みらいの話

【みらいの話】

「何かお探しっすか?」

珍しい客人は、先程からうろうろと、堂内を何度も往復している。
視線はキョロキョロ。本棚の上のゆりには気づいていないようだ。

突然声をかけられた男は、はっとはちを見、口元を引き結んで堂長席へ近寄った。

「客じゃないんだ。」

はちはがっくりと、肩を落とした。

「じゃあ、なんすか?」

「新聞は、いらんかね?」

「新聞はもうとってますが。」

「そうは言わず。」

「オレ学者じゃないんで、結構です。」

「単なる新聞じゃないんだよ。」


「試しに。」

差し出されたのは、一枚のペラペラ用紙。
表には、芸能ニュース。
先月結婚したばかりの某有名人が、左手の薬指に光る指輪をきらりと輝かせ、カメラに向かって微笑んでいた。
白い歯に、白いドレス。
世俗に疎いはちでも知っている程の、所謂大物有名人のカラー写真。

その下。
デカデカと赤字で掲載された、「離婚」の文字。

「最近の若者は、こらえ性がねぇな。」

「あんたも十分若いだろう。」

大した興味も無かったはちは、その記事を机に戻す。

「ほらよく見ておくれよ。」

男の骨ばった指が指す先。
小さい文字の、年月日。

「五月の…うん?」

壁掛けのカレンダーに目をやる。やはり。

「明日の日付になってんぞ。」

「誤植じゃない。」

男は呼吸をするほどに軽く続けた。

「これは、正真正銘の、明日の記事。つまり、未来の記事ってことだ。」

「あの二人が別れる事なんて、考えられませんね。」

しろは片手にフライパンを持ち、黄色いたまごを宙へと放る。

「そうなのか?」

「えぇ、随分昔からお付き合いしていたみたいですし、
仲睦まじい様子だ、って少し前のニュースで言ってましたよ。」


「へぇ。」

個人の恋愛模様がこんな僻地の電波成年にまで届いているとは。
マスコミの力とは恐ろしい。

「それがどうしたんですか?」

「いや、なんでもねえよ。」

はちはポケットの中に入れたままの記事を、右手で触った。


次の日の朝。

「はち!朝ですよ!」

なかなかにうるさいアラーム。ぼんやりした頭で顔を洗い、着替えて一階へ降りる。
表に新聞を取りに行き、寝癖のひどい頭をかきながら朝食の前に座る。

「朝から元気なことで…え?」

眺めていた新聞記事。
否が応でも目に飛び込んできた、デカデカと自己主張する文字。

『電撃離婚!「幸せ」な二人におとずれた「辛さ」とは!?』


「旦那、ちょっとは考えてくれましたか?」

昨日と同じ時間帯。男はやってきた。

「てめぇの会社に、どっかの誰かが情報を流しただけだろう。」

「おや、まだ信じられませんか。」

大げさにおどける男。

「たりめーだ。」

眉根にしわを寄せたはち。あからさまに嫌悪感を顕にしても、効果が無いのはわかっているが。

「ならこれは、どうでしょう?」


それから、男は毎日やってきた。
そしてその度に、記事を置いて行く。

そのどれもが、日を追うごとに、的中していく。
まるで埋められた場所が分かる地雷を、あえて踏んでいくかのように。

はちは、ほとほと困っていた。
事前に知っている情報が、次の日にテレビやらラジオから流れてくる。
気味が悪くて、仕方がない。
正直、関わりたくなかった。
だが、男はいくら追い払っても懲りずにやってくる。

そんなある日のこと。
意を決して、はちは最後の手段に出た。
ここ一週間観察していたが、男が本を手に取る様子はない。
客ではないなら、強引に追い払っても構わないだろう、との思考が芽生えていた。

「せっかくの情報だが、大した役には立ってねぇよ。」

今までの記事は、国政やら芸能関係やらで、
たとえ事前に知っていたとしても、生活にはそれほどまでに影響がなかった。
というのが、はちの持論である。

これで、男も折れるだろう。

はちはそう予想していた。

だが、

「なら、これならどうでしょう。」


男は一瞬考えたふりをした後、懐から、一枚の記事を破ってよこした。

にこりとした、その笑顔の下には一体何が隠れているのだろう。


「明日の夜、二つ向こうの通りで窃盗事件が起こる。小さい事件だが、まぁ知っておいて損はない。」



男が帰った後、奥間からしろが顔をのぞかせた。

「またあのお客さんですか?」

しろは男が未来新聞なる怪しい物体をはちに渡していることに、まだ気づいていない。

むしろ、はちが意図的に隠しているのだった。
こんな話、喜々として騒ぎたてるに違いない。
調子に乗って、新聞を取ろうと言いだすかもしれない。

そんな金が、一体どこにあろうというのか。


「あぁ、まぁな。」

曖昧な返事。

「何か探しているなら、聞いてあげたらどうですか?」

しろが首をかしげる。

「暇人の戯言さ。偶然に偶然が重なってるだけだ。」




「はち、どこに行くんですか?」

夜風が強く吹いている。
上着を引っ掛け、こっそり表へ出ようとするはちに、躊躇い無くしろが声をかけた。
びくっと肩を震わせたはちは、恐る恐る後方を振り返る。

笑顔のしろ。

「あぁ、ちょっと煙草を買いにな。」

「煙草なんて吸わないじゃないですか。」

しくったと思った瞬間、しろはつかつかと踵を鳴らし、詰め寄ってきた。

「なにか探し物ですか?」

にっこりとした笑顔の下、一枚の紙を顔の高さに掲げた。
男の持ってきた、窃盗予告の記事。

「な、なんでそれを…?」

ポケットに入れたはずだ。現に今ここに…
…無い。
こいつ一体いつの間に。

「僕も行きますよ。こんな面白そうな話、一人占めなんてずるいですからね。」


何が楽しくて、寒い夜空の下、通りに座り込みをしなきゃならないんだ。
くしゃみを一つ。隣ではしろが、楽しそうにアンパンを頬張っている。

「やっぱり基本ですよね。」

「いいか、特に何も起こらなかったらオレの勝ちだ。
あの男を追い払ういい口実を捕まえるだけだ。

いいか、
何が起ころうとも、絶対に動くんじゃねぇぞ。ただ見守るだけだ。」


はちが小声でささやく。記事による事件発生時間はあと10分。
しろはもぐもぐと口を動かしながら、
敬礼のポーズを取った。
本当にわかってるのかどうか、気が気ではないが、なにせ時間がない。

突如としてわいて出た、音。
続けて飛んできた、女性の声。

「ど、泥棒!」

畳みかけてくる、地をかける足音。
確実に居る、被害者と加害者。
だが、その姿は暗くて見えない。

「くそっ、どこだ!?」

「はち、あそこです!」

しろが明かりの無い路地へ飛び込んでいく。
はちは舌打ちをし、その白い頭を追った。

走った先。
たった一つの灯。
光の下で、女性がうずくまっていた。

「大丈夫ですか!?」

しろがひざまずき、抱きかかえる。
白いシャツに、黒いジャケット。仕事帰りだったのだろう。意識はないが、呼吸はある。

だが、ひどく浅い。

すると、見る見るうちに、彼女の白いシャツが赤く染まっていった。

抱えたしろの手に付着した、べったりとした赤。

しろの顔から笑顔が消え、目を見開いた。


彼女の右腕が、鋭利な刃物で切り裂かれていた。




「待ちやがれ!」

先を走る足音が、近づいている。

暗闇の中、車も人影も無く、明かりも無い。
どのくらい走っただろうか。
ついに、その腕を掴んだ。


「捕まえた!この泥棒が。」

鼻息荒く、はちが叫ぶ。
月も出ない夜は、相手の姿をおぼろげにしかうつさない。
大した抵抗も無く、しばしの沈黙が訪れた。

そして。

腕に下がっていた女性物の鞄。恐らく、この窃盗犯が盗んだものだろう。

はちは目を疑った。

その腕が肩から外れたのだ。

いや、もげたと言った方が近いだろうか。


はちは思わず手を離しそうになったが、それより前に

窃盗犯の体は、空気に溶けるようにすぅっと消えてしまった。

スライドしてきた鞄が、自動的にはちの腕へと移動する。



余りの展開に、はちはその場にへたり込んだ。

「どうなってんだよ、おい…。」

焦点の合わない瞳でそう呟いたが、頬をばしりと叩いて正気を取り戻す。

そして立ち上がる。きっと鋭く振り返り、

駆けてきた道で、しろの元へと走った。



しろは走っていた。

手元に鞄を握ったはちに鉢合わせると、交代!と言って背負った女性を渡した。

「なんで走ってんだよ!」

「追われてるんです!」

「はぁ?誰に」

「警察ですよ!僕がこの方に近寄った時、どこからか湧いて出たんです!」

「そんな虫みたいな言い方すんな。事情を話せばいいじゃねぇか。」

「それが全然聞いてくれないんです。窃盗犯、逮捕する!の一点張りで…」



はちは舌打ちを一つかます。

話がだんだん見えてきた。


「警察がこんなに早く来るなんて…まるでここで事件が起こることを知っていたみたいじゃないですか。」

しろが後ろを振り返りながら、言った。

「みたいじゃなくて、知ってたんだよ。」

はちは背負った女性から、温かい体温を感じた。

早く手当てをしなければならない。

「どういうことですか。」

しろはまだ、気が付いていないようだ。



「グルってことだ。」



長い長い暗闇のトンネル。

何の感情もこもらない冷たい言葉が、はちの口から発せられた途端、背に負った女性がぴくりと反応した。
意識を取り戻したらしい。

けたたましいサイレンが、夜の住宅街にも拘らず、辺りへ散らばる。

向からも、警官がやってきた。追いつめられる。


「くそが!」

「はち、下がってください!」

しろはポケットから何かを取り出し、目前の警官の群れへと投げつけた。

辺りが白く、煙っていく。ひるんだ彼らを後目に、傍を駆け抜けた。


「あれは…?」

「家を出る時、ゆりちゃんからもらったんです。ピンチの時は使え、って。」


「未来を見ることはできないわ。だけど、有る程度の論理を筋道立てれば、予測しうる未来だってある。」



黒蝶堂の戸を開いた時には、息も絶え絶えになっていた。
入口に座り込み、カーテンを閉め、鍵を掛ける。


「あらあら、随分汚れて帰って来たのね。」


ゆりが本棚の上から軽やかに降りてきた。そして、女性をちらりと見やったが、
ふぅんと興味なさげに呟き、はちへと視線を移した。

「さぁ、答えは出たのかしら?」



次の日。
手当てを終え、一階に寝かせていたはずの女性の姿は消えていた。


「まったく、礼の一つもねぇとはどんな教育受けてきたんだか。」

「はち、人助けと言うのは見返りを求めてするものではないんですよ。」

「わかってるけどよ。」

聞こえてきた、とんとんとんと、聞こえてきた戸をたたく音。
時計に目をやる。

あぁ、例の男が来る時間だ。

しかし入ってきたのは、昨日の女性。


口元は笑っているが、目は笑っていない。冷たい表情。

昨日の鞄を手に、彼女は口を開いた。


「昨日はありがとうございました。」

「あぁ、別に大したことなくてよかったな。」

「お詫びと言ってはなんですが。」

彼女は鞄から、一枚の紙を差し出した。
見覚えのある、灰色の下地に黒い文字。


『未来新聞』


はちは息をのんだ。

「お詫びに未来新聞を一週間無料で配達させていただきます。その代りに、このことは他言無用。」

「いわねぇし、いらねぇよ。」

「未来がわかれば、あなた方の身の振り方も随分変わってくると思いますよ。」

「てめぇらの造った未来になんざ、興味がねぇって言ってんだよ。」



「そうですか、致し方ありませんね。」

女性は紅茶を一口。味に満足したようで、うんうんと頷いている。
そんなおしゃれな物がうちに保管されていたのか、とはちは驚く。
きっと賞味期限は…これは伝えない方が賢明だ。


「それよりも、あの男はどうした。」


「これを。」

やはり、未来新聞。

初めて見るのはそれが、今日の日付が書かれたものであるという事だ。
見覚えのある顔写真。

普段であれば、取るに足りない記事。

ある男性の失踪。


「こいつは…」


「昨日発刊されました。おととい、私が書いたものです。」

混乱する脳内を、目をつぶってゆっくり反芻する。

おとといと言えば、男が窃盗の記事を持ってきた日だ。

そして、昨日が窃盗事件もどきの日。

この女性が、男が失踪するのを予言したとでも言うのか。


いや…違う。はちはギロリと女性を睨んだ。

予言など、存在するはずがない。

未来など、見えるはずがない。


女は顔色一つ変えない。


「とんだ悪趣味だな。自分だけでは飽き足らず、同業者も犠牲にするってか。」

「情報を買う人間がいるなら、造る人間がいたっておかしくはありません。」

「正論だ。だが、オレには薄っぺらの、腐った未来なんざ必要ない。」

はちの眉根を寄せた顔に、

女性はそうですか、と感情のこもらない声で返すと、

懐から取り出した手帳の一ページをびりりと破った。

そしてボールペンを滑らせた用紙を、はちの前に差し出した。


あさっての日付。

「明日発刊の分に、載せようと思います。」

『黒蝶堂に待望の客到来。なんとその数1800人!』

「余計な御世話だ。」

「そうですね。できないことには、手を出しません。」

彼女はそういうと無表情に、紙をびりびりと破り、辺りへ散らした。

はちはその紙きれを恨めしそうにちらりと見やり、黒蝶堂を後にする彼女の後ろ姿を見送った。


「あんた、腕の調子はどうなんだ。」

はちの声に彼女は振り返ると、少し驚いた表情で目を見張った。

そして、手を控えめに上げ合図を送り、踵を返して、黒蝶堂の戸を閉めた。



【終】



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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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