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【冬の夜の話】

【冬の夜の話】

昼間の雨も止み、澱んだ空に月だけが一つ、薄暗いアーケード端の黒蝶堂を照らしている。
夕飯後、食器を片づけたしろが「ちょっと出かけてきます」と笑顔で言って、早5時間。

時刻はもうすぐ午前零時。

携帯電話を持たない彼からは、一本の連絡が入ってくるはずも無かった。

「どこをほっつき歩いてるんだ、あいつは。」

「夜は奇怪な輩が出現するわよ。」

「あいつも成年男子だ。ああ見えてもな。心配することはねぇよ。」

「あら、気にかけていたのね。」

「…そんな馬鹿な。」

人を殴打すれば命にかかわりそうな程の、分厚い妖怪図鑑を膝の上で広げる少女。
はちは巷に溢れるゴシップ紙以上に、その類の書物を信用していない。
しろが淹れたお茶も、とうの昔に冷え切った。

「ちょっと散歩に行って来る。」

「口笛は吹かないように気をつけて頂戴。」

「そろそろ夜食が食いてぇんだよ。カロリーメイトってやつでも買ってくる。」

そう言うと、財布も持たず靴を引っ掛けたはちは、玄関の戸を後ろ手に閉めた。




堂から出発して数歩の地点。
人通りは全くなく、辺りは暗いが、足元は見える。
その程度の明るさの中。

はちは体勢を崩し、派手に尻もちをついた。

「痛ぇ…」

何も要因がなく、地面と仲良くした訳ではない。
はちは落ちた眼鏡を拾い上げ、足元だった場所を確認する。
と、そこにはみねおちを攻撃され、ぐにゃりと逆エビゾリ型にひしゃげるなにかがあった。

銀色に輝くそれは、大手メーカーが好評発売中と謳うビール缶のようだ。

「まったく、誰がこんなとこに捨てていくんだ。」

それを手に取り、周囲を見渡す。路地が入り組んだ住居の密集地帯が広がる空間の道端。
飲料メーカーが設置する青いゴミ箱が、ぽつんと佇む街灯の下に立っていた。

「それっと。」

コンクリートで強化された地面に激突した腰をさすりながら、ゆっくりとゴミ箱に近づく。
二つ開いた穴のうち、右の穴に缶を持った右手を差し入れた。

その時。

左の黒い穴から、白い物体が目にもとまらぬ速さで飛び出てきた。
それが素早くはちの右手首を掴むと、ひんやりとした感触を彼に与えた。

仄暗い闇から音も無く突き出たそれは、発光するほどに青白く、握力も強い。

それは、肘から下部分の、人の右腕であった。



意識の遠くで、物音が聞こえる。

「困りましたねぇ、何の準備もしていませんし…」

「ぜひ朝咲寺と深見ヶ原墓地を御利用下さいなんだぞ!」

「でも、お高いんでしょう?」

軽快なセールストークにお約束とも言える困惑の声音。

「大丈夫だぞ!早く、安く、懐石も旨い!セットだと、更に割引特価だぞ!」

「最高ですね!」

声が一段と大きくなった。

「今なら冥途までの道案内も私が担当してるんだぞ!」

「安心ですね!」

「さぁ、今すぐここにサインをするんだぞ!」

「わかりました!あ、その前に、はちを片付けないとですね。」

「なら車を手配しよう。」

懐から不思議な形の受信機を取りだした彼女は、ボタンを押している。
見覚えのある後ろ姿が、番号を口ずさむ。

「019の…」

「まず呼ぶのは霊柩車じゃなくて救急車だろうが!」

視野が明るくなったように、一気に開けた。
目の前には、青い帽子…ではなく、青いゴミ箱のふたを頭に載せた白い男と、紫色のよくわからない発光物体を周りに飛ばしているツインテールの少女。

「あ、蘇生しましたね。」

目を細め、にこにこと笑うは、5時間前に店を出たしろである。

「残念なんだぞ…」

その向かい。
至極がっかりと言わんばかりの表情を浮かべるは、深見ヶ原墓地の憑者・牡丹であった。

コンクリートの上に座り込んだはちを横目に、両者は話を続ける。

「ならこの話はまた次の機会に。」

「期間限定のプランだから、今後安くなるかは分からないんだぞ。」

俯き、頬を膨らませる牡丹。しろはそうなんですか!と白い髪を揺らす。

「それは困りますね。」

「でも、今すぐにこのプランを実行できる方法があるぞ!」

「え?」

しろが期待を込めた視線を送る。
牡丹は、へたくそなウインクをかまし、

「決まっているだろう?」

”だぞ”口調の少女は、後背に結び付けている二本の卒塔婆、その片割れに手を伸ばした。

「ここで、堂長を冥途送りにする!」

「ちょちょ、ちょっと待てい!」

はちの反論虚しく、彼女の半身以上の長さである、木製の卒塔婆は構えられた。
見上げた目の瞳孔は細まり、全体として赤紫の光を帯びている。
爛々と輝くその目の下。口元に、薄い笑みが浮かぶ。

一方、彼女の攻撃範囲内に入ったはちは、動かずにいた。
いや、動けずにいた。
腰が抜けて、立てずにいたのだ。
頼みの綱のしろは、「そうですねぇ…」と腕を組んで逡巡している。
牡丹の提案と、はちの命を秤に掛ける脳内会議が滞っているようで、
白い彼に助けを求めることはできないようだ。

牡丹が地を蹴った。




卒塔婆が激しくはちの頭上を襲う。
その直前。分厚い本が、はちの目前を通過した。

バシッと弾く音が辺りにこだまする。
本は旋回し、発射源へと引き返した。

「今宵の三日月は、死神を召喚したのね。」

「ゆ、ゆり!」

ゆりは本を手に収めると、焦げ跡の出来た表紙を手で拭った。

「しろ、はちを連れて下がって頂戴。」

「えー、でも…」

「早く。」

「…わかりました。」

しろは深く頷く。そしてはちへ走ると、彼の腕を握って強引に立たせた。
「痛ぇ…」と言いながら、はちはゆりの後ろに避難する。

「女の子に守ってもらうなんて、なんと嘆かわしい。」

小声で眉をひそめ、つぶやくしろ。
隣で息を切らし、居心地悪そうに後頭部を掻くはちは曖昧なうめき声を返す。

「深見の墓守、正気に戻って頂戴。堂長を襲うというなら、私が相手よ。」

ゆりは手元の本を開く。
両者の間を、ピンと張りつめた空気が通り抜けた。
三日月が、彼女達の立つ地面を照らし続けている。

しばらくすると、牡丹の目から、光が消えた。

「冗談だぞ。仕事が増えて面倒なだけだ。」

卒塔婆を後ろ背に差し戻し、肩をすくめる牡丹。
ゆりは彼女から目を離し、妖怪図鑑を脇に抱え直した。

「あまり騒ぐと、鬼がやってくるわ。」

「夜は危ないからな。堂長、ゆりをちゃんと守るんだぞ。」

「て、てめぇに言われたくねぇよ…!」

すると、牡丹はあっけらかんと笑い、確かにそうだな、と腹を抱えた。

「いざとなったら、深見ヶ原墓地を利用すればいい。何人でも化け物でも歓迎するぞ。」



「で、お前はどうして、ゴミ箱になんざ潜んでたんだ?」

黒蝶堂への帰路。はちが尋ねれば、それはですねと、しろは語り始める。
最近、街では新年を祝うために宴の席が多々設けられているという。店に行かず、自宅で酒盛りをする
者も居り、彼らはその席で出た空き缶を、街のゴミ箱に捨てて帰るというのだ。

「それが、ちゃんと分別できてなくて。ほら、ビール缶ってアルミ缶で、お茶はスチール缶ですよね。
それをごっちゃにして、ぽいするそうなんです。近所の方から苦情が出てるという話を聞きましてね。
僕がお手伝いしようと。」


「ゴミ箱に入って監視してたってのか?!」

「監視だなんて大それたものじゃないです。捨てる場所を間違えたら、教えようと思ってただけですよ。」

「一つ聞くがいいか…?」

「はい?」

「お前が中に入ってたらお前の分のスペースがあるから、入口が二つでも中は共通した空間になってんじゃねぇの?」

「もちろん!仕切りを外さないと、さすがに狭いですからね。」

「…なら、分別しても意味がねぇんじゃねぇの?」

「え?」

しろは立ち止まり、はちを見ながら首を傾げる。

「そう言えば、僕が穴から手を出して注意すると、奇声が聞こえましたね。いったいあれは、どうしたことでしょう?」

「…突然手を掴まれちゃ、誰だって驚くさ。もっとも、お前意外にするやつがいるとは思えんがな。」

はちは溜息一つ。空に浮かぶ三日月を見る。

「…さっきは、心臓が壊れるかと思ったぜ。」

「でも、牡丹ちゃんがいるなら、いつ壊れても安心ですね。」

にこやかに縁起でもない事を言い放つしろ。

「勝手に、人を亡き者にするんじゃねぇよ。」

自分が意識を飛ばしていた間、牡丹としろは葬式の段取りを決めていたのだろう。
どうにか”こっち”に戻ってこれた事を、はちは一人感謝するのであった。
そして数歩後ろを歩く少女・ゆりにも、感謝の念を捧げるのであった。


【終】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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