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【しんごうの話】

【しんごうの話】

「何を描いてるの?」

黒蝶堂の屋上には、昨夜より降り続いた雪が東の空に昇り始めた朝日に照らされ、一面の銀世界を輝かせている。
白い地上をサクサクと踏みしめ歩くは、分厚い本を脇に抱えた少女。
屋上の端、洗濯物干が置かれた場所より少々離れた地点。
雪で染め上げたような白い髪を、深紺のリボンで結った後ろ姿が少女の瞳に映っていた。

「あれ、ゆりちゃん。早いですね。」

振り返った白い青年、氷山しろ。左手に握っていた絵筆をくるりと手元で一回転。
その反動で、筆先に塗られた青色が宙を舞い、足元の雪をじわりと濡らした。

「あなたこそ。」

にこにこという擬音が周囲に浮かぶ青年の隣に歩を進める、無表情の少女。
切り揃えられた黒髪に白い肌。
人間サイズの日本人形が自立歩行の力を手に入れたかのごとく、彼女からは生気が発せられていない。


「早くに目が醒めてしまって。朝食の準備も済んでしまいまして、絵の続きでも描こうかなと思いまして。」

「風景画かしら?」

「えぇ。」

首から下げた紐に繋がるがばんの上。しろが描く風景が、学習机一枚分程度のスペースに広がっている。
青い空を背負った新緑の美しい山並みに、雪の降り積もったのどかな田舎町の昼下がり、と言ったところか。
下方に走る灰色の一本道には、一台の車も人影も無い。

「どうして?」

ゆりはその絵をしげしげと眺めた後、着物の袖口から覗く小さな右手の人差し指を絵と触れるか触れないかの位置で止めた。
そこには、他の世界とこの田舎町とを繋ぐ始まりとなる交差点。

古びた一台の信号機が存している。

「どうして…ですか?」キョトンとした表情を浮かべるしろ。

「どうして、こんな車も、自転車すらすれ違いそうにない辺鄙な場所に、信号機があるの?」

少女は面倒くさがる風も無く、省略箇所を補ってもう一度問うた。

青年は、ぽんと手を打った。

「実はですね、昔、こんなことがありまして――」

しろが語り始めた話の舞台は小学校。
交通安全教室と銘打った授業中。

――事件は起きた。



『どうみても、緑色だ。』

『はち君、あれは”青”なのよ。』

『いや、違う。』

断固として、その場を動こうとしない眼鏡の少年。
その隣で困惑する女性警官。
更に、その隣の隣で苦笑いを浮かべる担任の教員。

『信号が青になったら渡りましょう。』

それほど広くないごく普通の運動場。端に設けられた、疑似的な横断歩道とミニチュアの信号機。
低学年の子供たちが整列して座り、普段とは違う授業形態の雰囲気に、期待と不安の顔を顕にしている。
若い女性警官の指示の元、一列目の生徒たちが立つ。
おもちゃの信号機が、赤から青に点灯を変える。
黄色い旗を傍らに、彼女が生徒達を誘導する。
生徒たちは元気よく耳横に手を当て、天へと突きあげた。
渡る前に右、左、もう一度右を見て、との指令通り、彼らは大げさなほど顔を左右に振って来るはずの無い車を確認する。

しろはそのミッションを難なく終え、体育座りをして他のクラスメイト達をぼんやりと見ていた。

そんな時。
一列になった生徒の中でたった一人、信号が青になったにも関わらず、他の輪を乱して留まる人間がいた。



話は戻る。
しろの隣に立っていた担任が彼女と少年の元へ、重たい足取りで近寄っていく。

『信号が青だと言い張る限り、オレはここを動かねぇからな!』

彼の声は、少々離れたしろの位置にまで届いて来た。
その少年こそが、当時しろと同クラスの黒川はちであった。

彼の主張はこうだ。

――あれはどう見ても青では無い。緑色である。だから、青になって渡るのであれば、緑である限り横断は不可能である、と。

今では電光の技術が発展して信号の”青”は青に見えるが、十数年前には未だ、緑色で代替されていた。

「彼は警察と教育者を相手に、徹底抗戦を計ったんです。」

「徹底”口”戦でもあったわけね。」

ゆりの相槌である掛け言葉に気付かず、しろは首を傾げた。
考え込んでしまう前に、ゆりはそれで?と先を促す。

「先生は本当に困惑していましたよ。なにせ10m程度歩けばそれで済む、なんら障害の無い授業内容でしたから、まさか拒否する子が出るとは思っていなかったでしょう。」

しろはくすりと思い出し笑いを浮かべる。

「今なら面白話として冗談交じりに話せます。でも、当時はぼくも、はちも子どもでした。」

「あなたはどう思っていたの?」

ゆりから吐かれた空気が白く濁る。
しろはそうですね…と腕を組み、

「変な奴ですねと思いましたね。一生道路を渡らないで生活するつもりなんでしょうか?って、ちょっとだけ小馬鹿にしていました。」

悪戯小僧の様に、てへへと笑った。



それから授業の終わりのチャイムが鳴り、生徒たちは先に教室へ戻るよう指示が出された。
しろもクラスメイトと同じく、立ちあがって教室へと足を向けた。

「その途中で、先生の問う声が聞こえて。ぼくはつい、足を止めてしまいました。」

少々棘のある口調で、担任の教員は早口でこう言った。

『なら、はち君はいつ道路を横断するのかな?今まで渡った事がないわけではないよね?』


「そしたらですね、はちは平然と答えたんです。」


『そんなもん、車が来てねぇ時に決まってんだろうが。オレは自分の目を信じてるんだ。じいちゃんからいつも言われてるからな!』

警察官と教員は顔を見合わせた。何がここまで彼の決意を固めさせるのだろうか。
鼻を鳴らす少年は、信号に向かってびしりと指を突き付ける。

『少なくとも緑を青と言い張る様な奴の合図だけで、さぁ進めと背を押されても、オレは絶対踏みとどまってやるんだからな!』




しろとゆり。両者の間を、一時の空白が通り過ぎた。

「…生意気な上に意固地だなんて、つける薬も見当たらないわ。緑を青と表現するのは単なる概念の問題でしょうに。」

しろはこくりと頷いた。

「その日の放課後に黒川家の人、おそらく伊織おじいちゃんが呼び出されていました。長時間の話合いもとい御説教が行われたようです。」

「伊織さんの事だから説教なんて、のらりくらりとかわしたでしょうね。」

ゆりは微かに笑う。
しろは続ける。

「はちは教室に戻ってきてからも、機嫌が悪そうでしたけど、次の日には、普段と同じ様子だったようです。」

足元で眠るかつて少年だったはち。
彼の預かり知らぬところで、彼の過去は暴露されていく。

「いつ事故に遭ってもおかしくないわね。しろ、よくよく見ていて頂戴。」

「大丈夫ですよ。今は”青”が”青”で表現されてますからね。」

パレットに置かれた濃淡の様々な青色と緑色。
それを混ぜ合わせ、しろは自分の絵内、信号機に青緑色を描き入れた。

「はちは今でも、自分の目を信じてるみたいです。やっぱり、人間って根本は変わらないんですね。」


【終】



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テーマ : オリジナル小説
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【小話】しろとアイスの話【更新】

【しろとアイスの話】

「この寒いのにアイスなんざ食いやがって。お前の神経疑うぜ…」

「はちも食べたいんですか?」

指先の感覚が無くなるほどの鋭い寒さが、黒蝶堂全体を覆っている。
そんな中、しろはコタツに入り、木製のスプーンでカップのバニラアイスを掬っては口に運んでいる。
その様を、はちは同じくコタツに籠り、肩肘ついて見ているところである。

「オレは、自分の神経を信じてるんでね。」

『見えないものは信じねぇ!』っていつも言ってるじゃないですか。」

しろによるはちの物真似は、なかなか似ている。

「それはそれ、これはこれだ。」

「あ、もしかしてはちの神経ってコレじゃないですか?!」

急に立ち上がり、姿を消したしろ。
台所より駆け戻って来たその手には、夕飯の残りが載った白い小皿。
白い巻状の物体から、あたたかな湯気が登り、空気に溶けていく。

「…そりゃどう見ても、糸こんにゃくだ。」

「ぼくも糸こんさんの美味しさを信じてますよ!」

無邪気に笑うしろ。

「…そりゃよかったな。」

はちに、ふわぁと欠伸が出た。夕食後はやはり、眠たくなるものだ。



それから暫くして。
向かい合う二人を両隣りにした位置でコタツに入り、本を読んでいたゆりは顔を上げた。

「騒がしいわよ。」

視界に入ったのは、机を介してあーだこーだと言い合う二人。
その姿に叱責を加えると、右隣りのはちがゆりへと顔を向けた。

「こいつが『外気の温度と体温が同期してるんです!』だなんて言ってんだよ。百歩譲ってそうだとしても、どんな身体構造だっての。」

はちによるしろの物真似は、あまり似ていない。
呆れ顔を浮かべ、鼻で笑うはちは、やれやれだなと一蹴する。

「ほんとうですって!」

今度は、左隣のしろが頬を膨らませる。
ゆりは頷き、目を本に落とした。

「確かに。しろが冷菓を食すと堂内の室温低下が認められるわ。若干だけど。」

「は?人間から発散される温度で室温が?ありえねぇよ。あれだろ、『見てる内に寒くなってきた』ってやつだろ。」

「見て頂戴。」

ゆりの右手が本の中に溶け込んでいく。
水面のように、ページが波打つ。

波間を縫って戻ってきたその手が持つは、学校にあるごく普通の室温計。
少々の間の後、彼女は無表情で、今何℃かしら?と、はちに問う。
目の前で起きた事象に、脳内が処理落ちを味わっているはちは、目をぐりぐりと拭い、目盛りを読んだ。

「12℃だな。寒いな。」

すると彼女は、今度はしろに向かって、アイスを食べるよう指示を出した。
了解です!と喜び勇んで口に冷菓を運ぶしろ。
彼の様をぼんやりと見ていたはちが、ゆりの呼びかけに視線を戻す。

思わず温度計を二度見した。

ゆりが持つ室温を示す赤い帯が、ゆっくりとその背丈を下げていくではないか。
少々の間の後、彼女は不敵な笑みを浮かべながら、今何℃かしら?と、はちに問う。

「10℃…!嘘だろ、偶然だ!それか、ねつ造だろ!?」

「私はどこぞの考古学者じゃないわ。なんの利益も無いもの。」

今度はしろを見やったゆり。
身体を乗り出すと、白い彼の額に小さな手を重ねた。そして、軽く頷いた。

「しろ、あなた体温が下がってるわよ。」

「ですよね!」

一方のしろは体調を崩した風も無く、嬉しそうに笑うのであった。



「見て頂戴。冷菓を食べてるしろの周り。きらめく粒子が浮いてるでしょう?」

「あぁ、見えるな…」

納得いかねぇと頭を抱えるはち。
そんな彼に対し、席に戻ったゆりは夢中でアイスをむさぼるしろを示す。
彼の肩周辺から、キラキラした粒が出現している。

「しろが冷菓を体内に取り入れると、体が冷やされる。その冷気が拡散されて、周囲の温度が冷却効果に遭う。結果、凍った空気が電灯に反射して輝いて見える。つまりしろは室温を下げている。以上証明終了。」

「なるほど。…え?」

それらしい言葉運びに弱いはちは一瞬、そういうことか、と言いかける途中で我に返った。
つまりそれは…

「言うなれば、人工の氷ね。」

はちの内心を読み取ったのか、ゆりが先に答えを掲示する。
両者のやり取りを聞いていたしろは、慌てた仕草でアイスのカップをテーブルに置いた。

「もしかして、雪をいつでも降らせることができるんですか?!」

「訓練次第ね。」

思わず目を覆ってしまいたくなるほどの眩しい笑顔がはちに飛ぶ。ゆりは冷静に分析しているようだが、そうは言っても腑に落ちるわけも無く。

「ちょちょちょっとまてい!お前、人間か?!」

はちは突っ込まざるを得ない。そんなに身体が冷えるとしたら、心臓すらも止まってしまうだろうに。

「見ててください!この街を一晩で雪景色に変えて見せますから!」

そして、安定のスルー力を見せたしろ。両手を広げ、新たなおもちゃを手に入れた子どもの様に喜んでいる。

「現在進行形で雪景色だ!」

表を見てこい!と付け足すはち。青筋を浮かべながらの必死なツッコミであるが。

「そんなお堅い思考回路なんて、一瞬で凍らせちゃいますよ☆」

「いい歳して語尾に☆をつけるな!」

跳ね返ってきたのは、くやしい程サマになっているウインク。
やはり、はちの訴えは、白い彼には届かない。

しろが雪を降らせるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうである。


【終】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

HP開設1周年でした!

A:…オレ、この戦いが終わったら結婚するんだ。

B:おうよ!帰ってきたら、HPの記念日を祝おうぜ!

――その後、Aの姿を見た者はいなかった…。

【小話】緑茶の話【更新】

【緑茶の話】

午前中に電話予約の客が来店し、
「本当にあった!信じられない。」
感嘆符を発散させながら、上機嫌で5冊ほど買って行った。

その日、午後三時の黒蝶堂。

「お茶って、どうして緑なのに茶色なんですか?」

「逆だ。緑色なのになんで茶なのかって事だろ?」

「緑茶って、矛盾してるように思うんです。」

「確かに緑色で茶色…って、手元見ろ手元!」

しろが傾けていた急須から湯呑を経て、溢れた緑茶が、テーブルへ。足を伝わず空へ放たれた水滴は落下し床へ。
ぼたぼたと流れ落ちていく。

「お前がしろって名前でも、たまには腹黒い事を思ったりするだろ。」

「そんなことないですよー」

台拭きを働かせるしろは、表情に影一つ浮かべず、爛漫な笑顔で返す。

「それと同じだ」

はちは彼の言葉を真に受けず、うんうんと頷きながら断定した。
しろは茶菓子のせんべいに手を伸ばし、

「という事はつまり、はちが”八”なのに、少しも末広がる気配が無いのと同じですね!」

こぎみいい音を立てながら、咀嚼した。

「お前がその発想を少しも悪気なく口にしたっつーんなら、それはもう才能の域だろうな。」

はちは、うんざりだと言わんばかりに溜息をついた。
一方、しろは「才能だなんて…」と食べるスピードを上げた。

どうやら照れているようだ。

嫌味が通じない相手というのは、意外と厄介である。

「で、結局、緑茶はなんで茶色なんですか?」

爛々と目を輝かせながら、テーブルに手をついた体勢で体を乗り出してくる。
その横面を邪険に振り払い、眼鏡を押し上げる。

「辞書を引けばいいと思うぜ。お前の才能が、努力で磨かれるぞ。」

適当にあしらったつもりだった。
だが、しろは翡翠色の目をきらりと輝かせ「確かにそうですね!」直ぐに席を立った。
堂内に消えた彼の後ろ姿を見送って、はちは茶を一口啜り一言。

「まったく…困った奴だな。」

「そうね。」

予想外の冷たい相槌。
気配を全く感じさせない背後からの声に、喉の奥が痙攣した。

「妙な鳴き声ね。」

「…てめぇが普通の登場をしてくれれば治るんだがな。」

背後霊のように音も無く存在する少女は、はちの向かいに座った。
はちは居住まいを正し、咳払いで間を取る。

「あなたにも辞書を持ってきてあげましょうか?」

珍しく殊勝なことを言うゆり。

「いや、大丈夫だ。黙っていても、あいつが教えてくれるだろ。『聞いて下さい!すごくないですか!』とか言ってな。」

容易に想像できる。数分後の出来事だろう。
すると、ゆりは焦点をはちに合わせ、

「あら。やっぱりあなたも、知らなかったのかしら?」

淡々と告げた。
――どうやら嵌められたようだ。
苦々しい思いを言葉にする事も出来ず、はちは返す。

「…お茶を濁すのは、得意なんでね。」

湯呑を口につけたゆりは「美味しいわ」座布団に正座したまま、はちを視界に入れることは無かった。
はちは居た堪れない気分になりながら、しろが置きっぱなしにした台拭きで机を拭いた。

白い台拭きには緑茶が沁み込み、淡い茶色が広がっていた。
緑茶の温かみが、はちの傷心にしみこんでいった。


【終】

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今日は何の日でしょうか。

短編上げると言いながら、こっちの企画がありました。

今日は何の日でしょうか?っです!

本日は、1月8日⇒⑧⇒そう、「はち」の日ですね!

当ブログでは毎月8日を「はちの日」と設定しておりまして、主人公的ポジションである黒川はちにちなんだ更新をしているのです。

今回もイラストです。

2011年1月分

あけましておめでとうございます!
本年も、よろしくお願いしますvな、はちでした。

次こそ、短編!

pixivから素材をお借りしました。お世話になりましたv

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コンビニのおにぎり。

2010はちまとめ

コンビニのおにぎりの米粒って、どうやってくっついてるんだろう?海苔…じゃなくて、糊ですかね?

この間、賞味期限の切れたおにぎりを食べようと、封を切ったんです。
そしたら手元で、ぼろぼろぼろっと空中分裂なさいました。一粒一粒じゃなくて、カタマリでボロッととれて、落下して飛散という、なんとも悲惨な現状になって泣きそうでした。

しかも、まずかったです。
おなかは壊しませんでした。丈夫なのが取り柄です。

というわけで、2010年のはちイラストを一枚にまとめました。上のはその縮小版です。
あと、HPの方に小話を移しました。この作業が結構大変で時間がかかります。
不具合あればお知らせいただけると嬉しいです♪
それにしても、文章結構書いたなぁ…。

追記からお返事v

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【小話】コタツと洗濯物、それとカコの続編話【更新】


【コタツと洗濯物、それとカコの続編話】

秋口。
気候は寒さを帯び始めているのに、次の台風が迫ってきている午前中の黒蝶堂。

「コタツに生乾きの洗濯物を入れると、火事になっちゃうんですよ!」

しろが堂内への戸を開き、ズカズカと肩肘張って入って来た。
どうした事かと、堂長席に座ってボンヤリしていたはちは左手で眼鏡を押し上げ、しろを捕捉する。
目くじらを立て、怒りを露わにしている白い彼。
ワイシャツを掴んだ右手が、忙しなく揺れている。

――しまったバレたか。

「温まっていいだろ。着た時に冷てぇっつーか、ひんやりするんだよな。」

はちは、だるそうに返す。
朝食時、自らの脇で乾かしていたシャツを、そのまま放置してしまった。
だからバレたのだ。
しかし、コタツの”残り湯”ならぬ”残り温み”だって使っているのだから、無駄が無いはずだ。


――そうそう、もったいない。これからは地球環境に優しい路線だって必要だろう?


「こんなに雨も続けば、仕方ねぇ事だ。」

表通りは水溜りが出来、水面を雫が踊っている。
ここ最近、ずっと続くご機嫌斜めの天候。
あめ、雨、雨。
余りの寒さに、まだ早いとは知りながら、コタツを出してしまったところである。

「仕方ないですね」と部屋干しを続けているしろは、
そろそろスペースが限られてきてますから、堂内にも干していいですか、と提案してきている。

「扉を全開にしたら、意外と風通しがいいんですよね」

しろは、新たな発見に、涎をたらさんばかりでハンガーを構える。

ゆりが「駄目よ」と釘を刺しているが、そろそろ彼が強硬手段に出てもおかしくない時期だ。
その一方、生乾きのまま取り込まれる洗濯物の枚数は、日に日に増え続けている。

「火事になって、本がダメになって、その上住む所も無くなったら、路頭に迷いますよ。」

しろは、頬を膨らませた。
いい年してそんな顔するんじゃねぇと、はちは内心思うが、きっと言っても通じないであろう。

この間水没しかけただろう。今更な話だ。」

「え、なんの話ですか?」

白い彼に、とぼける風は無い。
はちは合点が行った。

「そういやお前は出掛けてたんだな…イカ漁に。」

はちは事のあらましを掻い摘んで説明する。
しろは「ふむふむ、なるほど」と大人しく聞いている。

「…ってわけだ。分かったか?」

「つまり、水没死しそうなところを、ゆりちゃんに助けられたんですね。」

「まぁな」

そう言えばそうだったな、あいつカコとか言ったか。
二度と会いたくねぇ奴だ。

…だが、その後にゆりから半殺しにされており、むしろ気の毒にさえ思えるから不思議だ。

「はちはどうであれ、本は無事だったんですね。」

「あのなぁ、結構な被害だったんだぞ。散々だ。」

「でも全部元の位置に収まってますし、欠けた分も無いようですけど。」

堂内の本、その全ての位置を把握していると言うしろが疑問符を浮かべる。
はちは鼻で笑う。

――そんなわけがあるか。

「だから、腰くらいまで水に浸かって、本だってボロボロになっ…あ?」

はちは足元を見渡す。古ぼけた書物がびっしりと並ぶ棚。
水浸しになったにもかかわらず、ふふんとあざ笑うかのようにそこに鎮座する書物。

――これは一体どうした。

心当たりはある。

「てめぇの仕業か。」

はちは顔を天井に向ける。そこに見えるぽっくりの底。
真上に居たのかと、気配の無い彼女に声を投げやる。

「私は黒蝶堂の憑者よ。ここに在る物の統括権は、私が持つの。」

彼女は言葉の終わりと同時に、音も無く降りてきた。

「今修繕してたの。見てて頂戴。」

脇に抱えた本を二人の前に晒す。
その表紙には、大きな亀裂が入っている。
これはカコと対峙した時に持っていた本だろうと、はちはあの時を思い出してうんざりした気分に陥った。

――チョコレートって偉大なんだな。

そう思わざるを得ない体験であった。

彼女の瞳が、赤く光る。
その様は、薄暗い堂内ではひどく目立つ。
彼女の小さな右手が、裂傷をまるで舐める様に撫でた。
すると、その傷が見る見るうちに塞がっていくではないか。
捲り上がった紙面が、再び背表紙に引きつけられていく。

しろが歓喜の声をあげる一方、はちは顔をゆがめた。

「すごい!すごいですね!」

「ありえねぇ…」

騒ぐしろ、蚊の鳴くような声で呟くはち。
両者を見、ゆりは目の色を元に戻し、本をはちへ渡した。

「他愛も無い簡単な事。あなたもやってみるかしら?」

俗に言う放心状態を彼自身が把握する前に、はちは本を受け取った。



鼻歌を歌いながら家事へと戻っていくしろ。
その後ろ姿を見送って、はちは席へとつく。

そして、棚へと戻る前に棚を点検している彼女に向かって、

「憑者ってのは、なんでもできるのか?」

はちは常日頃から覚えていた疑問を問うた。

しかしゆりは答えない。
めげずに、続けて問う。

「てめぇらはドラえもんなのかそれとも魔法使いなのか、それとも妖怪みたいなもんなのか?」

言い切った後、「オレはどれも信じてねぇけどよ」と鼻を鳴らしながら付け足す。

「憑者よ。その場に在る物、発生する事象すべてを統括できるわ。」

彼女は一冊の本を手に取り、ぺらぺらと捲っている。

「…それなら、オレの思考だって操作できるって言うのか?」

彼女は振り返る。

はちと目があった。

顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

はちの背に、ぞくぞくと何かが湧き上がり、思わず唾を飲み込む。

三日月形に笑む、彼女の口がゆっくりと動いた。

「あなたの心の傷も、縫いつけてあげましょうか?」

挑発するような、高圧的な態度に冷たさを感じる瞳。


はちの半開きになった口が、ピタリと動作を止めた。

ゆりの指先には、ミシン針ほどの太さ、万年筆ほどの長さで組み合わされた針が光っていた。

見開いた瞳でゆりを見るはち。

数秒間の沈黙が両者間を通過する。

そして。

「それだけは勘弁願おうか。注射は苦手なんでね。」

はちは困ったように目を逸らし、右頬を掻いた。

「それと、今の質問は忘れてくれ。」


【終】

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【黒蝶堂の正月】

【黒蝶堂の正月】

「あけましておめでとうございます!」

眩しい光に目を無理やりこじ開けられ、黒川はちは新年を迎えた。
窓辺から差し込むは、朝方だけ神聖視され、今は見向きもされていないであろういつも通りの太陽。
枕元に用意していた、蝶の紋付があしらわれた羽織りに袴を身に纏う。

…違う。

はちは、帯を締めていた手を止めた。
――オレが準備していたのは普段の制服のはずだ。


――おかしい。
おかしいとは思う。
だが、おぼろげな寝起きの頭では、その原因を突き止める糖分が足りない。
訳も分からぬまま、身支度を整え階下に降りた。



寒い寒いと呟きながら、居間の戸を開く。

「あけましておめでとうございますですよ、はち。」

「あぁ、めでてぇな。」

茶を啜っていたしろは、はちの気配に振り返る。
空色に白い波風のような模様の羽織が、はちの目に映った。

「お前が準備したのか。」

コタツに足を突っ込みながら、はちは差し出された湯呑を受け取る。

「私よ」

しろの代わり、向かいに座る少女が口を開いた。
テーブルの中央に置かれた菓子入れ。
その中に在るチョコレートに手を伸ばす彼女は、いつもと同じ桃色の着物に、黒髪を垂らせている。

彼女は、はちを一瞥して一言。

「馬子にも衣装とはこの事ね。」

薄く笑った。

「悪かったな。現代っ子で。」

はちは不貞腐れ、ぷいと横を向いた。



「腹が減ったな。なんか食うもんあるか?」

はちは、大した期待もせず問うてみる。普段から贅沢とは離れた生活だ。
正月だからと言って、ごちそうを食べる必要はない。
茶づけに梅干し程度で満足だと思っている。

だが予想に反し、しろは待ってましたと言わんばかりに右手を上げた。

「今年は、おせちを拵えてみました!」

しろが取り出したるは、漆塗りの美しい立派な重箱。
一体どこからくすねてきたのかは、敢えて聞かない事にする。

「すごく頑張って作ったんですよ。おかげで寝不足なんです。」

じゃじゃーんという効果音を口ずさみ、勢いよくふたを取り払う。

そこに鎮座するのは――

「す、すげぇじゃねぇか…!」

重厚な内塗りの赤色。その絨毯に並ぶ色鮮やかな料理に、思わず腹の虫が鳴った。
中央の伊勢エビ、レンコンの和え物、黄色が眩しい数の子に栗きんとん。

周りを種々の惣菜が取り囲むそれは、到底三人では食べきれない量であろう。

はちは手を合わせ

「いただきます」

一礼すると、箸を持ち、取り皿に黒豆を盛った。

一口。
数回の咀嚼音。
期待に溢れるしろの目と、板チョコレートを1枚食べ上げ、はちを見るゆり。

そんな視線に囲まれた中。

湧き上がる嘔吐感に負け、近くの小皿に吐きだした。

脱兎のごとく駆けだし、台所で蛇口をひねり、乱暴に口をゆすぐ。
吐き出した黒豆は形を保ったまま、流しで水を浴びていた。

グミのようにぐにゃりと曲がり、それでいて噛み切れない触感。
油絵具の匂いが鼻を突き、口中の感覚を麻痺させた。

「これ、相当不味いぞ!」

「だって、ロウでできてますからね。」

後ろに迫る白い影。
悪びれた様子は一つもないしろは、仏壇用のろうそくと描画用の絵筆を片手に告げた。

「な、何…」

「手間暇かかって大変でした。でも、まさか本当に食べてしまうとは。巧く出来てたみたいで嬉しいです。」

しろはにこにこと笑んでいる。

嘘だろ…とはちは呟く。

確かに、言われてみれば、材料それぞれの光沢が少々強い気がする。
だが、今見直しても、エビのヒゲからフライのころもの細部まで本物と見紛う程の出来であり、着色も完ぺきだ。

――こいつのこういう能力はもっと使うべきところがあるんじゃねぇのか?

「確かに見てくれは巧いぜ。だがな、旨くはねぇんだよ!」

「上手い!」

けらけらと楽しそうに笑い声をあげるしろに、はちはがっくりと肩を落とした。
嫌がらせでは無く、ただ単純な好奇心がしろの原動力となっているのなら、本当に恐ろしい。

――なんて馬鹿げているんだ。

そう思わざるを得なかった。

その時。

「ごめんください。」

玄関の方から、聞き覚えのある声が届いた。



戸を開くと、向かいの弁当屋、その店主が立っていた。
新年の挨拶を交わすと、はちは彼女の足元に、小学生くらいの年頃であろうか、晴れ着を着た女の子の存在に気付いた。

はち達を不安そうに見上げ、右半身を店主の陰に潜めている。

しろが「こんにちは」と話しかけるが、ぴゃっと隠れてしまう。

店主はあらあらと笑うと、手に持っていた包みをはちへと差し出した。

「これ、おせちなんですけど、よかったらどうぞ。余り物で申し訳ないですが。」

「で、でもお代が払えねぇっすよ。」

はちは口ごもる。だが、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。

「いいんですよ、いつもお世話になってますから。」

――衝撃が走った。た、タダだと…!?

話によると、昨年からおせちの予約を承っていたが、つい先日一件のキャンセルが入ったらしく、材料が余ってしまったら困ると、自らの腕磨きと新しいメニュー開発を兼ねて作ってみたと言う。

「なので味は保証できませんが、おいしく食べてもらえるなら、私も嬉しいです。」

「あ、ありがとうございます!」

腰を45度以上折り曲げながら、はちは卒業証書を受け取る様に、頂戴した重箱を高々と掲げた。




昼時。

ごちそうを腹に収め横になり、ぐうたらとテレビを見ている途中。
今度は、黒蝶堂の表通りに面する戸が叩かれたようで、ガラスが軋む音が聞こえた。

「本日休業」の文字が見えないのだろうか。

しろがはーいと返事をし、コタツから出ていく。はちは起き上がり、あくびを一つ。

――普段は客なんて願ってもこねぇのに、どうして願ってねぇ時に限って来やがるんだ。

客は本来歓迎すべき存在であるのに、そう毒づきたくなるほど、完全に休みモードのはちであった。

その時、後頭部を硬い何かで強く叩かれた。

反射的にその箇所を押さえ何事かと振り返ると、そこには見覚えのあるツインテールの少女が、卒塔婆を手に立っていた。



「お前達、どうせまともな正月を送れていないのだろう?」

ブーツの踵を鳴らしながら堂内に上がり込んできた牡丹は、靴を脱ぎ居間へと上がり、ちらりとゆりを見やった。
対するゆりは彼女に一瞥もくれず、しろが作ったおせちを無表情で眺め、手に取り弄んでいる。

牡丹はゴホンと咳払いを一つすると、脇に携えた風呂敷包を開いた。

「十二分に掻っ攫ってきたから、十三分に感謝するんだぞ!」

テーブルに置かれたのは、自律で直立した白色。
四本の足は割り箸でできており、どこか見覚えのあるフォルム。

「…って、これは盆用の車じゃねぇよ!こんなのに乗ったら尻がべたべたするわ!」

ナスとキュウリで出来た牛と馬。その隣に置いても遜色ない程、白い餅は安定した形状である。

「あ、間違えたんだぞ。ついついな。」

そう言った牡丹が掲げたのは、大きなサイズのビニール袋。
その中には、白い小餅が大量に押し込められている。

「沢山持ってきたから、牛も馬も、兎だって作り放題なんだぞ!」

キラキラと目を輝かせるしろ。
その隣で、はちは「ははぁ」と平伏したくなった。
ゆりは微動だにせず、牡丹を見ていた。

――堂長ってのも、悪くはねぇかもしれねぇな。
はちはそんな事を思いながら、七輪を用意するしろの隣を通り過ぎ、砂糖醤油と4名分の皿を取りに行った。


【終】


2日には、櫻坂神社に参詣します。牡丹が餅を奪ったのは【朝咲寺】ってとこなんですが、またその話は後日に…。

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あけましておめでとうございます!

祝☆2011年

「さぁ、一番早くポーズをとった奴にお年玉をやろう。」

「てめぇら!抜け駆けするんじゃねぇ!」

改めまして。
新年、あけましておめでとうございます!
今年も黒蝶堂(こくちょうどう)を、どうぞよろしくお願いいたします。


年末は紅白を観たり、年越しそばを食べたりと、相変わらずな感じで過ぎていきました。
年末から正月にかけて、雪がすごかったです。
子どもくらいのでかさのツララができたり、雪うさぎ作ってみたり、雪合戦したりと満喫してました。

今年もぼちぼち更新していこうと思っておりますので、
お時間許す限り、つきあってやってください♪

通常トップ記事は追記から!

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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