スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【小話】本日こそは仕事日和【更新】

 青に白の電飾が目に優しくない。辺りは腕を組んで歩くカップルや、肩を組んで騒ぐ若者グループ、脳内ではこの後の計画を組み立てているのだろう、軽やかな足取りで通り過ぎるスーツの群れやらで混雑している。書棚に並べた、『一生に一度は行きたい世界の名所シリーズ』の写真集が思い出される。この喧噪が写真集に載るとしたら、『できれば遠慮させて頂きたい雑踏ベスト三』には入るだろう。消し飛んでほしいとまでは思わない。こんなにも世間の幸せ幸せ幸せムードが色濃く漂っていると感じる日は、一年を通してそれほどない。寒空の下、輝く人々の横顔を眺めているだけで、心が寒くなる。掌を自分の呼気で温めることに戸惑いを感じて、上着のポケットに手を突っ込んだ。

「……一体誰だ。こんな日に、こんな所に呼び出しやがって。」

 一番怪しいと踏んでいたしろは、炬燵でよだれを垂らして眠っていた。次に黒幕度の高いゆりは、カタカナの行事に興味はないのか、いつも通り、書棚の上で本を読んでいた。「寒くねぇのか」と尋ねても、「私は黒蝶堂の憑者だから」と答えるばかりで、会話を噛み合わせようという気が微塵もうかがえない。「面白いことなど、この世に一つもないのだけれど、あなたは何か知ってる?」とでも言いたげな表情だった。眺めていても頁をめくる以外は変化のない彼女に指摘され、約束の時間が近づいていたことに気が付いた。慌ててマフラーを巻き、上着を羽織って出てきた。だからコートの下は、いつもの仕事着だ。
 それから一時間半が経とうとしている。一週間前、ポストに投函されていた一枚のメモに従って、今日という日にここに居る。待ち人は来ているが、呼び出し人はこない。客観的に見れば、そんな感じか。白い息を吐く。すると隣から、似たような呼吸が聞こえた。ちらりと視線をやる。そこにはダッフルコートにニット帽にマフラーに手袋にブーツと、フル装備の年若い男が立っていて、冷気で頬を赤く染めていた。なんとなく親近感を覚えていると、目が合ってしまった。訪れた沈黙が息苦しく、慣れない愛想笑いを浮かべてみる。すると、彼もぎこちない会釈を返してきた。ここはひとつ、世間話でもした方がいいのか?しかし初めて会った人間に一体何の話題を提供すればいいんだ?こんなことで悩むくらいなら、しろでも連れてくるんだった。ぐるぐるぐるぐると思考が回っていくのがわかる。すると彼が「寒いですね」と話しかけてきた。

「……確かに、寒いっスね。」

「僕なんて今日のために張り切って色々と新調してきちゃったから、懐も寒くって。」

 なるほど。彼の重装備が景色から浮いて見えるのは、そういう訳だったのか。なんとなくではあるが、顔と馴染んでいない印象を受ける。そう、「お店の人に勧められるがまま買っちゃって」との、彼の言葉通りだ。

「……大変っスね。」

話をするよりも、話を合わせる方が吉か。助かったと、胸をなでおろす。彼は眉尻を下げて言う。

「自然な感じで来いって言われたんですけど、何が自然なのかわからなくって。先輩の仕事の手伝いなんですけどね。」

「仕事なんスか?」

「失礼のない服で来いよ、って言われてて」

「……大変っスね。」

「二度目ですよ、それ。」

彼は先程よりも自然に顔を綻ばせた。実直な、田舎の青年然とした笑みだ。「今、自然っスよ」と指摘してみれば、「そうですか!嬉しいな」と、今度は悪童のようにヒヒヒっと笑った。「そろそろ時間だ。行かなくちゃ」と、彼は駅の大時計を見上げて言った。

「ところでお兄さん。何か欲しいものはないですか?」

「話し相手になってくれたお礼に」と、彼はテレビで見るホストのように、空中にハートが生み出せそうなウインクをかましてきた。
「……いや、そんな別に」「今夜の仕事がうまくいくように、願掛けの意味も込めて」「んな急に言われても」申し出はありがたく、待たせては悪いとはわかっていながらも、咄嗟には思いつかない。

「じゃあ決まったら、これを軒下に掛けてください。」

彼は買ったばかりと言っていたニットの帽子を脱ぎ、

「必ず行くよ。必ず決めてね。」

雪に凍った路面を恐れるそぶりもなく、後ろ手を振りながら走り去っていった。

 「……どういうことだよ。」

 自分の手元には、目深にかぶらされた帽子が残った。


途中、怪しげな客引きに遭いそうになりながらも、もう少し待つかと粘っていたら、横からスネを蹴られた。

「痛ぇ!」

「いつまでこんなところに居るつもりなんですか?」

そこには数時間前、炬燵で眠っていた同居人が居た。

「……仕事の話だったら悪いだろ。」

「今日こんな時間まで仕事をするのは、世界中でもサンタさんだけですよ。」

「……お前は少しくらい、世界の経済事情を勉強した方がいいと思うぜ?」

「あれ?その帽子どうしたんですか?」

出かけるときはかぶってませんでしたよねと、彼は帽子を自分の頭にかぶせた。「いい毛糸を使ってますね」と素材についてコメントしている。質がいいものはいいですねと、わかったように頷いた。
その時、

「ねぇ。」

背後から呼びかけられ、その冷たい声に背筋が冷えた。

「ゆり、来てたのか。」

振り返ると、もう一人の同居人が立っていた。外で彼女の姿を見るのは珍しい。童女の着物姿は普段なら目立つが、今日に限っては行事特有の浮つき具合に紛れ、悪目立ちも見世物じみてもいないようだ。ただ、膝小僧が寒そうではある。しろがくしゃみを一つ、周囲が振り返るくらい盛大にした。

「帰るわよ。」

「……帰るか。」

自分を呼び出したあのメモは何だったのか。少しだけ考えて、くしゃみが出た。なぜか、体が冷えていることに疎くなっていたようだ。温かい珈琲でも飲みたい気分だ。帽子のことは後で、こいつらに相談してみよう。

【了】

スポンサーサイト
説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。