スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【小話】貴方に神の御加護がありますように!【更新】

小話更新です。
ごっどぶれすゆー!な感じで、一話完結をお楽しみください。
ピングーが見たいです。フラフープエンド。あの先が読めない展開に、なぜか心奪われます。



【貴方に神のご加護がありますように!】

この世界では、くしゃみを一つすれば、誰かが騒ぐ。
二つすれば、騒ぎはもう一回り大きくなる。

誰かは言う。

「きっとだれかが、君の噂をしているのだろう。しかも、おそらく”悪い意味で”」と。

そんなとき。
黒川はちは、鼻で笑う。

「そんな迷信、いったい誰が信じるっての。」



突然のくしゃみに、唐突な覚醒が訪れた。
体全体を覆っているのは、ひどい悪寒と吐き気だ。
震える腕を押さえ、がたがたと鳴る奥歯を力の限り噛みしめれば、先ほどの騒音は、どうやら自分の体から発せられたのだと知る。足下から冷風がそよいできており、足裏が異様に冷たい。その証拠に、誰もいないはずのこの部屋で自分以外の何かが、かたかたとリズムを刻む気配がある。

もぞりと起きだし、めがねをかけ、カーテンの隙間から刺しこんでいるわずかな月光を頼りに、暗闇を這う。

目を凝らして見ると、点けた覚えのない扇風機の、重たい頭を左右に振っている姿が闇に浮かんだ。

「・・・寒いんだよ!」

はちは叫ぶと同時に、勢いよくコンセントを抜いた。


翌朝。

青白い顔色をしたはちは布団の上に座り、首をひねっていた。

というのも、
足下の扇風機は元気よく、室内の空気をかき回しているのである。その原因を突き止めたいのだが、まったく思い出せない。第一、ぼんやりした頭では、まともな考察ができない。

・・・確か夜中に、電源を落としたはずだが

そこまでは思い出せる。しかし、いや、これは真実か?もしや夢だったか?とも思う。
まるで、鼻水が逆流して脳に達してしまったようで

・・・ありえねぇ、オレの体はそんな砂時計みたいな単純な作りじゃねぇだろ。

時は流れ、はちは可能性の波の中で一人葛藤しながら、漫然とした手つきで朝食を胃に押し込んでいた。
その合間にも、くしゃみの波は押しては返し、我慢すれば、ごほごほとせき込む始末である。確実に症状は悪化している。
ついには、食卓を一にするしろが、

「もしかして、あれですか。か」

「・・・断じて風邪じゃねぇよ。」

喜々として聞いてくる始末である。

なにがそんなに嬉しいんだ?
問い返したいほどに、鼻歌まで歌っている彼を視界から外せば、届きそうで届かない痒みのような、むずむずとした感覚がこみ上げる。無理矢理かみ殺せば、今度は鳥肌が立つ。
どうも、おかしい。視界がかすんできた。

これはもしや。か

ふと、しろが立ち上がった。
その音に、朦朧としていた意識が手元に戻り、一瞬にして現状が見えた。

目の前には、締め切った狭い居間が広がっている。そして背後からは、冷たい風がそよいできている。

まさか。
はちは慌てて振り返る。

そこには、一晩中はちを扇ぎ続けた、働き者の彼が座っていた。
仕事に汗を流している姿は、なんとも健気である・・・

とか思うと思ったか!
はちは一呼吸置き、

「なんでここにいるんだよ!」

一息に叫んだ。



話によると、夏の終わり頃から当の機械は誤作動を繰り返しており、しろはその修理のため、彼を階下に降ろしたところだったという。

「でも原因が分からないんです。寿命なのかもしれませんね。」

しろは腕を組み、うーんと唸った。

食後。
はちは身支度を整え、堂内へと向かった。
開店前に、本の整理とレジの点検をしなければならない。たとえ客が来ようが来まいが、準備は不可欠であるからだ。
はちの後ろをしろが続く。

そして彼の背中に、例の扇風機が背負われている。
はちが席に着くと、しろはそれを席の隣に置き、

「えーとえーと、コンセントはどこでしたっけ・・・?」

コードを持ってうろうろと、はちの背後をさまよっている。
はちはこみ上げる頭痛を抑えながら、

「片づけろ!」

彼の妙な荷物と行動に、語気を強めた。
頭がくらりと揺れる。
こんな涼しい気候のもとでは、彼の出番など無いのだと、滔々と語ってやりたいほどに、しかしそれ以上に体力が無く、机に突っ伏した。

すると、

「うーっす!」

予想に反し、野太い声が返ってきた。
何事かと顔を上げれば、赤と黄色のアロハシャツに黒いサングラスというなんともアンバランスな格好のしろが、これまた似合わない仁王立ちのポーズを取っていた。

いつの間に・・・と問う前に、はちは合点を得、

「・・・片づけろってのは、殺せって意味じゃねぇよ。」

至って冷静なテンションで、真面目につっこんだ。

「あれ?てっきりそうかと。衣装も準備しましたのに。」

ほら、これもです。
そう言ったしろは、どこで買ってきたのか。
右手の指に火のついた葉巻を挟み、煙を昇らせた。
そして、それをくわえると、

肺一杯に吸い込んだ。
結果、

「えふえふえふ!」

盛大にむせた。

そしてしろは走った。
黒蝶堂の表通りに面する戸を開き、自分が汚した空気の換気をするためだ。

「何むせてんだ・・・」

一連の流れを、唖然とあきらめの色が混じった瞳で見ていたはちは、今日はつっこみ切れねぇかもしれねぇなと感じていた。体の芯から沸き上がってくる微熱に蓋をすれば、くしゃみが再々々度飛び出した。

これは、
もしかして、か

そんな懸念は、ガラス戸の引きずられる音に擦り潰された。
途端、

「へくしゅっ!」

表通りへ向かって、体を跳ねさせた男が一人。
はちではない。
この空間での、もう一人の存在者である白い彼が、である。
ヒンヤリとした初秋の爽やかな朝の風が、堂内を吹き抜け、堂内の埃がふわりと舞ったからであろうか。

と。
丁度、通りかかった登校中の女子高生が、彼の声に驚いて堂内を横目で覗いた。そして、どうやら顔を上げたしろと目があったようで、軽く挨拶を交わしている。
彼女たちは顔を見合わせ、足早に去っていく。

そんな彼女たちの声を、はちの耳は拾い上げた。

――直後、耳を疑った。

「かわいかったね~。」

「え、かっこよかったの間違いでしょ?」

「でも眼鏡って、やっぱずるいなぁ。」

「3割り増しだよねー」

「あんな人が住んでるなんて知らなかった」

周りの目をはばからない女子高生たちは、キャアキャアと楽しげに語り合い、若さを発散させながら通り過ぎていく。
一方、噂の中心である、白い髪色に青い目の当人は、いってらっしゃ~いと、間延びした声で彼女たちを見送っている。

まるで茶番劇を見ているような気分になったはちは、

「・・・あれは眼鏡じゃなくて、グラサンだろ。」

眉をひそめ、堂長席で肘を突いた。

”ずるい”の意味と、”3割り増し”の理論展開がわかんねぇけどと内心前置きをしながら、はちは推理する。

恐らく彼女たちはしろの容姿についてーしかもかなりプラスの評価を下しー語り合っていたようだ、と。

はちは、席に伏せたい気分になった。

「・・・くしゃみが噂を作るってか。」

なんて馬鹿らしい話だ。
自然と、ため息がこぼれた。

奴の中身を知らねぇから、そんな陽気なことが言えるんだ。こいつの電波具合は、半端なもんじゃねぇ。

そんな白い彼がこちらに向かってくる。

「・・・人間は見た目じゃねぇぞお嬢さん方。」

「何か言いました?」

葉巻を吸い、再びむせるしろは、珍しい外見を持ち、確かに目を惹く存在である。
しかし、

「ほら、見てみろ」

はちは思わず、ここにはいない彼女たちに指摘したくなる。

――降ろしたはずの、重たい扇風機を背負っているじゃねぇか、と。

「こいつは、本当に変な奴なんだ」

「え?」

「いんや、なんでも、ねっ」

くしゃみが一つ飛び出した。
彼の背負った扇風機から、冷たい風が吹き出し、はちの顔を襲った。

そのころ。

「そう言えば、もう一人いなかった?」

「あーいたような、いなかったような」

「超曖昧だー!」

「そうかもね!」

学校に到着した女子高生2人組は、顔を見合わせ、けらけらと笑い合った。

【完】


ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
最近の女子高生はどんな口調で話すのでしょう。完全なイメージですので、現物とは異なりますご了承を。
もしかして、か
そんな展開にならぬよう、きちんと電源を落として寝た方がいいです。

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】月は知っている【更新】

小話更新です。
中秋の名月に、お彼岸にと、この時期は忙しいですね。
というわけで、一話完結です。お時間ある方はどうぞ。

【月は知っている】

白い月の浮かぶ、明るい月夜が辺りを包む。
うだるような昼間の暑さも、夕暮れの到達と共になりを潜めたかのようで、涼しげな風が、黒蝶堂の中庭を吹き抜けていく。
はちとゆりは互いの間隔を座席二つ分ほど空けた状態で縁側に腰掛け、それぞれのペースで白い饅頭を口に運んでいる。

「あてられないで頂戴ね。」

食べかけの団子を脇の小皿に置き、ゆりは前を見据えたまま告げる。
縁側に座ったはちは、とっさに身構える。

表通りからボールでも飛んでくるのか?
一見、有り得ないと一笑に付されそうな想像に対処するためである。
というのも、
ゆりの注意喚起は、予測と言うよりも未来の決定事項を読み上げるかのような確信さを持ち合わせていると、経験上学習していたからだ。

しかし、事態が急変する兆候はなく、庭先からは秋の虫が羽音をすり合わせる音が控えめに聞こえ続けるだけだ。

正座をしたゆりは、調子を変えず続ける。

「突発的に海へ飛び込む人間にはならないで頂戴。」

あ、そっちの「あてられる」か。
はちは緊張を解き、左手の中指で眼鏡を定位置に押し戻す。
確か「月は人の心を惑わす」との言葉があったはずだ。

そう思い至り、続けて、失笑がこみ上げた。

「知ってるだろ。そんな繊細な人間は、ここにはいねぇよ。」

軽口を叩き内心を滲ませたが、ゆりの硬い表情は壊れない。

「そう思っていた人間こそ、惹かれてしまうの。かの存在に。」

「・・・かの存在?」

「来たわ。」

意味深な発言を残したまま、風景は変貌のきざしを見せた。
彼女が言い切るやいなや、縁側が軋み始めたのだ。はちの不安を煽るように、視界が上下左右に揺れる。地震だと直感し、体が固まった。

が、いつまでたっても、地鳴りはやまない。

「・・・地震じゃねぇのか?」

音の震源は右手前方より正体を現そうとしているようだ。土煙が上がり、ざっざっざっと地が勢いよく掘り返される音は聞こえるが、得体が知れない分、気味が悪い。
庭先に設置したテーブルの上には、しろが運んだ茶色の大皿。その上には、山のように築かれた大量の団子がある。団子の中身は黄色いカスタードが詰め込まれており、傑作ですよえへへと、朝から準備に勤しんでいたしろは得意げに笑っていた。

はちがそんなことを思い出している内に、
「それ」は、縁側から見てテーブルの外側を、一息に走り抜けた。

その姿はまさしく、「猪突猛進」の体現であった。

そのとき。
瞬きをする暇もなく、木製の空間が空を切った。
つっかえぼうという名の仕掛け(しろの料理用の麺棒である)が「それ」の背負う「卒塔婆」の下部に触れ、作動した模様である。

仕掛けなさいと命じた張本人は、

「二つ目の端。狙いどころはお見通しよ。」

なに食わぬ顔で、茶を一口すする。

「このご時世、こんな原始的な罠が活躍するとは・・・」

約一時間前、ゆりがどこからか持ち出したザルのような形状の檻を見、そのちょうど下のスペースに団子を置きなさいと命ぜられた時は、こいつはどんな巨鳥を捕まえる気なのかと半信半疑であった。

しかし、まさか知り合いが罠に嵌るとは。
はちは絶句し、二の句が継げないでいる。

一方、当の捕獲された者はというと、

「お前たち、ぜったい絶対、許さないんだぞ!」

檻の柵を握り、唾を飛ばさんとするほどまくし立てている。
まるで「彼女」が凶暴な動物そのもののようである。そこに、ゆりの冷たい目線が飛ぶ。

「月は全てを見ているわ。」

間を置き、

「貴方が窃盗を謀った処も、見事に失敗した処もね。」

平淡な口振りで、彼女を追いつめる。

捕らえた者は余裕のある足取りで歩み寄り、捕らわれた者は唇を噛む。被捕獲者は、狩猟活動の結果手に入れた右手の、「二つ目の端」に置かれていた月見団子を鋭い前歯で噛みちぎった。

「しかし・・・月代殿ならば、御慈悲を下さるはずだぞ!」

もぐもぐと食べながらの籠もった声ではあるが、ゆりに掴み掛からんとする勢いを持つ語気である。

「ツクヨドノ、ですか?」

「うわ、びびらせんな!」

いつの間にか、はちの背後に佇んでいたしろが口を開く。

彼は戸惑うことなく、外履きを引っかけ庭へ降りると、湯呑みを檻の前に置いた。

「おい!それはオレの湯呑みだ!」

はちの指摘なぞどこ吹く風。
牡丹はそれを草地から拾い上げ、一息に飲み干した。
そして、

「月代殿に裁いて頂けるなら、極刑でも許容してみせるんだぞ!」

勢いよく湯呑みを地面に叩きつけ、啖呵を切った。
湯呑は彼女の足元に在った石に衝突し、無残に砕け散る。
はちは怒りを即座に爆発させる事も出来ず、一方のゆりは肩をすくめる。

「なんと殊勝な心がけかしら。」

「…棒読みじゃねぇか。」

なんとか突っ込みおおせたはちの口に白い団子が飛んできた。
「黙って頂戴」の台詞の代わりのそれは、強制終了のサインだ。

しかし、予想外のことが起きた。
被害が別方向からも飛んできたのだ。

「月代殿はあたしたちを見捨てはしないんだぞ!」

牡丹が叫び、はちが気づいたときには、両肩を見えない手によって抑えつけられていた。
正確には、額を強い衝撃に襲われ、倒れざるを得なかった。廊下のひんやりとした温度に首筋をなぞられ、ぞわわと鳥肌が立つ。

目に火花が散るってのは、本当に起こるんだな。
はちは、冷静に分析している自分に驚く。それは、もう一人の自分が、痛みにもだえる自分を観察しているような感覚である。

ふと視界に入った、縁側の廊下に転がっている黒い石に見覚えがあった。
いつぞやの時、交差点で世界を変えた、例のブツである。
強化ガラスさえ突き破ってしまう”それ”から与えられた痛みは尋常ではない。血が出ていないかと確認したいが、四肢はおろか、体がまったく動かない。稼働しているのは眼球と、聴覚、わずかの痛覚だけのようだ。

残された感覚器官が世界を拾う。

だから「あてられないで頂戴」といったのに。
白くなり、狭まっていく視界の中、隣のゆりの瞳がそう語った。
はちは苦笑する。

「・・・予測していても、避けられねぇことだってあるんだな。」

あ、口もまだ動いたんだな。
はちは力なく言い放つと、意識を失った。

それはまるで、深い底無しの海に体が沈んでいくかのような、暗く静かな時の訪れであった。

【完】

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今年はスーパームーンなるものもあり、月に対しての興味は尽きないです。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】鳴かぬなら…【更新】

さて、小話更新です。
本編は、一つだけ御注意点があります。
絶対に、真似をしないでください。(前置き)
器物損壊罪になる…のかもしれませんので…。

準備ができた方から、
現実と虚構の間へ、れっつらごーです。


【鳴かぬなら…】

中央通りの信号がサボり始めて、どのくらい経ったろうか。
機械の塊はご機嫌に通り過ぎ、スクランブル交差点を挟んで、歩行者は待ちぼうけを食らっている。

一向に変わる様子のない赤信号に、三者はそれぞれの感性において、「妙だ」と感じ始めていた。

はちは言う。

「・・・地下道通るか。」

地下へ降り、地上へ上る階段が手間で面倒だが、確実に向こう側へ到達できる。事故があって、やむを得ず信号の働きを止めているのかもしれない。だとすれば、これ以上待つのは無意味だ。

すると、隣のしろが口を開いた。

「強行突破します!」

彼がゆび指す向こうには、途切れることなく走り抜ける車の群。
車間距離の合間をを縫って行こうとすれば、遠慮無くはね飛ばされ、内蔵がはみ出した自分の体を縫う結果に終わる・・・かもしれない。

「その隙に、はちは車の上を跳んでください!」

「隙間ができりゃ、そっから渡るだろ。」

「あ、確かに。はちの体重で車さんが凹んじゃったら可哀想ですよね・・・。」

しょぼんと気を落とすしろに、はちは若干の心配を覚える。

会話が通じない相手の脳味噌は、すでにスクラップ気味なのだろうか。

――いや、今更か。
もちろん口には出さず、

「可哀想じゃねぇよ。機械だからな。」

一応、指摘をしておく。
それに、もし実行に移したら、車がスクラップになる前に体がスクラップになるだろう、とも付け加える。

と。
珍しく外に出ているゆりが、はちの上着の裾を引っ張った。

「あ?なんだよ。」

「あの百貨店を親の敵と思って頂戴。」

物静かに、かつ、唐突な提案に、しかめ面で即答する。

「思えねぇよ。」

しかし、
彼女の有無を言わさない鋭い視線が目に突き刺さり、

「・・・思いました。あー、憎い憎い。」

台風時のビニール傘も驚くほど、あっさり折れた。

「大根役者ですねぇ!」

「んだとこら!」

「これを、最大限の力でぶつけてやりなさい。」

しろとの喧嘩も半端なままに、
強引に掴まされたのは、黒い石の塊であった。完全な球体ではなく、所々に棘のような、痛そうな突起物が生えている。
掌から少々溢れるほどの大きさではあるが、ずしりとした重量がある。

「・・・届くわけねぇだろ。」

デパートまでは横断歩道を挟んで、100メートル少々。
こんな得物で敵討ちに出掛ける者など、どこにもいない。
それに、親の敵といっても危害を加えるとは限らない。
オレだったら、まずは裁判からだな・・・

はちの思案を、しかし、ゆりは涼しい顔で受け流し、

「目的を達成するためよ。」

そう言って、前方を見据えた。

はちは察した。

――こいつの事だから、何か考えがあっての発言だろう。

もしかして、簡単な事なんじゃねぇの?

びゅーんって感じで投げると、なんと!どこぞの信号のスイッチに偶然触れて青になる!人々は、やはり信号は青になって当然だ!との顔で日常に戻る。人知れず人々の困惑を救った堂長は、中途な自己満足を得るのであった・・・!

とかだろ。

ばかばかしい。

はちは一笑に付した。

しかし、

――たまにはこいつの予測にこっちから乗ってやってもいいか。
疑いの心が緩んだ。鉱物を握り直す。

そしてそれを、助走をとって勢いよく、宙へと放った。

綺麗な放物線を描いて、石は飛んでいく。
次の瞬間。
派手な音とともに、キラキラと光る何かが吹き出した。
それは、大通りを走っていた車の、フロントガラスの破片であった。

ブレーキ音に人々のざわめき声と、町は騒然となった。
「なにどうしたの?」「なんか愉快犯?」「もしかして映画の撮影?」「テロだったりして!」「こわーい!」平和ぼけした発言も、写真を撮っている女子高生の姿も、はちの感覚器官に届くことはない。

頭の中が真っ白になっていた。

「本当にやっちゃいましたね!」

「てっめぇ!何とかなるんじゃなかったのかよ!」

我を忘れ、ゆりに詰め寄り、聞きただそうとする。

数秒後。
人々の無数の視線が、自分たちに注がれているのに気がついた。好奇であったり、露骨に嫌悪感を顕したものであったり。遠巻きにジロジロと様子を窺われるだけで、誰も話しかけてこない。

冷や汗が頬を伝った。

はちの隣には、青い白髪の男。その隣には、桃色の着物と長い黒髪の、時代錯誤甚だしい格好をした少女。

――こいつら、目立って仕方ねぇ!

人々の垣根の向こうから、ハザードを点滅させた車が見える。
30代後半の男が降りた。突然の不幸に、なにが起こったのかも、なにに対して怒ればいいのかも、全くわからない。そう言わんばかりの、能面のような顔で、かつてフロントガラスだったところを覗いている。彼の顔がガラスに映ることはなかった。

同時に、
サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
誰かが通報したのだろう。何事かと、車が1台、また1台とスピードを緩め、路肩に車を寄せ、止まる。

そんな中。

「見て頂戴。」

ゆりが声と共に、目線で場所を示す。
それは、歩行者用の信号が、変わる瞬間だった。
赤い世界で、目を覚ましたのか。
通常よりも光度の強い青い光が、日中の日差しに負けじと輝き始める。
一方、道路側の信号は、何人たりとてこの先を通さない、そう言わんばかりの力強い赤い光となった。

それを見て、はちは決めた。
白い彼に顔を向ける。

「逃げるぞ」

「あいあいさー」

深刻な事態に似つかわしくない、愉快そうな声が返ってきた。はちは右腕にゆりを抱える。
咄嗟の判断は、ゆりも当然連れて行くとの結論を出したようだ。

そして。
止まった車の間を縫って、横断歩道を一気に通過した。

走る。
全速力で走る走る走る。

息が上がってきた。
意気は下がってきた。

――いったいなぜ、オレは逃げてんだ?

抱えられた少女は、大人しく捕まっている。
そうだ、捕まらねぇためだった。

霞みゆく視界の中。
アーケードの端の端。
古ぼけた建物、黒蝶堂が見えてきた。

と、
突然腹を捻られて、反射的にそちらを見た。
加速度が落ちてるわ、運動不足よ、と遠慮のない文句が垂らされる。

「うっせぇよ、だっ、誰のせいだと思ってやがる!」

舌を噛みそうになる、途切れ途切れの皮肉口調にも、ゆりは双鉾をわずかに細め、

「人間を動かすには、小さくてもいいからきっかけを与えることが必要なの。」

なに食わぬ顔で言った。
汗だくとなったはちには、彼女の言葉は途切れ途切れにしか聞こえていない。
が、彼女は老成した瞳で

「だから、世界なんて簡単に変えられるの。」

余裕のないはちの顔を見上げながら、すこしだけ口角を釣り上げた。

「貴方は、世界を変えたのよ。」

「過程も大事だっての…!」

黒蝶堂の扉を後ろ手に閉めたはちは、扉に背を預けながら、肩で息をした。


【完】

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
環境ってなかなか変わらないですよね。
世界を変える力を持っていて、真っ直ぐの方向に進んでくれれば問題無いのですが。

通りには通りの憑者さんがいて、車を直してくれたとかくれなかったとか。
そこらへんも、続きが描ければなと。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【若造の主張】

【若造の主張】

「この子の言い分は間違って「彼女は「ばかげてい「この主役が「だから私が「こう言って「「「「「「「「・・・

突然だが。
黒川はちは、絶賛困惑中である。

飛び交う句点のない、読点だらけの主張同士が彼の前を行ったり来たり。当人同士にしか通じない会話を繰り返している。どうやら、とある小説の物語について議論を闘わせているようだ。堂長席に座って客人の相手をしているのはいつも通りだが、会話の高波が途切れないまま、はちは泳ぎにこぎ出せないという事態に、頭を抱えていた。

「・・・あの、お一人ずつ、用件を伝えてくれませ「なにを「この若造が「偉そうな「傲慢で「最近の「若者は「「これだから困る。」」

最後だけは口を揃えて言うものだから、

「・・・本の好みなんて、自分に合うか合わねぇか位のもんじゃ「なにをこの「若造が「若造のくせに「知ったような「口を利くん「「じゃない」」

「・・・そうすか。」

もはや、怒りを通り越して、呆れがこみ上げてきた。

なんでこいつらは、人の話を最後まで聞かねぇんだ。

しかも、互いに譲歩せず、自分の主張を通そうとしている。
「自分がいつも正しいと思ってはならないよ」祖父・伊織の口癖が思い出された。

はちは今度はため息をはっきり吐き、

「うちには置いてないっすよ。」

当初より言おう言おうと思っていた事実を、かき消されぬよう、簡潔に放った。

話は簡単だ。
チラシの上部、どちらにも”今月の新刊”と大々的に宣伝文句が書かれている。

が。

新刊が、黒蝶堂に入荷されるわけがない。
黒蝶堂は”古”書店であり、人々の手を巡り巡ってきた、縁のある書物だけが、この棚に並んでいるだけなのだから。

取り寄せることも出来ないことはないが、

「近くに最近出来たでっかい本屋があるんで、そっちに行ってくれますか。」

そう提案した。
その本屋に借りがあるわけではない。
今すぐほしいと熱意をぶつけ合う彼らにとって、取り寄せに必要となる約2週間は、とても長く感じられるだろう。そう推測したのが一つの理由で。

そしてもう一つ。

「これ以上こいつらの面倒を見るのは大変に面倒くさい。」

口には出さないが、単純な理由であった。

しかし、堂長席の前で男たちは微動だにしない。
黙っていたら黙っていたで、居心地が悪いな。
何かまずいことを言ったか?
はちが思考を巡らせる寸前。
両者はアイコンタクトを交わした。

そして、

「「あんたがさっさと言わないから、話がややこしくなったんだろう。」」
口を揃え、落ち着いた声音で、言い捨てた。

「な・・・!」

絶句するはちを置き去りに、2人はチラシを大切そうに鞄に仕舞って黒蝶堂を後にした。

「・・・理不尽だな。」

「営業者としては、許されざる行為ね。」

唐突に、本棚の上から声が降ってくる。
怒っているのか茶化しているのか、全ての顛末を観察していた少女が、無感動な感想を投げつけてきた。

「いいんだよ、相手にするのも面倒だったしな。」

「若いわね、若造。」

「どいつもこいつも若造若造ってな・・・」

てめぇにもこの年があったろうが。
はちは棚上のゆりを見やる。こいつは自称・憑者だから、一体何歳なのかまったく不明で・・・はちは苦笑する。

そんな馬鹿げた発想を受け入れる思考回路が自分にもあるか?
いや、ねぇな、と。
自分で自分につっこみを入れた。

と、
少女の手には、見覚えのあるかわいらしい女性が2人居た。
それは紛れもなく、あの2人がほしがっていた作品の、しかも「最新刊!」との帯までついている、正真正銘の本物だ。
はちの机へと本を飛ばしてきた。手に収まったそれを手に取り、中身をぱらぱらとめくる。

中身を流し読みしながら、はちは問う。

「知っていたのか?あいつらが来て、この本を買うってことを。」

あの客は初めて黒蝶堂に来ただろう。
さては、ゆりの顔見知りだったのだろうか。
少女は「違うわ」と、彼の心中の疑問を即座に否定し、

「”みえる”事実を積み上げたら、予見できただけよ」
事も無げに言った。

「…そんなまさか。なら、オレの未来も見えるのか?」

はちは少女達を机上に置き、ゆりを仰いだ。
期待したのではない。興味本位で聞いただけであり、そこには小馬鹿にする意図も含まれていた。
彼女は堂内を一瞥し、続けて、口元にニヒルな笑みを浮かべた。

「貴方は1分以内に、表通りで締め上げられるわ。」

「・・・なんじゃそりゃ。」

意味不明な事を言いやがって。
やっぱりインチキじゃねぇか。

・・・しかし、まてよ。
はちは逡巡する。
脳裏に、祭りの最後に出会った男が蘇った。
首を振って追い払おうとするも、バカ力で首を絞められた時の苦しい思いは忘れるべくもない。

もしや、あいつがやってくるのか。
それだけは勘弁願いたい。

と。
軽快なリズムを刻む早足の音が聞こえた。
冷たい風が、はちの背中を駆け抜ける。
まさか、来たのか。
ぶつぶつと何かが呪詛のように聞こえる。
はちは戦々恐々としながら、ゆっくりと振り返った。

「・・・以上より、僕のアイスを食べたのは」

クーラーもない黒蝶堂に、冷風が流れ込んでくるはずもない。
冷気の中心は、例の男ではなかった。
青い服に身を包んだ、白い青年が立っていた。

「あ」

はちの顔から血の気がさぁっと引いていく。
すべてを思い出した。

冷凍庫に氷菓が入っており、それを美味しく頂いたことを。残った小袋と棒きれをこっそり処分するつもりが、タイミング悪くあの客たちが来て、無意識のまま堂長席脇のゴミ箱に捨ててしまったことを。
そして。
白い青年・しろが、氷菓に関することとなると人格が変わったかのように大騒ぎをするということを。

――すっかり、失念していた。

おそらく、ゆりは小袋を見て失笑したのだろう。
こんなに予測が簡単な未来があるなんて、と。

しろの青い目は、瞼からつり上がっていた。

「許すまじです!」

「許せ!」

乱暴な音を立てながら、はちは席を立つ。
しろの左手にはギラリと光を反射する彼愛用の包丁。

オレの腹を裂くつもりか!

つっこむ余裕もなかった。
はちは黒蝶堂の扉を勢いよく開け、全速力で逃げた。

ーーはちが少女の予知に正面衝突する、数秒前の出来事である。


【完】



【夏夜の石畳を砕いて渡れ】

【夏夜の石畳を砕いて渡れ】

夜の足音が近づき、黒蝶堂に西日が射す時間帯。
街を一望できる高台から、笛の音が鳴り響き始めた。黒蝶堂の存する街・遙光の櫻坂神社で、毎年恒例の夏祭りが始まった合図だ。

黒蝶堂の内部は茜色に染まっている。
そこはもぬけの殻。
冷たい沈黙が堂内を支配し、まるで夜逃げをしたごとく・・・であるが、実はそうではない。

黒蝶堂の面々は今、祭りに参加しているのだ。
と言っても、単に店が暇で暇で仕方なく、気晴らしにその周辺をぶらついている・・・わけでもない。

遙光の街では、祭りに限らず、街の商店を経営する者や、その家族は、行事の際、なにかしらの役割が与えられることになっている。
今回は、中央広場の会場特設広場、その設営担当を請け負った、という次第だ。
もちろん、祭りの後には片づけが待っている。
準備を終え、少々の休憩時間を与えられたはちとしろは、様々な出店で彩られた石畳の上を、のろのろと歩いている途中である。

「ゆりちゃんも来れたら、よかったのにですねぇ。」

「私は忙しいの、貴方とは違ってね・・・だそうだ。」

しろの感嘆じみた言葉に、俺も好きで来てるわけじゃねぇっての、付き合いって奴だってのと、はちはため息一つ吐く。
ふと、今日の朝方、彼女が一つの助言をくれた事を思い出した。

「忘れずに持参して頂戴。」

そんな荷物になる物を持って行けるか。はちはそう思い、出かける頃合いには、すっかり”それ”の存在を忘れてしまっていた。
だが、準備は終わり、後は片づけを残すのみ。結局、特に必要でもなかったから問題はないだろう。

それならばなぜ、あんな物を持たせようとしたのだろうか。

もしかして、彼女の嫌がらせだったのか?
だとしたら、彼女の気に障るような事を言っただろうか?

はちは思考を巡らせ、隣で文字通りのお祭り騒ぎにキョロキョロと目を輝かせるしろとは対照的に、腕を組み、視点を足のつま先に固定しながら、悶々と歩いていた。

その時、はちの背中を叩く者が現れた。
真っ直ぐに歩いていけぬほど人がごった返して居るのだから、旧友の一人や二人とすれ違っても不思議ではない。
はっと我に返った彼は、面倒くさそうに背後を振り返った。

そこには、想像だにしなかった”生き物”が居た。

眼鏡を通して視界一杯に広がったるは、両目が細くつり上がり、太く強靱な犬歯が覗く、世にも恐ろしい形相の赤顔であった。頭部には、二本の鋭い角が、今にも天を突き刺さんとし、ぎょろりと剥いた二つの真黒い瞳は何の光も反射せず、ただただじっとはちを捕らえている。

異形の口が、もったいぶるようにゆっくりと動いた。

「ぼた餅いるか?」

まるで地獄から立ち昇ってくる、腹の底に沈殿するドスの利いた、低音域のうなり声のよう。
ごく近くの耳元で囁かれた感覚に陥ったはちは腰を抜かし、石畳の上に昏倒した。



「可愛いだろう!欲しがってもやらないんだぞ。」

痛ててて・・・と上体を起こしたはちは、あたりを見回す。
人の群衆が、こちらを好奇な目で、しかし、遠巻きに観察しながら、足早に去っていく。

はて、今の声はどこかで聞いたことのあるような・・・。

「ほら、もっとよく見てくれてもいいんだぞ!」

背後からの声の主は、大層上機嫌のようだ。その証拠に、右手に綿飴と林檎飴、左手首に水中で揺れる金魚を下げ、たこ焼きとイカ焼きを、パックの形がゆがんでしまうほど力一杯掴んでいる。
そこには、まるで歩く屋台のような、誰の目から見ても明らかにはしゃいでいる少女・牡丹がいた。

「よく見ろ・・・って!」

ずいずいっと押しつけてくるそれは、先程の鬼の顔であった。
尻餅を付いた状態で、後方へずるずると下がる。と、肩に、冷たい物体が触れた。体が跳ねる。

「これ、お面ですよ。とっても良くできていますね!」

冷たい物体は、しろの右手であった。
この変温人間めと、はちは舌打ちしたくなる。
一方のしろは、いつの間にか、ぼた餅を食べている。やけにイビツな形であるが、随分と旨そうに見えるから不思議だ。

「だろう!」

「格好いいですよ!」

楽しげに談笑する少女と青年。

はちは間を置き、

「良くできている、ってレベルじゃねぇ!まるで昔話の敵例題集に出てきそうな、典型的な鬼のツラじゃねぇか!これが屋台で売ってたら、少なくともオレがガキだったらその店には二度と近寄らねぇな!」

疎外感を振り払うがごとく、一息で言い放った。
まくし立てた彼を、ぽかんとした表情で見つめる牡丹は、一瞬遅れて、再び頬を紅潮させた。

「ははん、羨ましいんだな!」

「どうしてそうなる!」

「許してやるんだぞ、さぁ、よく見ろ。」

「熱いんだよ!てめぇの周りを漂ってる火の玉がよ!」

はちは、吹き出す汗の原因を手で払いのけようとした。

深見ヶ原墓地の憑者・牡丹の背後には、4玉ほどの彼女曰く「ヒトダマ」が浮遊している。
勿論、はちはそれを彼女の妄言だと相手にもしていないが、事実、それは彼の前髪を焦がし、先端から青い閃光をくすぶらせながら、細く黒い煙を発生させた。何であれ、熱い事に変わりはない。彼女の頭を右手でぐいと押し、その茶けた目を見据え、言葉を刻むように一言一句、ゆっくりと告げる。

「・・・こんなところで何やってんだ。」

遠ざかった彼女とその熱源に安堵し、はちは手を離した。
眉間を触りながら、今度は、焦げ付いた前髪を梳く。まったく、ひでぇナリになったなと思いながら。

「お仕事なんだぞ。今日は特に、忙しいんだぞ。」

落ち着きを取り戻した彼女は、唇を引き結んだ。その口に、ラムネのビンを傾ける。いったいどこに持ってたんだこいつは。背中には、卒塔婆二本が背負われているだけのようであり、その一方に括りつけられた小さな巾着が揺れた。

「・・・どうも、そうは見えねぇけどな。」

はちの感想を横に置いたまま、えふー、とラムネのガスを口からゆっくりと吐いた牡丹は、着物の袖で唇をゾンザイに拭った。
ガラス玉がカランと音を立てた時、彼女はしろの隣を通過しようとする人間の前へブーツの足先を向けた。

そして、空のビンを持ったまま、右手の人差し指を目先に突き出しながら、

「お前、滞在時間は明朝までだからな!」

唐突に、厳しい表情を作った。

「わかってますよ、牡丹さん。」

「それならよし!」

返事をした彼は、刈り上げた黒髪に、Tシャツと短パンのラフな格好をした好青年で(しかし足下は編み込みのブーツである)下がり眉が特徴的な人物であった。おそらく、自分や、しろと同い年くらいであろう。彼は、はちと目があった瞬間、目を見開き、一歩たじろいだが、すぐ、気恥ずかしそうに頭を小さく下げた。はちも釣られて返す。顔を上げた時、彼の姿は下駄と草履の入り交じる雑踏の中に消えていた。

訝しいなと、はちは呟く。
しろは、楽しそうに手を振っている。
牡丹は目を細めながら、両手をメガホン代わりに、弾むような口調で叫んだ。

「曾孫がどれだけ可愛くても、イタズラするんじゃないんだぞ!」

青年の青白い腕が天に伸ばされ、雑踏の山から合図を送って来たのが見えた。



忙しい、まったくもって忙しいんだぞと、周囲の露店を物色し始めた牡丹と別れ、はちは一人で神社の本殿に向かった。
「一応は参詣しとくべきじゃねぇの?」との提案も、「もう少しだけいいじゃないですか」との主張の前に却下され、しろは牡丹に付き添って行ってしまった。今頃は、二人でヨーヨー釣りに勤しんでいるところだろう。

と、暇つぶしに両者の行動を予測しながら、行列の出来ている賽銭箱に向かって順番待ちをしていた時。

紫煙くゆらせる、目つきの鋭い男が一人、屋台の並ぶ石畳から外れた左手方向に控えていた。境内に喫煙所があっただろうか?黒い手袋を両手にはめた男から、はちはすぐに、ふいと視線を移した。
「ガンつけてんじゃねぇぞ」と、妙につっかかられたら困る。
いわゆる、「触らぬ神に祟り無し」だ。

そう用心した。
・・・にもかかわらず、

「ガンつけてんじゃねぇぞっ!」

一足遅かった。
見ていたのは一瞬であったのに、目敏く目を付けられてしまったようだ。
その上、台詞さえまさかの的中。
彼は周りの人間たちがざわめくのも意に介さない風で、ざくざくざくと近づいてきた。その視線は、はちを射殺そうとしているかのごとくに鋭く、事は大変まずい方向に傾いている気配を醸し出している。
肩を竦め、冷や汗を垂らし、危害を与える気は毛頭ございませんよとの姿勢を見せながら、はちは男から一層の距離をとる。列から外れ、人通りの少ない場所へ移動した。
しかし絶望的なことに、男が革靴で地面を蹴る音が響いた。
男は、はちの進行方向に仁王立ちで立ちふさがり、頭の先から足のつま先まで、舐めるようにゆっくりと観察する。はちは心中で両手を挙げ、降参のポーズを取る。もちろん、状況が改善されることはないだろうと自嘲しながら。

しかし、はちの願いが届いたのか、男の表情が動いた。
片眉を上げ、被っている帽子のツバを親指で押し上げる。
初めて男と、はちの目線が交錯する。若いなと、はちは意外に思った。

そして、

「貴様、もしや黒川伊織かっ!?・・・」男はそう言い放った。

はちは息を呑む。見ず知らずの人間が自分の身内を知っている事実に、妙な違和感が湧き上がってきたからだ。
そんな胸騒ぎを飲み込み、はちは神妙な面もちで答える。

「・・・黒川伊織は死んだ。3年前にな。」

途端、破裂音が聞こえ、空気が裂かれた。何かが視界を横切った。
そう感じたのは、”六光星”が刻まれた後であった。足下の、石畳を削って描かれたそれから白煙が立ち昇っている。
男は、こめかみに青筋を浮かべていた。目が血走り、茶けた髪の毛が空気を含んだようにぶわりと膨らむ。

彼は言う。

「貴様に許される返答は、『賛否』、もしくは、『了解、真先に地獄へ』だけだっ!」

男は近づいてきてはちのネクタイを掴んだ。首が締まり、大変に息苦しく、生き苦しい。

はちは悟る。

――こいつ、かなり”ヤバい”奴じゃないのか。

もがくに、自分より小柄な目の前の男の力は尋常ではなく、一向に事態は改善しない。
色素の薄い瞳で射ぬかれ、目を逸らすに逸らせない。
少ない酸素を絞り出しながら、言葉を発する。

「違う。オレは黒川伊織じゃない。」

「ならば、貴様に白羽の矢が立ったのかっ?!」

「白羽?一体何の話だ。」

「答えろ!」

霞みゆく視界に、妙な風景が広がっていた。これが走馬燈か?とも勘ぐったが、脳味噌の栄養素が足りず、現実を見つめることしかできない。
その現実は、男の肩越しに見える。
美しかった夕暮れの空に、突如、暗雲が立ちこめ始めた。
かと思うと、機嫌が損なわれてきたかのようにゴロゴロと空が駄々をこねだした。瞬間、人々の悲鳴が響いた。ピカリと、青い閃光が走った。稲光だ。雨粒は落ちてこない。男ははちから手を離し、懐に左手を入れた。

「おいおい、冗談だろ・・・。」

射的ゲームじゃあるまいに。皆まで言えず、口を噤んだ。

男が手にしていたのは、黒光りするごつい短銃であった。
それを、脱力し地面にへたりこんだはちの額に当て、にぃと意地悪く笑む。
硝煙の焦げたような臭いが鼻をつく。
あの六光星はもしや、これの弾丸跡だったのではないかと、今更に思う。
はちは今度こそ、両手を上げ、降参のポーズを取った。
なにがいったいどうなっているかさっぱりだが、どうも撃たれてしまうらしい。
逃げたいが、足に力が入らなかった。
じいさんの後ろ姿が、雑踏に消えた気がした。

そのとき。

「後ろの正面は誰かしら?」

歌うような口調が響いた。男は振り返り、はちははっと正気に戻る。
次の瞬間、小さな掌には収まりきらない、巨大な桃が男に突きつけられた。申し訳程度のタルトの上に、桃の果実がまるまる一玉、きらきらと輝く甘蜜のコーティングを施されて鎮座している。はちは胸焼けを感じた。
危うくじいさんの見えそうになった自分にとって、あまりにも重たい食べ物である。桃の甘ったるい匂いが、硝煙と解け合って気持ちが悪くなる。

数歩後ずさりした男は、赤いリボンの揺れる黒髪の下、黒目がちの瞳をじっと見、

「ゆり嬢じゃねぇかっ!」

煙草が口の端から外れないままに、驚嘆の声で叫んだ。

「御機嫌よう、極北東の万鬼。」

「キョクホクトウノバンキ?」

聞き慣れぬ言葉に、いつの間に来ていたのか、はちの隣に立つしろが首を傾げる。

はちに、いやな予感が走る。
”深見の墓守”に”零落童子”。
ゆりのふざけた呼び名を付ける癖が適用されるのは、決まって訳ありの相手ばかり。

つまり、目の前の怪力男も・・・。

「ここは喫煙禁止よ。貴方の上司に告げ口しても?」

はちの懸念など露知らず。
ゆりは、淡々と告げる。男は苦々しい顔で、しかし煙草を口の端から離すことなくぷかりとふかした後、

「不死鳥ならぬ、不死蝶か。」

小さく呟き、手中で煙草を握り潰すと、くるりときびすを返した。
一体何だったんだ?
はちはネクタイを緩め、ゆりに事情を聞こうと彼女を見やった。

ゆりは、突然、大きくふりかぶった。
そして、掌上のタルトを、思い切りよく投げた。
それは、はちの口に勢いよく飛び込んで行った。

「私の助言を聞かなかった罰よ」

感情なく事実を告げる少女の目に、まるまる一つが気管に入り、顔色を青くするはちと、がんばれーと覇気のない応援を送るしろが映る。
彼女は続けて話を進める。

「先人の知恵が、戦陣での勝利を呼ぶの。」

つっこみ担当ではあるがそれどころではないはちと、不思議そうな視線を送ってくるしろ。
彼女は腕を組み、ふぅと息を吐いて応えとした。

「貴方たちも小さい頃に習ったはずだわ。」

「・・・危ない奴には近づくなって事をか?」

何とか意識を保ったはちの指摘に、ゆりはかぶりを振り、はちの頭を指さしながら言った。

「鬼退治の主犯と、その必勝法を、よ。」


【完】


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。