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【小話】死に続ける男【更新】

【死に続ける男】

「お前には判るまい。」

突如として本から飛び出てきた男は、胸に深々と突き刺さるナイフの根本から血をドクドクと垂れ流しながらも、平然と薄ら笑いを浮かべた。

古書店である黒蝶堂に入荷した書物の点検を、はちが行っていた矢先の珍事である。ぱらぱらと落丁が無いかを確認していたはちの脳内は、事の唐突さに全ての機能を停止した。

「私は死ぬという使命を全うすることで、この世界に存在し続けている。言うなれば、死に続けることが、私を生きながらえさせている。矛盾しているように聞こえるかもしれないがね。」

はちは理解した。
話の意味が分からない、と。
やけに哲学的なことを言っているようで、そうでもないような。そんな印象を受ける。第一、人間死んだら終わりなのだ。子供でも判る、単純明快な命題であるのに、目前の男はそれを真顔で否定している。

開いたページは書物中央より後方で、はちより少々背の高い男は、堂長席の前で手を広げた。自分の論に酔っているかのごときその仕草が、発せられる内容と共に、やけに様になっている。
・・・と思ってしまう自分が、無性に腹立たしい。

「・・・分からねぇし、解りたくもねぇな。」

怒りが我に帰してくれたのか。
事の展開に追いつけないはちの脳内が、やっと言葉を見つけてくれた。ため息一つ吐き、眉間を掻く。男から放たれる眼光鋭い蔑みの瞳が、皮膚を割くようである

「なら尋ねるが、お前は何のために生きている?」

「御託を並べてる暇があれば、さっさと土・・・じゃねぇ、話に還れ。」

「・・・若造が。」

男は舌打ち一つ。顔を目一杯しかめ、唾を黒蝶堂の床に吐き捨てた。この仕草も演技じみているが、彼の職業病のようなものだろうか、と、絶賛現実逃避中の頭がそれらしい答えを弾き出した。

きっとオレは疲れているのだろう。だから幻覚を見るのだ。
はちが男から目を逸らし、メガネを拭き始めた、ほんの刹那。
突然うめき声が聞こえたため、慌てて視線を戻す。

男の足が徐々に消えていき、ゆっくりと見えなくなっていく。男は頭を抱え、苦痛に端正な顔を歪めながら、髪をぐしゃりとかき乱している。

「やめてくれ!私のアイデンティティを奪わないでくれ!」

視線を落とせば、男の近傍ではこの事象の根源であろう少女・ゆりが、書物を手に取り、文面を右手でなぞっている。彼女は淡々と語る。

「他者の迷惑を考えない輩の愛なんて、欠片もいらないわ。出戻り伯爵。」

「いや、アイデンティティってのはな・・・」

カタカナに弱いゆりはしかし、説明を加えようとするはちなどお構いなしに男へ向かって歩いていく。

「汚す者は、汚される覚悟があるのでしょうね?」

はちは合点がいった。男の唾を吐くという行為に、彼女は腹を立てているのだ。それも、顔に出さず、静かにしかし冷たく、自己顕示欲の強い彼に最も効果的方法である、その世界から消すという手段で。冷たく笑う少女に、

「こいつも悪気があったわけじゃねぇんだよ、多分な・・・。その辺で許してやれ。」

伯爵と呼ばれた男は、南無阿弥南無さんと唱え始めている。その様子が余りに哀れで、はちは少女に提言する。少女は手を止め、はちと視線を合わせた。
すると、苦しんでいた彼の頬に赤みが差し、足が戻り始めた。ゆりは万年筆を書物に走らせ、何かを書いているようだ。
彼女が書けば彼の世界も変わる?そんなバカな話があるか。はちは目を疑いーー

耳を疑うことになる。

男は胸に刃物を突き刺したまま、逃げるように書物へと帰っていく。
彼女とだけ空間を共有することになったはちは、口の端が痙攣するのを抑えきれなかった。

「昔、私が彼を死ぬように仕向けたわ。」

「は?」

「それまでは、幸せな結末だったの。」

「・・・そうか。」

「仕置きのつもりだったけど、暫く見ない間に、彼は死ぬことに意味を見いだしてしまったのね。」

きっと昔も、先程と似たやりとりがあったのだろう。そして、彼女は彼の人生を変えてしまったのだろうと、仮説の上に話を構築したはちは、

「・・・それこそ、不気味なお伽話みたいだな。」

数ミリも信じられないけどな、という感想は胸に終った。

「悪いことをしたかしら。」

「さ、さぁな。」

少女があまりにも冗談を言っている風が無いものだから、はちは反応のしようもなく、ははは、と乾いた笑いを返すに止まったのである。
机の上に遺された書物からは、何の音もしなくなった。

【完】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【雨の日は頭上に注意】

【雨の日は頭上に注意】

足下の悪い夜道を一人歩きするのは危ないですよ、としろに言われた数分前。
はちはまばらに雨が落ちてくる夜の中を、なんとも機嫌が悪そうに歩いている。
もちろん、「危ない」と忠告されたのは彼ではない。黒蝶堂の憑者と宣う少女・ゆりである。
その後のしろの采配により、彼女の代理として、はちに白羽の矢が立った次第である。

「・・・ゆりが危ねぇなら、オレはやばいと感じる暇すらねぇだろうよ。」

傘を差し、独りごちながら、砂利道を行く。
空には雨雲から覗いた星が瞬き、月は隠れている。
軽自動車一台が走行できるかできないかくらいの狭い道幅の両脇には、赤と緑で彩られた背の高いランプの整列が続き、その頭部から穏やかな橙の光が漏れている。ざりざりと小石同士が擦れ合い、傘の表面を空から落ちてくる雨粒が叩く。出歩くには、あまり条件のいい空模様とは言えず、はちはふと立ち止まって、息を吐いた。

さて。

彼は先の懸念通り、自分に危険が迫っているとは、全くもって全然、気配を感じる事さえなかった。
そう、まさに、”降って湧いた”と表現するべき唐突さで、彼は襲われた。

びりり、と布が裂けるような耳障りな音と共に、傘を支える右手に感じた重圧。
バキリ、と乾いた木の枝が割れるような音が続けて降ってくる。
と思うと、飛び出た鋼の枝が、視界一杯に広がった。
街灯の光を浴びながら、空中で数回前転をして目の前に着地した少女は、はちを振り返り、右手を挙げた。
下手くそなウインクをかましているのが見て取れる。

「おう、失礼したんだぞ!」

「てめぇ、オレの傘がダメになったじゃねぇか!」

あと一歩躊躇していたら、もしくは進んでいたとすれば、後頭部もしくは頸椎部位に傘の骨が突き刺さっていただろう。
はちは恐ろしすぎる可能性に、ぶるりと身震いをした。
しかし、少女は忙しそうに、足を止めることもなく。

「堂長、また後でなんだぞ!」

少女・牡丹は翻る。
背負った2本の卒塔母、その片割れに付けた巾着状のお守りを揺らしながら、傘を傾けることもなく、あっと言う間にはちの前方に深々と広がる闇へと溶けていく。
彼女の右手には、虫取りカゴらしき透明な小箱から伸びる紐が握られていた。
彼女のブーツで泥が跳ね上がり、勢いよくはちのメガネに飛んだ。

「・・・あいつ、何をあんなに急いでるんだ?」

突き刺さりポカリと穴の空いたブーツのヒール跡に、折れ曲がった傘の骨が遺されたはちは、そのみっともない様をどうしてか他人事とは思えず、ゆっくりと畳んで小脇に抱えた。



「・・・たでぇま。」

「おかえりなんだぞ!」

堂に戻り、びしょ濡れの、くたくたになった体を迎えたのは、往路で出会った少女であった。
はちへと手を伸ばし、「土産が楽しみだぞ」と目を輝かせる。
その額を右手の掌で押さえ彼女の視界を遮りながら、「見えないんだぞ!」との彼女の文句ごと、後ろに置き去りにして奥間へと急ぐ。

「何にも起こらねかったじゃねぇか!」

「まさか、本当に墓地中央の樹木周囲を9周したの?」

「てめぇがやれって言ったんだろうが・・・まさか」

「・・・ご苦労様。」

出迎えた少女・ゆりは呆れ顔ではちを一瞥すると、再び手元の書物へと目を落とした。

「9周すれば待ち人訪れるわ」って言ったじゃねぇかと、はちは外出前の様を思い出す。
疑い深く、しかし、まぁ、ゆりがそう言うならと、はちは実践したのだが、結果は不発。
そうか、反対周りだったかと、墓地の真ん中で暗がりに飲まれそうになりながら、ぼろぼろの傘を抱えて再度トライするも、結果は以下略。

「おい、まさか、まさかまさか。」

「まさかさかさま!」

「・・・黙ってろ。」

タオルを片手に割入ってきたしろが、はちの制止に対し、面白くなさそうにふてくされる。
唇を尖らせながら、抗議の声を上げた。

「だって、逆さまから読んでも同じなんですよ!」

「つまり、逆方向から回っても、意味はなかったんだな。」
しろから渡されたタオルで、濡れた髪を乱雑に拭う。
ついでに汚れた眼鏡を吹けば視界良好。寝る前に着替えをすればいいだろうと、タオルを肩に掛けた。

「怖くなかったんですか?お墓ですよ、お墓。」

「びびる必要がどこにある。幽霊なんざ、いるわけねぇんだよ。」

「本当は怖かったんでしょう?」
それでも食いついてくるしろを視界の端に追いやり、はちはため息一つこぼす。
彼女の反応から察するに、どうやら、9周がどうしたというのは、彼女なりの冗談だったようだ。
それならそうと、愉快なそぶりで軽口として叩けばいいものを。堂を出る前の彼女が機密事項を告げるかのように言うものだから、神妙な面もちで受けたというのに。

そんなはちの気持ちなどつゆ知らず。客間の引き戸を両サイドへ勢いよく開いた牡丹は、三者三様の彼らを見やり、からっと笑った。

「気の利かない堂長に成り代わって、あたしからプレゼントだぞ!」



「ほら、お土産だぞ!」

その言葉に、饅頭の類か茶菓子のような、一般的な手土産を想像したはちは、「・・・これが?」と思わず聞き返してしまった。
牡丹が差し出したのは、先ほど彼女と接触した時、右手に持っていた虫取りカゴであった。紫色の蓋が、透明の本体に被さっている。
電灯を切った黒蝶堂堂内で、そこから朧気な灯りが漏れる。
カゴの中央付近。小部屋の中では、青白い光が点ってはゆっくりと絞られ、四者の視線を釘付けにした。

「綺麗ですね!」

「・・・蛍なんてこの御時世珍しいじゃねぇか。しかもこんな雨の日に。」

「貴方、これ、どこで採取して来たの?」

三者が同時に感想を述べ、

「もちろん、深見ヶ原の小川だぞ!水辺でふわふわ漂っていたからな!」

得意げに胸を張る牡丹が、二つ結いの茶けた髪を揺らす。

風情めいた洒落た事しやがるな、とはちが感心を抱いた。
その時。
ゆりが鋭い視線で、牡丹を射ぬいたのがはちの目に映った。
ほぼ同時に、牡丹の肩がびくりと跳ねた。ゆりの無言の圧力が最大限かかっているのか、
「いや、それは、誤解で、そのれは、その、だな」と、問われてもいない”誤解”に対し、らしくなく言い澱んでいる。

そして、

「ゆっ、ゆりが蛍を見たいって言ったから持ってきてやったんだぞ!」

ようやく視点を定めた牡丹は、びしりとゆりを指さした。
一方、彼女の動揺どこ吹く風。ゆりは、厳しい目のまま、牡丹を窘める。

「訂正して頂戴。見たいなど一言も発してないわ。」

「『深見は辛気くさいところだから、蛍も逃げ出してるのでしょうね。』って、馬鹿にしたのを覚えてないのか?!」

「ただ推測を述べただけ。馬鹿にする気なんて更々。」

「屁理屈ばかりだな!」

じっと冷たい視線がゆりから飛ばされ、牡丹はひるみ、視線を落とした。心なしか、堂内の空気もひんやりと冷える。

「それに、あなたは嘘を吐いているわ。」

「・・・だから、これは蛍ちゃんだと言ってるじゃないか!」

「誤魔化さないで頂戴。」

「・・・おい、オレの目にも蛍に映ってるんだが。」

はちはしろの準備した茶を啜り、一息入れる。ゆりはこれが何に見えていると言うのだろう?
しろはニコニコと、事の成り行きを見守っている。

「これは、貴方がよく撃ち落としてる”あれ”ね。」

「アレ?」

「もしかして、お化け屋敷とかでよくお目にかかる、発光と点滅を繰り返す浮遊物体ですか?」

「物体じゃなくて、虫だろ?」

驚きと好奇心がない交ぜになった表情のしろにつっこみを入れたはちは、ゆりに「なぁ」と同意を求める。

が。

「そう。人の心を惑わし煙に巻いては、黄泉の世界へと誘う、異形の姿。」

彼女はしろの言葉を続けるように、注釈を入れた。

「・・・おい、何言ってんだ。」

蛍に導かれて川に落ちるとでも言うのか。そんなバカな。
確かにそういった事故はあってもおかしくないかもしれないが。そんな稀有な事例を取り上げなくとも。

はちの戸惑いに満ちた遮りも聞かず、ゆりは淡々と告げる。

「あ、あいつらはもっと大きいぞ。」

「これは細切れにされているけど、貴方が裁断したのね。こんな芸当ができるのは、この街でもかなり限られてくるわ。」

どうも話が通じないな。はちは蛍を細切れにする牡丹を想像し、気分が悪くなった。
一方の牡丹は、観念したのか。冴えない顔色ではあるが大げさに肩を竦め、

「降参だ・・・その通りなんだぞ。」

眉根を下げ、弱々しく微笑んだ。



「弄んでいいのかしら?」

ゆりは、相変わらず無表情である。彼女を咎めようとする口調でもなく、淡々と事実を抽出する作業に従事しているかのようだ。
すると、牡丹は片目を細め、口元を歪めた。
こんなに表情筋が活躍する奴もそうそう見当たらないなと、はちは珍品を観察するような視線を牡丹に投げた。
彼女は悪巧みを企んでいそうな、なんとも意地の悪い表情で、

「こいつら、いつもあたしの邪魔ばかりするんだ。どうせすぐ元に戻るんだし、少しは痛めつけてやらないとな。」

ふふふ、と笑い、カゴの上部に位置する開閉口を、じゃらじゃらと垂れ下がる数珠でぐるぐる巻きにする。
すると、数匹の”蛍”は一つになり、光を強め、カゴの中で激しく飛び交い始める。
口元を引き攣らせるはちに構わず、牡丹はカゴごと頭に乗せ、

「今日は雨で準備できなっただけだからな!これはあくまで代理で、いつもだったら蛍ちゃんはわんさかいるんだぞ。悔しかったら、見に来るんだな!」

苦虫を噛み潰したような表情で、再度びしりとゆりを指さした。
デジャブを感じたはちであったが、他方、指されたゆりは口元に三日月を造りながら、

「私を騙そうなんて、いい度胸してるじゃないの。」

にぃこりと笑った。
見ているこちら側の背筋が凍りそうな、凄みのある空気。

「どうもすみませんでした。」

牡丹が土下座をするまでに、大した時間はかからなかった。迫力に気圧されたのだろうか。
はちは「おいおいおい!」と、なんとかやめさせようとする。
が、隣のしろが「いやぁ、ゆりちゃんと牡丹ちゃんはなんて仲良しなんでしょう!」と笑うものだから、

「どこが仲良しさんなんだ!」とツッコむ役目も同時に回ってきて、はちは人手の足りなさを痛感するのであった。



「文字通り、『冥途の土産』ってやつだったんですね。」

「あー、座布団一枚。」

やりました!と笑うしろは、はちの座っていた座布団を勢いよく引き抜き、自分の分に重ねる。
そんなわけねぇだろ、御託だ、と告げるつもりであったはちは座布団より転がり落ちた。
そのおかげか、彼の耳はたまたま、彼女たちの小声の会話を無意識の内に拾っていた。

「”かの鬼”に怒られるわよ。」

「・・・承知の上だぞ。」

力無い笑いを浮かべながら、すっかりしょげてしまった牡丹は目を伏せた。
「ばれなきゃいいんだぞ」と小さく続ければ、「あなたが隠蔽工作できるほど器用なら可能ね」と、ゆりの皮肉が飛んだ。

まったく、誰が仕事の鬼なんだと、はちは項垂れる。
人魂収集が仕事の人間がいるとでも言うのか。第一、これが人魂なんざ、それこそ冗談に違いない。
・・・確かに青白いけどよ。

「嘘を吐くって事は、相手を欺く前に自分を偽っているという事なのよ。深く自省なさい。」

「おっしゃる通りだぞ・・・。」

果たしてこいつらは仲が良いんだろうかと、はちは眼鏡越しにゆりを観察する。
説教している少女は、友人と呼べるような存在に、いつもよりもどこか楽しそうに・・・

「・・・やっぱ、読めねぇな。アイツが何考えてんのかなんて。」

はちは、これはひどい思い違いだと、自分の頬をぱしりと叩く。第一、相手に土下座をさせるなんて、到底友人とは呼べないだろう。
はちが叩いた衝撃を受けたのか、牡丹の頭上で光を発する固まりが、ぐるぐるぐるとカゴの中で旋回し、朧気な光を一層強くした。

【完】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【雨の字面の話】

【雨の字面の話】

「・・・暇だな。」

梅雨入りも間近に迫った今日この頃。
昨晩からの雨が降り続く表通りには、水たまりがぽつりぽつりと点在し、合併を続けている。舗装された道路上では、天上より落ちてくる雨が油のように跳ねる。雨音は表戸を締め切り、じめじめとした空気の黒蝶堂の内側にも届き、黒川はちは日誌をつけていた手を止め、ぼんやりと外を見やり呟いた。

「・・・こんな日に、客なんて来ねぇよな。」

「雨漏りする屋根の下で雨宿りするのも、斬新だと思いません?」

ほんの近くから声が相づちが打たれ、はちは、ふと自分の机に視線を戻す。と、自らの肘の外側に、白い頭が現れていた。彼は「思いません」と返すはちを見事にスルーし、続けて言葉を繋いだ。

「それにしても、相変わらずの字の巧さですね!」

「・・・喧嘩売ってんのか。」

お世辞にも綺麗と言われた事の無い、乱雑な文字が並ぶ綴り帳。その上を、白い彼の青い視線が滑っていく。

「あ、ちょっと失礼。」

そう言うや否や、しろははちの手からボールペンを奪った。続けて、日誌を引き寄せる。そして、紙面が破れるのではないかと危ぶまれるほど迷い無く、ペンを走らせた。

「・・・おい、何やってんだ。」

白い彼の行動は突拍子もない。だから推測するだけ無駄なのだと言う事を、はちは今までの経験上知っていたから、敢えて真っ先に問うた。時代はエコ!無駄は省こう!と叫ぶ企業コマーシャルが、彼の脳内に浮かんでは泡となった。

どうやら、しろが手を加えているのは、日付の隣、「天候」の欄のようだ。はちの書いた「雨」という文字に、なにやら落書きをしている。終わりましたとしろが得意げに胸を張るものだから、はちはめがねをかけ直し、日誌を眼前に掲げた。

そして、すぐに顔をしかめた。

「なんで、「雨」の点を斜線にしてるんだ。こんな字は存在しねぇぞ。」

4つの点は上から繋げられ、更に、空きスペースとなった箇所は左上方より右下方へ向かって黒い直線で埋められている。辛うじて、「雨」とわかる程度の面影のみが残されている具合である。

「今日はどしゃぶりですからね!」

「・・・わけがわかんねぇ。」

「洒落てるわね、しろ。」

と、はちの背後に気配無く現れた少女が空気を揺らした。はちは驚き、慌てて上半身を捻る。ちょうど通り道ができた形となった少女・ゆりは、両者の間に割って入った。

「こんなのはどうでしょう?」

再びペンをとったしろは、「雨」の4つの点を、今度は右のブロックに集中させ、左を全くの空白に仕上げた。

「意味深長ね。」

「・・・そうか?」

どうせ、空欄側が屋内で、雨の降る側が屋外を示すとか言うんだろう。他の意図が含まれているとは到底思えないが。
感想を朧気ながら固めたはちの丁度反対側で、朗らかな笑みがゆりに向けられる。彼女は口角を上げながら、右手の人差し指で帳面をなぞった。すると、大きな赤と青色に着色された滴のイラストが、左の空白に二粒書き加えられていた。

「おお、芸術的ですね!」

「・・・「芸術」が「敵」の間違いだ。」

言ったはちの足の甲に鋭い万年筆の先が突き刺さる。靴を貫通するなんておかしいじゃねぇか、とツッコミながらぐぅ、とうずくまるはちを後目に、

「どちらを将来の黒帳堂内にするかは、貴方達の手にかかっているのよ。」

淡々と少女は宣った。

「なるほど・・・セキニン重大ですね。」

「誰か、現状を解説してくれ。」

復活したはちの目に、落書きで埋まっていた本日の日誌欄が飛び込んできた。更に、天候の欄を越え、本文の書き出しまでが、意味の分からないイミシンチョウな象形文字の出来損ないのような字面で汚されていく。これ以上ゲイジュツテキな状態にされてたまるかと、日誌を取り上げれば、両者はあからさまな程、顔を歪めた。

「なにするんですか!早く貸してくださいよ!」

「退屈な文章を読む側の身にもなりなさい。」

「ゆりちゃん、はちは退屈な人間なんですかね?」

「はち、貴方には「ゆぅもあ」が必要よ。」

「だから、初対面の人に怖いって言われるんですよ。」

「そうなの?」

「えぇ。大人ですらそう思うみたいですから、ちびっこにも逃げられること数回、いや数十回です。」

「・・・困ったわね。」

「ほんと、はちは手が掛かるんですよー。」

口は減らないが、悪気無くけらけらと笑うしろに、困った様など一つも伺わせず、相も変わらず仏頂面のゆり。とたん、日誌を片手に、うつむき加減になったはちから「ブチリ」と音が鳴った。ツッコミどころ満載の会話に加え、なぜにここまで槍玉にあげられねばならんのだ、との思いが渦巻き、噴出してしまった。「・・・退屈結構、平穏第一じゃねぇの。それに、お前の手に掛かった覚えはねぇ」と呟きながら、机と一体化するのではないかと思われるほど強く日誌を閉じ、がたりと席を立つ。なにもおかしくねぇのにヘラヘラできるかっての。もう我慢ならねぇ。

ーーそうだ、オレに必要なのはここぞという決断力だ。

ふわっと舞い降りた啓示に、はちは思わず身震いする。

たまには、ガツンと言ってやらねば。それでこそ、堂長ってもんじゃねぇのか?
じいさんは「お前の正しさがいつも正しいと思ってはならないぜ」とかなんとか言ってやがったけれど、知ったことか。少なくとも、オレにはこいつらが正しいとは全く思えねぇ。

だから、いつも妙な出来事に巻き込まれてばかりなのだ。そうだろ、じいさん。

「うるせぇぞ、手前ら!」

叫ぶと両者は、立ち上がったはちを見た。浮かぶのは、驚きに見開かれた4つの瞳。
ーーよしよし。うまい塩梅だ。さぁ、トドメを刺そうじゃねぇの。

「お前らのふざけた談義に付き合えるほど、オレは暇じゃねぇんだよ!」

決まった。これで完璧だ。
しかし予想に反し、たどり着いた先に待っていたのは、大人しくもない沈黙。
ーーあ?オレは妙な事を言ったか?

両者の顔のそれぞれの表情が、はちを捉える。呆れ顔と、すごくいい笑顔。はちは腕を組み、原因を探る。そして、眉を顰めた。
ーーわかっちまった。

はちの内心を読みとったのか、それとも単なる偶然か。
答え合わせをするかのごとく、両者は口々にこう言った。

「十二分に暇じゃないですか!」

「・・・冒頭に戻って出直しなさい。」

「・・・ですよねー」

重力に従い、席へと引き戻される。頭を抱えたはちは、「・・・やっぱオレが間違ってたのか?」
ぶつぶつと独り言を繰り返したのであった。

【完】

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【白骨堂取扱専門店黒蝶堂 7(完)】

二階の倉庫からしろが運んできたのは、腰程度の高さで立つ、茶けたテーブルだった。
表面を台拭きで拭き、体裁を整えて店の前に設置する。
青色のテーブルクロスを掛け、中庭で捕れた魚の骨を菓子皿に盛り付ける。

「…奇抜なセンスだな」ぼそりと呟くはちが、しろの背後に立っていた。
その声を受け、しろは「!」と電球を頭上に照らす。

数分後。

「なかなかいい感じじゃないですか!」

更に瓶の口を青いリボンで飾れば…かわいいんじゃないですか!?
彼は骨をすり鉢で粉状にし、瓶詰にしていた。
料理にも使えて、ちょっとしたインテリアにも!と、即興の謳い文句が脳内に溢れる。

「準備万端、用意周到ってやつです!」

しろの呼びかけが、はちへの合図となった。
このような経緯で、黒蝶堂の前で簡素な出店が始まったのである。

さて、店の軒先に”カルシウム、あります”と即席の看板を立て掛け、暫く待機を試みることにした矢先の出来事である。

どうしたことだろうか。
ご近所の奥様方が、方々から歩いて集まってくるではないか。
店開き後の経過時間は、1分程度だろうか。
次々に瓶を手に取り、紙幣を重ねる。
相場が分からないので値段は適当です!と、しろがこっそりゆりへと告げる。

黒蝶堂の中で頬づえをついていたはちの様子が手に取る様に見えるようだ、としろは思う。
驚きの声をあげる間もなく目を見開いたのが、背中への視線で分かる気がしたからだ。



不思議な温泉が湧き出して、骨だけの魚が大量に泳ぐ庭が生まれて暫く後。

ある日、見るも怪しげな男が黒蝶堂にやってきた。

彼は、黒蝶堂近辺の地図を持っていた。

はちは彼の帽子の下に光る瞳を見つけたが、見て見ぬふりをした。
街中を走る河川が脇に書かれた地図。
枝分かれした川の先から、黒蝶堂の地下を通る、一本の水脈が描き入れられている。

男は、薄気味悪く笑う。

「この大動脈の上に存在するのが黒蝶堂だ。金脈よりも遥かにいいぜ。」

不思議なことに、男が訪問してきた次の日から、電話が鳴りっぱなしの日々が始まった。
問い合わせが殺到し、テレビ局が取材に来て、てんやわんやの毎日が唐突に押し寄せ始めた。

同時に、利益が出た。
古書店を一週間開けるよりも、出店を半日開ける方が、収益率が高いとゆりが指摘したのは、商売を始めて1カ月も経たない頃合いであった。

すべてがすべて、とんとん拍子だな、とはちは恐ろしいと懸念していたが、忘却の彼方に飛ばしてしまえるほど、毎日が慌ただしかった。
流されるがままに、三者は流行りの波に飲み込まれてしまった。



蚊が地の気配を察知するのと同様に、人の噂は人の匂いを嗅ぎつけるのだろうか。
しろが黒蝶堂前の通りで見るも怪しげな小瓶を売り始めてから暫くして。
働く姿が板についた彼の後ろ姿が、表戸のガラスを通してはっきり見える。

昼下がりは特に客足が増えるため、しろの手伝いとしてはちも駆り出されている。
最初は戸惑うことの多かった接客だが、半年も経った今では、不自由なくこなす事が出来るようになった。

配達があれば猶更いいのでは、というのは客からの声をゆりが拾ったからだ。
原付を走らせ商品を届ける宅配サービスを始めるのに、さほど時間はかからなかった。

「…オレ、今でも思うんだよ。」

商売を始めて丁度1年が経過した頃。

はちはふと呟いた。
目元は緩み、口元は弧を描いている。
胸に溢れる達成感が、彼を形作っていた。

本棚の上の少女は、相槌の代わりに視線を投げてよこした。

「…こんなに人が来て、こんなに店の物が売れて、生活もある程度は安定してきて三食食えてよ。
こんなに明日を心配しねぇでいい日が来るなんて…これって、もしかして夢じゃねぇかって。」

はちは眼鏡を取り、右目の目尻を人差し指で拭う。

やっと自分たちも、人並みの生活が送れるようになったのだ。
その手段が自分の心を苛む、非現実的なものであっても。

魚たちがいる限り、自分たちの商売はうなぎのぼりの成績を収めるのだ、と。
販売を開始して暫くすると、今度は白骨の持つ丈夫さと細工の施しやすさに注目が集まり、骨を溶かして固め直すと、部屋の柱に応用できることが判明した。
しろは楽しそうに日曜大工のレベルを越えた建築技術を発揮させ、今では黒蝶堂の一階は真白に染まった。
柱に壁から、堂長席までもが白い物へと形を変えた。
本来存していた大量の書物は、暫定的処置として、二階の自室へと追いやられていた。

そろそろ、この現象を現実と見なしてもいいだろうか、と、はちの中の葛藤が解けようとしていた。
昔の自分なら、絶対に許さなかったこの現状。自分はこんな、あり得ない事象など信じる人間ではなかったはずであるのに。

簡単に言えば、この仕事のやりがいと面白みに、はちは心奪われていた。

すると突然、少女が本棚から降りてきて、堂長席向かいでじっとはちを見つめた。

「今、なんて言ったの?」

「え?」

声の上擦るはちは、少女の問いが咄嗟に理解できず、思わず聞き返してしまう。

「最後。」

「だから、もしかしてこれは夢じゃないかっ…ま、まさか…」

ゆりはニヒルな笑みを湛えた口元で、一瞬だけ憐みの目をはちへと向けた。

「まさか、なんて思える事は、結局起こりうる可能性が高いのよ。」

「おい、ちょっと待…」

「あなたの事だから、後20年くらい気がつかないのかと思っていたわ。」

はちの言葉を遮る様に感想を述べた少女は、手首を優雅なる手つきで返した。
彼女の手元に収まっていたマグカップが、くるりと翻る。
陶器に収まっていた内容物-後に、それは炭酸に砂糖を大量に混ぜ込んだ飲料水だとわかった-が、
重力に逆らえず、一連の波となって床へと吸い込まれて行く。

数秒もせず、足元が雪を踏んだかのように一段落ちくぼんだ。
思わず膝をついたはちは、慌てて体勢を立て直そうと左手を地に突く。
と、今度は左手がぬかるみに嵌った。

――これは、まずい。

自らの立ち位置から数メートル先の床が溶け、水分を含んだ柱がボキリと音を立てて割れる。
白い粉が流砂の様に、出来上がった穴へ向かってサラサラと流れ落ちていく。
床にぽっかりと空いた穴は、蟻地獄へようこそ!と言わんばかり。
その場から離れようとすればするほど、抵抗空しく、ずるずると中央へ吸い寄せられていく。

ゆりの手から零れる液体は、留まる事を知らない。
一方、ゆりの足場はなぜか固定されている。よくよく見れば、彼女の踏み台は一冊の書物。
地面が抜け、ゆっくりと体が地中へと呑みこまれる。シャツの首筋辺りから、さらさらとした粉が背中へ流れ込んできて大変不快である。

目線が下がり、彼女の足元、背表紙が見える位置まで来た。
背表紙が身に纏うタイトルには、こう書かれてある。

【座敷童子が棲む家-繁栄と衰退-】

お前が読むな!と、はちは叫ぶ。その口に、白い粒が一気に押し寄せ、意識が遠のいた。

”白骨御殿”と化していた黒蝶堂が、白い粒子の山を築く。
2階に押し込んでいた大量の書物が、はちの頭上を襲った。

彼の姿が見えなくなった頃合い、ゆりはぽつりと呟いた。

「甘い夢から、早々に目を覚まして頂戴。」



布団から飛び出るように上体を起こしたはちは、咄嗟に左右を見渡した。
そこには真白い壁と柱…ではなく、単なる畳が敷かれた、自分の部屋であった。
鼻孔をくすぐるは、味噌の匂い。
どうやら朝のようではあるが…

「今日は何年の何月何日だ!?」

気付けばはちは、寝巻のまま家を飛び出していた。
道行く人間に詰問する。
皆一様に目を丸くしたがはちの剣幕に押され、問われた人間全員が拒否の意識を芽生えさせる間もなく答える。

暫くすると、辺りを飛び回り、幾度も日付を確認するという、不審者極まりないはちの足が止まった。
不審者は、背後に迫る少女を振り返り、眉をひそめる。

「わかったかしら?」

「…つまり、昨日の明日で明日の昨日なわけだな。」

はちは大混雑を極める頭で、”今日”を説明しようとするが言葉にできなかった。
得た答えはまさしく”今日”の日付である。
日誌を捲ると、そこには昨日の日付が立ちはだかっていた。

さて…すぐには噛み砕く事の出来ない現実が、目の前で座り込みを続けている。
はちは、目を細め、ぎゅっと眉間にしわを寄せた後、ゆっくりと黒蝶堂へ足を運んだ。

どうやら、今までのできごとが夢であった事が証明されてしまったようだ。



ぼんやり朝食を胃に収め、ぼんやり堂長席に座り、なんとも上の空極まりないはちの隣に、少女は歩む。
地面を蹴る音が、二階に移動させていたはずの本棚と、白くも無い壁に対して、こぎみよく反響した。

「しっかりしなさい。あなたは、」

「…黒蝶堂堂長・黒川はちでしょ?だろ。おんぼろの、古本屋の方の。」

がっくりと肩を落とし、自嘲気味に息を漏らすはちは、まぁ、こんなもんさと言いながら割り切れない表情である。

「ご明察。」

ゆりはわずかに目を細め、冷やかな笑みを口元に浮かべた。
更に一歩進んで、はちの足元に落ちたマグカップを拾い上げながら

「退屈だったわ。」

ふぅっと息を吐いた。

「…何がだ。」

今すぐにでも眠りに落ちたいと、これすら悪夢ではないかと、はちはつっけんどんに言い放つ。

「生活水準が上がれば、食卓に変化が訪れる。しろの料理の腕前を、限界まで観察したかったわ。」

しかし一向にごちそうの足音がしなかったと、かぶりを振るゆり。

まさかそれを調べていたのか?そもそもあの魚群は彼女の仕業なのだろうか?しろも夢を見ていたのか?
疑問は山のようにそびえ、川のように流れてきたが、今は濃い霧がかかったかのような脳みそに、深い睡魔が襲ってきている。

はちは怪訝そうにゆりを見下ろし、一言添えた。

「一日三食食えるだけで、十分ありがてぇだろうが。」

ゆりは、口の端を引き上げた。

「竜宮城は楽しかったかしら?」

「…それが、永久に醒める事の無い夢だと知っていたのなら」

はちは言葉を切り、天を仰ぐ。

「オレは正気に戻って、乙姫の寝首を掻き切るべきだったのかもな。」

「あら、なんと物騒なのかしら。」

おどけた口調で返す少女がだんだん遠くなる。
【座敷童子が棲む家-繁栄と衰退-】
彼女の持っている本のタイトルが、狭まる視界の端に止まったが、それが何だったかどうも思い出せない。

思い出せない様な、思い出すべきなような。
そんな堂々巡りを続けていたはちは再び、眠りの世界へ落ちて行った。


【終】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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