつれ、彼の機嫌は悪くなる。

咥え煙草は、いわゆる彼のイライラ指数といっても差し支えない。

「あなたも、息吹き始めた時があるの?」

ゆりが意地悪な笑みを浮かべ、彼に問う。
彼は口を綻ばせ、遠くを見るような顔で応える。

「そんな数百年前の話、もう忘れたぜ。」

「あら、数千年の間違いじゃなかった?」

その言葉に、男は空へ”紫”煙を吐き一息入れると、

「そうだったかもしれないなっ!」

横顔で、ふっと笑った。



「これ、嬢ちゃんのだろっ?」

弾む語尾と共に差し出すは、三本の万年筆。
それぞれ白、赤、黒を基調とした全体に、黒い羽を持つ蝶のデザインが持ち手に施されている。

「あら。」

ゆりはしげしげとそれを眺め、あぁ、あの時の。と呟いた。

「あいつが泣きながら持ってきたんだぜ。少しは手加減してやってくれ。」

苦虫を噛み潰したような表情で、男は言う。

「軟弱者ね。」

ゆりが冗談めかして返す。

が、向かいの男にとっては笑いごとでは無いようで。
煙草の火が燃え盛り、柄が見る見ると短くなっていく。
帽子に遮られ、表情は明白ではないが、黄色い光が帽子の隙間から零れている事は遠目でも分かる程度。

「まったくだっ!」

途端、彼が握っていた屋上の柵が、ぐにゃりとひしゃげた。

まるで絞ったあとの雑巾のように、綺麗なロール状を形成した。
その上、直線だったパイプが下方向へ変形している。
男は慌てて手を離す。が、後の祭りだ。
やっちまった、と顔に書いてある。
一方。ゆりは驚くでもなく嘆くでもなく、首を左右に振る。

「あなたこそ、少しは加減して頂戴。」

「…失礼。」

次の瞬間には、男は平静を取り戻していた。
三本目に火を点けたのだ。
力ずくで白い柵を元に戻そうとすれば、パイプは更にあさっての方向を向き、修理をしているのか
破壊をしているのか、分からない有様。

ぐぬぬぬぬ、と唸る男へ、ゆりは一言。

「その子が息を吹き返すかは、あなたの力加減次第よ。」

言い放つや否や、

「ちょっと、嬢ちゃん、手伝ってくれっ!」

男が制止するのも聞かず、どことなく軽やかな足取りで、屋上を後にした。

【終】

黄色の彼は、また後日に登場させられる…といいなぁ。

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【雑踏のベル】

視力がた落ちのため、眼科の予定を入れました。

発端は、車道の信号と、下に浮かぶの矢印でした。
あれが合体して、赤いチューリップ(赤が花弁で緑が草葉部分)に見えたとき

「これはまずい」
と思いまして。

すっきりした瞳で、新年を迎えられそうです。

ってなわけで、小話更新。
本日の御題は「雑踏のベル」。一話完結ですので、さくっとどうぞv


【はちの月企画 一日一短編】

『雑踏のベル』


かんかんかん。
遮断機が下りる。遮り断ち切る機材が、自分とあちらの世界を強引に裂く。
あちらの世界のその先、その向こう。

――先代堂長、黒川伊織が居た。

目を疑う。彼は三年前に死んだのだ。
彼の痕跡は、黒蝶堂の内外問わず、あちらこちらに残っているのに。

だが目前の彼は、余りにも自然に、風景に溶け込んでいる。

白昼夢?それとも幽霊?
いや、違う。
彼はすぐそこに立っている。
生前と同じたたずまいで、微笑んで、手招きをしている。

その唇が、ゆっくりと弧を描く。

「さぁ、おいで。ゆり。」

本物でも幻覚でも、もうどうでもよかった。
――手を、伸ばした。

「おい、どうした。ゆり?」

はっと我に返る。
若かりし頃の伊織に類似した声質は、”彼”を”彼”と錯覚させるには十分なのか。

気がつけば既に遮断機は空を指し、夕方の往来激しい人通りは『雑踏のベル』とも呼べる程、
騒がしく耳障りな雑音となっていた。

白昼夢?それとも幽霊?
いや、違う。
あれは記憶だ。昔この通りを彼と歩いた時の名残が、この場に染みついていたのだろう。

「珍しいな、ぼんやりするなんて。」

「これは何?」

「あ?」


見ずとも感触で解る。
左の手首が、はちの右手に掴まれている。
はちは溜息一つ。

「電車が来るって警戒音がうるせぇのに、てめぇが止まらねかったからだろうが。」

「そうだったかしら。」

「そうだっての。」

「……」

しばしの沈黙。

「…なんだよ。」

「あなたは伊織さんじゃないわ。」

他者から無感動と称される語調を飛ばしてみる。
突然挙げられた祖父の名に、はちの瞳孔は僅かに揺らいだ。

「…当たり前だ。悪かったな。」

予想通り、ばつが悪そうに、はちはそっぽを向いた。
これほどまでに次の仕草が予測されやすい人間も、そうそういないだろう。

「でもあなたは、私を制御したわ。」

「そらそうだ。」

「だから、私はこの道を通れるの。」

「…論理が飛躍しすぎて、意味不明になってるが。」

はちの不可思議な表情に、答えを与えず歩き出す。
手を離すタイミングを逸したのか。
彼は、半ば引き摺られるかのようについてくる。

「たまには自分で考えて頂戴。それが堂長の仕事よ、黒川はち。」

踏み切りを、横断していく。
伊織の姿は、どこにも見当たらなかった。



彼の声で白昼夢も、幻覚も消えた。
その瞬間、記憶は、過去となった。

――やはりはちは、黒川の人間なのだ。

今更だが当然の事実に、緩む口元。
波風一つ立たない、穏やかな水面。
そこに突如として投げ込まれた石。
その変化に不安と期待が交錯する。

――この高揚感は、紛れもない本物だ。

足元覚束ない青年を見返り、じっと観察してみせる。
眉間にしわの寄った彼と目が合い、思わず口走っていた。

「はち、早くここまで来て頂戴。早く、必ず。」

【終】

珍しくゆり視点でお送りしました。
彼女の言う”ここ”にはちが辿りつける日は、いったいいつになるのやら?
お付き合い下さり、ありがとうございました。


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『こちら黒蝶堂』


【こちら黒蝶堂】

右下に二羽の蝶が描かれた一筆書に導かれ、錆びた鍵穴を一周させると、古書と埃の入り混じる、懐かしくも息苦しい空間に迎えられた。

黒川はちの懸念は音も、間も無く薄れていった。正面に設置された椅子に座る。
入口から僅かに届く陽の光に照らされた、主を失った山積みの書物と、足元に転がる美術品もどきから用途不明の物品。それらを眺め、はちは溜息を一つ吐いた。

『黒蝶堂』とは、はちの祖父・黒川伊織が三年前まで経営していた古書店である。
遥光商店街の端に位置し、奥行きのある堂内の中央席に向かって本棚が左右に対照をなす。生前彼は『堂長』を名乗り、無秩序な古書達を統轄していた。
堂長は、黒蝶堂の最高責任者であり、独裁者であり、唯一の店員であった。
当時との差異は、彼の欠落だけに感じられた。移りゆく季節の中にありながら、堂内は時が止まっているかのように静かだ。

はちは居心地の悪さを感じ、ゆっくりと立ち上がった。鍵を上着のポケットから取り出し、左手に握った手紙を暫し見つめた後、整頓された机上に放る。
一筆書は黒蝶堂独自のもので、席の引き出しにだけ保存されている。泥棒の侵入した形跡は無かったから、恐らく性質の悪いいたずらなのだろう。
眉根が寄る。世間には暇な奴らもいるものだ。

踵を返す。

数歩歩いた時、耳をつんざく音が堂内に乱反射した。
静寂を破る突然の衝撃に、はじかれたように振り返ると、机上、珍品になりつつある古ぼけた黒電話が応答を請うていた。

はちは長年の癖で反射的に受話器を取った。

「はい、こちら黒蝶堂。」

「はちかい?私だ。黒川伊織だ。」

思考が停止し、言葉を失った。

先の堂長であり、はちの祖父でもあった、故黒川伊織が今現在電話口にいる。




「黒川伊織は三年前に他界しましたが。」

 落としそうになった受話器を支え、感情を抑える。あり得ないとは理解しているが、背中と頬を汗が伝う。その感触の悪さは妙にリアルだ。

これは白昼夢で、久々の堂内の雰囲気に中てられたのか。頬をつねるが痛い。

「だから人目を盗んで連絡しているのだよ。それとも、もうじいさんの声も忘れてしまったのかい?」

忘れるはずもない。間延びした語尾と芝居がかった口調。だが否定し続けねば、錯覚と現実の境で発狂しそうだ。 

「元気でやっているかい?」

「死人に健康を気遣われるほど、不自由はしちゃいねぇよ。」

のんきな内容に、どすの利いた声であえて冷たく返す。が、伊織の笑う気配がした。

もはや確信せざるを得ない。いつも笑みを絶やさない、彼の最大の癖だ。他人が彼の仕草をここまでコピーするのは、不可能だ。

「全く以てその通り。はち、良く戻ってきてくれたね。」


昨日届いた、宛て名も差出人名も無記入の封筒に同封された一筆書。

『明日の昼、黒蝶堂に来なさい。 伊織』

たった一文にも拘らず、笑い飛ばす度胸も、破り捨てる勇気も持てなかった。

「お前に伝える事がある。」

伊織は言葉を区切り、改まった風に咳払いをした。

「よく聞いてくれ。」

犯人を名指しする名探偵の台詞回しのようだ。
少しの間。
受話器の向こうが小さく息を吸った。先程までのおどけた口調はどこへやら、至極真面目な声音が耳に届いた。

時が、止まった。

「黒川はちを黒蝶堂堂長に任命する。」




手元から受話器がすり抜けていた事に、はちが気付いたのは、それと机上の手紙が衝突し、その勢いで手紙が宙を舞った時であった。

「な、な、なんでオレが!?」

ズキズキ痛むこめかみを抑えるが、少しも治りはしない。手紙は地に落ちた。

「お前しか頼める人がいないのだ。じゃあ、宜しくな。」

「断ると言ったら?」

「じいさんの一生の願いを叶えてくれないのか?」

「てめぇの人生は既に完結済みだろうが!」

はちが声を荒げるが、伊織は再び笑い、

「はち、小事に囚われては大事を成せず、だよ。もう時間だ。じゃあ…。」

「ちょっと待て!」

遠ざかる声に焦りを覚える。

「大丈夫だ。お前は私の孫なのだから。」

頷くさまが目に浮かぶようだ。安心感など微塵も得られない。

伊織はそうそう、と付け足した。

「分からない事はゆりに聞きなさい。仲良くするのだよ。」

「ユリ?」

「じゃあ、またな。」

ガチャン、という音と共に電話は一方的に切れた。
 
「またな、なんて。」

思わず眉間にしわが寄った。何度目かのため息が出た。

付近に録音テープらしき機械が仕掛けられていないか入念に確認し、受話器を置く。不審な点は一つとしてなかった。




「一体どうなってんだ…。」

一人になった空っぽの堂内に吐き出された本音。天井を仰ぐ。ずりおちた眼鏡をかけ直し堂内を見回す。異常なし。

「…帰るか。」

混乱する思考を整理するため、出直す事に決めた。一連の流れに消化不良を起こした胃が痛む。頭痛が一層悪化し、視界が霞んだ。

一刻も早くここを出た方がいいようだ。手紙を引き出しにしまい、足早に脱出する。





…はずだった。





全身の毛が逆立った。陽の光の元へ向かおうと振り返ったはちの足元に小さな影が映った。



 

そこには頭に大きな真赤のリボンをつけた少女が気配なく存しており、切り揃えられた黒髪の下の黒目がちの瞳がはちを捉えていた。



 

「店は休業中だ。悪いが出直してくれ。」

ひねり出した上擦る声は少女に届かなかったのか、少女は眉一つ動かさず、一言も発しない。

「まさか、迷子か?」

はちは腕を組んだ。黒蝶堂に小学生が来る事は余りない。

噂によるとここは何故かお化け屋敷と称されているらしく、時折肝試しやら罰ゲームやらで顔を覘かせる程度だ。少女も同様、客ではないだろう。

無表情に恐怖心を煽られ、こちらの肝が冷える。人形か?と思えるほど少女からは生気というものが感じられない。よく見れば日本人形を彷彿させる桃色の着物を纏っている。

最近の流行なのだろうか。

 

とにかく店を出る事が最優先事項だ。



「おい、閉めるから一緒に来い。」

少女の手を引く。異様に冷たい。血が通っているのかと疑ってしまう。

「どこに行くの?」

少女は初めて口を開いた。淡々とした、容姿不相応の落ち着いた話し方だ。

「警察だよ。親が心配する。」

「どこに帰ろうと言うの?」

「決まってんだろ。家だよ、てめぇの家。」

「その必要はないわ。」

はちは足を止め、怪訝な表情で後方を見やった。少女の目は微かに細まり、唇が綺麗な三日月を描いた。



 

「黒川はち、おかえりなさい。」



 

 「どうしてオレの名前を知ってんだ?てめぇは誰だ?」

記憶に無い少女は

「名を問う時は自ら名乗れと、伊織さんから教わらなかったの?」

呆れた、と付け足した。

「それに、察しのいい人はもう勘付いているわよ?」

はちは辺りを見回した。少女と自分以外誰もいない。

少女は口元をゆがめ、頭を指した。どういう事だ?少女が口を開いた。

「仕方ないから教えてあげるわ。私はゆり。黒蝶堂の憑者よ。」

「ツキモノ?」

「憑依の憑に使者の者。私の存在を意味する言葉。」

少女は腕を組み、はちを貫く視線で言い切った。

「馬鹿らしい。大人をおちょくるもんじゃねぇぞ。」

今日は厄日か。事情は不明だが、恐らく自分に課した設定を主張したいのだろう。漫画やテレビの影響か。

子どもがごっこ遊びに熱狂するのはいつの時代も変わらないのだな、と、はちは少女の目線の高さにしゃがみこんだ。

「あいにくオレは遊びに付きあえるほど暇じゃねぇんだよ。それにガキは外で遊べ。」

すると少女はワンテンポ遅れで

「わかったわ。表まで見送って頂戴。」

我侭を言うかと思えば、あっさり了承した。



少女の前を歩くのは両サイドに本棚という名の壁がそびえ、人一人通るのがやっとの幅であるからだ。正面に見えるガラスの引き戸まではほんの七、八歩。

目を瞑っても渡れる距離だ。



だがどうした事か、その間隔は一向に縮まらない。どころか離れているような気さえする。遂には息が切れ、その場に座り込んでしまった。



「どうかしたの?早く外に出たいのでしょう?」 

少女は背後で不敵な笑みを浮かべ、呟いた。



振り返ると、少女の頭上には無数の書物が表裏紙を翼に羽ばたいていた。呆気にとられるはちを余所に、それらは少女の指に応じて、群を成し、はちを襲った。



はちは駆け出した。今日店に来た事を激しく後悔しながら。
過去に見たホラー映画が蘇る。

突如怪奇現象に苛まれ、女の子の霊に追われた主人公の男。目先の扉は何故か鍵がかかり、女の子の小さな手が、泣き叫ぶ男の首筋に…。


ガラス戸が引けるか否かは不分明だった。はちが引き戸に手を伸ばし触れる寸前、書物の群れが一斉に扉を覆ったのだ。ガラスが軋み、悲鳴を上げる。

完全に外の世界と切り離された。

「オレはあの情けない男とは違う!」

自身を奮い立たせるがごとく叫ぶと、素早く少女の脇を通り抜け、中央の机へ転がった。黒電話を颯爽ととり、ダイヤルを回す。

少女がリボンを揺らし、ゆっくり近づいてきた。

 

「助けを呼ぶの?」

「警察にな!」

「家から出られないとでも?」

「背に腹は代えられねぇよ!」

語気を荒げ、はちは受話器を耳にあてた。



が、届く無音。待てども、うんともすんとも発しない。遅い。こんな緩慢な対応で国民の安全とやらが守れるのかよ、と毒づく。

リダイヤルを重ねるが、応答どころか、待機中の音すらない。

少女が指を突き出した。イライラを隠せぬまま見やると、その先には電話の後部より繋がるコードが伸びていた。惰性で辿っていく。と、それは床上で二つに分断されていた。



「三年前、この子の命を絶ったのは他でもないはち、あなたでしょう?」

女の指に絡められた鋏が、刃を光らせた。

脳裏によぎるワンシーン。その後、主人公は荒波激しい海の浜辺で発見された。首だけの無残な姿になって。

傍には血痕に塗れた凶器。笑う口元が奏でる喜びの歌がエンドロールとして流れた。

「希望は有るかしら?手順だけは、要望に添うわ。」



少女の目と刃が呼応して鋭く光り、口元が綺麗な三日月を描いた。


はちの意識はそこで途切れた。







口内への不法侵入者に、覚醒は突然訪れた。液体を噴出し、涙目で傍の男を睨みつける。

コップ片手に座るのは案の定、氷山しろだ。

「溺れるとこだったろうが!」

握りこぶしにしろは少しもひるまず、悪びれる風も無いまま

「おはようございます。寝起きに怒ると、血圧上がりますよ。」

「誰のせいだ、誰の。」

名の示す通りの白髪が首を傾げると同時に揺れた。

「随分うなされれてましたけど?」

「そうだ!しろ、一体どこから夢なのか教えてくれ。」

しろは青い瞳を丸くし、すぐに笑った。

 

「落ち着いてください。怖い事は一つもありません。」

差しだされたタオルで顔を拭う。

そうだ、最初から全て夢だったのだ。時折やけに真実めいた夢を見る事は誰にでもあるだろうに、何を取り乱しているんだ。



胸を撫で下ろし、はちが顔をあげた瞬間、赤いリボンが視界の端に映った。はちの口元が引き攣った。そこで初めて、ここが黒蝶堂二階の居住スペースだと気がついた。 

「顔色悪いですよ?」

「お前はあのガキを知ってるか?」 

視線の先をしろは一瞥すると 

「ええゆりちゃんでしょう?黒蝶堂の憑者さんらしいですね。」

至極当然のように言い放ち、笑顔で手を振った。はちは愕然とし

「手を振るな!凶暴だぞ。」訴えた。

「何言ってるんですか、可愛い子ですよ。」



騒ぐ二人を横に、部屋の隅からはちの布団へゆりが歩いてきた。はちは後ずさる。腰が抜け、立てない。



「堂長。」


畳の上でゆりは正座をした。しろとゆりの無言の圧力に気圧され、はちはしぶしぶ

「なんだよ。」

ふてぶてしく返事をした。

「よく聞いて頂戴。私たち憑者には堂長が必要なの。そして、あなたたち人間にも。」

「意味がわかんねぇ。」

ゆりはじっとはちを見つめた後、目を伏せた。長い睫毛が震えた。 

「さっきのは冗談よ。百聞は一見に如かずと言うでしょう?」 

「はち、何があったんですか?」

喜々として問うしろをそのままに、はちは眉間にしわを刻んだ。 



「この店はじいさんの道楽の延長だろう?  千歩譲って、てめぇが憑者とかいう存在だとするなら、なおさらオレは継がねぇよ。」

自らに油をかけ、火に飛び込むようなものだ。 

「伊織さんの思いを踏み躙るつもりなの?」

「うっ…。」そう言われると、反論の術は無い。揺らぎの色が表れた。 



「やってみたらいいじゃないですか。」

しろはにこにこ笑い、人差し指を立て提案した。



「僕も協力しますから。」

 それでも渋るはちの思いを読み取ったのか、

「それとも、怖いのかしら?」

少女の顔で、ゆりは挑発した。

「なわけねぇだろ。」

とは言っても、冷汗は隠せない。 

「なら、決まりね。」

ゆりは強引にまとめ、小さな手を差し出した。 

 

「黒蝶堂を再開するわよ。しろは副長として、はちを補佐して頂戴。」

「不束者ですが、宜しくお願いします。」

「こちらこそ。」

両者が握手を交わしたが、はちは気難しい顔を崩さないまま布団に座っている。

「おい、憑者に堂長が必要ってどういう事だよ?」

流れる時間に棹差す思いで問えば、 

「直にわかるわ。でも、案ずる必要はないの。」

大きなリボンが揺れた。 

「堂長は自分に嘘をつく事無く、進めばいいだけよ。」

「よくわかんねぇ。」

愚痴りながらも眼鏡をかけ直し、差しだされた手を握った。

腹を括るしかないようだ。不思議な事に掌は温かかった。



「宜しくして頂戴ね。はち堂長。」



【はじまり・終】

テーマ : オリジナル小説
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今日は何の日でしょうか?

コメントの返信をいたしましたので、どうぞご覧くださいませ。
こたつにみかんを実施してみました。
尚更こたつから離れられなくなりました。

↓↓こっから本題↓↓

Q.今日は何の日でしょうか?

A.本日12月8日⇒⑧⇒そう、「はち」の日ですね!

当ブログでは毎月8日を「はちの日」と設定しておりまして、
主人公的ポジションである黒川はちにちなんだ更新をしているのです。


先月分まではトップ記事から飛べるようにしています。
で、今月なのですが。

す っ か り 忘 れ て t(ry

…今月も、イラストです。

【しろに呼ばれた時(↑)と、ゆりに呼ばれた時(↓)の反応】

はちの日12月

なんという落書き(*^^*)はち、ほんとごめん。

しろに呼ばれても、気づかない時が多いです。
かなりぼんやりした彼が見られます。
一方。
ゆりに呼ばれると、さっ!と反応します。
かなり俊敏な彼が見られます。

ってなわけで、今年のはちの日はこれにて終了です。

お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございます。
来年も更新していきたいと思いますので、どうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします><


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ジャンル : 趣味・実用

これは困った…!

ゆり

【お知らせ】プロフィール欄のゆりのイラストを更新しました。

が。

保存サイズ失敗した…orz

彼女だけ異様に小さい感じになってしまいました。ごめんね。

今見てみると、絵も随分変化したなぁと感じます。
もうすぐ、このブログが一周年(!)を迎えるので、
昔の絵と今の絵を比較する企画でもやってみたいなぁと思います。

あまり変わってないかも…ちょっと見るのが怖いですね(苦笑)

【本の話】

【本の話】

昼下がりの黒蝶堂。
店内前方、堂長席に座す、黒蝶堂堂長・黒川はち。
表は朝から天気がいいが、相変わらず、客足の遠い古書店内。

はちは先程から、飛んでは戻ってくる意識に、もてあそばれていた。
昼食後の睡魔にどうしても抗えないようで、うつらうつらと船を漕いでいる。

「片付けるな。まだ、まだ食えるっていってんだろうが!…あ、なんだ夢かよ。」
自らの声に驚き、はっと目を覚ましたはち。
寝ぼけた頭を勢いよく左右に振り、眠気を吹き飛ばす。
すると、机の上に乗せてある黒電話が、タイミング良く音を鳴らし始めた。

「…はい、こちら黒蝶堂。」

「―――!」

女性の声だということはわかった。
だが、何を言っているか、聞きそびれてしまった。
電話口の人間が早口なのか、彼の脳が完全には覚醒してないからか。

はちは「あ?」と言いそうになる口を抑え、ゆっくりと問う。

「もう一度、お名前をお願いできますか?」

「私は―――です。欲しい本があって、えと、お尋ねしたい―――」

彼女の声は受話器をあてた右耳から左耳へ、100メートル走をしているのかと言わんばかりに
ものすごい勢いで、駆け抜けていく。
発せられる単語を拾うのがやっとなほど、よく噛まないな、と思えるほどに。

「…マシンガントークって、こういうことか。」

相手に聞こえない音量で、はちは呟く。

「えと、三冊目は―――で、」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

まったく聞き取れない状況に陥っているはちの耳へ、
彼女は容赦なく言葉の弾丸を浴びせ続ける。

「落ち着いて下さい。本は逃げませんから。」

彼女ははちの言葉を聞くと、その言葉を更に加速させた。
自らの言葉に立ちふさがる、障害物だと思ったのかもしれない。

「あの。」

はちが新幹線と化した彼女をなんとか止めようとした。
丁度、その時。

「置いていないのなら、違う店に電話を掛けます。だから―――」

耳が、言葉を拾い、
はちは側頭葉を、ピストルで撃ち抜かれたような錯覚に陥った。

せっかくの客、ここで逃がすわけにはいかない!

「待ってください!」

はちは耳に、全神経を集中させた。

「待ってください。本のタイトルを…」

「白黒、ナメクジ定食、死神の限界突破、アシタニコンニチハ、嗜好のセオリー学、
蒼い風景―――どれも今では絶版になって―――今すぐ欲しいので―――」


「…探してみます。」

どれも聞き覚えの無いタイトルばかりだ。
彼女が絶版と言う通り、随分昔に発刊されたものだろう。
出版社も著者も分らない状態で、堂内の莫大な本の中から探すのか。

しかも、すでに絶版になっている本だ。
「ある」保証はない。

右手でメモを取った後、はちは左手の受話器を右手に持ち替えた。

「あるかないかだけでも、わかりませんか。わからないなら違う店に―――」

届いてくる声。
どうやら彼女は、焦っている様である。
事情は不明だが、黒蝶堂に「データベース」つまり、「検索機」という便利な物はない。
だから、今すぐと言われても正直困るのである。

困るのである。
実際困っている。

だが。

はちには「違う店」、の単語が色付きで視界を覆ったように感じられた。

「二分だけ、時間をください。」

そして、相手の返事も聞かず、はちは受話器を机に伏せて置く。

…この客を、逃がすわけにはいかない。
今本気を出さずして、いつ出すのか。

がたん、と椅子を鳴らし、はちは堂内の奥、居住スペースへ足を運んだ。



「ゆり!」

「ゆりちゃんなら御出掛ですよー。」

急げ急げと逸る気分とは裏腹に、なんとも間延びした声が耳に届く。

「こんな時に限っていねぇんだから…!」

はちは焦りの色を隠せない。奥間から出てきた返事の主・氷山しろは首を傾げる。
一体どうしたんですか、との質問に20字程度で応えると、しろは「あぁ、そういう事情でしたか」
と頷いた。

「つまり、その本があるかどうかを調べればいいんですか?」

「いや、売りつける。」

はちは断言する。この客を逃がせば、今後の営業が全て滞る様な、そんな気さえしていた。

「言葉が悪いですよ。」

しろが諌める。手元の洗濯物を畳み終え、よいしょと腰を上げる所だ。

「商人だからな。言葉巧みと言ってくれ…って、そんな話をしてる場合じゃねぇんだよ!」

はちは引き出しを開けてリストを探す。きっと先代・伊織の時も日誌をつけていたはずだ。
そこに何かしらのヒントがあるはずだ、との期待を込めて。



しかし、探しても探しても、日誌自体が見つからない。
保管場所はきっとゆりが知っているのだろうが、現在彼女は外出中。
そして自分に残された時間は、残り1分足らず…。

メモを見、本を一冊ずつ探すのには”不十分”すぎる時間だ。
はちは頭を抱えた。

一体どうすれば…!

「はち、諦める前にする事があります。」

「誰も諦めちゃいねぇよ。諦めそうになってるだけだ。」

「相変わらず、変な所で意固地ですね。」

しろは立ち上がり、堂内へ向かう。

「おい!」

はちは後を追う。しろは、堂長席に置かれた要求本のリストを見、ほぉ、と声を漏らす。
そして振り返る。

思わず目を覆いたくなるほどの、まばゆい笑顔が浮かんでいた。

「はち、今日は御馳走が食べられますよ!」



「それで、どうなったの?」

ゆりはお茶を啜り、茶菓子のチョコレートを摘む。
縁側に面した小さな庭で、はちは一人、草むしりをしている。

しろは話を続ける。



「すべて売却可能…です。」

と半信半疑で客に伝えたはちの机に、一冊ずつ本が積み重ねられていく。

しろの足取りに迷いは微塵もない。
脚立を運び、背表紙を舐めるように見れば、まるで最初からしろを待っていたかのように、目的の本が棚に並んでいる。

はちは絶句していた。
しろはリストも、データベースも所持していないだろう。

であるのに、どうしてこんな事ができるのか。

もしやこの電話主が事前にしろと打ち合わせをしていて、オレを驚かすために…
いや、可能性として無くは無いが、そんな事をしても、この客に何の利益も無いだろう。

なら、なぜなんだ。

はちが唸り、ぼんやりしているうちに、すべての本が出揃ってしまった。

向かいには、どうですか!と言わんばかりに得意げなしろの表情。
耳元で客が叫ぶ。

「本当に全部――?この際値段はいとわない――」

客の声は相変わらず遠い。はちは値札を確認した。
ひくっとこめかみが痙攣する。

こんな古本がこんなに高ぇのかよと言いたくなる気持ちを、ぐっとこらえる。

営業用の声を準備して価格を告げると、

「買うわ。思ったより安くて安心した――」

客は即決した。
はちは内心、おいおい正気かよ…と告げたくなったが、またもぐっとこらえる。
そして一言。

「お、御買い上げ誠にありがとうございました。」



「それが、どれも結構な貴重書だったみたいで。」

ゆりはしろをじっと見つめる。

「相場に添ってるわ。価値に相応の価格よ。」

「こんなに高価な書物があるんだと、僕もびっくりしました。で、はちは驚愕の気持ちを抑えるために草むしりを。」

しろはくすりと笑う。

「あなたのおかげね。」

ゆりは庭で作業中の彼を観察しながら、銀紙をびりりと破る。
しろの口元がほころぶ。

「たまには僕も、役に立つでしょう?」

「えぇ、助かるわ。」

小さく笑むゆりは、しろに湯呑を差し出す。
重力に従い、急須から零れ落ちる温湯。
その水流に、彼女の陰りの表情が映った。



「僕、一度見たら忘れないんです。」

庭にて、はちは回想する。

「だから、本があるかどうかだけじゃなくて、どこにあるのかもすぐわかります。」

「それはすげぇな。」

それは、自然と零れた感想だった。

「伊達に黒蝶堂の常連だったわけじゃないですからね。」

人差し指を立て、得意げに話すしろ。

その一方で、

「今回は本当に助かった。」

はちは素直にそう言えない自分に疑問を抱くと同時に、その疑問の答えを得ている事を知っていた。

――オレも、気合入れていかねぇと。

古本の相場さえ把握してない自分は、堂長の座を追われても仕方がない。
本は確かに大量にある。だが、本の場所を完璧に把握できていない自分が、商売人だとは甚だ笑わせる。

――まったく、客の応対なんざ…慣れねぇ事はするもんじゃねぇ。

そう思う一方。
この草むしりが終われば、ゆりに教えを請おうと考えている。

――商売…いや、黒蝶堂について、もっと知らなきゃな。



【終】

ご注意:登場する絶版本と、実存する文庫本は、一切関係がありません。
めずらしくまじめな話になったかな?なんて。
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テーマ : オリジナル小説
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『淡い白雪』

泥棒の黒澤さんに惚れる。「だから?」って言っても許される人だと思う。
わかった方は、お友達ですね!

ラストスパート!ってことで短編更新です♪
↓↓いつも以上に内容が無いよ!それでもよければまたーりどぞ↓↓


【はちの月企画 一日一短編】

『淡い白雪』


「透き通る乳白色に、世の女性が嫉妬するほどのキメの細かさ。まるで『淡い白雪』のようではないですか!」

夕食後。黒川はちがニュースを見ていた頃。
氷山しろが、軽やかな足取りと共に鼻歌を歌いながら現れた。

ごろりと横になり、うつらうつら。
夢の世界に片足をつっこみかけていたはちは、その気配に、一瞬にして現実に引き戻された。
左隣に腰を下ろしたしろを、不機嫌そうに睨みつけるが、効果は無い。
上体を起こし、後頭部を掻く。あくびを一つ。

右目を人差し指で拭うと、しろの様相が視界に入った。
彼はうつむき、肩を震わせていた。

「おい、どうした?」

具合でも悪いのか、と続ければ、しろはすくっと立ち上がる。
手には銀色に輝くスプーン。
机上には青いパッケージの…

「この時のために生きてると言っても、過言ではないですね!」

はちの現場検証の途中、その思考を遮る声が脇から発せられ、はちは眉根を寄せる。
が、その感情が白い彼に届く事は無い。
はちは溜息一つ。

「風呂上りにアイスとは、贅沢な暮らしだな。」

「まったくですね!」

よく見れば、しろはタオルを肩に乗せ、髪も乾かしていない。
髪が室温で乾いていく事も厭わず、二口目を口内に放っている。

「よくもまぁ、あれだけ飯を食ったくせに、まだ食えるとはな…胃袋どうなってんだ?」

「まったくですねー。」

はちは、隙を見て冷菓の容器に手を伸ばした。
と言っても、横取りして食べようというつもりではない。
何が白い彼をここまで夢中にしているのか、もしや中毒性の高い成分が含まれているのでは?

と考えたからである。

だが、その疑問は解決されなかった。

気付いた時には、手の甲にスプーンが刺さっていた。



悶絶するはちの隣で、もくもくと口に白い物体を運ぶしろ。
はちは痛覚に生理的な涙を浮かべながら、傷口を押さえる。
絆創膏を探して貼り付けると、アイスの彼から少々離れた位置に座る。

「調子に乗って食い散らかしてると、体も白くなるぞ。」

「…まったくですね。」

しろは落ち着きなく手を動かしている。
そして、ちらちらとはちの様子を窺っている。

盗らねぇっての、とはちは口の端を引き攣らせる。

「…太っても知らねぇぞ。」

はちの諦めが籠った言葉に、しろは動きを止め、アイスを机に置いた。

「はち。」

「な、なんだよ。」

真面目な顔。翡翠色の目がはちを捉える。
少々の間。

はちが目を逸らせないでいると、その目が、にこりと笑った。

「好物を我慢する位なら、舌を切った方がましです。ね、ゆりちゃん?」

「まったくね。」

いつの間にか、背後を少女に取られていた。
頭上より降って来た言葉に、はちはビクリと反応する。

「てめぇ!少しはまともな登場ができねぇのか!」

しかしやはりここでも、はちの言葉は拾われないまま地に落ちていく。

「甘い物は別腹よ。」

絶対不変の定理を手に入れた、と言わんばかりの口調で言い放つ少女は、板チョコレートをぱきりと前歯で割った。

結託した彼らを前に、はちは顔を左右に振る。
まるで、不治の病を患者に宣告する医者のように。

「お前ら、虫歯になっても面倒みねぇからな。」

【終】

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『白い砂浜』

(前略)気分が安定しない日は読書をして、気分を落ち着けるのが一番!(後略)

私には、こいつらの面倒を見る義務があるからな。

あとはそぉぉ(^o^三^o^)ぉぉんを鑑賞。

これ見れば、すべて吹っ飛びます。大丈夫だ、問題無い。


更に、新しくリンク様を迎えましたやっほい!
また後日、改めて紹介させていただきやすv


↓↓さて、本日の更新はこちらです↓↓なぜか新キャラ登場。一話完結です↓↓

【はちの月企画 一日一短編】

『白い砂浜』


「水鳥さんは、寒くないのですかね。」

遥光の街、西の果て。
当街有数の観光地、天守閣に、二の丸広場を内包する府月城。
その巨大な府月城が誇る、立派な外堀の傍。

水際を沿いながら散歩をするしろの目に、白地に淡い青色の差し色が入った一羽の白鷺が映る。

道路側の彼。隣を歩くは少女ゆり。
こちらの方面に用事があると言い、食後の散歩をするしろと連れ立っている。
彼女は目立つ。脇に抱えた分厚い本に厚底の靴、大きなリボンを身にまとっているからだ。
だが、振り返る人間の内の半数は、見るも見事な白髪を持つ、若い男に視線を奪われていた。

両者は、その視線に構うことなく歩みを進めていく。

堀側を歩くゆりは、しろの言葉にふっと目を向け鷺を捕捉した。
吐く息は白く、冬の足音聞こえるこの季節。

冷水に足を浸ける生物を見、とても寒そうねと他人事に一言放つ。

しろは続ける。

「彼は靴下も履いてませんし、マフラーも巻いてません。」

見てる僕の方が、鳥肌が立っちゃいますよと、昼の北風に、ぶるりと体を震わせる。

「獲物を狙っているのかもしれないわ。」

鷺は微動だにしない。

「己の欲求を満たすためには犠牲が必要なのよ。」

「犠牲?」

しろは不穏な単語に首を傾げる。ゆりは本を左手に持ち替え、しろを見上げた。

「この場合、彼の寒いと感じる神経と、しろに鳥肌を立たせている事実が指摘できるわ。」

そっぽも向かない鷺に負けず劣らず、少女の表情筋は、括約するが活躍しない。

一方のしろは表情豊かで、申し訳なさそうに眉を下げる。

「でもそれは、僕が勝手に思ってるだけです。彼が実は、向かいの青い海が美しい『白い砂浜』に移住したいと思ってるかもしれませんし。」

「思うは自由よ。だって、行動主にも責任はあるから。」

ゆりは続ける。

「行動主が『そんなつもりは無かった』としても、相手側の受け取り方は、あさっての方向を向く事だってある。都合悪く、誤解が誤解を呼んで、不都合や不仲に繋がる可能性もあるわ。」

しろは立て板に水の様なゆりの論展開に理解が追いつかず、はて、と足を止めた。
ゆりも同様、歩行を停止する。次に、堀沿いに設けられた柵に手を載せた。

「簡単に言うと、昨夜の事よ。あなたが良かれと思って牛乳に氷を入れたら、はちが文句を言ったでしょう?」

「あ!確かにあの時は怒られましたね。『食べ物への冒涜だ!』とかなんとか言われましたが、はちが何と言おうと、僕はアレが好きなんですよ。」

納得したしろを見、ゆりの口角がつり上がる。

「それと同じよ。」

「なるほど!」

しろはぽんと手を叩き、続けざま、普段のように人差し指を付き立てる。

「つまり、冷やし牛乳の行為が非難されるあまり、本来重要であるおいしさに言及されないという事ですね!」

ゆりは白い彼を相手に目を見開く。そして一言。

「…論点がずれたわ。」

「な、なんですって!」

しろは指折り、自らの思考段階を順繰り巡って行く。それも最後まで行き着いたのか、どこで間違えたんでしょう、と小さく呟いている。
そんな彼を前に、分かりやすい例を掲示したと信じて疑わなかったゆりは思う。

――人の中には、面と向かってはっきり言わないと、伝わらない子も居るのだ、と。



ところ変わって、府月城の天守閣。
紫色の下げ緒が結ばれた双眼鏡を片手に、眼下の遥光の街を見下ろす一つの影があった。

「ゆりはまた小難しいことを言っているようだのう。」

その視線は少女から、白い彼に移った。紫色の瞳が、きらりと輝く中での出来事。

「おもしろそうな奴が、やって来たでござるな。」

彼は月紋の入る着物を翻し、不敵な笑みを浮かべた。

【終】

府月城は遥光西の端に位置するでかいお城です。
牛乳に氷はなかなかおいしいですよ。


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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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