【小話】黒蝶堂の年末【更新】

「本を買い取ってほしい。定価以上に。」

古書店では、たとえば絶版、たとえば出版禁止など、本としての憂き目にあった条件の書物を持ち込まれた場合、それを付加価値として評価し、相応の対価を払って、書棚に並べることがある。とある古書店店主は、その類の書籍を目の当たりにすると、目を輝かせ、涎を光らせ、恍惚の表情を浮かべることさえあるらしい。ところで、歴史は古いが、店主が代替わりしたばかりの古書店ではどうだろうか。これは、そんな古書店・黒蝶堂での話である。

「・・・定価以上に、ねぇ。」

持ち込み早々客から請願されると、身構えるなと言う方が無理な話だと、黒川はちは内心ため息をついた。自分は未だ、駆け出しも駆け出しの古書店店主で、古書に関する知識はおろか、文芸作品にもさしたる興味を示せない。そんな自分が黒蝶堂の堂長を担当しているなんざ、3年前の自分なら想像すらできなかっただろう。はちは自嘲気味に、客には知れない程度に口角をあげた。
彼は、「とりあえず、持ち込みの書物を堂長席に広げてみてほしい」と、客に依頼した。

一冊ごとに落丁や、汚れ具合、出版年月日等々をあらためる。なるほどな、とはちは息を抜いた。”想定通り”、高価な物はない。堂長の一挙手一投足に息をのむ客を後目に、はちは堂長席の引き出しを開け、ペンを走らせた。一つ注釈を加えるとするならば、"ペンはページを走っていない"。それでもそのページを、興味深げかつ不安げな瞳で見つめていた客の眼に示し、

「・・・うちでできるのは、これくらいっスかね?」と、一冊ごとの買い取り価格と合計金額を伝えた。

まもなく堂長席の古びたレジスターが、ぎぎぎと音を鳴らした。

「これで、お正月が迎えられるよ。」

客はふくらんだ封筒をジャンパーの内ポケットにしまいこみ、深呼吸をして、「ありがとうございました!」と頭を下げて、黒蝶堂を後にした。
その後ろ姿を見送ったはちは、慣れない愛想笑いをやめ、

「・・・うちは慈善事業じゃねぇぞ?」

と、眉根を寄せ、椅子に深々と沈んだ。

「貴方に、言われるまでもないわ。」

彼のぼやきに応じたのは、書棚上の少女・ゆりである。「黒蝶堂の憑者」を名乗り、店に居着いている幼い外見の彼女が、実質的な黒蝶堂の指導者、と言っても過言ではない。書棚の上で分厚い書物を繰っては、重たそうな睫をはためかせる。かの客が来るのは、彼女の予測通りで、すなわち、はちは事前に知っていた。何をか?”すべてを”だ。客の来堂時刻も、持ち込んだ書籍のタイトルも、冊数も、痛み具合も、客の発言さえ、すべてを知っていた。彼女の能力のおかげで、レジスターに入れておくべき札束の量も把握が可能であったのだ。それでもはちは、彼女の”未来予測”とも言うべき能力を疑っている。こんなことがあるはずがないと、いくども思い、心で強く否定している。

再度、黒蝶堂の扉が開いた。厳冬のすさぶ風が、堂内を駆けていく。

「ご機嫌な人とすれ違っちゃいました!」

まさに人生の春!って感じでスキップしてましたよと堂に入ってきたのは、黒川はちの同居人である氷山しろである。

「・・・こっちは家計が冬だってのに。お気楽なもんだな。」

年の瀬だってのに、年が越せるのかって不安になってきたなと、はちは肩をすくめた。

「もしかしたら、お返しがあるかもですよ。」

しろは、右手の人差し指を立て、青い瞳を細めた。

「ほら、猿蟹合戦みたいな!」

「・・・そりゃ、かさ地蔵だろ。」

逆襲されてたまるかっての。それに、この資本主義の世界で、金と商品の取引でけりがついたんだから、更にお返ししてもらえるなんざ、そんなうまい話があるわけがねぇだろと、はちは矢継ぎ早に、しろの気楽すぎる願望じみた妄想を否定した。対するしろは、両腕に下げた大量の正月料理用の材料を「安く手に入りましたから!」と見せびらかしながら、

「うちには、未来予測のゆりちゃんがいるんですよ。」

と、期待を込めた瞳で書棚の上を見つめた。
すると見つめられた彼女は書棚の上からふわりと床に降り立った。猫のような瞳をわずかに細め、彼ら人間たちを見渡し、

「貴方たちの、今年の行い次第ね。」

と、堂長席に置かれた、買い取ったばかりの書物を手に取った。

【了】


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【小話】平和の鏡【更新】

「事件が起きなければ、死ぬのは誰だ?」

一つ問おう、堂長よと、ベレー帽に髭をたくわえた男は、堂長席でうたた寝をしていた黒川はちに投げかけた。

「…事件が起きなけりゃ、世界は平和っスよ。」

「実は解は2つ。君に、この謎が解けるかな?」

――この男、人の意見を聞かないタイプだな。

もしくは、自分の結論に同調してほしい人間がほしいのか。どちらにせよ、相手側になった人間のできることは、問う人間の「鏡」になることくらいだろう。

ならば冒頭に戻ろう。

ベレー帽の男は、数十年前に流行った推理小説作家の作品に目を通している。顎に指をかける様は、その小説に登場する探偵そのものの仕草である。はちは腕を組み、椅子に深々と沈み込んだ。鼻から少しずつ息を抜けば、髭の男は堂長席に近寄ってきて、不敵に微笑んだ。

「君には、難しい話だったかな?」

「…手掛かりがあれば、もう少しは考えられるんスけど。」

「凡人でも考えようとするところは、評価に値するね。」

はちは、ため息を喉奥で押しとどめた。

そう、既にお分かりだとは思うが。

考えている“ふり”の提示が彼には必要だとはちは結論付けた。椅子に沈み込み腕を組む動作は、かの小説に登場する探偵の助手に見られる描写であったはずだと、はちは遠い記憶を呼び覚まし、実際に真似して見せたのだ。

気持ちよく書物を購入してもらうには、売り手側の多少の演技も要する。

そう値踏みをした上での慣れない仕草をしたはちだったのだが、客人は書物を書棚に戻し、「私がまたここにやってくるか、君はどう思う?」との言葉を残し、黒蝶堂を後にしたのであった。

「…本が売れなけりゃ、くたばるのは誰だ?」

【了】

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【小話】書割の背表紙【更新】

背中を丸めて堂内に足を踏み入れた黒川はちは、外界との境界線である扉にかけられたカーテンを左右に開いた。ガラス越しの外は灰色がかった寒々しい世界で、その扉も開いてやろうという気にはまったくならない。あくびを一つし、踵を返す。その視界の端に、見覚えのないものが引っかかった。雑多な堂内でもそこだけが目立つように丸印でもされているのか、本棚に並ぶ背表紙の真ん中に、それは存在していた。

「…なんで、こんなとこに部屋ができてるんだ?」

黒川はちは、誰に問うでもなく口を開いた。そこにはノブがあった。堂内には間仕切りが少なく、ほかの部屋はない。であるがそのノブは、茶けたハードカバーの背表紙から生えるように突き出ており、その周囲はいつも通り、ジャンルの境界を越えた書物が並んでいた。単にノブらしき物体が背表紙にくっついているだけなのだろう。おおよそ、厄介な同居人の仕業に違いない。黒川はちは、ため息を一つ吐くと、そのノブに手を伸ばした。

ノブはゆっくりと、時計回りに回った。そして、「扉」は開いた。
訝しげに警戒しつつも一歩進んだ黒川はちは、ガタガタと唸る天を見上げた。その隙ほんの数秒、すぐに無数の埃が立ちのぼり、宙に舞った埃が地に落ちる頃には、辺りは書物の海となり、沈黙に包まれた。

「大丈夫ですか、はち?」

腕を引かれた黒川はちは、声の主のしろに目を覆った。

「背景ですよ!」

漫画っぽいでしょう?と言うしろは、後光を背負って立っていた。

「…眩しいっての。」

背後にフラッシュを焚いていたしろを横に押しやりつつ、はちは書物の海から這い出た。するとしろは、雨模様のついたてをはちの背後に運んだ。「お似合いです」と笑う彼は次いで、同時に「よいしょ」と太字で書かれたプレートを前方に置いた。ズボンについた汚れを手で払いながら立ち上がったはちは、鼻を働かせた。

「…美術室の匂いがするな。」

「懐かしいですよね!」

周囲を見渡してみると、ノブは、確かにそこにあった。だがしろ曰く、書棚の絵画にノブをくっつけたように見える仕上げにした、とのことで要するに、ただの書割であるらしい。書物が落ちてきたのは、日ごろの片付けの成果、といったところだろうなと、はちは自嘲気味に顔を歪めた。さっそく片づけなければと、書物を一冊拾い上げたとき、鼓膜をつきやぶるような銃声が聞こえた。

「…は?」

はちがそちらに目をやれば、ガラス戸を激しく叩く赤い手があった。唖然とするはちをしり目に、すぐに黒蝶堂の扉は開かれた。堂内に転がり込んだ小柄な人影はすぐさま立ち上がり、書棚の合間を駆け抜け、はちとしろの前に姿を見せた。その頬から上半身から膝から爪先からは、べっとりと赤い何かで染まっていた。彼もしくは彼女は一直線に、例のノブに手をかけ、それを回すと、背景であるはずの絵画の向こうに消えていった。扉は勢いよく閉じられた。

「堂長っ!」

間もなく、眼光鋭い男が黒蝶堂の敷居を跨いだ。黒手袋に短筒が握られ、細い白煙が銃口から立ち上っている。

「ここがにおうな。間違いない。」

靴裏をカツカツと鳴らした軍服の男は、ズカズカと黒蝶堂に入り込み、書棚の上からガラクタ達の下まで、鼻をひくつかせて歩き回った。

「…あぁ、美術室の匂いだろ。」

はちには軍服の彼・鬼桐に良い思い出が無い。彼の視線に、どことなく敵意のようなものを感じるのは最初に出会った頃とまったく変わっていない。だが、その手に握られた得物を前に、彼に逆らうことは出来無い。それが本物であるということは、認めたくない事実の一つでもあった。茶化すつもりではなかったのだが、はちの言葉に振り返った鬼桐の頬には、見事なまでの青筋が浮かんでいた。

「騙し通せるとでも思ったかっ!?」

そういう意味不明な例示は、内輪だけにしとけ!と、鋭い黄色を帯びる瞳で貫かれ、はちは沈黙するしかなかった。

それからすぐに彼は、例のノブの前に立った。銀色に光っていたノブは、今は少しだけ、褐色に汚れている。逃亡者が汚していった跡だと、はちは唾をのんだ。鬼桐が短筒を左に持ち替え、右手でノブを回す。そして一気に、ドアをこじ開けんばかりに引いた。

そして、鬼桐は呟いた。

「…ゆり嬢の領域ってわけか。」

はちとしろが彼の背中越しに奥を覗き込めば、そこは書棚が行く手を阻んでおり、背表紙についたノブだけが、鬼桐の掌に残っていた。彼はそれを放り投げ、くわえ煙草の煙をふかすと、短筒をホルダーに戻した。そして堂長を一瞥すると、さらに舌打ちを重ねて黒蝶堂を後にした。

「そうね、ただの絵具ね。」

放られたノブの落下点、書棚の上の少女・ゆりはノブを検め、堂長たちの前に舞い降りた。

【了】


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【小話】とあるばあさんのかこばなし【更新】

このおばばがまだ、死んだ爺さんと出会う前の話を聞きたいなんて、あんたも仕事とは言え難儀だねぇ。え?前置きはいいから、早く本題に入れ?ヤダヤダ、最近の若い子はせっかちで。ハイハイ、承知致しましたよ。
あれは父さんに頼まれて、親戚の家に荷物を届けに行った朝のことでね。夜のうちからの雪が路傍やら草叢の半ばやらに残っていて、荷物を小脇に抱えた私は、滑らんように氷の鏡をピョンピョン飛び越えて駆けていったのさ。実家も親戚の家も、もう今は姿を消しちゃったけどね、子どもの足でも、そんなに離れちゃなかったはずだ。こうみえても、記憶には自信があるんだよ。でもまぁ、どんなとこにも子どもってのは特別を見つけたがるもんでね、私も多分に漏れず、鋏が紙をサッと切るように、あえて音を立てるように踏ん張って、全体重をかけて草っ原に切り込んだわけだ。要は、大人の知らない道を通る自分が誇らしかったんだね。
私は、藪の向こう側に背丈の高い木々で覆われたトンネルがあることを知っていた。いつも綺麗な色を見せるそのトンネルだったけど、その日は特段に美しかった。枝に氷柱が下がって、小高い霜の丘の上をゆっくりと歩いて行って、吐く息は真っ白で。辺りは人どころか何かの呼吸の気配すらなくて、まさに白と黒の世界だったってわけだ。私は親戚の家の方角に向かってスキップしていった。鼻歌交じりに、足裏でサクサクと氷が砕けるのを楽しみながら。するとトンネルの中腹あたりだったかな、木々の合間に落ちていた、赤く光るなにかを見つけたんだ。ぴたりと足を止めて、目をじっと凝らしたよ。大きさも色も烏瓜ぐらいだったけど、キラキラと光っていたから、ただの木の実じゃないことはすぐにわかった。つま先がすぐにそっちを向いて、体を横にして木と木の合間に体を入れて、斜め下に右手を伸ばした。だけど、あと少しのところで指の先が届かない。空を切る手首がもどかしくて、私は全体重を前方にかけたんだ。どうなったと思う?そう、ご明察。私の体は木と木の合間からするりと抜けてしまって、トンネルから弾き出された。冷たい急勾配の霜の丘をゴロゴロと転がり落ちた。藪の下で止まったころには、左手に抱えていた荷物の箱がぐしゃぐしゃにつぶれていて、私は息をのんだ。右手に掴んだ赤い塊は、掌の中でぐちゃぐちゃにつぶれていて、箱から飛び出していたのは父さんが肌身離さず大切にしていた懐中時計で、その表面にひびが大きく入っていたんだから。涙がぼろぼろと零れて、嗚咽が止まらなかった。壊してはいけないものを、自分の手ですべて壊してしまったんだと直感的に悟った。怒られることも、ここがばれてしまうことも、どちらも恐ろしく感じた。私は、涙なんて枯れないんだなと思うくらいに、わんわんと泣いた。

「永遠に煩いな。」

どれくらい泣いた後だったろう。何もなかった空間から、突然声が湧いて出たんだ。驚くだろう?何もないところから、機嫌の悪さを少しも隠していない子どもが、白い世界を裂くように現れた。驚きすぎて、言葉を失い、溢れて止まらなかった涙が一瞬、引っ込んだんだ。

「これが直れば、黙るのか?」

子どもは同い年くらいの、小柄な少年だったよ。派手なゴーグルを額にのせて、唇を尖らせていたのをよく覚えている。彼の手には時計があって、私は焦って、「返してよ!」と叫んだ。だけど、彼はそれを返してはくれなかった。ただ肩を竦めるだけで、今思えば、その仕草は私の友達には誰もするもののいない、大人びた所作だったね。私を指さした彼は、顎を振って視線を送ってきた。目を凝らすとそこには小さな湖があって、その畔には湯気らしきものが立ち上っていた。「汚いから、洗えば?」そう言うと彼は、こちらに背中を向けて座り込んでしまった。汚い?私は掌や膝を見て、そこで初めて、自分が泥と血にまみれていることを知ったんだ。私は半信半疑、おそるおそる湖に近づいて行った。手を浸ければ傷口には沁みたけど、ちょうどよい温度で、膝を洗ったときにタイツが破れていることに気が付いた。涙のあとがひどかった顔を洗って、ポケットから母さんに持たされたハンケチを取り出して、丁寧に拭いた。その時には気分はだいぶ、落ち着いてきていたね。あらかた清めた後、彼のいた場所に戻ると、彼の姿はもうそこには無かった。代わりに、そこには家を出発したときと同じ包みの荷物が置いてあったの。開いてみると、父さんの大切な懐中時計がこちこちと音を立てていた。表面は割れてなくて、元通りになっていた。これは妙だねと顔を上げた私は、トンネルの入り口に座り込んでいた。いったい何が起こったのか、まったくわからなかった。それからすぐに、村中の好奇の視線を一身に浴びることになったのさ。私は警察に保護という名の収容をされて、いろんな検査や聴取とやらを受けた。気が付いたのは、空気のにおいが変わっていたことだ。変わったカレンダーだなと思っていたら、今何年かわかるかいと問われてね。和暦で答えたら、それはずいぶん前に終わりを迎えた年号だよと諭された。父さんも母さんも迎えに来てくれなくて、若い警察官の話をうのみにすれば、村人で私のことを知っている人はどこにもいなかったんだと。時計を渡すはずだった親戚の家も住人すらいなくなっていたらしくてね。要は、タイムスリップみたいなことが起きたのかしら?って、あとから冷静になって思えるようにはなったけれど、当時は混乱が混乱を呼んで、ずいぶんと苦しい思いをしたわ。
…あら、話が飛躍しすぎちゃった?貴方、難しい顔をしているわよ。話したいことは話すけれど、うまく伝える技術がないものだから、貴方がうまくまとめてくれると嬉しいわ。だって、起承転結を考えるのが貴方の仕事なんでしょう?あら、違ったの。まぁいいわ。その時の懐中時計を見たいのね。わかったわ。さぁ、こちらへどうぞ。

【了】

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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