はこの話

【はこの話】

「この暗い世の中を変革するには、若者達の笑顔が必要なんだよ。笑い声を聞けば、人はたちまち元気になれる。」

「一体何に使うんスか?」

黒蝶堂にふらりとやってきた一人の男。
黒いコートに身を包んでおり、帽子を深くかぶっている為、表情はともかく年齢さえも不詳の、いかにも怪しげな男だ。

堂長席の前に進んだ男は、はちに声をかけるや否や、すらすらと語り始めていた。



そして話は中盤に突入した頃合いである。



「君もよく耳にしているはずだ。加工され、いたるところに流用され続けているのは、君と同年代の若者たちの声さ。」

はちは眉をひそめた。
思い当たる節がいくつか。ただ、それは推測の域を出ない。
だがそれを確認するほどの労力が、はちには惜しかった。

「悪くない話だろう。君達は何のリスクも無い。私が声を蒐集して、欲している業界に提供する。もちろん、君達には相応の代価を支払うよ。」

「相応の代価?」

言うまでも無く黒蝶堂は財政難である。
目の前にちらつかされた金銭の話題に、はちの胸は悔しくも高鳴った。

「見てもらった方がわかるだろう。」

というと、男は赤い箱を取り出した。

「そこの白い青年、ちょっと笑ってみてくれ。」

奥間で昼食の準備をしていたしろは、ふいに声をかけられながらも

「こう、ですか?」

にこっと笑顔を作った。

「声を出してもらってもいいかな?」

しろははちを戸惑いの表情で見たが、すぐに自然な笑い声をあげた。
すると、ぴぴっと機械音が鳴った。

「ほう、82segか。素晴らしい。堂長さん、あんたもいいかい?」

「おもしろくねぇのに笑えと言われても。」

「物は試しだ。」

はちは押しに屈し、乾いた笑いを発した。

「0.5seg…か。」

声音に明らかな苦笑を浮かべた男に、はちは更に眉を寄せた。

「それをどうするんですか?」

箱の側面に表示された数値を指差し、しろは問うた。

「箱一つ当たり100seg溜まったら、出荷するんだ。内容量に応じて、欲しがる機関も異なるから、人数や質を、取引の時に掲示しているんだ。」

「なるほど。」

「で、報酬はいくらなんだ?」

はちは机に肘をつく。
すっかりご機嫌斜めになってしまったようだ。

「売却価格に準じている。あとは、segの大きさで配分する。」

「segってのは?」

「笑いの単位だよ。声質・声量その他の要素の平均から算出している。もちろん、数値の高い方が、上質な笑いってわけだ。」

「よくわかんねぇな。」

「堂長さんのようなお人には、こちらがお勧めだ。」

と言って、商売人の男が取り出したるは、青い箱。

「こっちは驚異を蒐集する箱だ。他にも、落胆の茶、悲鳴の黄なんてのも揃えてる。御望みの物があるならお答えするぜ。」


流水のようにすらすらと歌い文句を繰り出す男は、机上にずらりと箱を並べ、
片目を出して、はちに迫った。

その眼はギラリと、鋭い光を放っていた。

「どうだい堂長さん。悪い話じゃないはずだ。多くの若者が、この事業に協力している。手軽に金になるし、費用はゼロ。こんなにおいしい話はそうそうないぞ。」

男の気迫に押されつつも、はちは一息つき、

「遠慮しておく。」

きっぱりと、断った。


「そうか、興味があれば、また連絡してくれ。」

男はあっけないほどすんなりと身を引き、抑揚の無い声を零した。
そして、胸元から出した連絡先の書かれた紙を机に置き、黒蝶堂を後にした。

「『うまい話』には、必ず裏があるもんだ。」

男が堂を出ていったのを見送ると、はちは背伸びを一つし、傍らの用紙を拾い上げた。

「『情報統括統合操作処理センター営業部』…ね。」



「誰が統括してるのでしょうね。」

一部始終を聞いていたゆりが、本棚の上で呟いた。

「どっかの偉ぇ人じゃねぇの?存じねぇな。」

「大衆人類の終焉は、すぐそこに迫っているのかもしれないわね。」

ゆりは微かに笑った。

「何を大げさな。」

こめかみを押さえ、はちは口元をゆがめた。

用紙を引き出しにしまい、奥間に進み襖を開くと、ちょうど、歓声が響いたところだった。
表示されるテロップと、お決まりのタイミングで響く効果音。
先に奥間へ戻っていたしろはその向かいに座り、騒がしい箱の中とは対照的に、ぼんやりとそれを見つめていた。

しろがはちの気配に気づき、

「もう昼食の支度が出来ますよ!」

振り返って朗らかな顔で、人差し指を立てた。



はちは溜息をつきながらも、

「お前は空気は読めねぇが、それに呑まれる事も無ぇんだな。」

安堵の表情を浮かべた。

しろは、珍しいはちの様子を怪訝そうに一瞥し、

「失礼です!僕だって空気の一つや二つ、軽く読めますよ!はちに言われたくないです!」

唇を尖らせ、反論した。


少々の間が、辺りを支配した。




そして戦いの火ぶたが、切って落とされてしまった。

「そういうところが、読めてねぇってんだ!どうみてもオレは今、良い事言ったろうが!『僕らは大人になってしまったんですよ』位言えねぇのか!」

「はちまでそうやって思考を操作しようって言うんですか!?僕は流されませんよ。僕には僕なりの考え方があるんですから!」



二人が取っ組み合いの喧嘩をし始め、ゆりに正義の鉄槌を下されるまでは、さほど時間を要さなかった。


「自我の強度は認めるわ。次は譲歩を覚えて頂戴!」


彼女の瞳は、強い光を放っていた。
正座をさせられた二人は、ただただ、頷くしかなかった。




【了】
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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