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おひがんの話 まとめver.

おひがんの話 まとめver.

今更、ブログのジャンルとテーマを選択できることを知った。

長いので追記からです。
【おひがんの話】

長い長い登り坂の先、遥光の街が一望できる小高い丘の上には、故人のための集合住宅地が広がっている。

「気持ち悪いほどあったけぇな。」

「暑さ寒さも彼岸まで、ですね。」

三年前に黒蝶堂を去った二人の、久方ぶりの墓参り。
ゆりに許可を得、昼下がりのこの時間帯、黒蝶堂表の札を裏返してきている。夕方には帰る約束だ。

はちの手に提げたバケツ内の水が、歩く振動で揺れる。箒を手にしたしろが、吹き抜ける風に舞い上がる髪を押さえ、眩しそうに目を細めた。

小さな石。ここに眠る、彼。

手際よく掃除を行い、墓前で手を合わせる。
線香の白く細い煙が、次から次へと空の青に溶けていき、今までの不孝を詫びて帰路に就く。





…はずだった。





「なんだこいつは!?」




三年ぶりの地は、豹変して彼らを迎えた。


そこには『供える』の域を越えた、数々の供物と、種々の草木に埋もれた、黒川家の墓があった。



「黒川家の親戚急増現象ですね!」


「んな報告は受けてねえぞ。」



はちは呆れたようにため息を吐いた。


この地を訪れ、掃除のみならず、これほどまで大量の供え物までする人物に、心当たりがない。花の統一性の無さから、時を隔てた複数人の仕業だろうが、一体何のために?


三年前まで、このような現象は無かったはずなのだ。


はちをかすかな頭痛が襲っていた。

「一体だれが…?」

はちは持参のぼた餅を、見覚えのないワンカップの隣に置いた。
そして、手掛かりを探るべくそれに手を伸ばした。

その時。



「こんの泥棒が!」

鈍い音に少し遅れて、はちはその場に伸びてしまった。



「はち、起きてください!」

背に感じた砂利の感触。
西の空が茜色に染まり、はちは慌てて上体を起こした。

なぜか縄らしきもので両手が後ろ手にくくられているようだ。
それだけではない。縄の先が背後の、背の低い石柱に繋がれており、立つ事すらままならない。
しろも隣で「ふぬぬ…!」と気合を入れているが、外れないようだ。

はちももがくが効果なし。
世界ではなく墓地の中心で、愛ではなく助けを叫んでいると、向かいの墓の脇から人影が現れた。


「ついに捕まえたぞ。この墓守、牡丹の目を盗み、あろうことか黒川家の供物に手を出そうとは。仮に閻魔大王が許そうとも、あたしが許さない。墓荒らし、そこで反省するんだぞ!」

現れたのは両サイドで髪をまとめた、袴着にブーツの少女であった。
砂利道を力強く踏みしめ近づくや、二人を見下ろした。



「はち、多分この子、憑者ですよ。」

しろが小声でささやいたが、はちには余裕なく。

「誤解だ!墓荒らしなんかじゃねぇ、オレは黒川は…」

「問答無用!墓前で黒蝶堂堂長に懺悔すべきだ!」

「だから、オレが堂長だっての!」

「嘘はもっとうまくつくものだぞ!」

少女が厳しい表情でビシッと突き出すは、戒名や梵字の書かれた木片、卒塔婆であった。

「だから本当だって!」

「見るからに頼りないんだぞ!それに、そっちの白い奴は?」

厳しい表情で少女は問い、しろが名乗る。

すると、少女ははちを見やり、

「副長を置くなんて、よほど仕事ができないんだな。」

溜息ののち、やれやれと、大げさにポーズをとった。


「このガキ…!」

馬鹿にされ、青筋を浮かべたはちを、しろがなだめる。

「牡丹さん、確かにはちは貧乏ですけど、人様のお墓を漁ろうというほどの度胸もないですよ。」

人差し指を立て、笑顔ではちを振り返るしろ。
はちの睨みはどこ吹く風。
少しも気にする風はない。

少女は動きを止め、少しの間ののち、口を開いた。

「墓荒らしでないなら、そうでない事を証明すべきだぞ!」
「証明…?」

少女の提案に、はちは眉根を寄せた。

牡丹はにぃっと笑い、

「仮堂長。あんたに仕事を依頼したいんだぞ。」


険しい表情を解除し、ゆっくりと、卒塔婆をおろした。


「仕事っつうか、雑用じゃねぇか…。」

ため息混じりに、はちは呟く。
あてがわれた墓地の草むしりから目線を上げると、遠くでしろが散らばった線香や、枯れてしまった花を集めているのが見えた。牡丹はコンクリートでできた垣根に座り、そのようすを監視している。

厳しい視線だ。
どうやら、逃げ出せそうにない。

牡丹と目があいそうになった瞬間、慌てて作業を再開した。

まじめに働いていれば、きっと誤解も解けるだろう。

はちが淡い期待を描いていた、

そんな時。

見ず知らずの家の、誰が眠っているかも不明の墓。
その横道で、軍手をした右手が堅い物に触れた。

「うぉっ!?びびらせんじゃねぇよ!」

ひとり叫び尻もちをついた。

おそるおそる接近し、
視界に入るは苔むした、古びた小さな茶色の鉢。

「次は見回りをするんだぞ!」
牡丹の声が届いてきた。


声を背後に、はちは覆いとなっている背の高い草をかき分け、覗きこんだ。

眼下に広がるは、透明の世界。
水面に浮かぶ、薄紅に色づいた桜の花びら。
そのさらに下で、赤と黒の二つの影が、長い尾ひれをゆらゆらと水に漂わせていた。


「やけに水位が低いな。」

穏やかな春先の気候であっても、幾分か干上がってしまったのだろう。
鉢の中央よりも下方に、彼らの世界は押し込められていた。

「はち!見回りに行きますよ!」

広大な故人のための集合住宅。
その合間にできた路地の中央で、しろが手を挙げて合図をした。

「ちょっと待ってくれ。」

傍らに流れる小川に駆け、バケツを投入。
カルキ抜きはしなくていいだろう、と無造作に水を注ぎ込んだ。
乱暴な手つきではあったが、水面は正常の値に回復した。


「これでよし、と。」

ちょうどそのとき、再度呼ばれた。

片づける暇もねぇのかよ。
仕方なくはちは、手にバケツと柄杓を携えたまま、前を行く両者に合図を送った。

牡丹の背に、二本の卒塔婆が括られている。

はちは、水がたんまり注がれたバケツを両手に持たされ、
その小さな背の後ろに続く。

狭い通路の両サイドには、故人のための集合住宅が並び、
花が飾られ、整頓されているものもあれば、
かなり年季の入ったものまである。

一体何人が、この地に眠っているのか。
いつかここに自分も埋まる日が来る。
それは明日かあさってか。
仮にその日がいつかわかったとしたら、
まず真っ先に、何をすればいいのだろうか。

一体何をするだろうか。

「はち、ぼんやりしてますね?」

横に立つしろが、覗きこんできた。
時折、しろは鋭い面を見せる。
その半分でも、普段発揮してくれれば。
はちの願いは、今のところ天には届いていないようだ。

「なんでもねぇよ。ほら、お前も持て。」

バケツを片方差し出すが、しろは首を横に振り、

「僕、箸より重たいものは持てないんです。」

柄杓片手に余裕綽々、ごくごく平然と、笑顔で答えたもうた。

「いっぺんに掃除機やら洗濯物入りのカゴやら抱えて、
階段を往復している奴が何を言うか。」


「はちは授業中によく、廊下に立たされてましたよね。
そうそう、ちょうどそんな灰色のバケツを持たされて。
本当にお似合いですよ。」


「んな昔の話、すっかり忘れたわ。
余計な事ばっか、覚えてんじゃねぇよ。」


「ほら、ちゃんと覚えてるじゃないですか。」

はちはくすりと笑うしろから視線を外し、溜息をついた。



「ところでよ、見回りってなにすんだよ。」

気まずさを振り払うため前方へ問うと、牡丹は振り返った。

そこにあった勝ち誇ったような、得意げな笑顔。


「仮堂長。眼鏡を磨いて、その眼に刻みつけるんだぞ。」

言うと、唐突に横の墓へ駆けよるやいなや、
自らの指を、花瓶に入った供物に触れさせた。

牡丹は目を閉じ、一言つぶやいた。


「一体どういう事なんだ…?」


元気の峠を越え、朽ち果てるのを待つまでであった一輪の花。

それが、見る見るうちに背筋を伸ばしていくではないか。


魔法をかけられているかのようだ、と。

はちは頬をつねり、しろは頬を上気させ拍手を送った。

どうやら夢ではないようだ。

牡丹はにぃっと笑う。


「こんな命の終着点でも、生きるものがいるんだぞ。」

少女は得意げに、ブーツのカカトを鳴らした。

「生の果てに安らかなる眠りと、鮮やかなる色を。
深見ヶ原墓地憑者の、あたしの使命。」


その瞳は、紫紺を帯びているように、はちには見えた。


「生の果てに安らかなる眠りと、鮮やかなる色を。
深見ヶ原墓地憑者の、あたしの使命。」


「なんで二回言うんだよ。」

「あたしの決め台詞だから。」

「くっだらねぇ。」

今度は肩を、衝撃が襲った。
遅れてきた痛みに、はちは両手のバケツを手放さざるを得なかった。

「縁起でもねぇもの、振り回してんじゃねぇよ…」


ひとりごとのように呟く。
ずきずきと痛む左肩を右手で抑えるが、大した効果はない。
しゃがみこみ、立ち上がれないままに、牡丹を見上げた。


「お水あげときましょう。」


察しよく、しろが柄杓をバケツへ投入し、花瓶にゆっくりと注ぎ始めた。



その後ろ姿を見ているうちに、痛みが分散されていった。
はちは体をほぐす目的で、背伸びをひとつ。
絶対アザになったな…


ひりひりするそれを、さすっていると、
隣に佇む牡丹が、身を乗り出し、
食い入るような顔でしろを見ているのに気が付いた。


心なしか、頬が紅潮しているようだ。


「おい、どうかしたのか?」


返答なし。

今一度、音量を上げて呼びかければ、


「あ、い、いや、な、なな、なんでもっ、ないん、だぞ!」

「明らかに動揺してんじゃねぇか。」


先ほどまでの余裕しゃくしゃく態度はどこへやら。
はじかれたように反応した。


「ほら、ここ。」


険しい顔で、はちが自分の口元を指す。
はっと牡丹は、口から流れ出たのであろう透明の液体を、
慌てて袖で拭った。


「だから、なんでもないんだぞ!」


言葉と同時に、空を切り裂く卒塔婆。


あ、かわせた。


はちがそう驚くほどに、見切れるほどに、まったくもってキレがない。


更に赤味を増した表情で、肩を上下させる牡丹は、
うすら涙をためた瞳で、ぎりっとはちを睨みつけた。




なんだかよくわからないが。




勝ったな。

はちはここぞとばかりに、鼻で笑った。



ちょうどその時、水やり及び合掌を終えたしろが振り返った。


不思議そうに両者を見渡す。


その眼に映る、涙目の牡丹と、意地の悪い笑みを浮かべたはち。


そしておもむろにはちへ近づくと、

何の前触れもなく、はちの左足を力一杯踏みつけた。


踏みつけるというよりは、
小指方面の骨を砕こうとする意志が感じられる衝撃波、
と言った方が正しいだろうか。



突然の襲撃に、うめき声を上げる暇もなく悶絶するはち。


そのネクタイを乱暴に引き、


「女の子を泣かせるなんて、最低ですよね?」


目前わずか数センチ。

首が締まり霞みゆく視界の中、

決して崩れる事のない、絶対零度の笑顔がうつった。

「ほら、さっさと行かねば、日が暮れてしまうんだぞ。」
手持ちの提灯、その中心にろうそくを立て、マッチで火を灯した牡丹は、咳払いを一つ。
しろの裾を引いた。
冷気な笑顔を浮かべていたしろは、
「そうでしたね!」

はっと表情を変え、泡を吹き始めたはちから手を離した。
はちの遠ざかりつつあった意識が、久方ぶりに肺に入ってくる空気で色を取り戻していく。

「いつまでぼんやりしてるんですか?」

不思議そうに、しろがはちの脇腹をつねり上げる。

「いててて、なにしやがる!…はっ」

「はち、もしかして太りました…?」

自らの声で、完全に目が覚めた。
生まれながら持ち合わせていたか、はたまた一緒に成長してきたか。
根付いたツッコミ性分とは、まったくもって恐ろしいものだ。
隣で笑みを浮かべるしろの頬に、冷や汗が垂れていた。

「太ってねぇよ!どこにそんな余裕がある!」




先を歩くしろは、のんきに鼻歌なんて歌っている。

「さっきはありがとな、助けてくれたみてぇで。」

途中から不確かな記憶を手繰り寄せると、牡丹の提案で、しろの冷気が消されたという結論に達した。

思い出すのも、おぞましいのだが。

「別にそんなつもりはなかったんだぞ。」

陽が西の空へ落ち、辺りはゆっくりと月の世界に呑みこまれていく。

「ここでくたばられたら、それを片付けるのはあたしだ。煩わしいのはごめんなんだぞ。
まあ、単にここで燃やして


言葉を切り、マッチをちらつかせる。

残滓を墓に放りこむだけだから、葬式費用はかからんが。」

平然と言い放つ、その口調。


「やはりちゃんとした手順を踏まにゃ、夢見が悪いだろう?」

牡丹ははちの顔を見上げ、にぃっと笑った。

「ま、まあな。」

想像したくない、頭の痛くなる話だ。

「その時がきたら、向こうで安心して惰眠をむさぼるがいい。墓守はここにいるからな。」

牡丹はそう言うと、やけにへたくそなウインクをかました。

すっかり暗くなってしまったが、月光が明るいために足元は確かだ。
枯れてしまった花を見つけては、指先で元気を与え、線香を立てる。
祈り、一言つぶやく牡丹の動作は手慣れたものである。

だがしかし、バケツの水が底をつくたび、蛇口へ逆戻りを命ぜられるはちは、気が気ではない。

もしやするとこのまま、解放されないのでは…
はちの脳裏に、最悪の結果がありありと描き出された。

が。

「あの木までが、今日の目標なんだぞ。」

牡丹が指し示したのは、路地の向こう。
細い樹が中央に立った、小さな広場であった。

「長かったな…」

いろいろな意味と感情の元、こみあげてきた感想である。
あそこまでいけば、雑用も終わりなのだろう。


提灯を持たされたはちは、
手を合わせる少女の様子を後方からじっと見つめ、安堵のため息をついた。




「牡丹ちゃんは、ずっとこの仕事を?」

最後の祈りを捧げ終えた牡丹に、しろが問う。

「そうだぞ。」

墓前の段差を下ると、背中の卒塔婆とサイドで結った髪が揺れる。

「それがあたしの、存在する理由だからな。」

胸を張って答える姿には、少しの迷いもない。

「こんなさびれた所に棲むなんざ、随分物好きなもんだな。
楽しい事なんてあるのか?寂しくねぇの?」


はちは眉をひそめた。
自分ならこんな気味の悪い場所、絶対ごめんだと言わんばかりである。


牡丹は腕を組み、うーんと唸った。


そして、しばしの間の後、ポンっと手をたたいた。


「なら聞くが、あんたたちのじいさんは、今どこにいるんだ?」



突如問われた故人の居場所に、二人は顔を見合せながらも、はちは地を、しろは空を指した。

「あぁ?ここに埋まってんだろ。じゃねぇと墓参りなんかしても意味ねぇだろ。」

「違いますよ。人はお星様になるんです。」

「絶対ありえねぇ。星はな、大体がガスの塊で、しかも燃えてんだ。
第一、真空状態でどう生きるってんだ。つーか、生きてねぇよ、何言わせんだ。」


「例えですよ。空から僕たちを見守ってくれてるはずです。
まったく。相変わらず夢のない人ですね。」


「あぁ!?だから埋められてるって言ってんだ。起きてるときくらい、ちったぁ、現実を見ろ!」

「こんな時だけ、リアリストぶってもだめですよ。
大体、いつも家計簿から目をそむけるのは、はちの方じゃないですか!」


「あんだけ国債…じゃねぇ。家債がありゃあ、誰だって現実逃避したくなるだろうが!」

「矛盾してるじゃないですか!」

「それとこれとは、話が別だ!」




「うるさいんだぞ!」



途端、はちの頭上を衝撃が襲った。

「この愚か者!」

牡丹はびしりと卒塔婆を構え、二人の前に突き出した。

「なんだよ。」

後頭部をさすりながら、はちはふてくされる。

「よくみろ。あんたたちのじいさんはそこにいるだろう?」

挑発するかのように、自信ありげに、牡丹は笑った。
はちの、手の動きが、窓ガラスにひびが入るが如く、ピシリと止まった。

「脅そうったって、そ、そ、そうはいかねぇぞ」

否応なしに声が震え、膝がかくかくと音を立てた。

そういえば、ここは夜の墓場に囲まれた地。
むしろ、なぜこんなにも、平常心でいられたのだろう。
周りを見渡したいが、突然の恐怖が首を硬直させる。
隣のしろの顔さえ満足に見れない。

「ここ、ですか?」

それとは対照的に、しろはきょろきょろと、目線を配る。

「違う違う、ここだ、ここ。」

牡丹は、はちの胸部を卒塔婆で小突いた。

「あんたたちにはそれぞれ違うアイツがいるはずだ。そしてあたしにも。」

親指で自らを差した牡丹は、再びへたくそなウインクをかました。




「想い、想われ、巣食い、巣食われ、居座り、居座られ…挨拶もなしに、勝手に旅立っていく。
かと思えば、ひょっこり顔を出しやがる。こっちの気も知らずにな。」


軽く溜息をついた後、

「こんな煩わしい思いは、もうこりごりだ。だから、あたしにはここが、お似合いなんだぞ。」

言うにつれ、声のトーンが落ちてきた。
牡丹は、目を伏せる。
ギュッと目をつぶり、掌を握りしめた様を、はちは見逃さなかった。

「牡丹ちゃん…」

しろが静かに、声をかける。

「まあ、ここにはあたししかいないから、好き勝手出来る。寂しい事なんて、一つも無いんだぞ。」

顔をあげた少女は、軽口を叩いている風に、答えを出す。
そして、重たくなった空気を振り払うかの如く、手をつきあげた。

「さぁ、仕事も終わりなんだぞ。あとはあの木にあれをかけて、ゆーたーんだ!」

バケツの中身を指し、はちをいたずらっ子のような視線で見つめた。


その時。

それは突然のことだった。



牡丹の表情が一瞬にして、真剣なものに変わった。

「おい、どうした。」

はちが不安のあまりに問う。

「…おいでなさったようなんだぞ。随分と久しぶりだな。」

淡々と感想を漏らす彼女の、その鋭い視線の先。
月に支配されない、見たことはないが、見覚えのある存在。

乱立する墓。
その向こう側に、青白い光物質が四つ、空に漂っていた。

「あれは…?」

「知らないのか、ひとだまだ。」

平然と答える牡丹の隣。

それらは、一直線に、はちへ襲いかかってきた。

「はち!」

しろが叫ぶが、反応できない。
はちは動けないでいた。

負傷の足の小指のせいではない。

ただ単に、腰が抜けていた。

砂利の地面に吸いつけられ、膝も口元も、すべてが痙攣する。

「やっ、やめてくれ…!」

目を覆う事すら、叶わなかった。

破裂する光のスパーク。
一瞬にして昼間が訪れたような、眩しい光。
墓地全体が受け、乱反射していく。

「しっかりするんだぞ!」

光を背に受けた牡丹が、うずくまり、耳をふさぐはちの前で、懸命に呼び掛けていた。
卒塔婆で玉を打ち飛ばしたようで、呼吸が上がっている。

「ぜってぇ信じねぇぞ…これはただのプラズマか眼の錯覚だ。

そう、そうに決まってるだろ。な、なにをビビってんだオレは…ってビビってねぇよ!」


目をつぶり、呪詛のように口から零れる言葉を、自らのツッコミで払いのけようとしている。
挙動不審な彼を深い紺の瞳で見据えた牡丹は、肩を力いっぱい叩いた。

「かぁぁぁぁつ!」

「手加減しろぉぉぉ!」



「正気に戻ったか、人間。」

はちは恐怖の反動で立ち上がり、牡丹を見やった。

「…頭が痛ぇ。」

なぜかズキズキと痛むは肩ではなく、こめかみ付近だ。
立ち上がったはいいが、襲ってきた立ちくらみに、ふらふらと上体が揺れた。
駆け寄ってきたしろに支えられ、なんとか直立姿勢を維持することができた。

焦げた臭いが、鼻をつく。
見ると牡丹の握る卒塔婆の端が、赤黒く焼け焦げていた。
光の触れた部分なのだろう。
解読不明の文字が、さらに難易度をあげていた。

夜の冷気と、光の放つ熱。
相反するそれらがぶつかり合い、熱風が頬をかすめる。

「やはりあんたは、堂長では無いんだな。」

飛びすさぶ光に対峙し、牡丹はぽつりと呟く。

袖口が焼き切れ、その下から覗く肌が、赤くなっていた。

口元を引き結び卒塔婆を握り直した。

三者めがけて、光が走りだす。

「ここをでて坂下へ去ね。決して振り返るな。」

ピンと張りつめた、静かな声音。

言い切るが早いか、その身を呈すかのごとく足を進め、光の中央へと飛び込んだ。

光は燃え、熱気が汗となり肌を伝う。
戦地は小さな広場に移っていた。

「行ったか。」

はちとしろの駆けていく後ろ姿が、闇に紛れていく。
振り返りそうになるしろを、はちが遮り、足をもつれさせるが如く墓地の外へ走っていく。

恐怖に怯えた彼らを、これ以上近づけてはならない。
その様子を見、汗を浮かべ、牡丹は微かに笑った。

それでいい。それがいい。

確認した牡丹は、光に焦点を合わせた。
軽やかな身のこなしで、飛び込んでくる光を次々に撃墜する。

背を樹木に付け、地に落ちたそれに足元の土を覆い被せる。
これで熱はいくらかとれるはずだ。

この子達は、ただ熱くなりすぎているだけだ。
深見ヶ原墓地憑者の牡丹ができることは、その熱を拭い去ってやること、ただそれだけだ。

が、再度再々度、それらは復活してくる。
その上、
復活するたびに光は分裂し、まったくもってキリが無い。

「予想通り、だ。ダメみたいなんだぞ…。」

いつの間にか光は増え、八つになり、文字通り四方八方を包囲される。
それでも叩き落としていくが、さすがに疲れが蓄積されていくのを感じざるを得ない。
息が上がる。
視界がぐらりと歪む。

左右すれすれを掠っていく、交差弾。
それをかわすため、

牡丹がブーツで地を蹴った時だった。


一瞬の、迷いがあった。
砂利に足を取られた。

一斉に飛びかかってくる、光の束と熱量。

重力をまともに受け、地へと吸い込まれる、浮遊感。



「簡単には変われないんだぞ。堂長…」




牡丹はその中で、目を閉じた。



体が、ふっと包みこまれたのを感じたのは夢か現か。



「大丈夫ですか!?」



見上げれば、しろの顔がそこにあった。

「なん、なんだ…?」

抱きかかえられた牡丹の、キョトンとした顔。
それはほんの一瞬で、慌てて光へ向かい直ろうとする。
くじいた足に、ずきりと痛みが走る。

が、それ以上の衝撃が、牡丹を迎えた。

「足、挫いてんだろうが。高ぇヒール履いてるからだ。」
広場の中央。樹の正面。

そこには柄杓片手に全てを引きつける、はちの姿があった。




「愚か者!人間には無理だ。さっさと逃げるんだぞ!」

「はいそうですか、って下がれるわけねぇだろ!」

語気は荒いが、微かに震える声で、はちは答えた。


左手のバケツを、草むらに置く。

半端な長さの柄杓を、両手でしっかりとにぎりしめる様は、

「だせぇ。」

「ださいですね。」

「るせぇよ!」

お世辞にも、格好がつくとは言えない体勢である。

空のバケツ片方を盾にして、対峙するはちは、あさっての方向に咆哮する結果に終わった。


闇夜に浮かぶ、八つの光の不気味な異形。

極度の緊迫感の中、はちは口を開いた。

「てめぇらはただの、でけぇ蛍だ。」

「せんせー、蛍にはまだ季節が早いと思いま―す。」

「『ひとだま』だと、言ってるだろうが!」

「あーあー、聞こえねぇ。聞こえねぇ!」

不躾にも耳に突き刺さってくる声を、自らの声で弾く。

途端、光の一つがはちへと飛んだ
牡丹が飛び出そうとするのを、しろが懸命に抑える。

「無理だ!堂長!」

声が届くかどうかの瀬戸際。

はちは素早く、振り向きざまに柄杓を持った手首を返した。

飛び散り、分裂する光の欠片が宙を舞い、はらはらと細く、見えなくなっていく。

しろに抱えられた姿勢の牡丹が、その手際のよい鮮やかな動作に、はっと、息をのんだ。

キラキラ輝くに、目を奪われたまま、逸らせずにいた。

「目には目を、歯には歯を。火には…さぁなんだ?」

ずれた眼鏡をかけ直したはちは、火の中央で誰とはなく問う。

明かりを失い、地へ失墜した『ひとだま』の、表面を滴り落ちる水滴。

光だったその物体らは、音も無く闇に溶けていく。

「本物の墓荒らし、火事場泥棒が現れる前に、片をつけようぜ?」

残りの七つに向き直り、眉根を寄せた真剣な顔つきで、熱を発する眩しい光をぎりっと睨んだ。




「痛いんだぞ!」

「我慢してくださいね~。」

どこから取り出したのか。しろの手元の、木製の救急箱。
慣れた手つきで牡丹の右足に白い包帯を巻いていく。
広場の脇の、アスファルトでできた腰かけ。牡丹の隣に座るはちが

「ドジなんだな。」

シテヤッタリ顔と共に、鼻で笑った。

「戯けたことを言うななんだぞ!って痛っ!」

「じっとしてください!」

笑顔で押しつけるしろを、涙目で睨んだ牡丹は、袖でゴシゴシと目を拭う。

月夜は、明るい。

「この辱め、きっと覚えてるんだぞ!」

「良いのか、んなこと言って。」

はちは意地の悪い表情で、柄杓に水を掬い、牡丹の前にちらつかせた。
身をよじらせ、ピャッとしろの後ろに隠れる牡丹。

「はち!」

諌めるその言葉より早く、その鉄拳が額にヒット。

怯えた表情で、牡丹がそろりと顔をのぞかせた。

「女の子をいじめるなんて、最低の最低です!」

怒りを露わにするしろと、隣の伸びたはちを見た牡丹は、声をあげて笑った。



しそびれた彼岸の参りは、仕切り直す事になった。
黒川家の墓前に戻り、祈りを捧げ、顔をあげる。

「仮堂長に、仮副長。」

「だから、本物だって。」

「今日は助かった。礼を言うんだぞ。仕方ないから、仮を取ってやる。」

すがすがしい顔で、牡丹は胸を張った。

「それはどうも。」

はちは牡丹から顔をそむけ、苦虫をかみつぶしたような顔で溜息をついた。


「素直じゃねぇってのは、こういうヤツを言うのかね。」


突如の物音。
と同時に、墓の脇に現れた人影。
はち、しろ、牡丹の三者はさっと身構える。
穏やかな空気が一瞬にして、張りつめた。

「墓荒らしか…!?」
「も、もう怖くねぇぞ!」

はちはバケツ内の柄杓を手に取った。
そして、その影を狙い澄まし、若干腰が引き気味ではあったが、うまいこと水をぶちまけた。

「やったぞ!…げぇっ?!」

「良い挨拶ね、はち?」

もっとも怒らせてはならない、頭に大きな赤いリボンをつけた少女が、切り揃えられた前髪から水滴を滴らせ、にこにこと笑っていた。
ただし、目は微動だにせず、口元だけが不自然につり上がっている。
あまりに、あまり。極めて、極めて、見慣れない表情。

張りつめた空気は、絶対零度に凍りついた。

「帰りが遅いから心配してきてみたら…」

「ち、違うんだ。これは…!」

柄杓を取り落とし、冷や汗に顔面を支配されたはちは、しどろもどろになりながらも言葉を探す。

が。

「問答無用!」

いつの間にかバケツを抱えたゆりは、大量の流水をはちの顔面へ。

「頭を冷やして、出直しなさい!」

牡丹としろは、顔を見合わせて笑った。
夜風に吹かれながら、黒蝶堂に戻った後、くしゃみが止まらなくなったはちが風邪をひくのは、また別の話。



【おわり】




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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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