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【黒蝶堂の正月】

【黒蝶堂の正月】

「あけましておめでとうございます!」

眩しい光に目を無理やりこじ開けられ、黒川はちは新年を迎えた。
窓辺から差し込むは、朝方だけ神聖視され、今は見向きもされていないであろういつも通りの太陽。
枕元に用意していた、蝶の紋付があしらわれた羽織りに袴を身に纏う。

…違う。

はちは、帯を締めていた手を止めた。
――オレが準備していたのは普段の制服のはずだ。


――おかしい。
おかしいとは思う。
だが、おぼろげな寝起きの頭では、その原因を突き止める糖分が足りない。
訳も分からぬまま、身支度を整え階下に降りた。



寒い寒いと呟きながら、居間の戸を開く。

「あけましておめでとうございますですよ、はち。」

「あぁ、めでてぇな。」

茶を啜っていたしろは、はちの気配に振り返る。
空色に白い波風のような模様の羽織が、はちの目に映った。

「お前が準備したのか。」

コタツに足を突っ込みながら、はちは差し出された湯呑を受け取る。

「私よ」

しろの代わり、向かいに座る少女が口を開いた。
テーブルの中央に置かれた菓子入れ。
その中に在るチョコレートに手を伸ばす彼女は、いつもと同じ桃色の着物に、黒髪を垂らせている。

彼女は、はちを一瞥して一言。

「馬子にも衣装とはこの事ね。」

薄く笑った。

「悪かったな。現代っ子で。」

はちは不貞腐れ、ぷいと横を向いた。



「腹が減ったな。なんか食うもんあるか?」

はちは、大した期待もせず問うてみる。普段から贅沢とは離れた生活だ。
正月だからと言って、ごちそうを食べる必要はない。
茶づけに梅干し程度で満足だと思っている。

だが予想に反し、しろは待ってましたと言わんばかりに右手を上げた。

「今年は、おせちを拵えてみました!」

しろが取り出したるは、漆塗りの美しい立派な重箱。
一体どこからくすねてきたのかは、敢えて聞かない事にする。

「すごく頑張って作ったんですよ。おかげで寝不足なんです。」

じゃじゃーんという効果音を口ずさみ、勢いよくふたを取り払う。

そこに鎮座するのは――

「す、すげぇじゃねぇか…!」

重厚な内塗りの赤色。その絨毯に並ぶ色鮮やかな料理に、思わず腹の虫が鳴った。
中央の伊勢エビ、レンコンの和え物、黄色が眩しい数の子に栗きんとん。

周りを種々の惣菜が取り囲むそれは、到底三人では食べきれない量であろう。

はちは手を合わせ

「いただきます」

一礼すると、箸を持ち、取り皿に黒豆を盛った。

一口。
数回の咀嚼音。
期待に溢れるしろの目と、板チョコレートを1枚食べ上げ、はちを見るゆり。

そんな視線に囲まれた中。

湧き上がる嘔吐感に負け、近くの小皿に吐きだした。

脱兎のごとく駆けだし、台所で蛇口をひねり、乱暴に口をゆすぐ。
吐き出した黒豆は形を保ったまま、流しで水を浴びていた。

グミのようにぐにゃりと曲がり、それでいて噛み切れない触感。
油絵具の匂いが鼻を突き、口中の感覚を麻痺させた。

「これ、相当不味いぞ!」

「だって、ロウでできてますからね。」

後ろに迫る白い影。
悪びれた様子は一つもないしろは、仏壇用のろうそくと描画用の絵筆を片手に告げた。

「な、何…」

「手間暇かかって大変でした。でも、まさか本当に食べてしまうとは。巧く出来てたみたいで嬉しいです。」

しろはにこにこと笑んでいる。

嘘だろ…とはちは呟く。

確かに、言われてみれば、材料それぞれの光沢が少々強い気がする。
だが、今見直しても、エビのヒゲからフライのころもの細部まで本物と見紛う程の出来であり、着色も完ぺきだ。

――こいつのこういう能力はもっと使うべきところがあるんじゃねぇのか?

「確かに見てくれは巧いぜ。だがな、旨くはねぇんだよ!」

「上手い!」

けらけらと楽しそうに笑い声をあげるしろに、はちはがっくりと肩を落とした。
嫌がらせでは無く、ただ単純な好奇心がしろの原動力となっているのなら、本当に恐ろしい。

――なんて馬鹿げているんだ。

そう思わざるを得なかった。

その時。

「ごめんください。」

玄関の方から、聞き覚えのある声が届いた。



戸を開くと、向かいの弁当屋、その店主が立っていた。
新年の挨拶を交わすと、はちは彼女の足元に、小学生くらいの年頃であろうか、晴れ着を着た女の子の存在に気付いた。

はち達を不安そうに見上げ、右半身を店主の陰に潜めている。

しろが「こんにちは」と話しかけるが、ぴゃっと隠れてしまう。

店主はあらあらと笑うと、手に持っていた包みをはちへと差し出した。

「これ、おせちなんですけど、よかったらどうぞ。余り物で申し訳ないですが。」

「で、でもお代が払えねぇっすよ。」

はちは口ごもる。だが、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。

「いいんですよ、いつもお世話になってますから。」

――衝撃が走った。た、タダだと…!?

話によると、昨年からおせちの予約を承っていたが、つい先日一件のキャンセルが入ったらしく、材料が余ってしまったら困ると、自らの腕磨きと新しいメニュー開発を兼ねて作ってみたと言う。

「なので味は保証できませんが、おいしく食べてもらえるなら、私も嬉しいです。」

「あ、ありがとうございます!」

腰を45度以上折り曲げながら、はちは卒業証書を受け取る様に、頂戴した重箱を高々と掲げた。




昼時。

ごちそうを腹に収め横になり、ぐうたらとテレビを見ている途中。
今度は、黒蝶堂の表通りに面する戸が叩かれたようで、ガラスが軋む音が聞こえた。

「本日休業」の文字が見えないのだろうか。

しろがはーいと返事をし、コタツから出ていく。はちは起き上がり、あくびを一つ。

――普段は客なんて願ってもこねぇのに、どうして願ってねぇ時に限って来やがるんだ。

客は本来歓迎すべき存在であるのに、そう毒づきたくなるほど、完全に休みモードのはちであった。

その時、後頭部を硬い何かで強く叩かれた。

反射的にその箇所を押さえ何事かと振り返ると、そこには見覚えのあるツインテールの少女が、卒塔婆を手に立っていた。



「お前達、どうせまともな正月を送れていないのだろう?」

ブーツの踵を鳴らしながら堂内に上がり込んできた牡丹は、靴を脱ぎ居間へと上がり、ちらりとゆりを見やった。
対するゆりは彼女に一瞥もくれず、しろが作ったおせちを無表情で眺め、手に取り弄んでいる。

牡丹はゴホンと咳払いを一つすると、脇に携えた風呂敷包を開いた。

「十二分に掻っ攫ってきたから、十三分に感謝するんだぞ!」

テーブルに置かれたのは、自律で直立した白色。
四本の足は割り箸でできており、どこか見覚えのあるフォルム。

「…って、これは盆用の車じゃねぇよ!こんなのに乗ったら尻がべたべたするわ!」

ナスとキュウリで出来た牛と馬。その隣に置いても遜色ない程、白い餅は安定した形状である。

「あ、間違えたんだぞ。ついついな。」

そう言った牡丹が掲げたのは、大きなサイズのビニール袋。
その中には、白い小餅が大量に押し込められている。

「沢山持ってきたから、牛も馬も、兎だって作り放題なんだぞ!」

キラキラと目を輝かせるしろ。
その隣で、はちは「ははぁ」と平伏したくなった。
ゆりは微動だにせず、牡丹を見ていた。

――堂長ってのも、悪くはねぇかもしれねぇな。
はちはそんな事を思いながら、七輪を用意するしろの隣を通り過ぎ、砂糖醤油と4名分の皿を取りに行った。


【終】


2日には、櫻坂神社に参詣します。牡丹が餅を奪ったのは【朝咲寺】ってとこなんですが、またその話は後日に…。
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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