【小話】コタツと洗濯物、それとカコの続編話【更新】


【コタツと洗濯物、それとカコの続編話】

秋口。
気候は寒さを帯び始めているのに、次の台風が迫ってきている午前中の黒蝶堂。

「コタツに生乾きの洗濯物を入れると、火事になっちゃうんですよ!」

しろが堂内への戸を開き、ズカズカと肩肘張って入って来た。
どうした事かと、堂長席に座ってボンヤリしていたはちは左手で眼鏡を押し上げ、しろを捕捉する。
目くじらを立て、怒りを露わにしている白い彼。
ワイシャツを掴んだ右手が、忙しなく揺れている。

――しまったバレたか。

「温まっていいだろ。着た時に冷てぇっつーか、ひんやりするんだよな。」

はちは、だるそうに返す。
朝食時、自らの脇で乾かしていたシャツを、そのまま放置してしまった。
だからバレたのだ。
しかし、コタツの”残り湯”ならぬ”残り温み”だって使っているのだから、無駄が無いはずだ。


――そうそう、もったいない。これからは地球環境に優しい路線だって必要だろう?


「こんなに雨も続けば、仕方ねぇ事だ。」

表通りは水溜りが出来、水面を雫が踊っている。
ここ最近、ずっと続くご機嫌斜めの天候。
あめ、雨、雨。
余りの寒さに、まだ早いとは知りながら、コタツを出してしまったところである。

「仕方ないですね」と部屋干しを続けているしろは、
そろそろスペースが限られてきてますから、堂内にも干していいですか、と提案してきている。

「扉を全開にしたら、意外と風通しがいいんですよね」

しろは、新たな発見に、涎をたらさんばかりでハンガーを構える。

ゆりが「駄目よ」と釘を刺しているが、そろそろ彼が強硬手段に出てもおかしくない時期だ。
その一方、生乾きのまま取り込まれる洗濯物の枚数は、日に日に増え続けている。

「火事になって、本がダメになって、その上住む所も無くなったら、路頭に迷いますよ。」

しろは、頬を膨らませた。
いい年してそんな顔するんじゃねぇと、はちは内心思うが、きっと言っても通じないであろう。

この間水没しかけただろう。今更な話だ。」

「え、なんの話ですか?」

白い彼に、とぼける風は無い。
はちは合点が行った。

「そういやお前は出掛けてたんだな…イカ漁に。」

はちは事のあらましを掻い摘んで説明する。
しろは「ふむふむ、なるほど」と大人しく聞いている。

「…ってわけだ。分かったか?」

「つまり、水没死しそうなところを、ゆりちゃんに助けられたんですね。」

「まぁな」

そう言えばそうだったな、あいつカコとか言ったか。
二度と会いたくねぇ奴だ。

…だが、その後にゆりから半殺しにされており、むしろ気の毒にさえ思えるから不思議だ。

「はちはどうであれ、本は無事だったんですね。」

「あのなぁ、結構な被害だったんだぞ。散々だ。」

「でも全部元の位置に収まってますし、欠けた分も無いようですけど。」

堂内の本、その全ての位置を把握していると言うしろが疑問符を浮かべる。
はちは鼻で笑う。

――そんなわけがあるか。

「だから、腰くらいまで水に浸かって、本だってボロボロになっ…あ?」

はちは足元を見渡す。古ぼけた書物がびっしりと並ぶ棚。
水浸しになったにもかかわらず、ふふんとあざ笑うかのようにそこに鎮座する書物。

――これは一体どうした。

心当たりはある。

「てめぇの仕業か。」

はちは顔を天井に向ける。そこに見えるぽっくりの底。
真上に居たのかと、気配の無い彼女に声を投げやる。

「私は黒蝶堂の憑者よ。ここに在る物の統括権は、私が持つの。」

彼女は言葉の終わりと同時に、音も無く降りてきた。

「今修繕してたの。見てて頂戴。」

脇に抱えた本を二人の前に晒す。
その表紙には、大きな亀裂が入っている。
これはカコと対峙した時に持っていた本だろうと、はちはあの時を思い出してうんざりした気分に陥った。

――チョコレートって偉大なんだな。

そう思わざるを得ない体験であった。

彼女の瞳が、赤く光る。
その様は、薄暗い堂内ではひどく目立つ。
彼女の小さな右手が、裂傷をまるで舐める様に撫でた。
すると、その傷が見る見るうちに塞がっていくではないか。
捲り上がった紙面が、再び背表紙に引きつけられていく。

しろが歓喜の声をあげる一方、はちは顔をゆがめた。

「すごい!すごいですね!」

「ありえねぇ…」

騒ぐしろ、蚊の鳴くような声で呟くはち。
両者を見、ゆりは目の色を元に戻し、本をはちへ渡した。

「他愛も無い簡単な事。あなたもやってみるかしら?」

俗に言う放心状態を彼自身が把握する前に、はちは本を受け取った。



鼻歌を歌いながら家事へと戻っていくしろ。
その後ろ姿を見送って、はちは席へとつく。

そして、棚へと戻る前に棚を点検している彼女に向かって、

「憑者ってのは、なんでもできるのか?」

はちは常日頃から覚えていた疑問を問うた。

しかしゆりは答えない。
めげずに、続けて問う。

「てめぇらはドラえもんなのかそれとも魔法使いなのか、それとも妖怪みたいなもんなのか?」

言い切った後、「オレはどれも信じてねぇけどよ」と鼻を鳴らしながら付け足す。

「憑者よ。その場に在る物、発生する事象すべてを統括できるわ。」

彼女は一冊の本を手に取り、ぺらぺらと捲っている。

「…それなら、オレの思考だって操作できるって言うのか?」

彼女は振り返る。

はちと目があった。

顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

はちの背に、ぞくぞくと何かが湧き上がり、思わず唾を飲み込む。

三日月形に笑む、彼女の口がゆっくりと動いた。

「あなたの心の傷も、縫いつけてあげましょうか?」

挑発するような、高圧的な態度に冷たさを感じる瞳。


はちの半開きになった口が、ピタリと動作を止めた。

ゆりの指先には、ミシン針ほどの太さ、万年筆ほどの長さで組み合わされた針が光っていた。

見開いた瞳でゆりを見るはち。

数秒間の沈黙が両者間を通過する。

そして。

「それだけは勘弁願おうか。注射は苦手なんでね。」

はちは困ったように目を逸らし、右頬を掻いた。

「それと、今の質問は忘れてくれ。」


【終】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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