たいくつな話

【たいくつな話】

ツバメが空より降下し、新幹線も震撼するほどの速度で、堂前を横断していく。

黒蝶堂の昼下がり。

客足は相変わらず遠く、外は小雨が降っている。
南方面はすでに梅雨入りをしたといい、梅雨前線は確実に北上の一途をたどっている。

堂長席であくびをしたはち。

彼を突然、ツバメも泡を吹くほどの速度で、何かが襲った。

「っつぇ…!」

ぐぅの音も出ないまま机に肘をつき、負傷部位である頭を抱えるはち。
本棚の上から、冷たい視線が注がれている。
発射箇所は、冷たい視線の張本人、本を持つ少女の手元である。
これは間違いない事実のようだ。

机を転がり、床と衝突した何か。
落下音の正体は、ペン先鋭い古めかしき万年筆。
それは床を転がり、はちの足元で止まった。

俯き、痛みに堪えていたはちであったが、
ぼたぼたと音を立て、こぼれ落ちる赤が、机上をまばらに彩っていくのを見、思わず右手の甲で額を拭った。

どろりとした感触。
べっとりと付着した鮮血。

「冗談…だろ?」

途端に霞みゆく視界。
遠くなる意識。
止まらない、赤の世界。

思えば、ろくなことのない人生だった。


「はち!」

奥間からのしろによる呼びかけが、脳みその端にかかる。

「後は、任せたぞ…」


はちはそう弱弱しく呟くと、意識を失った。


「しっかりしてください!ゆりちゃん!」

力任せにはちの肩を揺するしろが、ゆりへと助けを求める。

「よく、見なさい。」

本棚の上から、落ち着いた声音が降ってきた。

しろは言われるがままに、目前の惨状を見渡す。


違和感に気付いた彼は、赤みに指をつけ、ぺろりと舐めた。


「これは…。」

「万年筆に細工を加えたの。」


辺りに飛び散り、気を失ったはちの頬を伝う赤。

その正体は血液ではなく、真っ赤なインクであった。


はちも誤解するほどの、やけにリアルなその体裁は、おそらく彼女が用意周到に、血糊でも混ぜたのであろう。


「退屈と退屈が掛け合わさって退屈になるような退屈。
必要ないって言うのも、退屈な話だわ。」


ゆりはやれやれと首を左右に振り、少しだけ口角を釣り上げた。


【了】

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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