【小話】青い希望【更新】

【 青い希望 】

「この著者が書いた本を全部見せてほしい」

男はリュックサックから取り出したポスターを広げた。1000ピースのパズルほどの大きさで、輪郭のはっきりした絵が描かれている。中央には剣を持った少年と勝ち気そうな眉を持った色素の薄い少女が立ち並び、彼らを取り巻くように、他の登場人物が大小さまざまに書き込まれている。堂長席にて、はちがそれをのぞき込み、眉根を寄せた。「この著者」と言っていながら、絵の右下に記された著者の名は肩身の狭い思いを抱えているかのように、とても小さな文字で羅列されていた。

「・・・何か調査っスか?」

はちはちょうど傍らにいたしろに頼んで、本を準備してもらうことにした。少し前、彼がこの店のどこに誰の何の本が並んでいるかをすべて把握していると、得意げな様子で語っていたのを思い出したからだ。黒蝶堂の本は、先代の頃から、ジャンルで並んでいたり著者順で並んでいたり、はたまた客人が触れて移動していたりと、カオスなる本棚に収まっている。ゆえに、はちはそれらを片づけるつもりはない。片づけるには、まず足下に溢れている雑貨や骨董品の類を整頓しなければならないからだ。

「合点承知ですよ!」と言い放ち、書物をかき集め始めたしろが、次々と堂長席の客人側に本を積み上げていく。結果、8冊の文庫本に、1つのタイトルが揃った。すべての表紙に、ポスターの少女が一面描かれている。性別のにおいを感じさせないペンネームの著者は、どうやら駆け出しの小説家のようで、著者紹介の欄を見るに、出版されているのはこの作品だけのようである。

「これで、全部ですね!」

しろが声を弾ませると、客人は再度リュックサックを開いた。そうして取り出した物を見、はちは瞠目した。

客人は、手に刃渡り15センチ程のナイフを握っていた。ギラギラと不穏な色を見せるそれを振り上げ、机上の横に積まれた書物に襲いかかった。上からすべてを串刺しにするかのような勢いで、刃物が振り降ろされた。

古書店にとって、本は大切な商品である。が、思いもしない客人の犯行に、身を挺して守ろうとするほどの行動力を、堂長であるはちは発揮することができなかった。男を止めようとすることもできず、ただことの成り行きを呆然と見送った。

だが、はちが瞬きをするよりも早く、”彼ら”は動いていた。
8冊の本は、イラストの描かれた装丁を翼のように広げ、堂長席から飛び立ったのである。そして近くの小さなイスに、1巻から8巻まで順序よく並びなおした。一方の若者はというと、力任せに振り降ろしたナイフが書物を捉えられなかったため、勢い余ってそのまま弧を描くように宙を切り続け、自らの左手の甲を突き刺したところで止まった。

「大丈夫ですか?!」

頬を痙攣させ絶句するはちを脇に、どこからか包帯を取り出したしろが若者に駆け寄る。しかし、痛みのために顔を歪めていた若者は、右手でしろを制すと、

「・・・気に入らない」

彼は、机に広げたままだったポスターを手に取った。
彼の視線は主人公の右後ろにいる、青いポニーテールの女性に注がれている。柔らかい笑顔を浮かべ、祈りを捧げるためか、指を絡める彼女の存在に、はちは彼の熱い視線でやっと気がついた。


彼は、唇を歪めつつ言う。

「自分は誰よりも、このこの気持ちをわかってやれる」

こいつは、このこの気持ちをすべてを踏みにじったんだ!
だから僕は、彼女を救うために、こいつから解放してみせる。

そう宣言すると、刃物が突き刺ささり、傷口から血が滲んできている左手をも用いて、ポスターをちりぢりに破り捨てた。続けて、ぞんざいに投げ置いていたリュックサックを拾い上げると、唇をかみしめたままきびすを返して店を出ていった。



「・・・よくそんなに思いこめるもんだ」

ただの娯楽小説なのによと、席を立ち、椅子に移動した書物を取り上げるはちは、男の行動に感心さえしそうになる。推測であるが、男の言っていた「このこ」とは、小説の表紙に描かれていた少女ではなく、彼が熱視線を送っていた青いポニーテールの女性のことで、「こいつ」とは、おそらく、著者のことであろう。作中での青い女性の役割は皆目見当がつかないが、彼女を巡る物語の展開が彼の意に添うものではなかったのであろう。

「それがファンというものなんですよ」

しゃがみこんだしろは、ポスターの破片を集めながら「違いありません」と頷いた。右手にあるビニール袋に欠片を入れ込み、更にそれを自らのポケットにしまって立ち上がる。

「与えられるものだけじゃ、つまらないんですね」

「・・・つまんねえって言ったって、どうしようもねえだろうが」

はちがため息をつき、「所詮は、嘘っぱちなんだからよ」と答えたとたん、しろの頭上に豆電球が点った。

「だったら、こんなのはどうでしょう?」

彼の青い目が、キラリと光を反射させた。

2日後。

「・・・あの客がまた来るとは思えねえけどな」

朝食時、しろが「自信作ですよ」と言っていたのはこれだったのか。開店時間前の準備をしていた頃、黒蝶堂の表戸に一枚の絵が張り付けられていることに気がついたはちは、それをじいと見て1分後に、数日前の珍客を思い出したのであった。そのときに彼が持参したポスターとほぼ同じサイズの絵は、どうやら貼絵のようである。確かしろは、あの時の紙片をポケットにしまっていたはずだ。もしかしたら、その破片からこの絵を生み出してみたのかもしれない。しかし、

「原形を留めてねえな」

中央に位置するのは、主人公の少年と勝ち気そうな眉の少女・・・ではなく、青い髪の女性であった。元絵と同じ祈りを捧げるポーズをとってはいるが、彼女の背後には、小さく描かれた主役級の二人が巨大なモンスターらしき動物と戦っていた。

その日の昼。まどろんでいたはちの目に、白い包帯の巻かれた左手が映った。睡魔に襲われ、船をこいでいた姿勢をさっと正せば、そこには先日の男が立っていた。

「い、いらっしゃいませ」

彼は、先日と同じリュックサックを背負っている。「傷は大丈夫なんスか?」と問うはちに、表の絵を見たと小声で答えた彼は、眉をぎりりと釣り上げ、

「ちがう!君たちは何もわかっていない!」

黒蝶堂がふるえるほどの大声で言い放ち、大げさなそぶりで頭を抱えた。「主人公って感じじゃないんだよ、まさにそこがいいんだよ」と、声のトーンを落として言う若者に、はちは肘を机に突けて手のひらに顎を乗せると、「・・・はあ」と曖昧に相づちを打った。それから彼女について滔々と述べ始めた彼の話を、口を閉ざして右から左に受け流す。
と、若者の声につられて、しろが奥間からでてきてしまった。

「本当に、わかってないな!」

若者は、堂内に現れたしろにも言葉の刃を向けた。

きょとんとしていたしろは、見る見る目を細めていった。足元から昇ってくるヒンヤリとした冷気が一層強くなる。「おい、余計な事は…」と肩を抑えるはちの手を振り払って

「本当に貴方は、このこのファンなんですか!?」

しろは客人に向けて、びしりと指を突きつけたのであった。
はちが更に一段、ため息の塔を積み上げたのは言うまでもない。

しろは続ける。

「物語を横から見れば誰だって主人公です!」

そんな上澄みばっかりみていている人は、ファンなんて名乗るべきじゃないですよ!と。

すると、言い返すであろうとのはちの予想に反し、彼は言葉に詰まった。

しばらくの時間、彼らはぎりぎりとにらみ合っていた。
傍観者のはちはただ、「早く終わらねえか」どうでもいい上に、面倒くせえ事だと、机の上に出された湯呑みを傾ける。湯呑の底がそこまで迫った頃、

「・・・君の言うとおりかもしれない」

客人は、間を置いて噛みしめるように言った。左手をぎゅっと握り「もう一度、ぼくがこのこを信じてもいいのか」そんな資格があるのかと、まっすぐな目で堂長を捉えて問うた。はちは「オレの知ったこっちゃねえよ」と喉まで出かかった言葉を飲み込む。隣のしろが、冷たい空気をまとい、「わかってますよね、はち?」と言わんばかりの目で見てきたからだ。これを言えば面倒なことになるなと直感的に感じ取ったはちは、ただ重々しく見えるように、唇を引き結んで軽くゆっくりと頭を下げるに留めた。ふっと、若者の緊張が解け、彼は再度、にらみ合っていたしろに向き直る。

彼は、はっきりと告げた。

「あの絵がほしい」

もう一度、彼女を信じるために。
決意を新たにした彼の背筋はピンと伸びている。堂々とした出で立ちは、まるで仲間を信じる熱血漢の主人公のお手本のようである。

「もちろんです!」

次の瞬間、しろはすでに扉からはぎ取っていた絵を、彼の手中に納めていた。

「信じる者は、救われるんですよ!」

彼女も、貴方も、です。

にこりと笑うしろと「またどうぞ」とため息をなんとか堪えて発するはちへ、客人は包帯の巻かれた白い後ろ手を振って、店を後にした。


【了】

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【小話】白い錯覚【更新】

【白い錯覚】


「大発見です!」

黒蝶堂の古時計が、午前11時半を指す。外界の方が暖かいというのと、空気が乾燥するからとの理由で、店の表戸は開店時から解放されっぱなしだ。店の最奥にある堂長席に座るはちの目に、表通りを左から右へ通り過ぎる白い頭が映った。店をいくばくか過ぎたところで気がついたのか、体を反転させて、帰宅するや即、白き彼は言葉を発した。

「少しの謎と、それを解決する美女かイケメンかダンディーなおじさまがいれば、完璧なんです!」

「・・・一体、なんの話だ」

耳を押さえるはちへの質問に、しろはどこから持ってきたのか、抱えていた大量の書物を堂長席に置き、表紙を叩いた。「読めちゃいましたよ」ロマンの在処がと、目を細める。が、はちの顔を見、一言

「おかしいですね」

顎に手をやり、思索に耽る探偵のようなポーズを取った。

「・・・人を見て、首を傾げるんじゃねぇよ」

顔を険しくしたはちは、置かれた本を手に取った。整然と並んだ本棚の境に座り込む女性のイラストが描かれている。頁をぱらぱらと走り読みすれば、どうやらこの女性は本屋の店員でありながら、客が持ち込む謎・・・といっても、ささいな事柄ではあるが・・・の解読に挑んでいるらしい。左手に取った方はシンプルな装丁の表紙であるが、頁をめくると、今度は自分のことは何も語らない、いかにもわけありのにおいを漂わせる若い男が・・・そこから先は、一冊目と同文で紹介できる。堂長席に積み上げられた優に30冊はあるだろうこれらの本はすべて、本屋を舞台にしたミステリー物、といったところかとはちは察し、よくもまあこんなに集めてきたなと、本の中の謎よりも、しろの行動力の方が謎に思えて仕方がなかった。

「・・・で、お前は何が言いたいんだ?」

こんな架空の物語を持ってきて、何の意味があるのだと問う。これらの物語は本屋が舞台になっているようではあるが、ならば実際の店が謎の集まる怪しい場所かと言われれば、答えは「ノー」だ。著者の趣味か、はたまた偶然か、もしくは宣伝のためか。街は本で溢れているのだから、こんなに舞台と設定が重なっていたとしても、不思議ではないように思えた。

すると、しろは

「遺されたロマンを掘りおこすしかないです」

ぼくらの未来に、光明をもたらすために、と本棚の裏をあさって何かを取り出した。数秒後、なんで、そんなところにあるんだと、はちは頭を抱えることになる。

それは、巨大なつるはしであった。

「・・・まさか」

はちに遮る暇を与えず、ヘルメットをかぶったしろはそれを両手で支え、店の床に振り降ろした。とたん、ガツンとつるはしの先が堅い床に衝撃を与える音が響いた。「修理費がいくらかかると思ってんだ!」と、勢い余って立ち上がったはちであったが、一方のしろはつるはしを右手に渡し、左手で何かを拾い上げていた。「あれ、これは」との、しろの戸惑いに引かれて、勢いがそがれたはちがその手元を覗く。と、彼の手には、銀色に輝く輪に繋ぎ止められた指輪があった。衝撃を受けて転がっていったらしいそれは、円上に輝く宝石が組み込まれている。黒蝶堂の古い蛍光灯の下でも、美しい輝きを放っているそれは、傷の一つも入っていないところからして、ガラスではないだろう。

「・・・なんで、こんなところに。」

戸惑いが伝線したはちに対し、

「謎がここから生まれましたよ。ロマンは、やっぱり埋まっているんです!」

しろは目をキラキラリと煌めかせ、輪をポケットに詰める。そして、再度、店を飛び出して行った。

黒蝶堂に数分前の静寂が再来したとき、

「誰があれを、宝石と言ったかしら?」

本棚の上から、少女が地上に声を投げた。

「・・・傷一つ入らなかったじゃねぇか。」

あれがダイヤじゃなかったら、なんだってんだ。誰か客人の落とし物だろうから、しろが帰り次第警察に届けねぇとなと、はちは「・・・面倒くせぇな」と言いつつ席に座った。

少女は言葉を続ける。

「その必要はないわ」と。

疑り深い視線で彼女を見上げるはちに、

「あれは、砂糖の塊よ」

彼女は手元の書物を閉じ、表紙を撫でつつさもなげに答えた。

「さ、砂糖・・・?」

いよいよ、はちの顔が険しくなる。ゆりは

「角砂糖を宝石に変えることなど、簡単なこと。」

私は黒蝶堂の、憑者なのだから。

ふわりと堂長席の前に降り立ち、机の上を指さした。
対するはちは、

「・・・堅ぇ砂糖も、世界にはあるのかもしれねぇな」

深呼吸をし、指さされた先の山をみた。深く考えずそれに指を伸ばし、すっかり冷えきったコーヒーに落とす。じわりと溶けていくその様を見、はちはぼそりとつぶやく。

「・・・砂糖は、砂糖に決まってんだろうが」

彼はピラミッド型に置かれていた砂糖のうち、てっぺんの一個分が無くなっていることに未だ気がつかない。



【了】

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【小話】黒き世界を渡す船【更新】

【黒き世界を渡す船】

ガラス戸を叩く音で黒川はちは目を覚ました。いつまで耐えれど、音は一向に止まない。しぶしぶ暖かな寝床から抜け出で、目をこすり、階段を降りて、黒蝶堂に足を踏み入れる。冷えた空気が、寝間着越しに体全体の体温を冷やしていく。カーテンを開けると、正月特有の静けさに包まれた表通りが店に光を与えた。
と、はちの目が、ガラス戸に張り付く少女の姿を捉えた。顔を歪めたはちに対し、彼女は白い息を吐き、頬を紅潮させて言った。

「さあ、お年玉を寄越すんだぞ!」

正月から古書店を開けたところで、客人はそうそうこないであろう。頭痛に悩まされながらはちは着替えを終えると、屋上で絵を描いていたしろを呼び、ある物の場所を尋ねた。しろは人差し指で「それは、ここですよ」と、堂長席の上から5段目の引き出しを引いた。かさばっている書類を漁り、底の方から、小さな袋を取り出してはちに渡した。黒い蝶のイラストが右下にあしらわれた、少々変色が見えるポチ袋だ。はちは書棚の脇に置かれたイスに座っている来堂者・牡丹に見えぬよう、こそりと袋に金銭を入れた。生活はかなり苦しいが、なんだかんだでこの少女には世話になっているし、お年玉くらいはやるべきだろうと感じたからであった。寝ぼけていたからとも言う。封をして、「大事に使えよ」と続けた。

「やったぞ!」

ポチ袋を手に、その場でくるくると回転する牡丹を見ていると、

「ぼくにも、くれてよいのですよ」

隣から、白い右手が伸びてきた。

「・・・いい歳して何言ってんだ」

はちが手を振り、軽くあしらうと、それを合図にしたかのように、少女の回転が止まった。彼女は袋を開け、中身を覗いている。そして、

「舟渡し賃にも、ならないんだぞ」

口をへの字に曲げ、眉を悲しげに下げた。はちは「舟?」と問い返し、少女が一人で旅に出るとは考えにくかったこともあり、

「…豪華クルーザーに乗る訳じゃねぇんだろ?」

それでこと足りるおもちゃの船でも買えばいいじゃねぇかと助言してみた。すると、牡丹は首を左右に振り、

「あたしの舟じゃない。お前たちが川を渡る時のための舟だぞ」

無いと、かなりきつい旅路になるなと、遠くを見据える目で堂長を見つめた。わけのわかっていない堂長に、

「出世払いで許してやるんだぞ」

最初から、大して期待していなかったしなと、幾分かの落胆を隠すこと無く言い、

「毎年の蓄積分で、お前たちの舟を準備してやろう」

仕方がないな、と腕組みをした。

「呉越同舟になるか、ノアの箱船になるかですね。」

しろがうんうんと頷き、はちに向かって「がんばらないとですね!」と拳を突き上げる。対するはちは、

「・・・さっきから一体何の話をしてんだ?」

正月からわけのわからん奴らだなと、再度、首を傾げたのであった。



【了】

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2013.01.12で。

2013年1月12日で、当HPはまるっと3年を迎えました。
4年目のこれからも精進していきます。
いつも覗いてくださる皆様、ありがとうございます。
今日初めてきてくださった方、ありがとうございます。
ほそぼそとしたサイトですが、これからもよろしくお願いします。


これを機に、HPの方を久々に触ってみました。少しでも見やすくなればいいのだけど。

TOP絵も新しい物に変更してみました。(ほぼ1年ぶり)
イラストはyuiyuiに描いてもらいました。いつもありがとう!
記念に、こちらにもぺたり。


20130112botan

/おらおら牡丹さまのお通りなんだぞ!\(一例)

あれ、今年って、巳どs…(ピチューン

絵師いわく、「ぼたんたんしかわかんねえ」とのことで。
というわけで、次の記事では↑の彼女に登場願います。


お返事⇒ゆささま

お返事が遅くなり申し訳ありません。

ゆささんと3日坊主は疎遠だと思ってますよー♪いつも更新お疲れ様です。
影でこっそりと、楽しませてもらっています。
ゆるゆるな感じで頑張りますので、今年もよろしくお願いします^^♪

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【小話】 水溶性の容疑者 【更新】

【水溶性の容疑者】

最近の黒蝶堂は、いつになく忙しい。というのも、一週間ほど前に、仕事が立て続けに飛び込んできたからである。

一つは、近所にある古本屋の亭主が、「老齢だから」との理由で、年末を機に店を畳むと言い出して、「そうっスか」と気のない返事をした若き店主に、本をやるから、似るなり焼くなり売るなり好きにしろと、なかば強制的な提案をしてきたことに起因する。「・・・タダなら喜んで」と、さほど興味なさげに応じたはちを、「世の中はそんなには甘くない」ぴしゃりとはねのけた彼は、「今年中にな」と、倉庫を埋め尽くしていた大量のダンボールを指さしたのである。まさか、ダンボールを組み立てるところか?と、はちは口の端をひきつらせたのであった。

そしてもう一つが、発注の仕事であった。聞き覚えの無いマニアックな書物を、大量に取り寄せてほしいとの要望が、よりにもよってこの時期に、である。慣れない忙しさに拍車がかかったものだから「師走ですね」のんびりと発するしろの横で、机にかじりついている堂長である。

そんな年の瀬のことである。

堂長席の前に、珍客が現れていた。黄色い制服に身を包んだ男は、黒く光る短銃のグリップを右手に握り、引き金に指をかけている。

「おとなしく、年を越してもらおうっ!」

「・・・物騒なおもちゃだな」

本物と見紛うほどよく似せているそれを額に突きつけてくるから、着席しているはちも”偽物とは知りながら”も、書類をめくる手を止め、顔を歪めてみたり、目を泳がせてみたりしている。はちは、男の持つピストルが偽物であることを”知っていた”。だから、今現在、熱を帯びた銃口から白い煙が立ち昇り、硝煙の臭いが鼻を突いても、顔の斜め後ろの壁に、銃弾がめり込んでいる現実があっても、その確信はゆらぎようがない。これほどに精巧な再現のできる技術に感心しながらも、この国で、これほどまで、いとも簡単に銃がぶっ放されることなど、ありえもしないし許されるはずもないとの常識が勝り、疑う余地もないからである。

「それ本物ですよ。」

「・・・馬鹿言うな。」

隣で目を輝かせるしろの発言に、「まさか」と心がゆらぎそうにもなるが、それよりも先に、黄かつ黒色な男が口を開いた。

「いいか、絶対に、問題を起こすなっ!私は忙しいっ!」

彼のデータを思い出す。彼は確か、鬼桐と言う名前であり、この遙光の街の警察業のような仕事をしている・・・だったか。ヒートアップする彼とは対照的に、はちは冷静なる思考回路を構築できていた。それは、自前の常識に巨大な風穴があきそうになっているからで、そんな非常事態を回避しようとしている防衛本能からきているのかもしれない。仮にこの段階で、銃が本物だと証明されてしまえば、平常心ではいられないだろう。

と、三者が三様の反応を見せる下界を、

「来年の話をするなんて、鬼が笑うわね」

見下ろしていた少女が、書棚の上から声をかけてきた。彼女を鬼桐の鋭い視線が射抜く。彼は黒煙漂わせる煙草を噛みしめ、短筒を腰のホルダーに押し込んだ。続けて「お前達が動くと、私の仕事が増えるんだっ!」と吐き捨て、乱暴に扉を開けて黒蝶堂を出ていった。

「・・・いったい、なんだっての」

はちは、呆気にとられている。


その日の午後、黒蝶堂にまたしても、妙な客が来ていた。

「立腹は体に有害よ。有害物質を、持ち込まないで頂戴」

「今日こそは、決着を!」

はちはズキリと痛むこめかみを押さえながら、堂長席でゆりに対峙する彼の様子を観察している。来堂したゴーグルの少年は確か、鬼桐の部下だったような。彼らは一定の距離間を維持し、間合いを詰める機会を窺っている。毎度の光景に、相性が悪いんだろうなと思う一方、一触即発の中に割り入ろうという気もさらさらない堂長である。

「早く用件を述べて頂戴」

数分後、大量の書物の下敷きになり意識を失っていた少年が、ゆりの声にゆっくりと瞼を震わせた。彼はそこから抜け出せぬまま、唇を尖らせ、

「・・・最近、河川敷で遊ぶガキがいるんだ」

ぽつりと、事情を話し始めた。うるさくて、おちおち眠れもしないから、なんとかしてほしい、と。

「お前達に頼むのは、とてもイヤなんだけど。」

「・・・なら頼むんじゃねぇよ」と、すかさずつっこんだはちはため息一つ吐く。するとカコは額のゴーグルを光らせ、

「人間のことなんだから、黒蝶堂が何とかするのが筋だろ!」

はちをぎりっとにらんだ。
再度、ため息を吐くはちに対し、

「とにかく、やってみましょうよ!」

おもしろそうですし!と、お茶を運んできた青年・しろは人差し指を立て、にこっと笑った。


その日の夜のこと、黒蝶堂の一同は店を閉め、現場へと向かうことにした。北風吹きすさぶ夜道をしばらく歩いていると、橋のたもとで人型の影に出会った。

「遅い」

「・・・約束の時間には間に合ってると思うが。」

はちの反論にも、「だから時間に縛られてる人間はイヤなんだ」と、カコは顔を歪め、ついっと横を向いた。肩をすくめるはちの隣で、しろが彼に投げかける。

「思ったんですけど、隊長さんに相談したらよかったのでは?」

するとカコはしろを一瞥し、再度そっぽを向いた。

「隊長には、言えない。隊長は、休まないんだ。」


川のほとりに到達したはちとカコは、身を屈め、背の高い草原に隠れるようにして周囲を観察している。事態を正確に把握するために、ゆりが考案した偵察行動である。が、地面より体を這ってく冷気に、指先の感覚すら失ってしまいそうな状態であり、第三者などに気を配っている余裕なんかねぇぞと愚痴を言いたくなるはちである。「だから余裕のない人間は嫌いなんだ」と、うつ伏せの状態で目を凝らすカコが、毒を吐いた。

「てめぇ、いい加減に・・・!」

「あ、来た!堂長、静かにして!」

はちの顔に冷水がかかった。「冷てぇ!」と反射的に発するはずの声も、口への鉄砲水で喉の奥へと追いやられる。カコの指先より発射され、口に飛び込んできた水流は一直線に食道から胃へと流れ落ち、不思議なことに、彼はむせることもなく済んだ。眼鏡を袖で拭き、カコの視線を追う。そこには、先ほどまではいなかった高校生くらいの男女5人組が座り込んでいた。彼らは持ってきた荷物を開け、中から何かを取り出している。A3サイズの透明なビニール袋に入っている物のようだ。隣には、ロウソクにライターを傾けている男の姿がある。スポーツでもしているのかがたいがよく、声の響く若者である。

「・・・花火、か?」

このくそ寒いのに、なぜ河原で花火なんざする必要があるんだ?

はちが考えていると、彼らは一様に棒状の花火を手に取った。彼らがそれを翳すと、一帯が突然、光によって眩しい色を持ち、歓声があがった。徐々に辺りは煙たく、嬌声は大きくなり、皆が皆、足元にたまった燃えカスを川へと投げ込み始めている。あぁ、確かにこれはうるせぇかもしれねぇなと、はちは冷えた体を抱えて思案している。

その時、ギリギリと彼らを睨んでいたカコがいなくなっていることに気がついた。途端、はっと我に返った。たった一人で河原に寝転び、若者の夜遊びを観察している自分の姿は、どうみても不審者であろう。はちは、ゆりの話術に乗せられた自分を呪う。

「・・・帰るか」上体を起こそうと構えた時、

彼は、自分の背後に懐中電灯を持った制服の人間が立っていることを、やっと認識したのである。

電灯の光を目一杯にあてつけられたはちは、手で目元を覆いつつ「・・・あの、逮捕されるんスかね?」なんだこの質問はと、問うた瞬間、頭を抱えたくなるザマであった。

さて、カコがどこにいったのかというと。

「貴方も手伝って頂戴」

これは願い出ではないわ、わかってるでしょう。

「わかってるよ」

張り込みをしていたカコは、現場から少し離れた物置小屋にいた。ゆりから手渡された四角い箱をポケットにねじこむ。そして彼女の指示通り、若者5人組の近くで待機し始めた。彼らが自分の憑場である川にゴミを捨てた瞬間、皆例外無く、川にひきずりこんでやろうとも思ったのだが、脳裏をよぎる鬼桐隊長に足を止め、ひと呼吸おいて、自分を抑えることができたのであった。

若者達まであと少し、ロウソクのすぐ近くに身を隠す。体を溶かして地面と一体化させるのはたわいもないことである。あとは、耳を澄まして堂長からの指示を待てばいい。堂長が発する言葉で、自分は動き始めればいいと聞き及んでいた。

それからしばらくの後、事態は動いた。

「・・・火を付けろ、今すぐに。」

こんなにはっきりと言うとは思わなかったなと、カコは「これだから人間は」と呟きながらも、その冷静で的確な指示に従い、ポケットを叩いた。出てきたマッチ箱でマッチを擦ると同時に、5人組が使っているろうそくを指から発射する水流で倒す。そして、ためらう間もなく、近くの草原にマッチを放った。しばらくすると、若者達の内の一人が異変に気がつき、仲間に声をかけた。駆け寄ってくる男の手元には、小さなバケツがある。それで火を消そうとしているが、消されては意味がない。カコは”水面下でマッチを擦り”彼の背後に捨てた。男は驚き、残った水を辺りに振り撒く。だが、それを消しても次は彼の横に、さらには残った花火に火を放ってしまえば、彼はいとも簡単にパニックに陥った。「おい、大丈夫か!?」との仲間の声も、かえって彼の動揺のゆらぎを拡幅させ、伝染させる。遠くからサイレンの音が響く。と、どこから匂いを嗅ぎつけたのか、懐中電灯を持った制服姿の男が、「君たち!何をしてるのか!」と土手から降りてきた。彼らは荷物をひっ掴み、蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。マッチの燃えカスを一つ残らず拾うと、指定された瓶に詰め、遅れてやってきた堂長に手渡した。そういう段取りになっていると、ゆりから指示されていたから、堂長が眉をひそめても関係がなかった。



異変が引き起こされる少し前、はちは、草原に座り込んでいた。隣には藍色の制服の姿がある。しかし、その中身は彼のよく知った人間である。

「・・・いったい、それはどこから調達したんだ?」

「この服ですか?これは、ゆりちゃんがくれたんです。」

これで、ぼくもお仕事できますよ、逮捕しますよ!と、月光に輝く銀色の二つの輪を見せつけてくる白い青年は、たいそう機嫌がよかった。制帽も制服も、警察官のそれとほぼ同じである。というよりも、そもそも警察官の制服などよく見たことがないのだから、違う箇所を指摘することすら、はちには不可能なのではあるが。

「・・・どこからそんな金が出たんだか。」

そういや、最近のうちの家計はどうなんだと寒空の下でしろに問うた。すると、しろは血色のよい顔色をさっと青く変え、それでも笑みは絶やさぬまま、

「前は火の車だったのが、今は、例えるなら、風前の灯火です」

これ以上赤字が続くと、吹かれたら消えちゃいますよ。食べ物もなくなって、僕らも、すうっと消えちゃいますと語気を弾ませる。

火の車に戻った方が、ましかもしれませんけど、どう思います?との問いかけに、はちは腕を組んで首を傾げた。どちらももののたとえに過ぎないのだが、ただでさえ寒いこの季節、火が消えるのは好ましくないように思えたから、

「・・・火を付けろ、今すぐに。」

と、しろに言った。いつもの、単なる言葉遊びである。
すると、しろはぴんと背筋を伸ばして「忘れてました!」と、唐突に立ち上がった。

「ぼく、お仕事があるんでこの辺で!」

敬礼して走り去っていく後ろ姿こそが、カコへと繋がっていく。



若者達が次々に土手へとあがり、夜でも明るいネオン街の方角へ消えていった頃、彼らと入れ替わるように”鬼”が現れた。

紫煙をまとう黄と黒は、はちの足すら竦ませるほどの威厳と威圧感に覆われている。彼はまっすぐ河原へ降り、一直線に早足でカコへと向かった。カコはただただ、彼を見上げているだけである。が、その顔はひどく怯えきっており、目をいっぱいに見開いては、泡を吹く口元をふるわせている。
鬼桐は、彼の胸ぐらをつかみ、

「私を過労死させたいのかっ!?」

帽子より覗く眼光と、大気をふるわせるような大声で、彼に食ってかかった。

「ち、違うんです隊長!ぼく、隊長の仕事を少しでも減らそうと!」

「結果をみろ、結果をっ!!」

カコは完全に、萎縮しきっている。

「やり方ってのがあるだろうがっ!」

そんな盛り上がる上司と部下とのやりとりを、じっとみていた少女がいた。鬼桐は彼女の気配を察知し、彼女に向き直って頭を下げた。

「悪かった、うちのもんが迷惑かけて。」

キツく言っとくから、許してやってくれ。

少々の間の後、かまわないわ、と少女・ゆりは宣った。

「部下の責任を上司がとる。すばらしい心がけね」

たとえ人を追い払う為だとはいえ、自分の憑場に火を放つなんて凶行に及ぶ憑者がいるとは、世界は広いわねと、完全なる首謀者は白々しくも鬼桐に言って聞かせた。

「ドンマイですよ、カコちゃん。」

鬼桐は、よどんだ空気にまみれたカコを呼びつけた。カコは針金の入った背筋をピンと伸ばすかのようにし、弱弱しい返事をして、居住まいを正す。鬼桐は正座をしたカコの前で仁王立ちになって続ける。
2度とこういうことをするな。身の回りの変事は、大小事構わず、逐一報告しろ、と。

そして、新しい煙草に火を付け、

「・・・必要なら、私も協力しよう」

吸っていた煙草を、自分の掌に押しつぶした。細く、黒い煙が彼の手から夜空に昇った。濁っていたカコの目は、彼の言動に爛々と輝き始め、

「はい、隊長!」

彼は立ち上がっていた。が、

「その前に、報告書をあげておくんだなっ!」

再び、顔を歪めて立ち尽くした。それでも、鬼桐が引き返そうとすると、足をもつらせつつも、彼の背中を追った。

「・・・これで、よかったんだろうな」

残された黒蝶堂の面々であるはちが言えば、

「ゆりちゃん、この服はもらってもいいんですよね!」

また使いたいんですよと、しろが楽しげに語り、

「この火遊びの現場から、早く立ち去るべきね」

”本物”がきたら面倒だわと、ゆりが忠告する。そして、「珍しく仕事がたくさんあるのだから、それで火をおこして頂戴」と、はちに告げる。

今度は、はちが顔を歪める番であった。

「…火遊びする暇なんてねぇっての」

「水遊びでもしておきましょうか!」

本気でしろが川に入っていこうとするのを水際で留め、「・・・さっさと帰るぞ」と、青年と少女を順に見て言った。


【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

あけましておめでとうございます

しろらくがき


2013年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。  秋雨

とにかく今年は描くぞ、と、気合だけは一人前でございます。
さっそく年末のお話を(今更)この次の記事で。

コメント、拍手ありがとうございます。
明日も描き続けていけます。


お返事⇒若野さま

挨拶が遅くなって申し訳ないです。
2013年も、黒蝶堂は黒蝶堂らしくやっていけるといいなぁです。
今年もどうぞ、暖かく見守ってやってくださいませv
私もちょくちょく、お邪魔させて頂きます。

テーマ : イラスト
ジャンル : 趣味・実用

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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