しごとの話


【しごとの話】

「なんだこいつは…。」

はちは、机上に放置されている紙を持ちあげ、まじまじと見つめた。
一枚のチラシ。「新規入居者募集!」の文字が嫌でも視界に入る。
その下。
新設ビル建設予定地の場所と、オープン日時がデカデカと載っている。

「まさか、『これは安い!この機会に、マンションでも買いましょう!』とか言うんじゃねぇだろうな…?」

はちは、眉根を寄せた。
笑顔のまま、しろは人差し指をたてるだろう。その様が、いとも簡単に想像できる。
すべてを勢いで乗り越えようとするあの性格は、なんとかならんものか。
彼の嘆きは、いつもいつも、あさっての方向に打ち返されてしまうのだが。

「…いや。あいつも、そんな金なんざどこにもねぇってことくらい、知ってるだろ。」

なら、これみよがしに堂長席に置かれた広告が意味するのはなにか。
裏をメモ用紙として使えって事か。
と思い、裏返したが
予想していた白いスペースはそこになく、違う不動産の記事で埋め尽くされていた。

「駅の近くか。」

再び表を見、
意味も無く、住所を確認する。
そして、チラシを机に戻し、ずれた眼鏡をかけなおす。

と、更に下の方に書かれてある、マンションのオープン価格に気がついた。
ふと思い立ち、引き出しから電卓を取り出してみる。

今の収入で、どれくらいのローンを組めば、マンションは購入できるのか?
ぼちぼちと、数字をはじいてみる。

…はちは、途中で計算を放棄した。

貧困なる未来に対する蜂起を、今すぐにでも起こしてやりたい。
そんな気分に陥った。
電卓の電源を勢いよく切り、乱暴な手つきで、元の位置に戻す。

「一生働いても、玄関とベランダくらいしか買えねぇぞ…」

いや、それは家とは呼べないだろ。と、一人寂しく、自らにツッコミを繰り出す。

そして、古いながらも雨風の凌げる家があることに、ひどく感謝したのであった。




星がキラキラと輝いている。

その真下。

纏わせていたコンクリートを剥がれ、掘り返された土の覗く地面。
敷地内に建つのは、半分取り壊されている、年季の入ったアパート。
明日残りを処分するのだろう。
材木と化した【家だった物体】の欠片を踏みつぶす、巨大な車体。

王座する、黄色のショベルカー。
騒がしく働いていた昼とは違い、今は沈黙を保っている。

そして、ショベルアームのちょうど天辺。
手を伸ばせば、星を掴めそうな。夜空に最も近い場所。
両者は、そこにいた。

「次の持主と建造物は、こちらで調べるわ。」

フリーコールから聞こえてくる機械の音声を思わせる、事務的な抑揚の無い声。
少女は、返事の無い少年の横顔をじっと見る。

「諸行無常、栄枯必衰。ここを出て人間は、どこに行くの?」

変声期を経ていない、少々高めの声で少年は、淡々と言葉を紡いだ。
近寄ってきた少女に、なんの警戒心も抱いていないようだ。その瞳は、焦点を結んではいない。

「知識を欲しているのなら、堂長に問いなさい。」

少年は、少女を知っていた。
黒蝶堂。憑者と人間の中継地点。
少女は、そこの憑者だということを。

しばしの沈黙。
少年は、抱えた油菓子の袋から中身を取り出し、黙々と口へ運ぶ。
ぱりぱりぱりと、揚げたじゃがいもが割れる音で、辺りに一定のリズムが刻まれる。
そのリズムに合わせて、ショベルカーから投げだしていた足を、ふらふらと揺らしている。

やはり、横に立つ少女を意に介す風は、一つも無い。

何も映っていない、虚空を見つめる少年の横顔に、少女は口を開いた。

「食べなさい。甘い物が好きでしょう?」

肩から下げたポーチから取り出した、小さな包み紙。
口の中でぐにゃぐにゃと逃げ惑う、一口サイズの砂糖菓子。

しろが先日買ってきてくれたものだ。

少年は、手元のスナック菓子を脇に置き、少女から菓子を受け取った。

「グミ…だね。」

途端に訪れた、袋の暗転。
ばらばらばらと、まるで、はらはらと舞う大粒の雪のように地へ降って行くスナック菓子。

それを気にも留めない少年。
先ほどとは種類の違う咀嚼音が、夜の工事現場に響く。

生温かい夜風が車体の間を通り過ぎ、
月が、雲隠れから姿を見せ始めた。
注いでくる月光が、少年と少女の表情を鮮明に照らしていく。

「ねぇ、ここはどうなるの。」

少年の視線は、空に向けられたままだ。
独り言と言っても、差し支えない呟き。

「堂長に問いなさい。」

少女は彼の呟きを拾い、短く返す。冷たくも感じられる、凹凸の無い声音。

「ねぇ、僕はこれからどうしたらいいの。」

少年は続ける。視線を、もらった砂糖菓子の包みに移す。
膝の上に散らばった、8つの銀紙。
その一つに手を伸ばし、剥ぎ、口へ投げる。甘ったるい匂いが、口中に広がる。

「堂長に、問いなさい。」

先程と同じ、相も変わらない声音。

少年は、足元をみた。
面影の微かに残る家。さら地となった、自分の憑場。
消えた人間達。新たな地へ旅立った、人間達。
彼らが自分に気づくことは、結局最後まで無かった。
…いや、子どもには気づかれていた。自分を見付ける度、
その眼が絵に描いたように丸くなっていたのを、少年は思い出す。

しばしの間。
手元のグミは、すっかり無くなっていた。
小さく、唾を飲み込む音が聞こえた。

そして、膝の上で丸められた少年の拳に力がこもるのを、少女は見落とさなかった。

「…ねぇ、僕はどうして、捨てられたの?」

「あなたがここにいるのは、あなたを必要とする者がいるから。」

一瞬の間も持たせず、少女は言い放った。
その言葉を、予見していたように。

少年は、俯いていた顔をはっとあげ、少女を見つめた。

ここにきて、初めてまともに少年の瞳に映った、傍らの少女の顔。
彼女は無表情ではあったが、そこには
内面からの、凛とした、確固たる自信がにじみ出ている。

「嘘ばっかり、だ。」

堂々とした少女の様子とは対照的に、少年の語尾が震えていた。
頭を抱え、目はこれでもかと言わんばかりに見開かれている。

「現にこうして話しているあなたは、私に必要よ。」

混乱する脳内に、少女の言葉が沁みこんでくる。

「それは今だけ、でしょ?」

首を強く左右に振り、必死で否定する。だが、少女からは目が離せない。

「あなたに会う前までは、ね。」

少女も、目を逸らさない。

「だけど、あなたに会った今から先は、そうもいかないわ。」

目を逸らさぬまま、感情の揺らぎを全く見せず、

「あなたを孤独にはしない。そのために、黒蝶堂は存しているの。」

おごりも、慈悲の心も感じられない声で、
さも当然の如く、少女は言い放った。
それはまるで、

「台風が来れば、学校は休みになるわ。当然じゃない。」

と告げているようだ。

「…堂長に会えば、わかる?」

少年の弱弱しく、か細い声は、闇に溶けてしまいそうである。

「そのための堂長よ。」

少年は、少女から、ハンカチを手渡された。
歪な兎がプリントされた、お世辞にも趣味が良いとは言えない絵柄。

両手で顔をぺたぺたと触る。
あぁ、これは無様だ。
少年はここで初めて、自分が涙を流しているという事実に気がついた。
鼻水も涙も、ぼろぼろと際限なく零れており、
手首で拭う際に土が付着してしまった顔は、文字通り、
見るも無残と言わんばかりに、ぐちゃぐちゃになっていた。

「ぷれぜんとじゃないから、ちゃんと返しに来て頂戴。
空腹なら、健康的な食事を準備できるわ。」


「…堂長は、僕を受け入れてくれる?」

途切れ途切れの、突拍子もなく、的を得ない問いにも、少女は言い淀まない。
少々笑みをたたえた口元で、少年の欲する言葉を与える。

しかし、それは、すべてではなく、ちらつかせる程度に留まる。
不安と期待の中間地点で、彼を置き去りにするかのように、

「懸念が杞憂に変わる瞬間は、自分の目で確かめて頂戴。」

意地の悪い笑みを浮かべた少女・ゆりは、少年をその場に残し、車体から飛び降りる。

「約束よ。それはちゃんと洗って、直接私に返して頂戴。大事なものだから絶対よ。」

振り返ってそう言い放つと、月光照らす帰路を歩き始めた。

ゆりの手によって、見上げれば首が痛くなるほど、大幅に上げられたハードルを、
たった一人の力で乗り越えていかなければならないという近未来。

この時のはちはまだ、知る由も無かった。

-少年が黒蝶堂の戸を叩く、数日前の話。


【終】


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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