【小話】赤いメッセージ【更新】

ーーオレが、悪かったのだろうか?

銀色に鋭く光るナイフとフォークを構えた同居人の青い瞳に見下ろされ、頬の筋肉が痙攣する音を聞いている。時計を見る。叶わぬ願いだが、5分前に戻りたい。

夏季と比べ、夕暮れの時刻が目に見えて早くなったこのごろ、ただでさえ黒蝶堂を訪れる客は少ないというのに、暗くなるのが早くなってしまえば、客足はますます遠のく。そんな嘆かわしい現実に包囲されたと気づくと同時、腹の虫がうるさく鳴り始めた。今夜の夕食はなんだろうかと推測し始めると、ますます腹が減った。

十数年来の定位置に腰を下ろし、息を深く吐いた。いつもの茶碗と、吸い物が並べられた食卓に運ばれてきたのは、堂に置いている「深海魚図録」と同じくらいの直径の、縁に濃い緑色の装飾が入った丸皿であった。中央には肉の塊(小)が、表面をあぶった程度に焼かれた状態で鎮座している。なんと珍しい。肉など、いつ以来だろうか。

「さぁ、召し上がれ!」

手を合わせ、ナイフとフォークをかっさらうように取り、目的物へ一直線。湯気の立つそれにフォークを刺し、ナイフで切り込み、口に入れる・・・

・・・寸前。

「ちょっと待って下さい、はち!」

「ちょっとも、待てねぇっての!」

「ちゃんと見てくれましたか!?」

「ちゃんとって、一体何の話だ?」

フォークの切っ先で待機させてしまっている肉が、赤いソースを滴らせる。一秒でも早く胃に収めたいと思うのに、正面の青年に手首を掴まれ、肉との距離を縮めることができない。彼の青い瞳にじっと見据えられる。

「ぼくからのメッセージですよ!」

ほら、ここに書いてあったでしょう?
細い指が指す先には、パレット上で溶かされた絵の具のような、引き伸ばされた色があった。先ほど、ソースを肉で拭った痕跡だ。

「・・・いや、見てねぇな。」

「ならば実力行使ですね。」

眼前に、満面の笑みが広がった。彼は自らのフォークとナイフを手にとり立ち上がった。じりじりと距離を詰めてくるから、尻をつけたまま、あとずさりをして距離を取る。汗が頬を伝う。背中が、冷たい壁にあたる。視線の高度が上がるとともに、顎先が、徐々にひきあげられる。

「観念するが、よろしいですよ。」

彼は食器をクロスさせ、高い音を鳴らした。

そうだ。まず、気がつくべきだった。食卓に肉が出た時点で、これはおかしいと、なにか意図があるのかもしれない、と。

だが、今更後悔してももう遅い。

彼からのメッセージを予測するには、手持ちの時間が足りない。背中に迫る壁が、退路を断っている。白旗を揚げるには十分すぎる状況に、フォークの先の肉を口へと放った。これが、最後の晩餐ってか。存外、あっけなく終わってしまうんだな。美味かったとだけ、唱えておこう。

【了】



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【小話】黒蝶堂過去高校小話欠片【更新】

粘りと言えば聞こえはいいが、端的に称せば最後の悪足掻きだ。過去数年に渡り、繰り返してきたことに「・・・もういい、すっぱり諦めよう。」と、鉛筆を置こうとするも、結局、タイムリミットを報せるチャイムが鳴るまで頭を悩ませてしまう。ごく稀に思い出せることもあるから、やめられないのかもしれない。プリントを回収する段階になって、不意に空白を埋める語句が降ってきた時は、自分を呪いたくもある。呪いなど、存在するはずがないのだが。

”一般的な高校生の生活リズム”というものは知らないが、自分は規則正しい生活をしている方であろう。深夜零時など未知の時間帯であった。であるのに、昨夜はそれを越えて机にかじり付いていた。苦手な分野だが、赤点だけは避けなければならない。慣れない夜更かしに、朝から頭はぼんやりと、視界は不明瞭である。先ほどからがくがくと船をこいでいることは知っているが、オールを漕ぐ手は止まらない。首が外れそうになるほど揺れたちょうどそのとき、額に弾丸が飛んできた。目が醒める。遅れて教室の茶色い床に転がったのは、欠けた白いチョークであった。

「・・・なんてベタな。」

口に出さず、視線だけを送る。生徒たちを監視する教員が腕を組んでいて、こちらを見てはいなかった。教壇の上、透明なケースの中で、色とりどりのチョークが背を並べているが、端に一本分の空席があることが全てを物語っている。教職が天職だったのだろう。

ぴりぴりとした雰囲気の教室内で、隣の空気がゆっくりと動いた。手を添えられたのんきな声が、すぐ近くで囁かれる。

「あくびをして眠るまでの記録が最速ですよ。」

「・・・うるせぇよ。真面目に試験を受けろ。」

小声で注意を喚起する。昨夜、「僕、一度見たものは二度と忘れないんですよね」と、試験勉強を早々に切り上げ、机に突っ伏し眠りに落ちた同居人が、手元のストップウォッチを向けてきた。2分42秒。謎の記録を目で確認した。同時に、教室がざわつき始めた。いったい、どうしたというのか?彼らの動きを後方より観察すれば、視線の先の黒板に、先ほどまではなかった数値が刻まれていた。透明なケースには、背の低い白いチョークが復帰している。余裕で試験を突破しようとする裏切り者が、「みなさんにも記録を知ってほしいんです」と、左手の白く汚れた人差し指を立てた。

あっという間に、睡魔は飛んでいった。

「わけがわかんねぇっての!」

「・・・黒川、今は何の時間だ?」

気がつけば、教室中の静かな瞳に打ち抜かれていた。
試験中に席を立ち、叫ぶ愚か者に同情の余地はない。

「・・・試験中、っス。」

「後で職員室に来い。」

もはや腹をくくるしかない。教員の視線から逃れた隙に、くすくすと笑う彼の机の脚を蹴飛ばした。再度叱責されようが、もう、どうでもよい。手元の空白があざ笑ってくるような気がするが、埋められないからといって、今後の人生にどんな意味があるというのか。やぶれかぶれ、なげやり、開き直り。冷静な自分からの結構な評価に、うすら笑みすら出てきてしまう。真面目にやっているのに報われないのなら、平凡な自分に為すすべはない。そんな詮無いことを思い、今度は直に隣人の足を蹴ると、案の定、再度チョークが飛んできて、鼻の頭に直撃した。骨の部分に当たり、チョークが二つに割れた。眼鏡が割れなくてよかったなと、揺れる視野に思う。

「激突するまで、12秒ジャストですよ!」

昨夜、「はちとだと、はかどるんですよね。」と寝言を言った彼は、タイマー片手にガッツポーズを取った。思わず深いため息が出る。
放課後の職員室からいったい、何分で帰還できるのだろうか?考えるだけで、窓の外、晴れ渡っているはずの秋空が雲って見えるようだった。

【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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