『希望の光』

【はちの月企画 一日一短編】

お題⑦ 『希望の光』


後悔は、読んで字のごとく、”後から”来るものだ。

喧嘩の原因は、単純明快。
夏の夜、夕飯の席。
はちは並べられた食事を前に、ふと洩らしてしまった。

「今日もそうめんかよ。たまには冷麦でも食べてぇんだが。」

その言葉を聞いた、料理の作り手であるしろは、手元の箸を勢いよく机に叩きつけた。

「お、おい。いきなりどうしたんだよ。」

変なスイッチが入ってしまったようだ、と、はちは、立ち上がったしろを見上げながら思う。

「…はち、料理を語れる資格は、料理を作った者と、おいしく食べた者にのみ与えられるべき特権です。」

尊大な見下し顔と共に、抑揚の無い声が降ってくる。

そしてしろは、左手を腰に添え、右手の人差し指をズバッとはちに突き付けた体勢で、

「ただボケっと座って据え膳を待ってるだけのはちが、
知識だけでそうめんと冷麦の違いを語るなんて、
100年早いんですよ!」


威勢よく、啖呵を切った。

「べ、別にいいだろ!減るもんじゃねぇし」

「いいわけないです!激減です!」

喧嘩の発端は、いつもくだらない。
その上、お互いに引っ込みがつかなくなるのはいつものことで。
結果、暫く口論が続いた後、しろは部屋を出ていってしまった。

それから、3日が経った。

「いい加減意地を張るのはやめたらどうなの。」

「うるせぇよ。てめぇには関係ない話だ。」

とげのある言葉の仕返しに、額に飛んできたのは万年筆。
抜けば血が出るだろうと、はちはそれをそのままに、堂長席で悶える。

「まだ、もずく生活を続けるつもり?」

頬のこけたはちへ、ゆりは天井付近から声を飛ばす。

「冷蔵庫の中にもずくとマヨネーズしか入ってねぇんだよ。仕方ねぇだろ。」

「つまんない意地張ってないで、さっさと謝罪すれば済む事よ。」

「あの時、誤ったのはオレじゃない。謝るべきは向こうだ。」

「でも仕事に支障をきたしている様じゃ、その意地も無効よ。」

あの日以来。

しろはゆりと自分の分の食事しか準備しなくなった。
元より食事は、しろに任せきりだったはちにとってそれは、文字通り”死活生活”を意味する。

それからというもの、はちの主食はインスタントに食べられる、もずくのみとなったのだ。

そんな断食まがいの生活も、三日目に入ると、様々な弊害をもたらすようになった。

日誌の不備をゆりに詰られ、回覧板の回覧済み欄にチェックを入れ忘れ、
手元が霞んで机に黒インクが零れ、たまに来る客にも気付かない始末。

そんな有様を見るに見かねて、ゆりは分厚い本を机に叩きつけた。

「私は食べなくても存在し続けられるけど、あなたに死なれたら困るの。」

そう言い放つと、はちとしろ両人を強引に連れ出し、台所へと足を運んだ。

「おいおい、これはどういうことなんだよ…。」

自らの背丈程の高さの戸棚を後ろ背にして、はちは立たされた。

脇のテーブルには積み上げられた白い皿と、湯呑。客用のティーセットが並べられている。

「しろ。あなたは今でも怒ってるのかしら?」

「当然です!はちの発言は、料理と食事への冒涜でしたよ!」

ふふんと小生意気に笑ったゆりは、テーブル上の食器類に指を伸ばす。

「なら、その怒りをそれにぶつけなさい。」

「え?いいんですか?」

戸惑うしろにも、ゆりは楽しげな表情を変えない。

「ほら、あなたの怒りをはちに知らしめてやって頂戴。」

その言葉に触発されたしろは頷き、一枚目の皿を手に取った。

「ふっざけるんじゃないですよ!」

板間と皿の、思わず耳をふさぎたくなるような派手な衝突音。

しろの足元に、陶器の白い破片が散らばった。

「お前…!なんてことを…!」

はちの顔色がさぁっと青ざめていった。

「大丈夫。」

はちを横目にゆりはそう言い、指を宙に舞わす。

すると、不思議な事に皿は音も無く元の形に戻って行った。

信じられない光景に、はちが眼鏡を拭けば、私は黒蝶堂の憑者だからこれくらい簡単なの、

とゆりは呟いた。

「あなたの怒りは、私が食べてしまうわ。」

続けて皿を渡すゆり。

「満足するまで、やっちゃいなさい。」

こくり、としろは頷いた。

と、今度ははちの耳の間横で、裂音が鳴り響いた。

「自分の食べた食器くらい、自分で下げてください!」

「献立を考える側の人間に対して、『なんでもいい』は禁句です!」

日頃の鬱憤が、言葉として溢れかえっている。

その代償。
投げられた戸棚のガラスと衝突した皿は砕け散り、パラパラと床へ落ちていく。

「てめぇら!食器に罪はねぇだろ!元に戻ればいいってもんじゃねぇんだぞ!」

「うるさいですねぇ…。」

完璧にスイッチが入ってしまったしろは、はちの湯呑を足下で粉々に砕いた。

思わず目を覆ってしまうはち。

「…オレはそこまでの事をしたのか?」

小さく嘆きのポーズを取る事しか、できなかった。

それから暫くの後。

目前の戦場に呆然と立ち尽くしていると、しろが手に包丁を握ったのが見えた。

そのまま、戸棚の前に立つはちに迫ってくる。

「よ、よく見ろ!食器は元に戻っても、オレは元には戻らねぇんだぞ!」

はちとしろの間に、ゆりが立ちはだかった。

静かな声音を発しながら、ゆりはじっとしろを見つめた。

「切り刻むならはちじゃなくて、食材にして頂戴。」

その言葉にしろは歩みを止め、包丁を流しに置いた。

「そうですね。なんだかすっきりしました。」

しろの発言に、先程までのピリピリした空気が一瞬にして昇華された。

しろはにっこり笑顔を浮かべ、ゆりの背後の今にも腰を抜かしそうなはちへひと言。

「はち、僕に言う事は?」

「…わ、悪かったよ。この惨状は、オレの非だ。今度から食器は下げるし、食べたいもんは
事前に考えとくから…な。」


「まったく、はちは本当に素直じゃないんですからね。」

ふぅっと溜息をつきながら人差し指を立てたしろは、くるりと踵を返した。

「さぁ、夕飯の支度でもしますか!」

言うやいなや、買い出しに出かけてしまった。

堂内に置き去りにされた両者。

「私にも感謝して頂戴。」

「なんでオレが。」

ゆりは、手元のフォークを投げながら、

「だって私は、あなたたちのくだらない諍いに終止符を打ってあげた、
いうなれば『希望の光』だからよ。」


隣のはちを見やった。

「本物の光なら、包みこまれるだけで万事解決だろ。
あんな乱暴な手段、もう勘弁だ。」


はぁ、とはちはため息をつく。

「目的の為なら、犠牲は払っても、払い過ぎる事は無いわ。」

「オレは”釣りはいらねぇからとっとけ”と言えるほど、裕福じゃねぇよ。」

「周知の事実ね。」

苦々しい表情のはちとは対照的に、最後の皿を片付けたゆりは、

「犠牲を出したくないなら、まずは落ちた体重を元に戻すこと。
堂長、あなたは『希望の光』になる可能性があるのだから。」


「大それたことを。オレに何ができるって言うんだ。」

さぁね?と意地悪く笑うと、奥間に姿を消した。


【完】


リハビリがてらの短編でした。
すっごく、難産でした…。 
皆様も、ケンカと夏バテにはご注意ください。


追記からお返事です⇒ゆささん、水無月さん
拍手だけの方もありがとうございますv


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ゆささん

ただいまかえりました!
一度ひっこんでしまうと、帰ってくるタイミングを逃してしまいまして…

台風ですか!?お盆直撃とは…なんとも空気の読めない気象現象ですね。
親せきに会ったり、のんびりしたりすると、お盆が来たなぁって感じがします。
近況報告も大切ですよねv

ありがとうございます!
さっそく一日ずれましたが←ぼちぼち頑張ります!

水無月さん

うん、そうですね。
ひまつぶしときんきょうほうこくようにどぞ^^

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

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【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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