【小話】雨中の来訪者【更新】

【雨中の来訪者】

暗い空から雨が落ちてきた。勢いよく地上で跳ね始めた粒達が靴を濡らす。
と、アーケードの端の端。傘も持たぬまま外出し、家路を急ぐ黒川はちの目に、黒蝶堂の軒下で雨宿りをする者の影が映り始めた。

途端、彼の足は棒になり、背筋は凍りついた。

雨宿りの主は武骨な鉄の塊を覗き込んでは、息を吹きかけ、黒い手袋でそれを拭っている。遠目からでも分かる。信じたくもないが、それは黒光りする銃身の短い本物の鉄砲で。

彼は特徴的な黄色い帽子と、妙な服を着ている。街から浮いているのではなく、街に溶け込んでしまうのを拒絶しているのだと説明された方が納得がいくほどの目立ちっぷりである。はちは、店に置いてある古本のどれかに掲載されていた、今より100年程前に撮影された警察隊の白黒写真を思い出した。

怒りでも呆れでもなく、

…店ん前で物騒なもんをいじくるんじゃねぇよ!

自然と湧き上がってきた心情を、喉元で飲み込む。

もちろん、そんな心の声を素直に吐露するほど、はちは愚直な人間ではない。

大きく深呼吸をし、意を決して強い足取りで接近する。雨脚は更にひどくなる。男のくわえる煙草の煙が、視界を一層澱ませてくるかのようだ。
彼の脇に立ち、黒蝶堂の扉を開く。よからぬ噂が立つと面倒であるから、追い返す方が得策であったかもしれない。だが、想像力をフル稼働したところで、彼と挨拶を交わし、世間話をして手を振って別れるといったごく普通の流れの内で、何一つ達成できるものはないだろう。そんな気がしたからだ。

彼は、声が上ずらぬように早口で極めて自然な口調を装い、

「・・・さっさと入れ。」

静かな口調で告げた。

途端、彼の耳に疾風が吹き荒び、視界を何かが横切った。
黒い手袋を被せた右拳がゆっくりと壁から離れると、壁に拳型の穴が空き、周囲に稲光を模したようなヒビが入った。中央の塗装が、クッキーの食べカスのごとくはがれおちた。
黄色い瞳が、夜中に徘徊する野生動物のように光った。

言葉を失い、体が硬直してしまったはちは目も逸らせぬままであったが、なんとか、言葉を絞り出した。

「い、いらっしゃいませお客様。」



「温かいお茶でもどうぞ!」

盆の上に切り分けた羊羹の小皿と、薄紅色に染まる湯呑を乗せ、鼻歌を歌いながらしろが客間に入ってきた。胡坐を掻く来訪者・鬼桐は室内であるのに帽子も手袋も身につけたまま、茶菓子に手を伸ばす。
灰皿より天井へと伸びゆく紫煙が、ゆらゆらゆらりと揺れる。
彼は何をしているというわけでもない。ただそこに在るだけだ。鬼桐はそこに在り、しかめっ面で羊羹を咀嚼しているだけだ。だが、彼の発する圧迫感と緊張感に、はちの皮膚はピリリと逆立ち、息が詰りそうになる。
更に数分後。
彼の脳みその芯がぼうとぼやけてきた頃、
表の戸が開かれる音が響いた。彼女が帰宅したのだ。

入ってきた少女の双眸が、迷いなく鬼桐に見据えられた。

「ごきげんよう、極北東の万鬼。」

そろそろ来ると思っていたわと、彼女は鬼桐の右隣りに腰を下ろした。

――ならもっと早く帰ってこい!

はちは内心、ひとりハリセンで空を切る。
だが、同時に、胸をなでおろしたのも事実である。これで、自分の留守番としての役割も終わりだ。
早々に退席しようと、

「・・・では、オレはこのへんで。」

片手をあげて合図をした。
だが、

「堂長、同席して頂戴。」

まさに青天の霹靂。ゆりの願い出に、はちはピシリと固まった。
そんな彼に配慮するはずもなく、

「この間の四篠境での事故についてだが。」

鬼桐は再度煙草をくわえ、話を切り出した。

――帰りてぇ。

はちは、自らの身の境遇に、深いため息をついた。
と、どこから現れたのやら。隣人の笑顔が目の端に映った。
視線を送ると、彼は喜々として

「ここが家ですよ、はち。」

にへらと笑う。

――心を読むんじゃねぇよ!

声は発さず口だけ動かして、しろを牽制した。
その時。

「・・・と、いうわけだ、堂長。」

ゆりと話していた鬼桐が、唐突にはちへと話を振った。
もちろん、聞いてもいなかった彼は、反射的に問い返す。

「え、何が・・・」

瞬間、視界が金色で覆われた。真白いシーツのような脳裏に、色とりどりの星が散る。続けて、ドコンと腹の底に響く激しい音が鳴り響いた。近くで雷が落ちたようだ。
額の中心部に、ひどい鈍痛が残っている。結果より予測するに、金色の正体は彼の鋭すぎる視線で、流星の原因は、彼から見舞われたらしいヘッドバットのようだ。

”ようだ”と推測を重ねるには理由がある。

数秒前からの記憶が、スッポリと抜け落ちていたからである。

「もう一回…」

「知らんっ!」

鬼桐は一気に茶をあおり、挨拶もそこそこに部屋を後にした。

嵐の過ぎ去った部屋にて。
幾分か気分が落ち着いて来たはちは、左隣のゆりに問うた。

「…オレがなんだって言ってたんだ?」

すると、彼女は無表情のまま答えた。

「貴方の話なんて、一呼吸分も出なかったわ。」

「…え?」

冷や汗が一斉に吹き出でた。眉がひそまり、今更ながら額の傷がじりじりと痛む。

「・・・問答無用に頭突きをされたんだが。」

「単なる、無問有答だったのでしょう。」

だけど。少女が間をおいて、はちを見上げる。

「頭巾を被っていて正解だったでしょう。」

「…あぁ。」

言われるや、はちは自らの髪を引っ張った。

隣人が目を丸くする。

「カツラを愛用してたんですね!」

薄毛に悩んでいたとは知りませんでしたと、本気にして言うものだから。

「違う、よく見ろ。」

「それ」を、外した彼の頭部には、更に茶けた髪色があった。

それは、額から頭頂部にかけてを覆う、一見なんの変哲もないカツラである。だが髪の毛の下には鋼鉄製の硬い金属物質が埋め込まれており、その硬さだけに着眼すれば、ヘルメットと言ってもよいくらいだ。テーブルに置くと、しろが頭を左右に揺らして手に取り、青い目を輝かせながら電燈にさらした。

ゆりがそれをはちに被せたのは、彼が外出する少々前の事であった。
その時の彼女の説明によると、このヘルメットはカウンター式で、殴った側に3倍の衝撃が跳ね返るそうだ。

とどのつまり、彼女は鬼桐が来訪する事も、はちが彼に危害を加えられる事も予測していたというわけになるのだが。

「かち割れてぶちまけられた脳を片づけないといけないところでしたね。」

「笑顔で物騒なことを言うな!」

叫んだはずみで、つぅと血の筋が流れた。しろがあらあららと言いながら、自らの手に包帯を巻きつける。
はちは救急箱から絆創膏を取り出し、額に貼った。

「でもなんだってこんなもんを…。」

おかげで助かったけどよと、彼らの様子を観察していた少女に問う。
するとゆりは「簡単な事」と腕を組み。

「堂を壊されて、そのうえ情報を搾取されるだけだなんて、私の性に合わないわ。」

あっけらかんと、言い放った。

「…あとで修理費を請求しとくか。」

でもあいつ、払ってくれるか?と、首を傾げる彼に、ゆりは返す。

「案ずる事は無いわ。」

言葉を短く切り、

「彼は、一途で真面目な男よ。」

ひどく真剣な顔で結論付けるものだから、

「…真面目、ね。」

そういうもんかねと、はちは納得しかけてしまうのであった。
ふぅと息を吐けば、やはり額の傷が、ギリリと痛んだ。

【了】

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【小話】振り返る者、振り返らざる者【更新】


【振り返る者、振り返らざる者】

「その時、彼女が迫りくる気配に気づいていれば・・・。」

瞳孔開かんばかりの両目が接近者を捕える直前、再現VTRはCMに切り替わった。はちの向かいで興味津津に目を輝かせていたしろが、左手の箸をテーブルに叩きつけて立ち上がる。

「ホラーですよ!」

何が彼の琴線に触れたのであろう。

「・・・ホラ話だろ。」

自分の飯茶碗を引きよせ、黒川はちは言い捨てる。

「…この街には全く縁のねぇ、根も葉もない都市伝説ってやつだ。」



次の日。

「あの、こんな都市伝説があって。」

堂長席の前で言い澱んでいた客人が、やっと口を開いた。灰色のスーツを着こなし、後ろ髪を一つに束ねた年若の女性である。

「・・・だから、うちはそういう店ではなくて・・・」

黒蝶堂には時折このように、変わった客人が来る。
黒蝶堂は怪しい宗教団体の店であるとか、幽霊退治家業をこのご時世でやってるだとか、そんな噂を真に受けたごく一部の人間が、依頼を持って真面目な顔でやってくるのだ。
だからこそ、堂長の嘆きも、自らの論説に心奪われた彼女の耳に届く事は無い。
彼女もどうやら、先日のテレビ番組を見たらしく、

「本当にあるのか、気になったら眠れなくなって。」

調べてみてほしいんですけどもと、続けた。
勿論、はちはそんな依頼を受ける気もなく。

「だから…」

話に割って入ろうと、後頭部を掻いた。
その時。
堂の奥からひょっこり顔をのぞかせたしろが明るい声を出した。

「行ってみましょうよ!」

彼女が「本当ですか!」と問うてきた。
だが、すでに「嘘です」とは答えられない空気であった。



話の舞台は、遥光の町の極南に位置する、とあるトンネルである。
白い光がところどころ点滅し、少々視界が不明瞭な点以外は、いたって普通のトンネルであり、単に通過する分に問題は無い。

守るべき事項はただひとつ。
客人が言葉を切り、自分としろとの目を順々に見たのが思い出される。

「決して振り返ってはならない、らしいです。」

というのも、このトンネルで振り返った者は冥土の世界に連れられ、二度とこのトンネルから出られないそうだ。

「ならばどうして、その話の語り手が存在しているんだ?」

だれかが振り返ったことを証明できるのか、そいつは。それができたとしても、そいつの仲間かなにかが冥土の世界なんていう意味の分からん概念世界に飛んだことをどうして知っているんだ?

月夜の下、すでにトンネルの前に到着したはちが疑問を投げる。昼間の客人の話を受け、彼らは早速現場に来ていた。
周囲には背の高い草が生え、闇夜にぽつねんと浮かぶトンネルは、車一台が通るほどの幅員と2人が並んで歩ける歩道を呑みこんでいる。

隣のしろがはちの肩を叩く。

合点得たりとの満足げな表情で、

「はちが怖い思いを抱えているのは十分わかりました。」

「お前、全然わかってねぇよ。」

「牡丹ちゃんに会えるかもですよ。」

墓地の憑者の名を言えば、はちは口元を歪ませた。

「会いてぇなら、深見ヶ原に行きゃいいだろ。」

「こういうとこで会うから、素敵なんですよ。」

「そりゃ「遭遇」だろうが。「会う」じゃなくて「遭う」だ。」

文字の見える目を持つ彼が指摘するも、白い彼はおかまいなしのようで。

「だからですね。」

彼は、白地に黒い斑点が浮いた四角い物体を荷物の底から取り出し、はちの眼前に突きつけた。勢い余って顔にぶつかってきた物体の、ぶにぶにとした感触を無理やり引き剥がす。

「ちゃんと、持ってきてますよ。」

「・・・こんにゃく?」

怖い話にはお約束じゃないですか。ちゃんと食べられないやつを準備してきました。あとは懐中電灯と、非常食用のおやつと、それから・・・

持参したサックの中身を荒らしながら、しろが解説を加える。

その時。
はちの耳が、微かな音を拾い上げた。

「・・・おい、何か聞こえねぇか?」

「え?」

今度はしろが青い目を閉じ、聞き耳を立てた。
コツンコツンと、トンネル内を乱反射する高音。自分たち以外にも、このトンネルを通る者がいるようだ。

「足音ですね。1人前分の。」

あれ、おかしいですねと、小首を傾げ、しろが指摘する。

「幽霊さんは足がないですよ、足音なんて妙です。」

「幽霊なんざ、存在するわけねぇだろ。」

徐々に足音が近く、間隔が短くなってきている。

「それにしても、こんな夜更けに誰が…」

はちが振り返ろうとするのを、しろが留める。

あぁ、そうだったなと、気を取り直して歩き始める。
数秒後、二人の足取りは徐々に徐々に速くなってきた。
お互いをけん制するかの如く、片割れが一歩前に踏み出せば、片割れが二歩前に先を急ごうとする、そんな塩梅で。

「おい、何走ってるんだ。」

「はちこそ、びびってるんですか?」

「誰が。」

いつのまにか駆けていた。
背後からの音は、自分たちの近くまできている。
足音の主は確実に走り始め、しかしその息遣いはまったく聞こえない。ただただ、地を蹴る軽快な音だけが、彼らに迫っている。

――このままじゃ追いつかれるな。

息の上がったはちが、隣人に手を伸ばす。

「おい、こんにゃくよこせ。」

そして、受け取ったそれを半分にちぎり、背後に投げた。
途端、追跡者の足音が途切れた。続けて、ドンっという鈍い音――地へのげんこつが落ち、はちは自分の後頭部をさすった。

「ぐぅ…痛いんだぞ!」

聞き覚えのある声に誘われ、しろが視線を送ろうとしたが、今度ははちが制止した。
振り返れば連れて行かれるという迷信を信じたからではない。

「…これ以上の厄介事はご免だ。」

ただそれだけの理由である。

駆け抜け切った彼らは、転がり込むように外の世界へ出た。
彼らの道はT字に交点を持つ延長線上の道路に繋がっていた。まばらながら車が通過していてヘッドライトが彼らを照らす。

「もう見てもいいんじゃないですかね?」

安堵と期待に満ちた表情で、しろははちを見上げた。
そして、両者は振り返った。

はちは、絶句した。

まず目に飛び込んできたのは、立ち入り禁止の看板。それから、縦横無尽に張り巡らされた、元は黄色と黒色だったであろう色あせたテープ。暗闇でよくは見えないが、トンネルの周囲を二重三重にも蔦が覆っているようで、それがテープをも浸食している。人工物と自然が手を組んで、人を拒んでいるようで、子供が入れる隙間すらない。そしてその奥はがれきで空間のほぼすべてが埋まっている。

「僕たち、確かにここからでてきましたよね?」

「・・・おい、どうやって帰るんだ?」

「ここが冥土の世界なら、よみがえらないとですよ。」

手続きが大変そうですね。土を掘り起こしてもらえれば楽なんですけど。
それとも、川を泳ぎ切らないとだめなんでしょうかと、彼の間延びした声音が頭に響き、
はちはうんざりした顔を彼に向けた。

「冥土の世界なんざ、ねぇよ。」

「あら、おかえりなさい。」

声につられ、振り返った先に、見覚えのある赤いリボンの少女が立っていた。

「・・・へ?」

「ここは、あれ?」

再度振り返った先に、見覚えのある書棚の山が隆起していた。

「ここが冥土の世界・・・ではないですね。」

「…どうみてもうちの店内だな。」

先程まで外の、極南の地域にいたはずが、数秒もせず店に戻ってきていた。
はちははからずも少女に呆けた顔を向けることになった。
自らのぽかんとあいた口にすら、気がつかない程に。

少女はわけもないわと前置きし、

「貴方たち、山の神とやらに遊ばれたのよ。」

いわゆる神遊びに捕まったのでしょうと、ため息交じりに答えた。

【了】

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【小話】涼やかさを求めて【更新】

【涼やかさを求めて】


春うららかな気候に誘われて、ツバメが巣を作ろうとあちらこちらを滑空する。
古書店・黒蝶堂。
つい先月までの寒さはどこぞへ消えてしまったのやら。
黒川はちは堂長席にて、自らの顔をうちわで扇いでいた。

が。
風通しの悪い黒蝶堂の中では、さしたる効果もない。むしろ、古書に降り積もった埃が舞い散るがため、居住者である彼自身ですら、せき込むほどであった。

「・・・世間ではクールビズだっつってんのに。」

首周りを締め付ける赤いネクタイに、彼は指をかける。
と、頭上斜め45度からひんやりとした視線が飛んできた。

その視線から外すなとの意を汲んだ彼は、その当てどころの無くなった指先を顎に当て直し、咳払いを1つ。
視線の主・書棚の上の少女は、膝上の書物を畳みながら

「わかってるわ。くるびずね。」

地上へと舞い降りてきた。

――わかってねぇんだろうな、こいつ。

常日頃からカタカナ用語をほとんど理解できていないと推測させるゆりの言動を思い出し、はちは席に伏せた。

「つまり、涼しくなればいいのでしょう。」

少女の言葉に嫌な予感がしたのは、言うまでもない。



「ぽかぽか陽気ですね~。」

縁側にて、しろが茶を一口すする。

「・・・じじいくせぇな。」

今日は風が強い。しろの隣に腰掛けたはちは眼鏡のブリッジを押し上げ、事の成り行きを傍観していた。

目の前では、見飽きるほどに見慣れた戦闘が繰り広げられていた。

「貴方も飽きないわね。」

「挑戦状を叩きつけられて」

逃げ帰るにはいかない!

ゆりに相対するのは、おかっぱ頭に赤青色ゴーグルの少年であった。
唇を尖らせた少年は、人差し指をゆりにびしりと突きつけた。



話は数分前に遡る。



はちはゆりに命ぜられ、おつかいに駆り出されていた。

ペットボトルをしろから受け取り、それに水道水を入れて川岸に置くとの、至極簡単な内容である。

「なんでオレがこんなことを・・・」

わけもわからぬまま堂を追い出されたはちが、ぶつぶつと呟きながらも仕事を終え、その場を立ち去って間もなくのこと。
川から岸へと這い出でて、ペットボトルを握りしめた一者の影。それが、ゴーグルの少年・カコであった。

そして、はちが黒蝶堂に戻って来た頃合い。

「あら、釣れたのね。」

「どういうつもりだ!」

庭先にて、カコとゆりとの衝突は、すでに始まっていた。



ゆりが口を小さく開く。

「そのお水、とても冷たかったでしょう。」

冷蔵庫を使っているのよ。知ってるかしら、冷蔵庫。

もちろん、その水は事前に冷やしていたものではなく、水道から直で流しこんだものである。
だが、

「バカにするな!」

青筋を浮かべたカコには関係のない事柄の様である。

彼は続ける。

「文明の利器か何か知らないが、人間なんぞの発明が山の神を超越するなどあり得ない!」

彼は威勢良く啖呵を切ると、左手のペットボトルを握りつぶした。そして右手の指先を宙へと突き刺した。すると、その一点から水が溢れ始め、一直線になってゆりの横っ面を襲った。
縁側二人の脳裏に、彼女の姿が焼き付く。同時に、彼女が彼の真横に移動してニヒルな笑みを浮かべている表情が存在した。

前者は残像とやらのようであるが。

――まるで2人いるみたいじゃねぇか。

「…ありえねぇけどよ。」

はちは眼鏡を衣服の裾で磨いた。

「貴方の軌道が走るのは、私の予測上よ。」

「うるさい!」

「あら、どこを狙っているのかしら。」

「数打てば当たるはずだ!」

だんだんと、カコの息が上がって来始めていた。
それらを全部かわし、尚も余裕の表情を見せる彼女は、傍観者と目を合わせた。

次の瞬間、傍観者・黒川はちの視界を、鋭い鉄砲水が襲った。
カコの弾道を誤ったそれが、家屋の方へと飛んできたのであった。

山神の冷水を頭から被り、更に、春の夕暮れ時に似合う肌寒い風が体温を急速に奪う。

「寒っ…!」

はちは体のふるえが止まらなくなった。

一方、被害現場の横にいたしろは、半歩横に移動し、「あらあら」と笑った。
彼はいつの間にかレインコートを纏い、急須と湯呑を脇に回避させていた。


そんな一方的な攻防も、荒い息を吐いていたカコがぐったりと地面に倒れ込むことで終結した。
泥水が跳ね、彼の衣服を汚した。ゆりは彼を見下ろし、さしたる興味も引かれなかったのか、くるりと踵を返し、傍観者達へと向き直った。

同時にはちはくしゃみを一つし、しろは人差し指を立てた。

「まだ夕暮れ時は寒いですね!」

あ、これが花冷えってやつかもしれませんね!と、目を輝かせる彼に、

「・・・少し遅れてきた花冷えだな。」

はちは相槌を打つ。
そして、頬を引き攣らせながら、

「まだネクタイが必要みたいだ。」

再度、くしゃみを庭に向かって飛ばした。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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