【本の話】

【本の話】

昼下がりの黒蝶堂。
店内前方、堂長席に座す、黒蝶堂堂長・黒川はち。
表は朝から天気がいいが、相変わらず、客足の遠い古書店内。

はちは先程から、飛んでは戻ってくる意識に、もてあそばれていた。
昼食後の睡魔にどうしても抗えないようで、うつらうつらと船を漕いでいる。

「片付けるな。まだ、まだ食えるっていってんだろうが!…あ、なんだ夢かよ。」
自らの声に驚き、はっと目を覚ましたはち。
寝ぼけた頭を勢いよく左右に振り、眠気を吹き飛ばす。
すると、机の上に乗せてある黒電話が、タイミング良く音を鳴らし始めた。

「…はい、こちら黒蝶堂。」

「―――!」

女性の声だということはわかった。
だが、何を言っているか、聞きそびれてしまった。
電話口の人間が早口なのか、彼の脳が完全には覚醒してないからか。

はちは「あ?」と言いそうになる口を抑え、ゆっくりと問う。

「もう一度、お名前をお願いできますか?」

「私は―――です。欲しい本があって、えと、お尋ねしたい―――」

彼女の声は受話器をあてた右耳から左耳へ、100メートル走をしているのかと言わんばかりに
ものすごい勢いで、駆け抜けていく。
発せられる単語を拾うのがやっとなほど、よく噛まないな、と思えるほどに。

「…マシンガントークって、こういうことか。」

相手に聞こえない音量で、はちは呟く。

「えと、三冊目は―――で、」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

まったく聞き取れない状況に陥っているはちの耳へ、
彼女は容赦なく言葉の弾丸を浴びせ続ける。

「落ち着いて下さい。本は逃げませんから。」

彼女ははちの言葉を聞くと、その言葉を更に加速させた。
自らの言葉に立ちふさがる、障害物だと思ったのかもしれない。

「あの。」

はちが新幹線と化した彼女をなんとか止めようとした。
丁度、その時。

「置いていないのなら、違う店に電話を掛けます。だから―――」

耳が、言葉を拾い、
はちは側頭葉を、ピストルで撃ち抜かれたような錯覚に陥った。

せっかくの客、ここで逃がすわけにはいかない!

「待ってください!」

はちは耳に、全神経を集中させた。

「待ってください。本のタイトルを…」

「白黒、ナメクジ定食、死神の限界突破、アシタニコンニチハ、嗜好のセオリー学、
蒼い風景―――どれも今では絶版になって―――今すぐ欲しいので―――」


「…探してみます。」

どれも聞き覚えの無いタイトルばかりだ。
彼女が絶版と言う通り、随分昔に発刊されたものだろう。
出版社も著者も分らない状態で、堂内の莫大な本の中から探すのか。

しかも、すでに絶版になっている本だ。
「ある」保証はない。

右手でメモを取った後、はちは左手の受話器を右手に持ち替えた。

「あるかないかだけでも、わかりませんか。わからないなら違う店に―――」

届いてくる声。
どうやら彼女は、焦っている様である。
事情は不明だが、黒蝶堂に「データベース」つまり、「検索機」という便利な物はない。
だから、今すぐと言われても正直困るのである。

困るのである。
実際困っている。

だが。

はちには「違う店」、の単語が色付きで視界を覆ったように感じられた。

「二分だけ、時間をください。」

そして、相手の返事も聞かず、はちは受話器を机に伏せて置く。

…この客を、逃がすわけにはいかない。
今本気を出さずして、いつ出すのか。

がたん、と椅子を鳴らし、はちは堂内の奥、居住スペースへ足を運んだ。



「ゆり!」

「ゆりちゃんなら御出掛ですよー。」

急げ急げと逸る気分とは裏腹に、なんとも間延びした声が耳に届く。

「こんな時に限っていねぇんだから…!」

はちは焦りの色を隠せない。奥間から出てきた返事の主・氷山しろは首を傾げる。
一体どうしたんですか、との質問に20字程度で応えると、しろは「あぁ、そういう事情でしたか」
と頷いた。

「つまり、その本があるかどうかを調べればいいんですか?」

「いや、売りつける。」

はちは断言する。この客を逃がせば、今後の営業が全て滞る様な、そんな気さえしていた。

「言葉が悪いですよ。」

しろが諌める。手元の洗濯物を畳み終え、よいしょと腰を上げる所だ。

「商人だからな。言葉巧みと言ってくれ…って、そんな話をしてる場合じゃねぇんだよ!」

はちは引き出しを開けてリストを探す。きっと先代・伊織の時も日誌をつけていたはずだ。
そこに何かしらのヒントがあるはずだ、との期待を込めて。



しかし、探しても探しても、日誌自体が見つからない。
保管場所はきっとゆりが知っているのだろうが、現在彼女は外出中。
そして自分に残された時間は、残り1分足らず…。

メモを見、本を一冊ずつ探すのには”不十分”すぎる時間だ。
はちは頭を抱えた。

一体どうすれば…!

「はち、諦める前にする事があります。」

「誰も諦めちゃいねぇよ。諦めそうになってるだけだ。」

「相変わらず、変な所で意固地ですね。」

しろは立ち上がり、堂内へ向かう。

「おい!」

はちは後を追う。しろは、堂長席に置かれた要求本のリストを見、ほぉ、と声を漏らす。
そして振り返る。

思わず目を覆いたくなるほどの、まばゆい笑顔が浮かんでいた。

「はち、今日は御馳走が食べられますよ!」



「それで、どうなったの?」

ゆりはお茶を啜り、茶菓子のチョコレートを摘む。
縁側に面した小さな庭で、はちは一人、草むしりをしている。

しろは話を続ける。



「すべて売却可能…です。」

と半信半疑で客に伝えたはちの机に、一冊ずつ本が積み重ねられていく。

しろの足取りに迷いは微塵もない。
脚立を運び、背表紙を舐めるように見れば、まるで最初からしろを待っていたかのように、目的の本が棚に並んでいる。

はちは絶句していた。
しろはリストも、データベースも所持していないだろう。

であるのに、どうしてこんな事ができるのか。

もしやこの電話主が事前にしろと打ち合わせをしていて、オレを驚かすために…
いや、可能性として無くは無いが、そんな事をしても、この客に何の利益も無いだろう。

なら、なぜなんだ。

はちが唸り、ぼんやりしているうちに、すべての本が出揃ってしまった。

向かいには、どうですか!と言わんばかりに得意げなしろの表情。
耳元で客が叫ぶ。

「本当に全部――?この際値段はいとわない――」

客の声は相変わらず遠い。はちは値札を確認した。
ひくっとこめかみが痙攣する。

こんな古本がこんなに高ぇのかよと言いたくなる気持ちを、ぐっとこらえる。

営業用の声を準備して価格を告げると、

「買うわ。思ったより安くて安心した――」

客は即決した。
はちは内心、おいおい正気かよ…と告げたくなったが、またもぐっとこらえる。
そして一言。

「お、御買い上げ誠にありがとうございました。」



「それが、どれも結構な貴重書だったみたいで。」

ゆりはしろをじっと見つめる。

「相場に添ってるわ。価値に相応の価格よ。」

「こんなに高価な書物があるんだと、僕もびっくりしました。で、はちは驚愕の気持ちを抑えるために草むしりを。」

しろはくすりと笑う。

「あなたのおかげね。」

ゆりは庭で作業中の彼を観察しながら、銀紙をびりりと破る。
しろの口元がほころぶ。

「たまには僕も、役に立つでしょう?」

「えぇ、助かるわ。」

小さく笑むゆりは、しろに湯呑を差し出す。
重力に従い、急須から零れ落ちる温湯。
その水流に、彼女の陰りの表情が映った。



「僕、一度見たら忘れないんです。」

庭にて、はちは回想する。

「だから、本があるかどうかだけじゃなくて、どこにあるのかもすぐわかります。」

「それはすげぇな。」

それは、自然と零れた感想だった。

「伊達に黒蝶堂の常連だったわけじゃないですからね。」

人差し指を立て、得意げに話すしろ。

その一方で、

「今回は本当に助かった。」

はちは素直にそう言えない自分に疑問を抱くと同時に、その疑問の答えを得ている事を知っていた。

――オレも、気合入れていかねぇと。

古本の相場さえ把握してない自分は、堂長の座を追われても仕方がない。
本は確かに大量にある。だが、本の場所を完璧に把握できていない自分が、商売人だとは甚だ笑わせる。

――まったく、客の応対なんざ…慣れねぇ事はするもんじゃねぇ。

そう思う一方。
この草むしりが終われば、ゆりに教えを請おうと考えている。

――商売…いや、黒蝶堂について、もっと知らなきゃな。



【終】

ご注意:登場する絶版本と、実存する文庫本は、一切関係がありません。
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【うらばなし】

先日、相互リンクさせていただいている宇藤花菱会様へ

【小説内における実在するメーカー名の使用について】
コメントいたしましたところ、大変丁寧なお返事をいただきました。

その中での一文に、
「黒蝶堂さんでは、前に無茶な電話をかけてきた女性が色々な書名をあげていて、ああこれは秋雨さん考えるの楽しかっただろうな、と思いました。 」(原文失礼します!><)
とありまして。

私の話を覚えてくださっている方がいる!すごいすごい!すごく嬉しい!えぇすごく楽しかったです!

と、嬉しさを爆発させておりましたところ。
ふと、思い当たる事が。

…そういえば、この話完結させたっけ?と。
急いで確認しました。

【結果】

終わってNeeeeeeeee!!!

思わず太字にしてしまうほど、衝撃を受けたのです。
なぜ忘れていたのか…甚だ疑問です。
「何カ月放置プレイしてんだてめぇ!」と、はちなら怒ってきそうです。

思い出すきっかけをくださったmisia2009さま、本当にありがとうございました(平伏)

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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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