【小話】碧い知識【更新】

「大変です、アオミドロが混入しているらしいです!」

「・・・入っていたとしても、肉眼で確認できねぇだろ。」

騒ぐ青年は、掌に少し余る菓子箱を、指先が白くなるほどに握って目前に突きつけてきた。白地の背景に黒く堅いフォントで、その本質が羅列されている。派手な外装と華やかな名前をまとった企業を代表する戦士の、知られざる本性が、余すところ無く書かれている。公式プロフィールだろうから、どこまでが真実かは素人の自分には見抜けやしないが。眼鏡を正しい位置に調節し、細やかな文字を追う。しかし、某微生物の名前はない。「わかんねぇよ」と肩をすくめてみせれば、「ここですよ、ここ!」と、しろは指で指し示した。

「・・・プラ何とか化合物って書いてるぜ?」

「あれ?見間違えたみたいですね。」

手首を返し、黒蝶堂の電灯に光を当てたしろは、菓子箱の裏面に熱視線を浴びせた。煙を立たせ、穴を空けようとしているのかと疑いたくなるほどに見入っている。「なんでなんですかね?」と続ける彼に、「そりゃ、微生物は含まれないだろ。」と応えれば、しろは首を左右に振った。

「アオミドロは習いましたよね。」

だけど、このなんちゃら化合物というのは、アオミドロよりも遠い存在なんでしょうか。選ばれるのは難しいんでしょうねと、小分けにされている封の一つを切った。

「・・・そっちかよ。」

しろは口を動かし、黙って菓子を胃に収めた。その一つをよこしてくる。同様に口を切ると、彼はにこにこと笑い、ずいと顔を寄せてきた。

「僕の成分も、背中に書いておきましょうか?」

「・・・かき混ぜたら、氷山しろの出来上がりか。」

恐ろしいレシピを想像させるんじゃねぇよと、菓子を咀嚼しながら、彼の提案をすげなく却下する。冷たくあしらったつもりであったが、しろは笑顔を絶やさず、「書きだしてみましょう!」とペンを取った。

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】微々々々の黄金週間【更新】

氷山しろとの会話の噛み合わせが悪いのは、今に始まったわけではない。
ちまたでは黄金週間などと言って、経済的に余裕のあるものは外の世界へ、余裕のないものは内なる世界へ、そしてワーカーホリックたちは今日も今日とて飽きずに仕事場へ足を向ける。その思考がどこにあるのかは人それぞれだが、そんな世間の片隅で、黒蝶堂の面々はいつも通りに時を過ごしている。

「お休みらしいですよ、世間では。」

内なる世界へ旅立つ準備をする者が、ちらほらと現れ始めた数日前。祝日とあってか、黒蝶堂では客人の微々々々増が確認された。

「・・・関係ねぇだろ。」

「何に対してのかしら?」

「・・・心を読むなっての。」

黒蝶堂の堂長・黒川はちは斜め上へと視線をやる。少女の白い足が、きちりとそろえられているのが見えた。

「若干の差異に理由を求めるのは、貴方達の性分なのかしら。」

「・・・なんでも理由があった方が、まぁ都合がいいからだろ。」

色々とな。
堂長は堂長席で、帳簿をめくった。

「嘘だったら、許しませんからね。」

人差し指を立て、笑って述べる青年に、

「・・・嘘だって、それらしければ本当に思えるだろ。」

はちは肩をすくめ、少女はわずかに口角を上げた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】混濁階層【更新】

「見晴らしが、とてもいいですよ。」

「・・・危ねぇから、降りろってんだ。」

黒蝶堂の天井高は、居住用の家屋よりもずいぶんと高めだ。書棚の上に少女が座れるほどのスペースもある。書棚に収まりきらない書物が足下に山積みになってはいるが、書棚そのものも背が高い。そして、高い位置に存在する本を手に取るため、木製の脚立が隅に置かれている。
氷山しろは飴色のそれを組立て、堂長席の正面に運び出し、どたばたと駆け上がった。ぎしぎしと軋む音に、堂長席の黒川はちは眉をひそめる。中段にて、しろは足を止める。はちが目をやれば、彼は鼻をひつくかせていた。

「ここは甘い匂いがしますね。」

もしかしてと、しろは手すりに掌を繋ぎ、体を空へと投げ出した。脚立がぐらぐらと揺れる。彼は戸惑い無く、伸びきった腕を中央に、体を更に左右へ揺らした。軋むたびに、床板も音を立てるものだから、脚立を押さえに席を立ったはちは老朽化した店の足場が崩れないかとの不安に駆られた。しばらくすると、ブランコを前後に大きく漕ぐように勢いをつけたしろは、タイミング良く空へ飛び出し、身軽に床面へと戻った。頂点まで登り、座ったかと思うと、すぐに地上へと飛び降りてきた。

「・・・いったい、何がしたいんだ?お前は。」

「階層によって、全然匂いが違うんですよ!」

空が飛べたらもっと味わえますのにと脚立を畳んだしろは、突然床に伏せた。這い蹲り、匍匐前進を始める。進行方向のはちは端へと避けた。

「お客さんや憑者さんたちの匂いが混ざってます。」

「・・・お前はどれだけ、鼻がいいんだよ。」

「匂い、ね・・・」と、奥へと消えたしろを見送ったはちは、興味本位で鼻をひくつかせた。期待していたわけではないが、いつもと変わらず埃っぽいだけの空間に、空咳を一つして、顔をしかめた。掃除でもしねぇとなと思い至ったとき、目の前の客人の姿に初めて気が付いた。

「い、いい匂いっスね。」

言いよどんだのが、ますます事態を悪化させた。

客の退堂後、

「・・・なくしたものは、一冊の本より重い、ってか。」

はちは深い深い深いため息をついた。発せられた息は、黒蝶堂の空気に混じり溶けた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】変幻自在の箱の中【更新】

うたた寝していたらしい。目覚めたら、堂長席の椅子に、上半身を縛り付けられていた。客人のいない、昼下がりの黒蝶堂で一人、ぐるぐるまきにされている。

「・・・どういうことだ?」

戸惑いを口にしつつも、理由はだいたい察しがついていた。

「僕主催の、ゆりちゃん全面協力です。」

机を挟んで反対側に立つ白い青年が、笑顔で人差し指を立てる。案の定、というやつだ。
机には、中央に1から3の数字が書き込まれた、一羽の兎を入れ込むのにちょうど良さそうなサイズの直方体が一つずつ置かれてあった。

「効果的な目の覚まし方を模索してみたんですよ。」

さぁどの箱でもいいですよ、選んでみてください。しろの言葉に、いやな予感しかしなかったが、手足の自由を奪われている今、選択する以外に道はない。心を決め、適当に選んだ。すると、料理の熱を逃がさないために覆うカバーを取り払うがごとく、箱は宙へ浮いた。箱の下の面は最初から切り取られていたらしく、そこには物だけが残された。

「・・・水、か?」

視線を注ぐ先には、銀色のボウルいっぱいに注がれた透明の液体が水面を揺らしていた。

「はい、水ですね!」

しろはそれを、どこから取り出したのか竹で出来た水鉄砲に装填し、躊躇の欠片もなくこちらに向けて発射してきた。手際の良さに唖然とするが、反射的に顔を背けると運の悪いことに、耳に入り込んできた。

「おい、いきなりなにしやがるんだ!」

「あ、ほかの番号も試してみますか?」

縄をほどかれ、けんけんと飛び跳ねると、穴に入った水が落下していく感覚があった。しろの言葉に、残された開かれていない箱を見やる。耳を近づけてみると、一つは無音で、一つはなにやら、かさかさと内部をかきむしっているような気配がする。ぞぞぞと、背中を這い上がってくるのは悪寒か、寒気か。ふっと宙を見上げれば、共催者の少女がこちらを見ていた。

書棚の上で、少女は述べる。

「”寝耳に水”の、延長戦上よ。」

「水と似た物を、探したんです。」

彼らの言葉の意図が分からず、心中、”水”と十回唱えてみる。
そうして思い当たった発想を、

「いや、まさか。」

即座に否定し、打ち消す。
一方で、箱を開けて中身を確認する勇気も出ず、

「・・・まさか、動物じゃねぇよな?」

ただただ、否定されることを待ち続けた。
しかし、しろはにこにこと笑うだけで、ゆりは人形のようにそこに座っているだけであった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】若草色の噂話【更新】

「貴方はもしかして、料理人の方?」

「・・・いや、残念ながら違うっスよ。」

黒蝶堂は、呼び出されていた。待ち合わせの場所で相手方を待っていると、十字路の端から、狭い道路に相応しくない、赤い光沢を放つ左ハンドルが切り込んできた。待ち合わせ場所の空き地にスピードを保ったまま進入すると、間もなく、低く唸っていたエンジン音が沈黙した。扉が開くと、若草色のフォーマルスーツが颯爽と地に降り立った。高いヒールの彼女はサングラスを外すと、辺りを見渡し、まっすぐこちらへと向かってきた。

「ここに、新しい老舗のお店が開店すると耳にしたものだから。」

「・・・新しい、老舗の店?」

「まだみたいだわね。」

色の濃い口紅を見せつけるように動かした彼女は、再度車に乗り込んだ。そして、とどまらない風のように、走り去っていった。

「・・・オレのどこが、料理人なんだ?」

「修行中の若手だと思ったんですよ。」

同じく待機していた黒蝶堂の料理人は、顎に指をかけた。

「噂はありますね。」

でも、本当なんですかね?料理人・しろは、首を傾げる。

「料亭にはならないわ。」

その隣、手元で書物を広げている少女・ゆりが応える。

「何になるんですか?」

「・・・まだ売却されてねぇんだろ?」

空き地の道路沿いには、”売地”と主張する看板が立っていた。
そこに目をやるのと、彼女の

「ここの子に聞けばいいわ。」

との提案を耳にしたのは、ほぼ同じタイミングであった。

「貴方の見立てを、堂長に教えて頂戴。」

看板の脇、座り込む少年がいた。

「・・・いつのまに?」

「堂長なの?僕を助けて。行き場のない僕の心を。」

「ちょ、ちょっとまて。てめぇは?」

問いかけるが、膝下に抱きついてきた少年は顔を上げることもなく、ただ腕に力を込め、弱々しく言葉を発するだけだ。

「ここに建つ会社はいつも、苦しい事件を起こして、なくなっていく。」

「苦しい事件と言うのは、なんですか?」

少年は青白い顔をしろへと向けた。

「色々。本当に、色々あったんだ。」

不幸が続くばかりだから、いっそ忘れられた方がいいのに。
短く吐き出すように言うと、彼は

「事件が起きる前に、僕が潰すんだ。」

口角をつり上げ、温度の下がった声音で呟いた。

気がつくと、空き地の中央に転がっていた。目の先には、心の健康によろしくない制服がいた。

「君たちが?」

上体を起こす。白と黒の小型車が、わき道に駐車されている。なんのことか分からず、きょろきょろと目を働かせれば、そこには真っ二つに割れた看板が、同じく転がっていた。

「・・・一体、何のために?」

青い制服は「わけありの土地」との表現を使って、「ここでは不可解な事象が多発している」と説明した。はなから自分たちを疑っているわけではないようで、任務を淡々とこなしているだけのようであった。ゆえに思う。

「・・・ばかばかしい。」

しかしもちろん口には出さず、「さぁ、わからないっスね」と軽く応じた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】逓増の罠【更新】

「敵が現れたら、すぐ剣を振るんですよ!」

「・・・通行人が、真っ二つになったんだが。」

隣人が「拾ってきました」と、犬のように鼻を鳴らした数分前、なぜかそれを手渡されて戸惑っている。
両手を添え、中央の画面に映る主人公を、左から右へ歩みを進めるポータブルゲームだ。
右の指がちょうどかかる位置にあるボタンの一方を押すと剣を振るい、もう一方を押すと、小さくジャンプをするという簡単なモーションを繰り出す。

「大丈夫ですよ、二人までは。」

「・・・大丈夫なのかよ、二人は。」

ゲームオーバーにはなりませんと、脇から指示を出してくるしろは楽しそうである。

しばらく的確な指令の元、近寄ってくる敵を倒しつつ、プレイヤーを右の世界へと送り込み続けていた。
すると突然、腐敗した犬のようなフォルムの化け物が画面の半分近くまで侵略してきた。

「それ、ラスボスですよ!」

「・・・おい、まだ序盤だぞ?」

取扱説明書を開いた彼は、珍しい昆虫を捕まえた夏休みの少年の顔になった。攻略法を見つけてくれようとしているのだろうか、とりあえずこれまでどおりボタンを押し、剣を振るう。しかし、堅い鎧をまとっている妖怪には、まったく刃・・・もとい、歯が立たず、画面は暗転、「ゲームオーバー」の淡い光を放つ文字が、暗闇をバックに落ちてきた。

「・・・これ、詰んだだろ。」

取扱説明書に攻略法のヒントはなく、あれやこれやと討議しあい、それを試すため犬のステージに向かっていったが、結局のところ、犬を退治することはできなかった。ゲームオーバーの画面をそのままに、ゲーム機をしろへと戻す。

「・・・こんな最初に最終の敵が出てくるなんざ、妙な話だろ。」

「ゆりちゃんが最初のパーティに在籍するようなものですね。」

そして時間は流れ、あるとき、弾んだ声が堂内に響いた。

「やっつけちゃいました!」

しろは画面を見せつけてきた。半信半疑で、それでいて、食い入るように見てみれば、主人公が犬の上で剣をその背中に突き刺して誇らしげに立っていた。
しろがボタンから指を離し、再度挑戦しろと言わんばかりに差し出す。だが、さらに難しくなっていることに代わりはないだろう。「・・・お前がやればいいだろ?」と目で言う。モニターには、青い空白い雲緑の野原のステージに、人間でもない”わたがしの化け物”のような形の標的が惑っていた。数分、しろとのにらみ合いが続いたが、結局折れたのは自分であり、十字スティックを押し込み、道を進みだした。

「・・・今度は、同じことの繰り返しじゃねぇか。」

次のステージの画面に現れるのは、基本的には皆が敵であった。時折、敵に混ざって人間がやってくる。問題なのは人間の中に凶器を持っている者がおり、話しかけようとすると、凶器をふるってくる。タチが悪かった。作業のような展開に面倒くさくなり、左から右へ、斬られる前に斬るつもりで走りだした。だが、仕事がいい加減になった結果、木こりの一般人を倒してしまった。画面全体が赤く染まり、「あと0人」との警告が出た。

「死体は誰が片づけるんでしょう?」

隣人が、端から聞けば物騒なことを言う。

「お金もかかるでしょうし。」

「・・・支援金が入るんだろ。」

勇者が訪れた村だぜ?100年は観光資源になってくれるだろと、小さく肩をすくめてみせた。それ以前に、これはゲームなんだと前置きすることは忘れなかった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】鈍金の円和【更新】

「はち、知ってますか?」

四方八方に転がった5円玉を拾い上げている最中、同居人が話しかけてきた。誰のせいでこんなことになったんだと、困惑と憤慨が入り交じり、結果として諦めに似た心を向ければ、「覗いている」彼と目が合った。

「これ、穴が空いてるんですよ。」

「・・・この国に住んでりゃ、気がつくことだ。」

手元に太めの糸を握り、拾い上げた硬貨を穴に通す作業に移行する。転がった硬貨は100を下らないだろう。隣人が一体どこから、これだけの、しかも5円玉だけをかき集めてきたのか甚だ疑問である。

「もしかしたら、近い将来、カードだけの世界になるかもしれないですよ。」

同じく、針に糸を通す要領で硬貨を片づけていた彼は、左手の人差し指を立てた。手から離れた糸が下を向き、再度、硬貨は床に散らばった。彼は拾うことも、目を向けることもせず、熱弁を振るう。仕方なく、腕を伸ばし、硬貨を集めた。

「通貨を作る予算が無くなって、どんどん便利になって、実際に紙幣や硬貨を使ったことのある人々が少なくなるかもしれないです。」

「・・・そんなバカな。」

「昔は地域によっては、物々交換をしていたんですよね?」

「・・・それとこれとは、話が別だろ?」

つうか、ただの通貨だろと、眉をひそめる。彼の想像での経済はどうなっているのだろうか。
当たり前にあるものが無くなることを想像するだけで頭が痛くなるのだから、そのまま思考を放棄した。

「円を作って、縁を創るんですよ。」

彼との会話に標識なんてものはないから、いつだって脱線する。今回もご多分に漏れず・・・と、思っていた矢先、外の世界からちゃりんと音が鳴り響いてきた。顔を向けると、扉の向こう、両手を合わせて頭を垂れる2人組がいた。

「賽銭箱を、黒蝶堂の入り口に設置してみたんです。」

おじいちゃんをイメージした像を置いてみたら、なおのこと効果があってですねと、しろは無邪気に青い目を細めた。何やってんだと、慌てて片づけに行けば、参拝者は「よろしくお願いしますね」と、茶化した語尾にふさわしくない真剣そのものの瞳でそこに居て、返す言葉もなかった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】魔性のレジスター【更新】

「新しい才能を探している。」

「・・・才能、っスか?」

相づちを打つと、客人は”吹き抜ける爽やかな風”とのテロップが肩口付近に似合いそうな笑みで

「ここにはないから、君が知る必要はない。」

”カツカツ”と足下に擬音が書き込まれるように、颯爽と出て行った。途中、書棚から一冊の本を取りだし、

「せめて新刊ならましだが、よくもこんなものを売れるな。」

それが才能と言えば才能か。

そんな台詞を堂内にこだまさせ、それをついと放り投げた。



「言い返さないのは、賢明な判断ね。」

「古いもんがいいとは限らないだろ。」

「そんなことを言っていいんですか?」

「なんでだ?」

客が帰り、床の書物を拾い上げて棚に戻したところ、彼らは姿を現した。堂長席の隣にはしろが、棚の上には少女が。特に少女の方の、空間にぱっと現れるとしか表現できない唐突な登場の仕方には、いつまでも慣れそうにない。

嫌みのない笑みを浮かべたしろは、黒蝶堂を見渡し両腕を広げた。

「古いものに囲まれて、生活しているじゃないですか。」

「どの家も、同じだろ?」

「ここは特別多いですよ。」

「新品もレジを通りゃ、中古品だ。」

金で支配欲を満たしているんだろと、思うままを述べ、ため息をついた。
すると、しろの目線が口周りに張り付いてきた。視線がうるさいと、観察していれば、首をひねった彼はゆりに向かい、口の前で手を開いては閉じた。すると「そうね」地上に降りてきたゆりが、短く応じた。

わけがわからねぇ。
露骨に眉をひそめれば、両者は口をそろえ、指をそろえた。

「「饒舌」」」

「・・・だな。」

居心地もばつも悪くなり、口を掌で覆う。
鼻から息を吐いたゆりは、恬淡と述べる。

「黒蝶堂に、少しは矜持を持てたということかしら?」

「・・・そう言うわけでも、ねぇけどよ。」

ふと、思いついた意見を、たまたま思いついた言葉で語ってみる。

「買った瞬間、他人にとっての価値はだだ下がる。物品の本質は変わらないのにな。」

頬杖をついて棚を見渡せば、

「逆も言えるわね。」

ゆりは、くるりと人差し指を宙に舞わせた。空気に丸を描く仕草に、一冊の本が呼応した。飛んできた書物を伸ばした腕で掌に納める。意図が分からず、ぺらぺらとめくれば

「僕の手を少しの間通過しただけで、驚くべきプレミアがつく可能性がありますよ。」

覗きこんでくるしろが笑う。名前でも書いておきましょうかと、たまたま開いた裏表紙にペンを突きだしてきた。そのペン先を掌でとどめ、書面にじっと目を貼り付ける。どうかしたんですかと問うてくるしろも、それを見つけて「先を越されちゃいましたね」と、トーンの落ちた声音とともに、得物の矛をしまった。

「・・・価値なんざ、誰が決めたかわかったもんじゃねぇな。」

しばらく脳内であれこれと検討した後、書物を閉じ、表紙を拭いて、そのタイトルを目でなぞった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】疑惑の第一発見者【更新】

「調子が優れないんです。」

同居人の告白に、真っ先に去来したのは「罠かもしれない」との予感であった。だが言われてみれば、ただでさえ色の白い肌が普段以上に青ざめている・・・ように、見えなくもない。覇気がないとはこのことなのかと納得しそうになる程元気が無く、冴え冴えとした水晶を思わせる瞳だけが生き生きしているかのようだ。

「・・・じっとしてろ。」

「はぁい」と間の抜けた返事をし、彼はふらつく足取りで奥間に消えていった。その背中は、彼の体調そのものを映し出しているように見えた。



陽が傾き、店じまいしてもいいだろうと、表の扉を閉めるため立ち上がった。歩き出し、鍵を掛け、カーテンを閉めたところでふと思う。そういえば、昼食後から隣人の姿を見かけていない。物音は一つもしなかった。

本当に、具合が悪いのか。

部屋で眠っているといいのだが、未だ解明されていない生態を持つ彼のことだ。布団の上で冷たくなっているという可能性もゼロではない。

「・・・第一発見者になるのは、ごめんだな。」

思考が悶々と絡んできた。その糸を断ち切るため、堂長席を離れ、彼の部屋へ足を向けた。

黒蝶堂に隣接する居住スペースの2階、しろの部屋の前で、腕を組む。

「まさか、本当に調子がくすぶっているのか?」

もしもの時は、救急車を呼ぶしかない。生唾を飲み込む。
いやな予感を助長するかのように、黒蝶堂にしろが転がり込んできた記憶がよみがえる。遠い昔の出来事のようでも、昨日の出来事のようでもある。
もう考えても仕方がない。意を決し、ええい、ままよと、戸を開けた。

足下に、球体が落ちていた。まずいと思ったときには体勢を崩し、地へと引きずり込まれていた。とっさに、頭を守ろうと動いた腕が、天井付近から自律的に伸びてきたロープに巻き取られ、手首の位置で堅く結ばれる。かと思うと、体全体が一挙に引き上げられた。空中に、宙ぶらりんの状態になり、脳が混乱に陥った。
下界では、最初に踏みつけた球体が転がっていき、薄い板にぶつかっていた。卵ほどの大きさの、純度の高いビー玉は、板を倒し、次の板に寄りかからせて出来た土台の上を滑り、更に次の板を順々に倒していく。本で作られた山を幾重も越え、小さな観覧車を回し、水面を走り、歯車を動かした後、ぽとりと穴に吸い込まれた。消えた玉と入れ替わるように、親指の先くらいの大きさの白い旗が、しゅるしゅると音を立てて掲げられた。その旗が完全に上がりきり、紐がピンと張られると、今度はヤカンの湯が沸いたときと似た、高音の合図が鳴った。白い煙が充満し始める。空腹を刺激する匂いに、柔らかい記憶がよみがえった。

湯気の向こうで、人差し指を立てる彼がいた。

「騙されましたね!」

「・・・あぁ、見事にな。」

もはやため息をつく以外に、この状況を突破できる方法が見あたらなかった。口にすることはないが、元気で楽しそうな、いつも通りの彼の様子に、少しだけ安堵を覚えた。

「・・・これを作るために昼から籠もってたのか?」

問いかけると、

「嘘は言ってませんよ。調整していたんですから。」

だけど、連日の夜更かしは体に悪いですねと、彼は欠伸を隠すことなく、猫のように体を伸ばした。

「腹が減っては戦はできませんからね。」


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】白みがかった本体【更新】

「…最早、おまけの域を超えてるだろ。」

手元に目を落とす。持ち込まれた古本に、白みがかった薄いケースがくっついていた。中身は、本の内容をミニドラマとして映像化した作品らしく、本の表紙には著者とは別に、監督らしき立ち位置の人間の名が併記されている。”分売不可”とあるから一緒に持ってきたと、挙動不審の客は言っていた。だが、黒蝶堂では、内容を確認することができない。再生を可能とする最先端の機器そのものが無かった。

ーーそれにしても、どういうことだ?

これは本付きのDVDなのか、DVD付きの本なのか、その分類に迷う。裏返し、定価を確認する。すると、これが単なるハードカバーだけだと仮定したときとの違いが一目瞭然であった。

まさに、ケタ違いだ。

「初回特典というやつですね。」

背後から体を乗り出してきたしろが笑い、お得なんですよと、瞳を光らせた。

「…この価格はどうにもならねぇのか?」

「好事家の、気持ちの問題ですからね。」

僕、思うんです。

その前置きに、図らずも身構える。彼は人差し指を立て、続ける。

「二回目特典とか、百回目特典とか作ってもいいと思うんですよね。」

「…キリがねぇだろ。」

マニアか、オタクか、どちらを呼称とすべきかわからないが、彼らは身を削ってまでそれを揃えるのだろう。そして、飽きたらきっかけ次第で手放す。時に、必要な物だけが手に入らない条件なら、セットになっている物を購入し、分別し、不要物をゴミ箱に廃棄する手段に出る。

それほどの価値が、残された方にはある、ということだろう。他人には理解が難しくても、だ。

「いいものと思ったら、迷わず手に入れるべきですよ!」

「…そういう人間がいるから、オレ達の仕事は無くならねぇんだよ。」

前方に立ち並ぶ書棚に詰め込まれ、積み込まれた、かつての主を失った書物と、足元に所狭しと並べられた古びた雑貨類の輪郭が濃くなったような気がした。

「迷わず創り始めるべきですよ!」

「…オレは売買の位置の人間だ。」

既存物品を売って買って消費するだけの一般人だから、作り手の事情なんざ知ったことじゃねぇよと、白紙のノートを押し付けてくるしろを押し戻した。


テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】ドーナツはかり【更新】

そう、まさしく彼はこのとき振り返るべきだった。目先の恐怖ではなく、背後に忍び寄る黒く白い陰に。彼はささやかな違和感を気に留めることもなく日々を浪費し、ついぞ、その日はおとずれた。
ありふれた朝、ありふれた人混み、ありふれた格好、ありふれた思考、ありふれた感情、いつもと違う箇所を探せと言われたとしたら、思案するに違いない。

そんな日常の中で、自分が自分を失うことになるとは、ゆめゆめ想像だにしていなかった。



右から左へ、左から右へ働いていた眼球が止まり、沈黙した。点灯していた海沿いの目映い街灯が、停電によりすべて落ち、車一台通らない、暗い路地となった。彼の手元に視線をずらす。両手を繋ぐのは右端の白い切れ端が終わりを示す、指の一節程の幅である帯状の透明なテープで、胸の前で緩やかにたわんでいた。

「途切れちゃいました。」

透明の面には、油性の黒いペンによる細やかな文章が書き連ねられていた。たとえるなら、巻き尺のような形状の書物である。ただしメジャーのようにボタン一つで巻きとれる機能はついておらず、文字の裏側にはテープと同じく貼り付けるための糊が塗布されていたため、読了した箇所から順繰りに、指や手首に巻き付けていく必要があった。珍しいが、作者の意図の掴めない書物だ。

「読めなくなっちゃいました。」

話を夢中で追っていたしろは、右手に無言の白い紙という尻切れを、左手に読後の残骸を残し、がっくりと肩を落とした。

「案ずることはないわ。」

ふと、頭の上から少女の声が舞い降りてきた。次いで、その足が地上に着く。少女・ゆりはしろの前に進むと、くるりと人差し指を舞わせた。すると、彼の左手は瞬く間に自由の身となり、書物は元の形に戻った。

「時間を巻き戻したみたいですね!」

しろが、ドーナツ状になった物語を指に掛け、くるくると回せば、

「貴方が居た時間までは奪わないわ。」

ゆりは黒目がちの瞳で、じっと彼を見上げた。

「もちろん、はっきり覚えています!」

しろは人差し指を立て「はちも一度読んでみてはどうですか?」と、頭上に電灯を灯した。
その様を見、

「・・・これ、途中で終わってんだろ?」

「・・・元に戻さなくても、未完成品なら商品になりゃしねぇよ。」と息を吐く。
すると、しろは「価値は、それだけじゃないですよ!」と腕を振り、ゆりは相変わらずの涼しい表情で

「続きは、読者の中にあるわ。」

何十回でも何千回でも、巻き返す価値はあるのと、口角をあげた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】いどけいど【更新】

瞳を覗いてくる目から顔を背けると、頬を両手で挟まれ、固定された。
邪魔だと手で払ってみせると、「じっとしていてください!」と、ますますまじまじと見つめられた。「・・・いったい、なんだっての。」眉を寄せて問えば、「そうそう、そうですよ!」と、目尻を触り、左右に引っ張っていたしろは離れていき、人差し指を立てた。

「洗面所が無くなっちゃってたんですよ。」

途端、発する言葉が雲隠れした。

まさかなと思いつつ、様子を見に行ったところ、想像を絶する光景・・・という程の被害は認められなかった。まったく、大げさなやつだ。ただ洗面所へ続く廊下で途中で崩落しており、ガラスが踏みつけられ、近くに割れた洗面器が転がっていただけじゃないか。

ただ、それだけのことだ。

「ざまあみろ、人間風情が!」

待ちかまえていたのは、赤と青のゴーグルが、壊れた窓から射し込む光に照らされた少年であった。
眩しい程に歪んだ口元で、

「水がなければ、人間はこの世からすべていなくなる!」

高らかに宣言した。

彼の背後に、赤いリボンが揺れるのが見えた。



「・・・なんで、井戸掘りなんざしなきゃなんねぇんだ。」

「そこの無鉄砲で阿呆極まる、零落童子に聞いて頂戴。」

「その名で呼ぶな!」

倉庫でシャベルを見つけ、運び出してくると、燻製ハムのように縛られた少年が、縁側に転がされていた。少年は芋虫のように蠢き、牙を剥き、ゆりをぎりぎりと睨みつけている。対照的に、彼女はいつも通りの涼しい表情で、「帰りたければ、協力して頂戴。」と、彼を見下ろした。

そういえば、と思い出す。

以前出会ったとき、少年は”水に溶ける”という手品を、頼んでもいないのに披露してくれたのであった。その特技を駆使すれば、彼は水が存在していれば、どこにでも行ける、のかもしれない。
逆を言えば、水がなければ彼は逃げ場がないと同義ということになり、

「・・・つまり、帰れない?」

「協力してくれるわね?」

少しの間を置いて、カコはしぶしぶ頷いた。瞬間、縄が意志を持たされたかのように、しゅるりと解けていった。彼は膝をはたき、手首を回し立ち上がると、ポケットから何かを取り出した。

「まさか、その二本の神器は・・・!」

しろの声を演技じみているなと感じつつ、それでも目をこすらずにはいられない。
絵に描いたような、ダウジングマシーンを手に、少年は「こういうのが好きなんだろ?」と皮肉めかした。
庭をあちらこちら廻った彼は、

「場所がひずんでる。」

瞼に力を込め、「水脈がわからなくなってる」と呟いた。次いで、

「まるで誰かの性格のようだ。」

と言った途端、少年の首が歪んだ。

「・・・クワバラクワバラ、ってか。」

効果はないと知っているが、一応、唱えておいた。

桜の花びら散る、明るい世界に不自然なゆがみを残したまま、歩き回っていたカコは、「見つけた」と、一点で立ち止まった。どうせなら、首の正しい位置も見つけてくれと言いたくなる。一瞬だけ伸び上がる首に、気のせいだと目を背ける。

そして、やっとシャベルの出番、ということになった。身体全体で、地表に挑み始めた。

作業は長かった。
しかし、結局のところ、いくら掘り起こしたところで水の気配なぞ、微塵も見いだせなかった。第一、素人に井戸を作らせるという前提が間違っているのだ。それなのに力を入れて作業をしたものだから、息が上がっていた。
酸素が足りない。ぜえぜえ喘いでいると、隣から湯飲みが差し出された。

「・・・悪ぃな。」

すると、ぼんやりとした様子で、しろはあごに指を当てた。

「そういえば昔、このあたりに井戸がありましたよね。」

「「・・・どこに?!」」

しろに案内された場所には、見覚えのあるような無いような、小さな井戸らしき空間があった。カコが指を舞わせれば、古びたポンプが勝手に動き出し、汲み上げられた水が徐々に透明度を取り戻していった。

しろは微笑む。

記憶が確かでよかったです、と。

「人間もたまにはいいでしょう?」

詰め寄られたカコは、ついとそっぽを向いた。向いた方角で、座って頁をめくっていた少女と視線がかちあったようで、

「貴方は生かされているのよ。」

「理解できるかしら?」と、ゆりは首を傾け、挑発するように彼を見やった。
案の定、煽られたカコは額に青筋を浮かべる。

「この性悪少女風風情が!」

彼は再度、指を舞わせた。
汲み上げたばかりの水が、数十本の鉄砲水となって飛び交い始める。

暖かくなってきたとは言え、まだ春先は寒い。突然降りかかってきた冷水で、身をもって思い知ることになった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】雨音の予測【更新】

「「おねがいがあるんですけど。」」

頭上でハウリングした両者の声に、バネの効いた新品の、塩ビ製のハンマーではたかれたような衝撃を受けた。睡魔で、半分意識が飛んでいたようだ。着物の彼女は懐に供物をしまいこんだ。

「傘ね。」

「…何の話だ?」

「ありがとうございます!」

話をするなら、自分を間に挟まないでもらいたい。別に、話の輪の「環」になれない、もしくは、してもらえないからと言って、拗ねて、惨めな気分に陥るような歳でもない。だが、なぜ「傘」なのか?外は堂内とは対照的な、さわやかな春の風が吹いている、ように見える。外に出る予定もないのだから、今すぐ必要なものでもないだろう。余計な疑問を増やしやがってと、机に肘をついた。

その思考に辿り着いたタイミングとほぼ同時に、黒蝶堂の黒電話が鳴った。
しろは空色の傘を携え、配達に出掛けた。

彼が出掛けてすぐ、入れ替わるように向かいの弁当屋の主人がやってきた。「新作メニューについて、相談に乗って欲しい」と、柔らかな笑みを浮かべる。「残念ながら、しろは外出したところなんス」と応えれば、そうでしたかと、目を細めた。そして2.3の世間話を交わした後、主人はアーケードをはさんで反対側、自らの店頭の客人に気づき、回覧板を半ば押し付けるようにして、走って帰って行った。

パラパラと読んだ回覧板に、急ぎの用が挟まっていた。渡しに行こうと、席を立つ。その帰り道、道ゆく高齢女性の荷物持ちを頼まれ、終えた瞬間、黒猫がよぎり、驚いて落とした財布をくわえて持って行かれ、追いかければ狭い路地に導かれ、後ろ暗そうな人間たちの喧嘩現場に遭遇し、今から殴り合いをするからその証人になってくれと懇願され、断れる雰囲気でもなく、しかし面倒ごとはごめんだと途中で隙を見て抜け出し、だが、案の定追い掛けられ、駅のホームへ追い詰められ、流れてきた電車に飛び乗り、振り切ったと上がる息を抑え、胸を撫で下ろす。そこで財布がないことに気がつき、さぁと血の気が引いた。どこかにないかと体を探れば、偶然にも、上着のポケットに、最寄り駅への乗車賃きっかりの小銭が音を立てた。次の駅で降り、とぼとぼと線路沿いを歩いて帰る。落とした財布にはいくらも入っていなかったが、取り戻さなければならない。だが、どこにあるのかわからない物を探す労力が惜しい。要は、面倒くさい。悶々と考えつつ歩いていると、鼻先に冷たい感触が走った。まさか、と遠くを見やった時、白い線は次々と空から落ち始めた。再度駆け出し、近くの商店の軒先に入る。はぁ、とため息を吐くが、雨足は強くなる一方だ。

どうするか、これから。

金もないし傘もない。

当然、携帯電話も、持っていない。

困ったなと、足元を弾く雫に目をやれば、出来上がった水たまりに、見覚えのある彼が映った。

「あれ、こんなところでなにを?」

「…お前こそ、なんでここに?」

あまりの偶然に、言葉が見つからなかった。水面越しに話しかければ、彼は「色々あって、ここに着いたんですよ」と、人差し指を立てた。これ、はちのですよねと白い彼が取り出したのは、探していた厚みのない財布であった。

「ゆりちゃんて、本当にすごいですね。」

僕のお願いも、それに対する答えも全て予測できちゃうんですよ。
楽しげに語るしろに、肩をすくめて見せる。

「…信じられねぇって意味なら、お前も同程度だぜ?」

いや、この現象事態がか。
雨粒を弾き飛ばす空色の傘が、くるくると回った。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】L判の水晶【更新】

「…ちょっと、こっちにこい。」

首を傾げ寄ってきた肩を叩き中腰にさせ、反対側に向かせると、歪んでいたシャツ襟を正した。押しやった背中に直ったぜと投げれば、青い彼は間髪おかず、奥間の方向へ駆け出して行った。

嫌な予感が、眉根を寄らせる。

間も無く、上擦った声が耳に飛び込んできた。

「おじいちゃん、聞いてください!」

青い背中は、仏間で弧を描いていた。仏壇には、祖父の白黒写真が飾られている。いつ撮り、いつ並べたのか覚えていないその写真を前に、「はちは立派に成長しましたよ!」と、自らのカラーを指し示し、見せつけているかのようであった。

「お前は、オレの親か!」

予感は的中するんだなと、非科学的な思考に肩を竦めつつ、突っ込まざるを得なかった。
振り返った瞳は、至極澄み切っていて、目が水晶を持つことを強く思い知らされるほどである。目を上下させ、口を引き結んで顎に指をかける彼である。彼の考えが、少しだけ理解できてしまった。ゆえに、フォローの次句を口にする。

「…勿論冗談だぜ?」

「聞いてくださいおじいちゃん!」

しまった。
自分の思考速度は、彼の舌を捉えることができなかった。

「はちは少しだけ、ジョークを言えるようになりました!」

写真を引き寄せ、L判の視界が向けられる方向に広がるかと信じているのか、写真をこちらに向けた彼は、指を指してきた。

「子どもの成長っていくつになっても嬉しいですね。」喜々として話しかけ、微笑むしろに、

「…同い年なのにガキ扱いしてんじゃねえよ。」

第一、報告したところで届くわけがねぇだろと、口が歪むのを感じた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】血色の遮断【更新】

「本を読む権利が人にあるなら、読まれる側にも権利がある!」

シュプレヒコールが繰り返され、鉢巻きを巻いた軍服の男が力強く拳を突き上げてきた。胸の勲章たちが怪しく光る。背後に控えるは、代表者を盛り立てる二等兵の部下たちで、彼らは同様の鉢巻きと、形状の違う軍服をまとっていた。

「・・・白昼夢か」

額を小突く。が、本体の自分には届かなかったようだ。手首を返し頁を閉じようとすると、彼らは一糸乱れぬ動作で、合間に銃剣を挟み、遮断を遮った。隙間から顔を覗かせるトップとおぼしき男の目は、ぎらぎらと血走っている。這い出て来た、手袋で覆われた彼の手が上下に空を切れば、自らの横っ面、髪の毛の束が舞い上がり、散っていくのを感じた。

彼らは、口々に言う。

「共通の敵が存在すれば、他人は身内となる。」

「我々は仲間を見捨てない。」

「敵は、君たちすべてだ。」

「ここに開戦を宣言する。」

抗議する声は一つのデモと化し、耳を痛めつけてくる。耳の穴に指を入れても、その声はとどまらない。少しだけくぐもった音の世界で

「そもそも、てめぇらの主張は”抗議”として成立していないだろ?」

と、彼らへ抗議したくなる気持ちが、ふつふつと沸き始める。だが大抵の場合、内心を素直に吐露したところで受け入れられることは少なく、感情には、相手に得心を与えるような服を着させなければならない。ぐっとこらえ、珍獣の寝姿を観察するような気分で衣服を選ぶ。

「・・・最初から、認めねぇなんて言ってねぇだろ。」

権利を自慢したいのなら、好きなだけ叫べばいい。既に所持しているのだから、必要ならば、一筆書いてやってもいいとの、過剰とすら思える提案は、唾ごと飲み込んだ。

机上の代表者が一歩進み出て、手持ちの書類を引き伸ばした。上部には、”契約書”の文字がある。

「権利を行使することが当たり前になって、私逹の努力が忘れられるおそれがある。」

「・・・ならそれを、”権利書”に書き換えて、文字にして並べればいいじゃねぇか。」

はちは合点を得る。

あぁこれは、そういう書物だった。

ようやく本体の自分が覚醒し始めたのだと知り、安堵の気持ちに包まれた。
呼応するように、二等兵の誰かが、小さく息を吐き、かみしめるように言葉を紡ぎ出す。

「我々を認識できる人間を育てるべきか。」

途端、彼らは煙が空に溶けるように、隊列ごとに順序立てて見えなくなっていった。
今度こそ書物を閉じ、上から抑え、全体重をかけ、バンドを巻いて鍵をかけた。

また妙なものを遺してくれたものだと、壁に残されたつまようじの先ほどの小さな銃痕に、冷や汗が流れた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】ことばかず【更新】

外は春の雨だ。昼間であるが、ただでさえ薄暗い黒蝶堂に電気を灯す。在庫を確認するため、席を立った。記憶にある棚へ移動する。しかし、目当ての商品は見当たらない。

「失った言葉は、未来永劫消滅する。」

ふっと、頭上から声が降ってきた。
見上げると、小さな靴裏が揺れていた。

「・・・ここにあった本を知らねぇか?」

投げかければ、黒目がちの瞳が降ってきた。

「貴方は、必ず見つけるわ。」

はちはため息を吐く。どうやら、彼女の”未来予測”が始まっているらしい。信じられねぇけどなと、こめかみを押さえる。

理解はできない。
だが、彼女の予言が外れたことは、今まで一度もないのであった。

地上に降りてきた彼女に、堂長席の書物を示す。彼女は再度「失った言葉は、未来永劫消滅する。」と平坦に告げた。はちは首を捻る。

はて、どこかで聞いた・・・もとい、見たような言葉であるのだが。

「さっきまで読んでいたじゃないですか。」

どこからともなく、同居人のしろが現れた。彼の人差し指を立てる姿を見た途端、思考と記憶が結びついた。そうだ。

彼女が口にしたのはいずれも、先程まで目を通し、在庫を探そうと思い立った、平凡でノスタルジックな物語の中で用いられていた。現実に打ちのめされた主人公を、空往く鳥が叱咤するシーンの台詞だ。
その後どうなったのかは記憶にない。

「・・・同じ文が、著者も時代も違う作品内で被るってことは、稀にある話だろ。」

「そうね。」

少女は黒髪を揺らす。じっと見つめられると、逃げられなくなるような、引力を感じる瞳だ。彼女は続ける。

「貴方が知っているのは、この作品でだけ。ほかには368の書物で使われているわ。」

「さ、さんびゃくろくじゅうはち・・・?」

「それらの文章を読み解いた人数は、今日に限って言えば・・・」

頬を痙攣させるはちに対し、まったくの無表情で彼女は予測をする。
その小さな体が、突然、大きく揺すられた。

「そんなことまで、わかるんですか?」

彼女の隣でまばゆく笑むしろは、彼女の肩に手を載せ、瞳を正面から見据えた。奥にある扉の鍵穴を観察し、合い鍵を作り出そうとしているかのような食い入りっぷりであった。遠慮のない彼に、少女は続ける。

「未来を読むことは、そういうことよ。」

「・・・わけがわかんねぇよ。出鱈目だろ。」

期待に満ちた輝く瞳を前に、少女の瞳は知的に輝く。その様子に、はちの瞳は更に平たく細まった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】背中合わせの隣人【更新】

しろとの冷戦が勃発したのは、少し前のことだ。

思い返せば、「ポップ広告なるものを作ってみましょう!」とのしろの提案に賛同したのがきっかけだ。
黒蝶堂に並ぶ書物には、値札もなければ帯もない。出会いを「偶然」という形にこだわって来堂する客人たちに、商品たちは自分をアピールすることもなく、人見知りの子どものように黙って書棚に収まっているだけだ。だから気の利いた指針があれば、興味を覚えてくれる可能性が高くなる。

・・・という、大型書店ではとうの昔から採用されている商売戦術をやってみようという話になった。

面倒だが、売り上げが伸びるかもしれない。その妥協点で、とりあえず数冊を試してみようとなった。
だが、うまくはいかなかった。彼と目的は同じであったが、手段は全く違ったからだ。そして、お互いが譲らずに、いつものように口論になった。

ため息をつき、堂長席に積み上がった書物を見上げる。量だけは十分で、選択肢は多い。無作為に選んだ作品を、食指の動きそうな言葉で宣伝しなければならない。センスの必要な作業だなと、今度は引き出しを開ける。
そこには裏表紙に畳まれた原稿用紙の束が貼り付けられた、一冊の本がある。
先ほどのやりとりがよみがえった。

「・・・元の作品よりも、長くなってんじゃねぇか。」

「少しの言葉じゃ、全然語り尽くせないんですよ。」

「・・・それは、ポップ広告とは違うんじゃねぇのか?」

このやりとりが何故、あんな口論になったのか、過去の自分を思い返すも要因がわからない。
気を取り直して、目の前の作品に挑むこととした。

黒蝶堂で取り扱っているとしても、「作品についてすぐに思い出せるか?」と問われれば、答えはNOである。ぺらぺらとめくって、言葉を探っていく。センセーショナルすぎず、かつ、人の目を引く文句を。
だが、めくれどめくれど、記憶の中からその本についての欠片を見つけることができない。仕方がないと、最初から流し読みをするつもりで1ページ目を開いた。冒頭の言葉が、暴投の直球となって腹部にめりこんだ。

「他人は変わりません。」

「・・・そうだな。」

異論はない。浮かぶ隣人の顔に、「変化なし」「ただし、変人である」の注意書きを書き添えた。1枚進む。目を疑った。

「ずっと一緒にいるのなら話は別ですが。」

「・・・雲行きが怪しいな。」

同意は、すぐに撤回された。

そもそも「他人」という呼称は、自分たちには相応しくないのかもしれない。実際の距離なら、ずいぶん前の段階から、手を伸ばせば殴りあえるほどの間隔で推移している。しかし、彼と自分とを「同じだ」と感じたことが今までの経験上、極端に少ない。彼とは、もしかしたら、初めて店に来てくれた客よりも「わかりあえない」のかもしれない。どちらもお互いに左右されず、我が儘なまま年を重ねてきた。むしろ違いを認識することで、自分を見つけてきたと言っても言い過ぎではない。

「・・・って、どういう意味だよ。」

自分の考察に、うすら笑いが出た。
外見と行動と言葉と思考回路のどれをとっても、やはり、類似しているなとは思えない。思考を止め、集中することにする。

著者の主張を簡単に拾い上げる。
人間は環境によって影響を受け、その人らしさを作っていく。仮にそれが2人だとしたら、同様の経験を経ることによって、ベストだと思われる道を共有し、その標識に従ってお互いに歩み寄る。すると、一つの細い路地が形作られる。それが正しいかどうかは、そこを歩く者が相互に保証しあうことになり、それが地獄への道だとしても、お互いが牽制しあっているため、歩き出したら方向転換は難しい、と言うことらしい。

「許しましょう、相手を。」

そんな言葉で、すっきりとまとめられた本を閉じ、表紙を拭いた。次いでボールペンと用紙を片づけ、残りの書物を腕に載せた。

「・・・重要事項が常時太字になってたら、こんな本も読むのが楽になるのによ。」

そう言うと、”ポップ広告の作り方と魅せ方”という、色あせた背表紙の隣に、それらをすべて並べた。

幅広の空を飛びゆく隣人でも、探しに行こう。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】清算の青【更新】

「化けの皮を剥いでやる。」

相対する少女は、握る札に皺を寄せた。静かで青い怒りの気配に、顔色を変えない妖怪が得物を構えた。柄の先の巨大な三日月が鈍く光る。火花が散り、異形と戦っていた少女の頬に、木の枝で細く赤が走る。それでもひるむことなく猛進し、見事、妖怪の額に除霊の札を貼ることに成功した。
異形は樹木の近くに倒れ込んだ。まだ油断はできない。じりじりと、距離を詰める。退治に成功すれば、今までの苦悩の刻がすべて清算される、という訳ではない。それでも、「これで終わりにする」という強い決意は、こんこんとわき出る泉のように終わりがなく、逃げようともしない妖怪を前に、舌なめずりすら相応しい程の昂揚を引き出した。

万事上手くいくはずだった。
だが、彼女は、虚を突かれた。次いで、後頭部を突かれた。
”札を面ごと”剥ぎ捨てた妖怪は、首を左右に鳴らし、次いで、踵を鳴らした。

「成仏させるのは、あたしの仕事じゃないんだぞ。」

被り物の下より現れた”少女”は言うとすぐ、調子のずれた鼻歌を歌いながら、自称退魔師を麻縄で縛り始めた。気を失っているからか、彼女の体は外見以上の質量を帯びている。太巻きの完成したところで、深見ヶ原墓地の中央広場にぞんざいに転がした。

異形と騒がれるのは、これが最初ではない。
「もうずいぶん前から、ここで遊んでいるんだぞ。」と、視線は少女を見下ろしたままに呟いた。

後始末は、堂長に頼むか。
彼女は手持ちの卒塔婆を背負い、思案する。頼りないが、先代の面影のある眼鏡の若者だ。彼の輪郭を思い描いていたところ、

「もう来ているわ。」

樹木の裏側から、書物を片手に広げた彼女が現れた。



少女は瞼をふるわせ、ゆるゆると目覚めた。年代物の空を、書棚の柱が支えている。記憶にない天井だ。

そして悟る。右腕で、顔の上半分を覆った。

最後の力を振り絞り、妖怪の心臓に一突きすれば、仕事は完遂のはずだった。ぐったりと動かなくなった妖怪を見下ろす自分の姿が、水彩絵の具を溶かした水のように歪む。後悔の味は覚えているのに、情景がはっきりと思い出せず、もやもやとした気持ちが残る。

「最近、夢見が悪いんでしょう?」

ふと、遠くから声がした。声は続く。

「たとえば空へ落ちる夢とか、事故に遭う夢とか、親友が死ぬ夢とか。」

どことなく弾むような声音は、内容の割に悪意を感じさせない。少女は、答えることができなかった。指先までが柔いしびれを帯び、動かせなかった。

「・・・父親のせいだと思っているんだろ?」

今度は、近くから声がした。

「どうして、それを?」

口を動かしたくても、やはり叶わない。そうだ、大切な札はどこにいったのだろう。あれがあれば、いつかは勝利を、そして地続きの平和を得られる。無ければとても不安で、夜も眠れないだろう。

焼けるような喉が、少しだけ潤ってきた。大きな声は出せない。唇を噛み、一息で言う。

「死神を退治しに、墓場に行ったのに。」

「・・・あの場所にはいねぇよ。」

平坦な声はすれど、姿は見えない。そして、自分は見抜かれている。

もしやここが、死後の世界なのかもしれない。あのとき自分は、本当の意味で負けたのかもしれない。

だとしたら、自分には探さなければならない人間がいる。

少女は立ち上がると、強い眼差しと共に、彼を探すため店を出ていった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】杏仁豆腐の飛び降り台【更新】

世の中のある程度のことは既に知り尽くされていて、それに対応するための書物も出版されている。今更、門外漢の素人が、なにを考えても意味がない。だとすれば、何事も、専門家に任せるのが一番の対処法だということは異論を挟む余地はない。だから、目の前でビルから飛び降りようとしている人間がいたとしても、警察に任せるのが一番の選択、ということになる。

だが、問題は飛び降りようとしている場所にある。黒蝶堂の屋上の縁に人物がいて、それに対峙するのは自分だけというシチュエーションにおいて、はたして警察を頼れるのかどうか。当該当者に全くの見覚えがないとしても、自分の家から飛び降りられると、気分が悪いと言うものだ。

青白い顔で、唐突な演説は始まる。

「人には体と心がある。」

あたりを観察する。近隣の建物の屋根を伝って黒蝶堂に辿り着いたのだろう。ご苦労なことだと、テレビ越しの視聴者のように思う。

「体が丈夫でも、心が死んだのなら、呼吸はただの苦行だ。」

「・・・ちょっと待て、話せば分かる。早まるんじゃねぇよ。」

どこかで聞き覚えのある言葉を口にしてみる。しかし、人物はうっとりと瞳を細め、靴を脱いで踵を揃え、言葉を継ぐ。

「でも、僕は嬉しい。だって、自分の手で自分を終わらせることが出来るんだから。」

人物の背後には、杏仁豆腐を濁らせたような空があるだけだ。柵はない。両腕を横一杯に広げて体を揺らす様から、制止の声は届いていないのだろう。惑える足取りで、縁をなぞっていく。もはや実力行使かと、足を一歩前に進めると、「邪魔すんな!」と、鬼のような形相と共に、身のすくむような怒号が飛んできた。冷や汗が頬と背中を伝う。なにも考えられない。口の端を目の下まで引き上げた、見知らぬ志願者を留める言葉など、持ち合わせがなかった。

そのとき、あぁこれは本当にドラマだったのだ、と思いこませてくれる光景が広がった。

人の額に穴が開いた。遅れて耳に追いついた、宙を切り刻む弾道の破裂音と、赤い液体の噴出が、ほぼ同時に知覚された。鮮やかな液体が、眼鏡から手の甲から足先までおしみなく降り注いできたが、指先一つ、動かせない。影はただの物体になり、音もなく外側の世界へ落ちていった。

「じゃかしいわっ!がたがたがたがたがたがたとっ!」

青筋を浮かべた彼に視線を送れたのは、その声がひどい存在感を持ち、背中を押さえつけてきたからだ。その手袋をした手には、黒光りする短筒が煙を噴いている。煙を観察していると不思議と心が落ち着き、我を取り戻すことができた。事態をのみこもうとする。だが、いくら挑戦しても息苦しい思いは消えない。反対に、食べたばかりの昼食が喉元までこみ上げてきた。掌を口にあてると、鮮やかな赤が付着していることに、ようやく理解が追いつく。吐き気をおさえ、すくむ足を引きずる。見なければならない。彼のしでかした結果を見つめなければならない。強い意思が、足を動かしていた。脳が混乱していたのだろう。縁まで到達し、戸惑う暇なく地上を見下ろす。

すると、眼下の白い彼と目があった。

「はい!大丈夫ですよ。」

彼の近くには、どこから取り出してきたのだろう、巨大な競技用のトランポリンが設置されていた。その中央付近で、額に穴を開けられた人間が横たわっている。疲れ切った体を、スプリングの効いたベッドに深く沈めているかのようにも見えた。
しろは手を振り、朗らかに笑う。

「大丈夫、生きてますよ。まだ。」

そこで、今度こそ本当に、すべてを悟った。

これほど大がかりで、信じられない演出が出来るのは、身近にはたった一人しかいない。

腰を抜かし、へたりこんで呟く。

「・・・勘弁してくれよ。」

死のうと生きようと個人の裁量の範囲なのだから、どちらをどこの誰が選ぼうと関心はない。だが、場所だけは口出しさせてほしい。

「志望者でも、死亡者でも構わないわ。」

彼女は、音もなく鬼の隣に現れた。黒蝶堂の憑者とのたまう演出家の少女は、共演者の鬼を切れ長の瞳で見上げた。

「志願者の脳裏に、最期に過ぎった景色を見たわ。」

説得できる要素ではあるわと、恬淡と述べる。鬼は、

「私は、個々の人間がどうなろうと関係がないっ!」

こめかみに青筋を浮かべて、そっぽを向いた。彼らを、ただ呆然と見つめる。銃口を覗く瞳は、金の輝きを放っている。彼は、どことなく黒蝶堂を目の敵にしているようであるから、ボランティアでここに来たわけではないだろう。彼女の”なにかしらの予測”との交換という対価をもって、この舞台に上がってきたとしか考えられない。

「あとは任せたわよ、堂長。」

「・・・面倒くせぇんだよな。」

身に降りかかってきた赤に鼻を近づける。予想通りだ。鮮血なんかじゃない。どこにでもある、赤黒いインクに違いない。サイレンは未だ、耳に届いてこない。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】しろくろえんせん【更新】

「こっち側しか持ってねぇんだよ。」

「それは、ちょうどよかったです!」

黒い彼は、両サイドにプラグが縫いつけられている黒いコードを白い彼に見せた。すると白い彼は、両サイドにコンセントの板が縫いつけられている白いコードを黒い彼に見せた。プラグを手にした白い彼が、自らの板のどちらにもそれを繋ぐ。2本のコードは1個の円となった。円は宙に浮かび、遠くの白地の床の片隅に降りたった。

彼らは作業を続ける。

黙々と円を作り続け、どれくらいの時間が経った頃だろうか。
あるとき、白い彼がコードの山から引っ張り出した物体に、黒い彼は眉をひそめた。
それは、コンセントの形状が縦に・・・でなく、横並びで二重の線の走るタイプであった。黒い彼は、「こんなもんがあったのか」と、眼鏡越しの目を近づけ、しげしげと観察する。手元にあるコードのプラグとは、どれも一致しそうになかった。「・・・困ったな」と頭を悩ませていたところ、白い彼の「できました!」との声に、顔を向けた。彼の手には、形を歪められ、拡張させられたコンセントがあった。既存のプラグにとって高さは必要以上のようだが、幅はちょうどよいようで、なんとか円を形作ることができた。

今度は、プラグに問題があった。
積み重なったコードの山から引き抜いたプラグは、反対側が三つ叉になっていた。「三つには出来ないですよ、ここにある道具では。」と、白い彼が顎に指をかける。プラグの角をへし折るか、コンセントに穴を開けられれば事なきを得るのだが、彼の言うとおり、この空間に相応の道具は存在していなかった。

あれこれと案を出しては却下してを繰り返していると、黒い彼の耳が、遠くからの声を拾った。「うちの犬が見つけてきたんだぞ。こういうのはおまえたちの管轄だろう?」袴姿の赤紫の少女は走ってやってくるや、黒い彼の鼓膜を破らんばかりの声で言った。その手には、三穴のコンセントの束があった。彼らは感謝の意を述べ、より大きな円を作った。

白地の床面が、無数の円で覆われた。最後のスペースを埋めると、彼らはコードの上に寝転がった。疲労感が指先まで詰まり、立つのもままならなかった。黒い彼が瞼を閉じると、今は亡き祖父の微笑む姿があった。

横になっていた彼らが足音に気が付いたのは、それからしばらくしてのことだ。影のような群衆が、こちらの床に足を踏み入れた。皆が黒い服を纏い、表情は見えない。黒い彼は、沈黙の群衆を警戒心に富んだ瞳で睨む。白い彼は、沈黙の群衆を蒼い瞳で眩しそうに細めた。

黒い彼は計算する。

群衆を相手に、持たせればいいのか、持つのを待つか、はたまた強引に手を伸ばすか。少なくとも、このまま放っておいていいはずがない。根拠はないが、おぼろげに思う。夢の中の祖父の顔が、ちらついて離れない。細くても長くても、途切れることのないようなコードが、この空間にはあるはずだ。白い床は、さらに広がった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】氷の真相【更新】

「これはもう、裁判しかないですよ!」

「・・・どこにそんな予算があるんだ?」

朝方、同居人の絶叫で目覚めた黒川はちは、たいそう不機嫌であった。洗面所で水を浴びているときも、背後で騒いでいるし、自室で着替えた後、朝食を摂っている間、黒蝶堂のカーテンを開けるときに至ってまで、彼の怒りは収まることを知らなかった。小規模な噴火が、継続して発生するような感情の発露の仕方である。

堂長席に座ったはちの前で、彼は机に手を突き、声高に主張した。

「ぼくのアイスを食べたのは、はちしか考えられないです。」

「・・・この時期にアイスなんざ、食うわけがねぇだろうが。」

「炬燵にアイスは、至高の一品ですよ!」

「それは、自称変温動物が言う台詞か?」

はちは深いため息を吐いた。床に滞留し、靴下まで汚れそうな程、質量のある呼気である。

「・・・第三者に理解してもらおうなんざ、みじんも思わねぇけどよ。」

裁判でたとえるなら、氷菓を食べた人物について、原告のしろと被告のはちが争っている、という図式になる。欠如しているものについて、しろは続ける。

「裁判長はゆりちゃんです。全てを知り尽くした僕らの女神ですよ。」

お互い立ち上がり、詰め寄って口論していた彼らの間にすっと割り込んだのは、赤いリボンを揺らした少女であった。音もなく現れた彼女は、「報酬はちょこれーとでいいわ」と告げた。さあ、どちらから始めるかしらとの合図に、先に反応したのははちである。

「・・・本当のことなんざ、証明できねぇだろ。」

立証されるのは、正式な妥協点がこの世には存在するってことだけだと、被告は諦観する。そんな彼に対し、裁判長はその黒目がちの目を向け、

「真実は、権力者や時間によって溶かされるわ。」

残滓を繋いで過去とするのは、昔から繰り返されてきたことだから、貴方が嘆く必要はないわと、涼やかに声を鳴らした。被告は首筋を撫ぜる。

「・・・オレは人の物を奪ってまで、空腹を満たそうとは思わねぇよ。」

それに、貧乏は今に始まったことじゃねぇしなと、肩をすくめる。
すると、

「そうね、貴方が犯人だということね。」

「そうだ、まさにオレが犯人だ・・・って。」

唐突に振り下ろされた”正義の判決”に、被告は動揺を隠せなかった。

こいつ、オレの話を聞いていたのか?
耳を疑い、左右に振っていた首を止め、伏していた瞳を彼女に寄せた。

少女の手には、とある会社のロゴが大きく載った板チョコが3枚載せられていた。さらに積み重ねるのは、他でもない原告であった。自分で自分を擁護するしかない被告は、あまりの現実に声を上げる。

「その金でアイスを買えばいいだろうが!」

裁判じゃねぇよこんなのは!と、つっこまざるを得ないはちは、しろに指を突きつけた。
原告、もとい白い青年は、指を左右に揺らした。「知っていますか?」と前置きして、彼は言う。

「真実は時に、お金で買えちゃうんです。」

覚えていた方がいいかも知れませんねと、悪戯めかして笑った。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】水の薬桶【更新】

「立ち上がって目的地へ向かいましょう!」

「だから、無理だって言ってんだろうが!」

堂長席の黒川はちは、首を斜めに歪める。安物の靴を脱ぎ、椅子を引いて足首を腿に引き上げる。左足の甲を靴下越しに右の掌で握り、元の位置に戻そうと力を込める。だが、捻れた親指は他の指の下から離れていこうとしない。手間取っていると、指は太い枝のように堅くなった。指の根から中央部の土踏まずまで続く神経がぴんと張りつめ、再度位置を変えようとすると、今度は激しい痛みを伴った。

悶えていたはちの背後から、白い頭が飛び出したのは、なんらかの理由で発症した症状に悪戦苦闘し始めてどれほど経過した頃だろうか。
白い青年は、「水分不足が原因らしいですよ!」と、人差し指を立て、すぐに彼の腕を掴んだ。

「頭から水をかぶれば、万事解決です!」

台所か洗面所に行きましょうと、進行方向を指さした。

「・・・だから、痛くて立てねぇんだよ。」

両手を使って指を押し戻していたはちは、「持ってきてくれればいいだろうが」と、ふくらはぎまで伝染した痛みをこらえつつ、しろを見やった。
すると、しろはその目をキラリと輝かせ

「はちを運ぶより、水瓶を運べってことですね。」

「はちが攣れば、桶屋が儲かりますね」と、笑った。
序でに、はちの足を指先で突いた。

ますます痛みが増し、涙目になったはちであったが、

「・・・水瓶でも桶でもいいから、治す方法があるならやってみるしかねぇだろ。」

確かどっちも、どっかにあったはずだと、低く呻いた。すでに痛みは、痺れに変化しつつある。一早く苦境から脱し、元の生活に戻りたい。たったそれだけのことが、彼の脳に願望として焼き付いて離れやしなかった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

【小話】みせかけの赤色【更新】

「・・・今日はエイプリルフールだな。」

「それは、嘘ですね。」

「・・・嘘じゃねぇよ。事実だろ。」

黒川はちは新年度を迎えたらしい、白黒の無機質な卓上カレンダーを指さした。4月の初日は、1年に1度、嘘をいっても許される日・・・だったかと、自問自答する。この日以外で嘘を言ったことがないという人間も、そうそういないだろうが。

相対する青年は自らの顔を両手で覆う。

「信じませんよ、僕は。」

彼は、声をこもらせた。指の隙間から、蒼い瞳がはちを捉えては逸らされた。

先制を仕掛けたつもりであったはちは、内心やられたと呻いている。
昨夜布団に入っていたときのこと、彼のために用意されているような今日のイベントに、彼が乗じて一騒ぎ起こす前の段階で、さらっと世間話をするように話を流せば、騒ぎの出鼻をくじくことが出来ると思いついたのだ。

だが、動き出した針は逆さまには進んでくれやしない。

「嘘だろ!お前は昨日から、そわそわ落ち着かねぇ感じだったじゃねぇか!」

「嘘ですよ!それこそ、今日のために準備してきた布石というやつですよ!」

「嘘だろ!いつも突発的なお前が、用意周到な仕込みをするわけがねぇよ!」

「嘘ですよ!普段の僕は今日のために、そういう風に振舞っていたんです!」

はちは、ため息を吐いた。
気が付いたら、彼のペースに巻き込まれていて、気が付いたら、イベントに飲み込まれている自分がいる。

その後も、あれやこれやと衝突しては、嘘談義が続いた。
嘘も誠もまぜこぜになり、いつも以上に実りのないやりとりが続くものだから、はちは疲れ果てていた。

「・・・真実は変わらねぇのに、同じ物を見て違うことを思うから、意固地になって主張するんだろ。」

答えがわかってるのに言い争うなんざ、面倒以外の何物でもねぇなと、肩をすくめる。
すると、

「見えている物だけが真実とは、限らないんですよ。」

得意げなしろの細い指が、窓辺より射し込む夕日に照らされた机を指した。今朝方確認した、シンプルなカレンダーがある。はちはそこで初めて、引っかかりを覚えた違和感の正体を掴むことになった。

「月も日も曜日も、今年と全く同じです。」

未来の予定表はどこにも売られてませんでしたから、ゆりちゃんと協力して作りましたと、人差し指を立てる笑顔には、一点の曇りもない。

「・・・手の込んだことを、しやがってよ。」

そういや昨日まで、席にカレンダーなんざ置いてなかったじゃねぇかと、はちは自分の目を両手でこすった。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中