【小話】うらがえしのしかえし【更新】

夕食の時刻は、人間たちの都合に関係なく訪れる。

本日の食卓に並ぶのは、白米と3人分の箸だけだ。

真ん中には、絵の描かれた名刺サイズのパネルが数枚重ねられている。そして、その絵の主のしろは、先ほどから無言の紙芝居を続けている。手には実寸大のおかずの絵画が、写真と見まがうほど立体的に描かれていて、次々とめくられては、箸を伸ばしそうになる程に食欲をそそられる。

だが、それは叶わない。
現在進行形で、しろとは喧嘩をしているからだ。

冷戦が始まり数分後、痺れた足裏がなにかしらの角でおさえられた。うめき声が喉奥から漏れるが、下手人はこちらの異常事態には目もくれない。足裏を押さえていた書物を顔の横に寄せ、片側の頬を隠すようにして彼女は耳打ちしてきた。

「仲直りして頂戴。」

「・・・なんでオレが。」

「不穏な未来しか、到来しないわ。」

「・・・不穏って、具体的にはなんだ?」

少女は、じっと目を凝らす。その瞳が、赤く染まっている。

「お米が紙粘土、おかずが絵の具、お箸が絵筆になる未来よ。」

未来予測なんざ、存在するはずがねぇ。
そう心で唱えるが、その予測された未来は、この同居人ならやってのけるレベルの挙動だ。これまでの経験則が、その可能性を否定しきれないでいる。

口の中で、言葉がぐるぐると渦を巻く。思考が深まるにつれ、舌先が乾いてくる。
そして、

「・・・しろ、オレが悪かった。」

最低限の唇の動きで、降参の意を示した。無言でイラストをめくる白い彼に声をかけると、彼の青い瞳がきらりと光った。彼は最後のパネルを左にずらし、ゆっくりと床に置いた。

まるで手品のようだ。

裏返したパネルから、温かな湯気の立つ、3人前の鳥の唐揚げが盛られた白いプレートが出現したのだ。

「わかればよいのですよ、はち。」

にこりと笑ったしろは、付け合わせの野菜の皿を付け加え、あっという間に立派な食卓を作り上げた。

【了】


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【小話】気分転換の角度【更新】

「はち、どうかしたんですか?」

呼吸が、止まった。まさか、悟られたのか?

絡まった感情の塊を、余計にこんがらがらせることの多い彼だが、ごく稀に、その塊をほどく方向へ、言動が偏ることがある。空になった珈琲カップを人知れず満たす、老舗喫茶店のマスターの所作を思い出して欲しい。

「…なんでも、ねぇけど。」

つんとすました少女が書棚の上で本をめくる音が落ちてくる。

「わかっちゃいますよ。」

はちは単純ですからね。考えてることも悩んでることも、手に取るようにわかります。

言葉が喉で詰まった。普段ならば、バカバカしいと鼻で笑うところであるのに。やはり、自分でも把握していないところで調子が悪いのかもしれない。そして、いつもよりも鋭い同居人に、無性に腹が立った。湯呑みを傾ければ、温かな緑茶が冷えた舌を温めた。

「気分転換なんて、30度でも変われば十分ですよ。」

にこりと笑う同居人の頭上、

「温度は88℃、完璧ね。」

にこりともしない少女は、赤い瞳を注いできた。

【了】






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【小話】とりあえず世界を救ってみようじゃないか【更新】

つま先に触ったのは、白黒テレビが常識だった時代に始まった、少女向けアニメーションの玩具であった。拾い上げたしろが振ると、調子外れではあるが高音の、軽やかなフレーズが流れた。

「今も昔も、魔法使いは、まず形から入っていくんですね。」

「・・・見てくれが変わっても、中身は変わってねぇんだろ?」

変身することに何の意味があるのだろうかと、堂長席のはちは首をひねる。対して、杖を器用に回転させたしろは、人差し指を振り、「甘いですよ、はち。」と目を細めた。

「さっきまでの自分とはひと味違いますよって、伝えるためです!」

「・・・これから倒す敵キャラのために、わざわざご苦労なことだな。」

「貴方も変身したら、気持ちが分かるんじゃないかしら?」

女児用の玩具を中心にあれこれと語る成人男性のつむじを見下ろした少女は、冷たく細く笑って指を宙に舞わせた。

【了】


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【小話】はやるかわ【更新】

右手の甲、人差し指と中指、中指と薬指の付け根から手首にかけて、2筋の川が流れていた。流行病ですかね?と、左手を電灯にかざして裏返すしろは首を傾げる。彼の手にも同様に、2筋の川がさやさやと音を立てている。紺碧と深緑が、彼の青い瞳に反射する。対して自分の川は、濃い橙と明るい緑だ。今朝方、「大変ですよ、はち!」の声で気づかされてから一通り驚き、騒いだ後である。今更これがなんなのかを考えるつもりはない。考えても答えが見あたらないことを、現在進行形で痛感しているからだ。

「・・・痛くもねぇし、かゆくもねぇな。」

「その台詞は、殴られた人専用ですよ。」

塗りたてのペンキのように発色が良く、薄まることはない。一定の幅を保ったまま、支流を作ることなく流れている。血管でもなければ、ただの絵でもない。原因及び解決策を知っているだろう物知りな少女を探したが、今日に限って、書棚の上から姿を消している。どこで油を売ってるんだろうかと、肘を突くとため息が一つこぼれた。

【了】


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【小話】コツコツカツカツサイクル【更新】

堂長席に帳簿を開いたまま、両手を首の後ろで組んで、天を仰ぐ。ちらりと収支の欄を見やって、また逸らす。「これ、売上高のゼロが足りませんね。」と、どこかの誰かが印鑑と通帳片手に、訂正してやくれないだろうか。

「生活がカツカツの“カツカツ”って、何が由来なんですかね?」

ふと、キラキラ光る瞳が上から降ってきた。窓から入り込んでくる微風が、前髪をさらさらと揺らしている。問いかけられた質問の答えを有しているだろう、堂内に並んだ古めかしい辞書たちをめくる気にはならない。

「…オレ達には、うだうだしてる暇もねぇってか。」

「誰かさんが、こちらに来ている音かもしれません。」

軽やかなステップを踏んだしろは、靴裏で床板を鳴らした。

「…意味が違うだろ。それに、誰かさんって誰だよ?」

ほら、あちらに。

しろの指さす方向へ視線をやれば、にこにこと、愛想のよい効果音を立てた人々が、ガラス戸の向こうに群れを作っていた。彼らの目が、一様に言っている。『黒蝶堂さん、そろそろ。』

「…嘆願すれば、ギリギリ命だけは助けてもらえるかもな。」

「チクチク夜なべして作った白旗が、ついに役立ちますね!」

キリキリ痛む頭に、ぐりぐりとペンの尻を押し付ける。ドクドクと脈打つ心臓は、まだまだ止まりそうにない。畳の上で眠るように息絶えるその日まで、高々とそびえる山を黙々と登らなければならない。生きるってのは、ほとほと難儀なことだ。深々とため息を吐くも、帳簿上の数字は、冷え冷えとした現実を突きつけてくるばかりであった。

【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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