【小話】蒼色の特効薬【更新】

【蒼色の特効薬】

右往左往する姿が見えたものだから、表を掃除するため箒片手、通りにいたしろは「探し物ですか?」と声をかけた。

「そうだ」

男は答えるとすぐ、しろの横を通って堂に踏み入った。

「ここに来るのは初めてですよね?」

記憶力のよいしろであるが、彼の顔は見覚えがなかった。だが、返ってきたのは「昨日も、おとといも来た」と、の答えであった。
しろは記憶をたどる。昨日は堂長席で、黒蝶堂の堂長である黒川はちが船をこいでいたところを、黒蝶堂の憑者と名乗る少女・ゆりが、彼に対し冷え冷えとした鉄の制裁を与え、その後の彼の見張り役を任じられていたし、おとといは空腹を紛らわそうと、料理の本を片端から視野の範囲外にどかすという仕事を堂内から一歩もでず、1日がかりで行った。
だから、両日とも、客は一人もなかったことは確かだ。黒蝶堂では、1、2週間客が来なくとも、珍しくもなんともない。現に黒川はちは、あまりの閑散っぷりに、今日は朝から堂長席をからにしている。

「具合でも悪いんですか?」

「本当は治したくないんだ。」

彼は言う。
体は健康、仕事は順調、人間関係も何一つ問題ない。
問題ないから、この店に来る理由もない、と。

「本当に、元気ですか?」

しろの問いには訳がある。肩をふるわせる客の顔色が、どんどん白くなっているからだ。

「元気が、あふれている。」

張りのない声に、ふと、しろは投げてみる。

「これは、大したことなさそうですね。」

「わかってくれても、全然嬉しくない。」

跳ね返った答えが、しろの頭上に、豆電球の灯りを点した。人差し指を宙に舞わせ、碧眼の焦点を彼の目に絞って問う。

「貴方は、もしかして天の邪鬼ですか?」

「そうだ、私は、本当の事しか言えない。」

しろは眼を大きくし、ずびしと指を鼻先に突きつけて言い放つ。

「わかっちゃいましたよ、貴方の正体。」

「私の事は、放っておいてほしい。」

請願する瞳で、彼は言った。彼は間違いなく、僕に助けを求めている!
しろは駆け出したい気持ちでいっぱいになった。



それから数分後、堂長はジャージ姿で黒蝶堂に戻ってきた。彼の手には、屋上の菜園で収穫したばかりの、数々の野菜が盛られた駕篭がある。しろと夕食の相談をしようとしていたはちは客の姿を認め、「あ、すんません」と、駕篭を奥間にしまい、服を着替えて堂内に入った。堂長席に座るはちに、

「おいしそうでしたね」

客と会話を楽しんでいたしろが屈託なく投げかける。すると、隣の男が

「まずそうだった」

無表情の顔をそむけて、小さく吐き捨てた。
堂長席の育て人の額に、青筋が走った。

「まず、え?」

菜園の管理人が問い返せば、しろと男は同じ事を繰り返した。

数秒の沈黙が、周囲を覆い尽くした。口を開けたのは、冷静さを取り繕いすぎて無感動になった堂長である。

「・・・本を買いにきたんスか?」

「そうだよ」

「この本とか、どうっスか?」

彼はちょうど、堂長席に置かれていた本を手に取り、相手に渡した。昨日の片づけの結果、分類を間違えていた書物だ。タイトルこそ、表紙に大きく書かれているものの、一枚めくると、文字がゴマ粒ほどの大きさで、上下に二段書きとなっているうえに、非常に重量感がある。これで小突いたら倒れたんですと説明しても、誰の同情も買えなさそうな凶器である。

客は言う。

「すごく字が大きくて、よみやすそうだ。」

どこらへんが、だ?はちは問いかけそうになる口をもごもごとさせ、気持ちを紛らわした。

「・・・ありがとうございます。」

だが彼は、いつまでたっても会計をしようとするそぶりを見せない。「あの、ほかにもみたいもんがあるんスか?」と、はちが問えば、男ははっと我に返る。そして、

「こんなに居心地のいい本屋だから、さぞやお客様受けもよろしいのでしょうね!」

と、ごまをすりつつ、まぶしい笑顔を浮かべて声を弾ませた。

「・・・あの、どうかしたんスか?」

突然の豹変ぶりとあさっての方向すぎる褒め言葉…というよりも、皮肉としか捉えようのない彼の発言に、怒るよりも、あっけにとられたはちへ「思ったまでを述べただけですよ。」と、客は、店の空気を思い切り吸い込む。湿気と本と時間とが発酵していそうな、ほこりっぽい空気を、胸一杯におさめ、

「いやあ、本当にすばらしいお店だ、本当に。」

財布を取りだして、言われるがままの代金を支払った。



客が帰り、しろははちに客とのやりとりを一言一句漏らさず、忠実に実演して見せた。感想を求められたはちは、

「・・・一つも会話が成立してねぇじゃねぇか。」

ひじをつき、ため息をはいた。

「僕思うんですけど、あの方、嘘しか言えないんですよ。」

「・・・嘘?」

「天の邪鬼でないなら、一種の”職業病”かもしれません」しろの指摘に、「そんな病気なんざ、聞いたことがねぇよ。第一、うちは病院じゃなくて本屋だっての。仮にそうだとしても、精神病だか神経衰弱か知らねぇが、うちには来ねぇだろ」はちは、まずそうだと言われたことを根に持って、

「あの本が気に入ったに違いねぇよ。」

眉をひそめ、唇をわずかにとがらせた。
まもなく、しろの無言と非難するかのような瞳に耐えきれず、「・・・ま、客に変わりはねぇんだがな」と、いつもの調子に戻り、「本を買ってくれるなら、またきてくれりゃいいんだけどな」と肩を竦めた。



後日、黒蝶堂の前を右往左往する男がいた。彼に声をかけたしろは、「また来てくれたんですね!」と表情をほころばせた。「この間は、いらないと思ったんだけど」脇に抱えた鞄から、一冊の本を取りだした。「いいたいことをいいたいときにいいたいだけいうための本」という、HOW TO本らしいタイトルの付いた、しかし、ある学者の、長年の研究をまとめた書物には、たくさんの付箋が挟み込まれていた。

「少し高くついたけど、私は私に戻れそうだ。」

「それは、嘘じゃないんですよね?」

しろが小首を傾げれば、彼はさわやかに

「今の私なら、黒蝶堂での深呼吸は遠慮するだろう」

あれから喉を痛めたようで風邪を引いて入院して、それをきっかけに仕事を辞めたんだと、冗談混じりに咳払いをして見せた。

「また何かあったら、お世話になるよ。」

そのときに、堂長さんに非礼をわびたい。彼はそう言うと、「仕事を見つけるんだ」と言って、アーケードを目指して足を踏み出した。


【了】
スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】黒褐色の遺物【更新】

【黒褐色の遺物】

「気持ちを伝えられない言語など、話す意味がないだろう。」

「・・・同じ言葉を使うからと言って、意志疎通が完璧にできるわけではないっスけどね。」

むしろ伝わらないことばかりだと、はちは肘を突き顎をのせて余所を向く。

このやりとりより数分前のこと、はちは席を立ち、堂の入口へと歩を進めていた。鍵はかけていないはずだがと訝りつつ、コンコンと叩かれる引き戸に手をかける。姿を現した作業着姿の客人は、「黒蝶堂さんですか?」と尋ねてきた。

「・・・そうっスけど?」

怪しむ声音には理由がある。客の隣に、彼より頭一つ分小さい、季節はずれの厚手のコートを羽織っている老爺が、体の半分を彼の陰で隠すようにして、珍しいものをみるかのように、目をいっぱいに開いているのだ。体は細く節くれだっているのに、目だけが幼子のように好奇心に満ちあふれている。「突然すみません」作業着の若者は15度傾斜で頭を下げ、黒蝶堂に足を踏み入れた。

「私は、絶えゆくものを記録するのが仕事でして」

堂長席の前に立ち、客人はこう切り出した。

「今度無くなるのは、こちらの方が村長を務められている村です。」

そう言いつつ、隣の老人の肩に手を置く。老人は笑うでも怒りを露わにするでもなく、突然手を置かれた事実に驚いているようで、心配そうに客を見上げた。

「・・・あの、ちょっといいっスか?」

はちは小さく手を挙げつつ、「村が無くなるってのは、市町村の合併のような?」と疑問を投げる。すると「いいえ」と、首を素早く左右に振り、客は答えた。

「地図上から、まるっと無くなります。」

どこかに取り込まれるのではなく、「無くなる」のだと客は言う。

「『絶える』が、一番一般的な表現に近いかと思います。」

はちは首をひねり、

「・・・村というなら、村人がいるんスよね?」

質問を変えてみた。

「えぇ、少し前までは。」

「・・・少し前まで?」

彼は、懐からA4の罫紙の束を取り出した。そして、静かではあるがよく通る声で、読み上げ始めた。村の成り立ちから発展、人口の増加を経て有数の村として、周囲の村から特産物やら貢ぎ物を集めるまでに成長した。

「しかし」

客は強調するでもなく、眉一つ動かさず続ける。

ある旅行会社が営業を始めたところ、かつてない好評を博し、村人は外の世界へと流出していき、ついぞ残ったのは村長の一家だけになってしまった。そして、退廃した村での生き残りは、彼一人となってしまった。

「一般の世間的には信じられないことですが、黒蝶堂さんなら、ご理解いただけるかと。」

あぁ、こんな時にしろがいれば。

人知れず嘆くはちである。こんなでたらめな話につき合えるとしたら、彼をおいてほかに適任者はいないと言うのに。面と向かって反論するのも気が引けるため、はちは話をそらすことにした。

「・・・それで、これは?」

客人が持ってきた書物をあらため始めた。立派すぎると言ってもいい、頑丈で高級感のある装丁の、分厚い調査報告書だ。「村史です」うちの会社への報告用とは別に、予備にもう一冊作りましたので。「なんで、うちに?」戸惑うはちに客は言う。「こんな仕事をしてると、どこかにないかなと探したくなるんですよ」

「どこかにないかな、っスか?」

「無くならないものが、どこかに必ずあるはずだと。」

「・・・よくはわかんねぇっスけど。」

はちは率直に告げる。ここに置くだけでよければ、あずからせてもらいます、と。堂長の答えを若者が老人に伝える。呼気の多く混じる、聞き覚えはないがリズムのよい言語に、はちは彼の話がまんざら冗談ではないのかもしれないな、いたずらならばやけに手が込んだ話だなと思い始めるのであった。
すると村長はコートの内側から次々と、ずいぶんと簡略化された地図、村の掟らしき教えの書かれた巻物、動物を異様なほど歪めた土産品などなどを取り出しては堂長席に所狭しと並べた。足下すらも埋め尽くすその荷物に、

「・・・うちは、本屋なんで。」

堂長は本だけで十分だと、拾い上げては老爺に差し出し、懐に再度押し込むように片づけさせた。

彼らが堂を後にして、はちは彼らの置きみやげを順繰りにめくる。挿し絵がところどころに施された、やはり見たことのない文字の羅列である。あの作業着がこれを書いたのだろうか?だとしたら、解説書もつけるべきだろう。これでは売れないだろうなと、案じていたところ、

「ただいまですよー」

間延びした声が堂内に響いた。買い出しに出かけていたしろが帰ってきたようだ。「遅かったじゃねぇか」妙な客がきてたんだよ、お前と話の合いそうな。喉まででかかった言葉は、バトンを奪われた。

「おい、それはなんだ?」

「タダだったんですよ!」

しろが買い物袋と一緒に腕に下げていたのは、先ほど堂内から持ち去らせたはずの、巻物であったり地図であったり人形であったりであった。「そこで会った人が、「よかったらどうぞ」と、くれたんです」「ちなみに、その優しい奴とは言葉が通じたのか?」はちが問えば、「言葉など、ささやかな壁です。通じてほしいと思う気持ちの前には、あってないようなものです!」と両の拳を軽く握って笑んだ。

「それにタダより高いものはない!と言うでしょう!」

「・・・タダでも、いらねぇもんは、いらねぇだろうが。」

宝だって持ち腐れるんだぞと、呆れるはちに、「これは宝物ではないですよ?」と、きょとんとするしろである。

「・・・どっかの村の、遺された宝かもしれねぇだろ」

「お!はちがそんな事を言うなんて珍しいですね!」

ほら、みてみろ。

はちは誰に言うのでもなく嘆く。やはり、言葉が同じだからと言って、意味が通じているかどうかは別問題だ、と。


【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】天然色近未来【更新】

【天然色近未来】

「・・・オレはただ、平穏無事な人生を送りたいだけだ。」

客のいない黒蝶堂の堂内にて、黒川はちはぼやく。肘を突き、顎を掌に乗せ、深いため息を吐く姿はもはや堂に入ってしまった所作である。

「つまらないじゃないですか!」

「・・・つまんなくていいっての。」

書棚と書棚の合間から顔を覗かせるのは、白い青年・氷山しろである。注文の入った書物を探すのは、堂長であるはちよりも、副長を任じられているしろの得意とするところであった。両手には3冊ずつ、古びた書物が積まれている。その一番上が、ある人物の懐古録であった。運ばれてきたそれを、はちは手に取り紙質を指で確かめる。内容を流し読みし、落丁のないことを認めて机に置いた。それを拾い上げたしろは、「色々あったほうが、楽しいじゃないですか!」と、山あり谷ありの著者の人生を掲げつつ頁をめくり、指をさしては「ほらほら」とはちにつきだす。対して、「事故を気を付けねぇとなと思うぐらいに、事件を斜め読みする程度に知ることができれば十分だろ」と、顔をしかめるはちは、

「・・・普通の暮らしがしてぇだけだ。」

それ以上のことは、事の善し悪しはあれ、面倒以外の何物でもねぇよと、肩を竦める。

「ならば、ゆりちゃんに聞いてみましょう。」

しろの提案に、

「明日、命を失う未来が訪れないわけではないわ。」

いつからそこにいたのか。書棚の上の彼女が定位置より舞い降り、ぽつりと呟いた。物が切れそうな程鋭い切り口の黒髪を揺らす。揃えた前髪から覗く未来予測の瞳が、ゆっくりと赤に染まっていく。

「仮に、貴方の行動が私の先をいくなら・・・」

「いくならば?」

彼女は目を伏せた。青く輝く瞳のしろとは対照的に、はちは怪訝そうに目を細める。10秒、20秒、30秒、彼はまばたきすらせず、微動だにしない。しないのではない、できないのであった。目の周辺に力が入る。瞳はじわじわと乾いていき、鼻の付け根に皺が寄っていく。

その時、少女が本を閉じた。空気を押しつぶすような破裂音に、はちの体が動きを許された。
ゆりは涼しげな瞳を開き、

「あまり心配しすぎないことね。」

「・・・誰が心配してるってんだ。」

はからずも涙目になる堂長の前で、微かににぃと笑って見せたのである。


【了】

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中