白骨取扱専門店黒蝶堂 6


部屋に戻ろうとした時、背後から呻くような声が聞こえた。
声の主はおそらく、宝探しの途中で温泉を掘り当てるという、なんとも陳腐な設定を自らの手で作り上げてしまった青年、しろである事は想像に難くない。

だからこそ、これ以上関わりを持ちたくないのである。
だが、かと言って、しろを家から閉め出すわけにもいかない。

彼を追い出す権限を、オレは持っていない、とはちは溜息一つ。

縁側に座り、自分の頬をつねると痛い。うすうす感じてはいたが、これは夢ではないのか。

「はち、ご飯持ってきてくれませんか?」

悶々と思考の渦に落ちて行きそうになるはちの隣に、しろが顔をのぞかせた。青い袖より覗く左手に握られた白い箸。
その先に、白くて細長い物体が挟まれている。
まさか。

「…お前、骨が喉にひっかかったなんて、言うわけじゃねぇよな…?」

「わさびと醤油があれば、もっと美味しくいただけたのですが…」

しょぼんと声が聞こえそうな、しろのへこみ具合が彼の触角とも言える白い髪に顕れている。それを抜いてやったらどうなるだろう。

…だめか。はちは思い直す。

今でもねじがぶっ飛んでるやつだ。
これ以上抜けては、こいつは人間の形を保てなくなるかもしれない。

「…馬鹿か。」

不明瞭な幻想を抱えた自分に言い聞かせるように呟くと、はちは池から地上にあふれ出、浅瀬で泳いでいる骨だけの魚たちの脇を通り過ぎた。
これを食ってみようと思う人間がすぐ近くに入るなんざ、世界は随分広くなったもんだ。

「だってお腹すいてたんですもん!」

「…確かに腹は減ったな。」


タイミング良く、両者の腹の音が鳴った。

今日は昼食抜きの日である。
最近の売り上げがいつにもましてほぼ地上に腹ばいの状態であるから、一日二食制度を取り入れているのだ。
といっても、食べ盛りの年代である二人にとっての食は重要で。
水だけで過ごす昼食は味気なく、立ち上がる事さえ面倒に感じるほど、足に力が入らない。

しかしながら、はちはその骨たちを食べようという気はさらさらない。

「…ひとまずその箸を置け。」

「案ずる事は無いわ。」

いつの間にか、縁側に立つ少女が言った。手には板チョコレートを持ち、それを白い歯で齧る。
はちの腹が、もう一度鳴った。

少女・ゆりは、それに取り合うはずも無く、淡々と続けた。

「あなたたちの空腹は、間もなく消滅する。」



その晩。
黒蝶堂の未来を決定づける、大変な岐路に立っていた。
いや、実際には三者三様、円卓を囲み、座って夕食を食べていた時である。

たまたま放映されていたバラエティ番組を何の気なしに見ていた居間での出来事。

白い粉末状の怪しい薬にも見える粉がテレビに映っていた。
しろとはちはぼんやりと、その映像を網膜に流し続ける。
その間で、ゆりが黙々と白米を口に運んでいる。

「面白い事が、起きそうね。」

まったくもってこの世に楽しいという感情など存在するはずもない、あるなら私の前で証明して頂戴、と言わんばかりの冷淡な口調で、彼女は指摘した。

彼女の指摘に対し、首を傾げるしろに、眉をひそめるはち。
米は、もうすぐ底を尽きそうである。
面白い、など感じる余裕は、ある程度満たされた人間が得るもので、明日の食さえ確保できない彼らにとって、いまいちピンとこない。

司会のアナウンサーが、ばばん!との効果音とともにフリップを出した。

「再度注目を集めているのが、このカルシウム!イワシや魚の骨に含まれていて、皆さんもよくご存知かと思いますが、実はこれ、恐ろしい程に美容と健康に効果的という事が、先日の学会で証明されたのです!」

効用について滔々と流れる様に述べた。美しい女性が次々と現れ、すべてカルシウムのおかげです、と手なれた感じに嘘を吐いていく。
問い合わせが殺到している、と彼女は喜んだ。あぁ、左上にライブの文字が浮かぶのを、はちはやっと気付いた。

同時に、隣に座るしろの目が、キラキラと光りを取り戻すのが分かった。

「これですよ、これ!」

「あ?何がどうあれなんだ?」

「察しのいい子は嫌いじゃないわ。」

ゆりは、不敵な笑みを浮かべた。

【続】

続き⇒ 白骨取扱専門店黒蝶堂 7(完)
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白骨取扱専門店黒蝶堂 5

板敷の上で自らの右足を踏みながらも、何とか靴下を脱いだはちは、慌ただしく庭先へ降りた。
ぺらぺらのサンダルを引っ掛け、しろの隣を通過し、液体を足裏に感じながら、隅の菜園へと走る。

しかし、一歩も二歩も遅かった。

そこは集中豪雨が襲ったかの如く大きな水たまりと化しており、青い液体からのぞく赤いイチゴの実が
海の沖合に漂う”浮き”と見紛うかである。
透明の水は土を透過し、水底に沈んだ絡み合うツタが、遥か昔、この場所に在り滅亡を迎えた古代都市の城塞のようにさえ見える。

がくりと膝から折れたはちの向こうに、ばしゃばしゃとはしゃぐしろの姿がある。
はちは完全に生気を失った瞳で、音の鳴る方を見やった。

すると、どうしたことであろうか。
振り返ると、しろの顔が霞んだ。
脳みそが半分眠りに落ちたかと錯覚しそうになる、唐突な障害が発生した。
眼鏡を取り、袖で拭いてから掛け直す。
水面より立ち上がる白い湯気が付着し、真っ白に視界が覆われていた。

しろは躊躇いの欠片も見せず、その左手を液体に浸け、空へと放つという遊びをしていた。
キラキラと反射する青い水の粒が、はちの眼鏡に映る。
しろは腕まくりをしたままで、靴がずぶぬれになっているにもかかわらず楽しそうである。

そして、はちが気の付かなかった事項をあっさりと指摘した。

「これ、あったかいですよ!温泉に違いないです!」



はちは恐る恐る、しろの傍へと近寄り、彼の掘った穴を見つめた。
湯気と共にこんこんと湧き出る温水の様は、確かに温泉のそれであるようにも見える。
人工の着色料を染み込ませたかのごとき青色を除けば、の話であるが。

「…なんか気持ちわりいな。」

はちは呻くように声を絞り出した。

「そうですか?とても綺麗ですよ!」

対照的に、しろは目を輝かせる。
その左手が、水底付近を指差した。

「ほら!自然豊かなところには、希少な生き物が棲んでるんですよ。」

あ?今掘ったところに生き物がいるだなんて何かの見間違いだろう。
きっと、水に呑まれた虫の死骸か何かだ。
それでも腕をぐいぐいと引かれるので、指差す方をしぶしぶ見てやる。

…危うく、”目”を取り落す所だった。目から鱗、ではない。
そもそも鱗が無かった。

そこに泳ぐは確かに生き物だ。群をなし、一定の方向に向かって波間を漂っている。
だがしかし、何かおかしい。
そのままを言うなら、それは…

――水中を泳ぐ、白い魚…の骨。しかも、奥深い水中下にて大量に泳いでいるようである。

彼らの身体を繋ぎ止めるは、周囲の青い液体であろうか。
バラけることなく、彼らが骨だけで動いている。それは事実か?
いや、そんな事があるはずがない。
そんな非現実的な生き物が、この世にいるわけがない。
まるで、魚の死骸…ゾンビが意思を持って動いているようではないか。

考えれば考えるほど、魚の骨たちの持つ落ちくぼんだ黒い眼球の跡が、心に迫ってくるようで息苦しくなる。
はちは手近にあったビニールシートを穴の先端に掛け、さっさと黒蝶堂の縁側に足を向けた。

――三十六計逃げるに如かず…って誰の台詞だったか。

混乱する脳内では、何を考えてもまとまる予感すら見当たらない。
一端眠りに落ちようと、はちは考えた。きっと、これは夢なのだ、と。


【続】

続き⇒白骨取扱専門店黒蝶堂 6


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白骨取扱専門店黒蝶堂 4


そして訪れた昼下がり。
しろはクワを片手に庭先をうろうろうろうろと、まるで宝のありかを探す犬のように、柔らかな土の上を執拗なほど踏みしめていく。

そんな白い彼を、はちは縁側に座り、ぼんやり眺めている。

彼を止めても無駄だという事は、今までの経験上、嫌というほど思い知らされていた。
だから条件を加えてやったのだ。

「建物の中はやめろ。…遊ぶなら外で遊べ。」

はちの目前の庭。
そこには、彼が丹精込めて作り上げている家庭菜園が広がっている。
ここ最近は、ツタを縦横無尽に広げのびのびと育っているイチゴが収穫の真っ盛りで。
獲れども採れども、次の日には複数個できているのだから面白い。

だからこそ、はちは縁側にいるのだ。
しろのクワによって庭が荒らされないかを、じっと観察…もとい、監視するために。

――これは、はちの懸念が的中する、数分前の出来事である。



はちがうつらうつらと忍び寄る睡魔に意識を奪われそうになっていた頃合いに、しろは青みがかった瞳を輝かせた。

「ここですね!」

――何を根拠に言ってるんだ。

しろへのつっこみで、はちは覚醒の扉を開く。

――地図上、ばつがつけられた地点は周りの山や適当な建物配置から察するに、黒蝶堂の周囲10キロは余裕で覆っちまうでかさだぞ。
であるのにその地図を信じて、さっきはオレの椅子を急襲しやがったじゃねぇか。
まったく、適当な思いつきに振り回されるオレの気持ちにもなってみろってんだ。

彼の心象など露知らず。
しろはそう言うやいなや、地図を強引な手つきでポケットに捻じ込み、クワを振りかぶった。

中庭のほぼ中央付近。
あっという間にざくざくと掘り進められ出来上がった穴が出来、同時に、掘り返された土で生成された小さな山が脇に隆起した。

それでも、しろは手を休めない。
一方、はちは呪詛のようにツッコミを呟きながら、半開きの目で、彼を見やっている。

山が一つから二つ、二つから三つ…しろの姿が穴にすっぽりと埋まってしまう程まで掘ったところで、
そろそろ飽きただろう。
「ぼちぼちお茶でものみてぇな」と言えば、「ならばいいお菓子をもらってるんですよ!」としろの気が逸れるはずだ。

きっと、作業の手を止める口実となるだろう。

そう思い、はちが立ち上がった瞬間。

深く青い液体が、地中から噴き出した。
それは瞬く間に穴から零れ出、平坦な中庭一帯がお茶を零したフローリングの床のように、一様に水び出しとなった。

しろは穴から這い出し、満面の笑みと共に空を指差し、ガッツポーズをかます。
はちはわなわなと震える手をぎゅっと握りしめ、

「お前はなんてものを掘り当ててくれちゃってるんだ!オレの菜園が、台無しじゃねぇか!」

ただ一人、青い空に向かって咆哮した。

【続】

続き⇒白骨取扱専門店黒蝶堂 5

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白骨取扱専門店黒蝶堂 3 


昨年の春頃の話である。
春うららかな気候と共に、堂長席で惰眠を貪っていたはちの前を、大きな鈍器が通過して行った。
嫌な気配に、はちの眼鏡が反応した。
きらりと光るそれが捉えたるは、人の背丈ほどの長さである巨大なクワが振りおろされる瞬間であった。
はちは慌てて上体を逸らす。
その時、はちがいた場所に、鋭い凶器が振りおろされた。
椅子の背もたれには巨大な切り傷が入り、刃先が食い込んで抜けずにいた。

しばしの沈黙が辺りを支配する。
口火を切ったのは、やはりはちであった。


「おい!今すぐ武器を捨てろ。そして、ゆっくりと両手を挙げろ!」

「だってここが一番のポイントなんですよ!」

「オレの急所ってか!」

「違いますよ、ほらここ!」


加害者となり下がりそうになった白い男、氷山しろはにこにこした表情で一枚の紙を照らし出した。

彼の右手には上部に”宝の地図”と書かれた、どうみても怪しい落書きが手に握られている。

「今日倉庫を片付けていたら、奥の方から見つけたんです。」

絶対お宝大発見ですよ!と大騒ぎし、得意げに胸を張るしろに、はちは溜息一つ。

「…こんな適当な地図でわかるかってんの。」

【続】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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