おひがんの話 8


すっかり暗くなってしまったが、月光が明るいために足元は確かだ。
枯れてしまった花を見つけては、指先で元気を与え、線香を立てる。
祈り、一言つぶやく牡丹の動作は手慣れたものである。

だがしかし、バケツの水が底をつくたび、蛇口へ逆戻りを命ぜられるはちは、気が気ではない。

もしやするとこのまま、解放されないのでは…
はちの脳裏に、最悪の結果がありありと描き出された。

が。

「あの木までが、今日の目標なんだぞ。」

牡丹が指し示したのは、路地の向こう。
細い樹が中央に立った、小さな広場であった。

「長かったな…」

いろいろな意味と感情の元、こみあげてきた感想である。
あそこまでいけば、雑用も終わりなのだろう。


提灯を持たされたはちは、
手を合わせる少女の様子を後方からじっと見つめ、安堵のため息をついた。




「牡丹ちゃんは、ずっとこの仕事を?」

最後の祈りを捧げ終えた牡丹に、しろが問う。

「そうだぞ。」

墓前の段差を下ると、背中の卒塔婆とサイドで結った髪が揺れる。

「それがあたしの、存在する理由だからな。」

胸を張って答える姿には、少しの迷いもない。

「こんなさびれた所に棲むなんざ、随分物好きなもんだな。
楽しい事なんてあるのか?寂しくねぇの?」


はちは眉をひそめた。
自分ならこんな気味の悪い場所、絶対ごめんだと言わんばかりである。


牡丹は腕を組み、うーんと唸った。


そして、しばしの間の後、ポンっと手をたたいた。


「なら聞くが、あんたたちのじいさんは、今どこにいるんだ?」



突如問われた故人の居場所に、二人は顔を見合せながらも、はちは地を、しろは空を指した。

「あぁ?ここに埋まってんだろ。じゃねぇと墓参りなんかしても意味ねぇだろ。」

「違いますよ。人はお星様になるんです。」

「絶対ありえねぇ。星はな、大体がガスの塊で、しかも燃えてんだ。
第一、真空状態でどう生きるってんだ。つーか、生きてねぇよ、何言わせんだ。」


「例えですよ。空から僕たちを見守ってくれてるはずです。
まったく。相変わらず夢のない人ですね。」


「あぁ!?だから埋められてるって言ってんだ。起きてるときくらい、ちったぁ、現実を見ろ!」

「こんな時だけ、リアリストぶってもだめですよ。
大体、いつも家計簿から目をそむけるのは、はちの方じゃないですか!」


「あんだけ国債…じゃねぇ。家債がありゃあ、誰だって現実逃避したくなるだろうが!」

「矛盾してるじゃないですか!」

「それとこれとは、話が別だ!」




「うるさいんだぞ!」



途端、はちの頭上を衝撃が襲った。

「この愚か者!」

牡丹はびしりと卒塔婆を構え、二人の前に突き出した。

「なんだよ。」

後頭部をさすりながら、はちはふてくされる。

「よくみろ。あんたたちのじいさんはそこにいるだろう?」

挑発するかのように、自信ありげに、牡丹は笑った。
はちの、手の動きが、窓ガラスにひびが入るが如く、ピシリと止まった。

「脅そうったって、そ、そ、そうはいかねぇぞ」

否応なしに声が震え、膝がかくかくと音を立てた。

そういえば、ここは夜の墓場に囲まれた地。
むしろ、なぜこんなにも、平常心でいられたのだろう。
周りを見渡したいが、突然の恐怖が首を硬直させる。
隣のしろの顔さえ満足に見れない。

「ここ、ですか?」

それとは対照的に、しろはきょろきょろと、目線を配る。

「違う違う、ここだ、ここ。」

牡丹は、はちの胸部を卒塔婆で小突いた。

「あんたたちにはそれぞれ違うアイツがいるはずだ。そしてあたしにも。」

親指で自らを差した牡丹は、再びへたくそなウインクをかました。




「想い、想われ、巣食い、巣食われ、居座り、居座られ…挨拶もなしに、勝手に旅立っていく。
かと思えば、ひょっこり顔を出しやがる。こっちの気も知らずにな。」


軽く溜息をついた後、

「こんな煩わしい思いは、もうこりごりだ。だから、あたしにはここが、お似合いなんだぞ。」

言うにつれ、声のトーンが落ちてきた。
牡丹は、目を伏せる。
ギュッと目をつぶり、掌を握りしめた様を、はちは見逃さなかった。

「牡丹ちゃん…」

しろが静かに、声をかける。

「まあ、ここにはあたししかいないから、好き勝手出来る。寂しい事なんて、一つも無いんだぞ。」

顔をあげた少女は、軽口を叩いている風に、答えを出す。
そして、重たくなった空気を振り払うかの如く、手をつきあげた。

「さぁ、仕事も終わりなんだぞ。あとはあの木にあれをかけて、ゆーたーんだ!」

バケツの中身を指し、はちをいたずらっ子のような視線で見つめた。


その時。

それは突然のことだった。



牡丹の表情が一瞬にして、真剣なものに変わった。

「おい、どうした。」

はちが不安のあまりに問う。

「…おいでなさったようなんだぞ。随分と久しぶりだな。」

淡々と感想を漏らす彼女の、その鋭い視線の先。
月に支配されない、見たことはないが、見覚えのある存在。

乱立する墓。
その向こう側に、青白い光物質が四つ、空に漂っていた。

「あれは…?」

「知らないのか、ひとだまだ。」

平然と答える牡丹の隣。

それらは、一直線に、はちへ襲いかかってきた。

「はち!」

しろが叫ぶが、反応できない。
はちは動けないでいた。

負傷の足の小指のせいではない。

ただ単に、腰が抜けていた。

砂利の地面に吸いつけられ、膝も口元も、すべてが痙攣する。

「やっ、やめてくれ…!」

目を覆う事すら、叶わなかった。



続きです⇒おひがんの話9
スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中