【白骨堂取扱専門店黒蝶堂 7(完)】

二階の倉庫からしろが運んできたのは、腰程度の高さで立つ、茶けたテーブルだった。
表面を台拭きで拭き、体裁を整えて店の前に設置する。
青色のテーブルクロスを掛け、中庭で捕れた魚の骨を菓子皿に盛り付ける。

「…奇抜なセンスだな」ぼそりと呟くはちが、しろの背後に立っていた。
その声を受け、しろは「!」と電球を頭上に照らす。

数分後。

「なかなかいい感じじゃないですか!」

更に瓶の口を青いリボンで飾れば…かわいいんじゃないですか!?
彼は骨をすり鉢で粉状にし、瓶詰にしていた。
料理にも使えて、ちょっとしたインテリアにも!と、即興の謳い文句が脳内に溢れる。

「準備万端、用意周到ってやつです!」

しろの呼びかけが、はちへの合図となった。
このような経緯で、黒蝶堂の前で簡素な出店が始まったのである。

さて、店の軒先に”カルシウム、あります”と即席の看板を立て掛け、暫く待機を試みることにした矢先の出来事である。

どうしたことだろうか。
ご近所の奥様方が、方々から歩いて集まってくるではないか。
店開き後の経過時間は、1分程度だろうか。
次々に瓶を手に取り、紙幣を重ねる。
相場が分からないので値段は適当です!と、しろがこっそりゆりへと告げる。

黒蝶堂の中で頬づえをついていたはちの様子が手に取る様に見えるようだ、としろは思う。
驚きの声をあげる間もなく目を見開いたのが、背中への視線で分かる気がしたからだ。



不思議な温泉が湧き出して、骨だけの魚が大量に泳ぐ庭が生まれて暫く後。

ある日、見るも怪しげな男が黒蝶堂にやってきた。

彼は、黒蝶堂近辺の地図を持っていた。

はちは彼の帽子の下に光る瞳を見つけたが、見て見ぬふりをした。
街中を走る河川が脇に書かれた地図。
枝分かれした川の先から、黒蝶堂の地下を通る、一本の水脈が描き入れられている。

男は、薄気味悪く笑う。

「この大動脈の上に存在するのが黒蝶堂だ。金脈よりも遥かにいいぜ。」

不思議なことに、男が訪問してきた次の日から、電話が鳴りっぱなしの日々が始まった。
問い合わせが殺到し、テレビ局が取材に来て、てんやわんやの毎日が唐突に押し寄せ始めた。

同時に、利益が出た。
古書店を一週間開けるよりも、出店を半日開ける方が、収益率が高いとゆりが指摘したのは、商売を始めて1カ月も経たない頃合いであった。

すべてがすべて、とんとん拍子だな、とはちは恐ろしいと懸念していたが、忘却の彼方に飛ばしてしまえるほど、毎日が慌ただしかった。
流されるがままに、三者は流行りの波に飲み込まれてしまった。



蚊が地の気配を察知するのと同様に、人の噂は人の匂いを嗅ぎつけるのだろうか。
しろが黒蝶堂前の通りで見るも怪しげな小瓶を売り始めてから暫くして。
働く姿が板についた彼の後ろ姿が、表戸のガラスを通してはっきり見える。

昼下がりは特に客足が増えるため、しろの手伝いとしてはちも駆り出されている。
最初は戸惑うことの多かった接客だが、半年も経った今では、不自由なくこなす事が出来るようになった。

配達があれば猶更いいのでは、というのは客からの声をゆりが拾ったからだ。
原付を走らせ商品を届ける宅配サービスを始めるのに、さほど時間はかからなかった。

「…オレ、今でも思うんだよ。」

商売を始めて丁度1年が経過した頃。

はちはふと呟いた。
目元は緩み、口元は弧を描いている。
胸に溢れる達成感が、彼を形作っていた。

本棚の上の少女は、相槌の代わりに視線を投げてよこした。

「…こんなに人が来て、こんなに店の物が売れて、生活もある程度は安定してきて三食食えてよ。
こんなに明日を心配しねぇでいい日が来るなんて…これって、もしかして夢じゃねぇかって。」

はちは眼鏡を取り、右目の目尻を人差し指で拭う。

やっと自分たちも、人並みの生活が送れるようになったのだ。
その手段が自分の心を苛む、非現実的なものであっても。

魚たちがいる限り、自分たちの商売はうなぎのぼりの成績を収めるのだ、と。
販売を開始して暫くすると、今度は白骨の持つ丈夫さと細工の施しやすさに注目が集まり、骨を溶かして固め直すと、部屋の柱に応用できることが判明した。
しろは楽しそうに日曜大工のレベルを越えた建築技術を発揮させ、今では黒蝶堂の一階は真白に染まった。
柱に壁から、堂長席までもが白い物へと形を変えた。
本来存していた大量の書物は、暫定的処置として、二階の自室へと追いやられていた。

そろそろ、この現象を現実と見なしてもいいだろうか、と、はちの中の葛藤が解けようとしていた。
昔の自分なら、絶対に許さなかったこの現状。自分はこんな、あり得ない事象など信じる人間ではなかったはずであるのに。

簡単に言えば、この仕事のやりがいと面白みに、はちは心奪われていた。

すると突然、少女が本棚から降りてきて、堂長席向かいでじっとはちを見つめた。

「今、なんて言ったの?」

「え?」

声の上擦るはちは、少女の問いが咄嗟に理解できず、思わず聞き返してしまう。

「最後。」

「だから、もしかしてこれは夢じゃないかっ…ま、まさか…」

ゆりはニヒルな笑みを湛えた口元で、一瞬だけ憐みの目をはちへと向けた。

「まさか、なんて思える事は、結局起こりうる可能性が高いのよ。」

「おい、ちょっと待…」

「あなたの事だから、後20年くらい気がつかないのかと思っていたわ。」

はちの言葉を遮る様に感想を述べた少女は、手首を優雅なる手つきで返した。
彼女の手元に収まっていたマグカップが、くるりと翻る。
陶器に収まっていた内容物-後に、それは炭酸に砂糖を大量に混ぜ込んだ飲料水だとわかった-が、
重力に逆らえず、一連の波となって床へと吸い込まれて行く。

数秒もせず、足元が雪を踏んだかのように一段落ちくぼんだ。
思わず膝をついたはちは、慌てて体勢を立て直そうと左手を地に突く。
と、今度は左手がぬかるみに嵌った。

――これは、まずい。

自らの立ち位置から数メートル先の床が溶け、水分を含んだ柱がボキリと音を立てて割れる。
白い粉が流砂の様に、出来上がった穴へ向かってサラサラと流れ落ちていく。
床にぽっかりと空いた穴は、蟻地獄へようこそ!と言わんばかり。
その場から離れようとすればするほど、抵抗空しく、ずるずると中央へ吸い寄せられていく。

ゆりの手から零れる液体は、留まる事を知らない。
一方、ゆりの足場はなぜか固定されている。よくよく見れば、彼女の踏み台は一冊の書物。
地面が抜け、ゆっくりと体が地中へと呑みこまれる。シャツの首筋辺りから、さらさらとした粉が背中へ流れ込んできて大変不快である。

目線が下がり、彼女の足元、背表紙が見える位置まで来た。
背表紙が身に纏うタイトルには、こう書かれてある。

【座敷童子が棲む家-繁栄と衰退-】

お前が読むな!と、はちは叫ぶ。その口に、白い粒が一気に押し寄せ、意識が遠のいた。

”白骨御殿”と化していた黒蝶堂が、白い粒子の山を築く。
2階に押し込んでいた大量の書物が、はちの頭上を襲った。

彼の姿が見えなくなった頃合い、ゆりはぽつりと呟いた。

「甘い夢から、早々に目を覚まして頂戴。」



布団から飛び出るように上体を起こしたはちは、咄嗟に左右を見渡した。
そこには真白い壁と柱…ではなく、単なる畳が敷かれた、自分の部屋であった。
鼻孔をくすぐるは、味噌の匂い。
どうやら朝のようではあるが…

「今日は何年の何月何日だ!?」

気付けばはちは、寝巻のまま家を飛び出していた。
道行く人間に詰問する。
皆一様に目を丸くしたがはちの剣幕に押され、問われた人間全員が拒否の意識を芽生えさせる間もなく答える。

暫くすると、辺りを飛び回り、幾度も日付を確認するという、不審者極まりないはちの足が止まった。
不審者は、背後に迫る少女を振り返り、眉をひそめる。

「わかったかしら?」

「…つまり、昨日の明日で明日の昨日なわけだな。」

はちは大混雑を極める頭で、”今日”を説明しようとするが言葉にできなかった。
得た答えはまさしく”今日”の日付である。
日誌を捲ると、そこには昨日の日付が立ちはだかっていた。

さて…すぐには噛み砕く事の出来ない現実が、目の前で座り込みを続けている。
はちは、目を細め、ぎゅっと眉間にしわを寄せた後、ゆっくりと黒蝶堂へ足を運んだ。

どうやら、今までのできごとが夢であった事が証明されてしまったようだ。



ぼんやり朝食を胃に収め、ぼんやり堂長席に座り、なんとも上の空極まりないはちの隣に、少女は歩む。
地面を蹴る音が、二階に移動させていたはずの本棚と、白くも無い壁に対して、こぎみよく反響した。

「しっかりしなさい。あなたは、」

「…黒蝶堂堂長・黒川はちでしょ?だろ。おんぼろの、古本屋の方の。」

がっくりと肩を落とし、自嘲気味に息を漏らすはちは、まぁ、こんなもんさと言いながら割り切れない表情である。

「ご明察。」

ゆりはわずかに目を細め、冷やかな笑みを口元に浮かべた。
更に一歩進んで、はちの足元に落ちたマグカップを拾い上げながら

「退屈だったわ。」

ふぅっと息を吐いた。

「…何がだ。」

今すぐにでも眠りに落ちたいと、これすら悪夢ではないかと、はちはつっけんどんに言い放つ。

「生活水準が上がれば、食卓に変化が訪れる。しろの料理の腕前を、限界まで観察したかったわ。」

しかし一向にごちそうの足音がしなかったと、かぶりを振るゆり。

まさかそれを調べていたのか?そもそもあの魚群は彼女の仕業なのだろうか?しろも夢を見ていたのか?
疑問は山のようにそびえ、川のように流れてきたが、今は濃い霧がかかったかのような脳みそに、深い睡魔が襲ってきている。

はちは怪訝そうにゆりを見下ろし、一言添えた。

「一日三食食えるだけで、十分ありがてぇだろうが。」

ゆりは、口の端を引き上げた。

「竜宮城は楽しかったかしら?」

「…それが、永久に醒める事の無い夢だと知っていたのなら」

はちは言葉を切り、天を仰ぐ。

「オレは正気に戻って、乙姫の寝首を掻き切るべきだったのかもな。」

「あら、なんと物騒なのかしら。」

おどけた口調で返す少女がだんだん遠くなる。
【座敷童子が棲む家-繁栄と衰退-】
彼女の持っている本のタイトルが、狭まる視界の端に止まったが、それが何だったかどうも思い出せない。

思い出せない様な、思い出すべきなような。
そんな堂々巡りを続けていたはちは再び、眠りの世界へ落ちて行った。


【終】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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