【雨の字面の話】

【雨の字面の話】

「・・・暇だな。」

梅雨入りも間近に迫った今日この頃。
昨晩からの雨が降り続く表通りには、水たまりがぽつりぽつりと点在し、合併を続けている。舗装された道路上では、天上より落ちてくる雨が油のように跳ねる。雨音は表戸を締め切り、じめじめとした空気の黒蝶堂の内側にも届き、黒川はちは日誌をつけていた手を止め、ぼんやりと外を見やり呟いた。

「・・・こんな日に、客なんて来ねぇよな。」

「雨漏りする屋根の下で雨宿りするのも、斬新だと思いません?」

ほんの近くから声が相づちが打たれ、はちは、ふと自分の机に視線を戻す。と、自らの肘の外側に、白い頭が現れていた。彼は「思いません」と返すはちを見事にスルーし、続けて言葉を繋いだ。

「それにしても、相変わらずの字の巧さですね!」

「・・・喧嘩売ってんのか。」

お世辞にも綺麗と言われた事の無い、乱雑な文字が並ぶ綴り帳。その上を、白い彼の青い視線が滑っていく。

「あ、ちょっと失礼。」

そう言うや否や、しろははちの手からボールペンを奪った。続けて、日誌を引き寄せる。そして、紙面が破れるのではないかと危ぶまれるほど迷い無く、ペンを走らせた。

「・・・おい、何やってんだ。」

白い彼の行動は突拍子もない。だから推測するだけ無駄なのだと言う事を、はちは今までの経験上知っていたから、敢えて真っ先に問うた。時代はエコ!無駄は省こう!と叫ぶ企業コマーシャルが、彼の脳内に浮かんでは泡となった。

どうやら、しろが手を加えているのは、日付の隣、「天候」の欄のようだ。はちの書いた「雨」という文字に、なにやら落書きをしている。終わりましたとしろが得意げに胸を張るものだから、はちはめがねをかけ直し、日誌を眼前に掲げた。

そして、すぐに顔をしかめた。

「なんで、「雨」の点を斜線にしてるんだ。こんな字は存在しねぇぞ。」

4つの点は上から繋げられ、更に、空きスペースとなった箇所は左上方より右下方へ向かって黒い直線で埋められている。辛うじて、「雨」とわかる程度の面影のみが残されている具合である。

「今日はどしゃぶりですからね!」

「・・・わけがわかんねぇ。」

「洒落てるわね、しろ。」

と、はちの背後に気配無く現れた少女が空気を揺らした。はちは驚き、慌てて上半身を捻る。ちょうど通り道ができた形となった少女・ゆりは、両者の間に割って入った。

「こんなのはどうでしょう?」

再びペンをとったしろは、「雨」の4つの点を、今度は右のブロックに集中させ、左を全くの空白に仕上げた。

「意味深長ね。」

「・・・そうか?」

どうせ、空欄側が屋内で、雨の降る側が屋外を示すとか言うんだろう。他の意図が含まれているとは到底思えないが。
感想を朧気ながら固めたはちの丁度反対側で、朗らかな笑みがゆりに向けられる。彼女は口角を上げながら、右手の人差し指で帳面をなぞった。すると、大きな赤と青色に着色された滴のイラストが、左の空白に二粒書き加えられていた。

「おお、芸術的ですね!」

「・・・「芸術」が「敵」の間違いだ。」

言ったはちの足の甲に鋭い万年筆の先が突き刺さる。靴を貫通するなんておかしいじゃねぇか、とツッコミながらぐぅ、とうずくまるはちを後目に、

「どちらを将来の黒帳堂内にするかは、貴方達の手にかかっているのよ。」

淡々と少女は宣った。

「なるほど・・・セキニン重大ですね。」

「誰か、現状を解説してくれ。」

復活したはちの目に、落書きで埋まっていた本日の日誌欄が飛び込んできた。更に、天候の欄を越え、本文の書き出しまでが、意味の分からないイミシンチョウな象形文字の出来損ないのような字面で汚されていく。これ以上ゲイジュツテキな状態にされてたまるかと、日誌を取り上げれば、両者はあからさまな程、顔を歪めた。

「なにするんですか!早く貸してくださいよ!」

「退屈な文章を読む側の身にもなりなさい。」

「ゆりちゃん、はちは退屈な人間なんですかね?」

「はち、貴方には「ゆぅもあ」が必要よ。」

「だから、初対面の人に怖いって言われるんですよ。」

「そうなの?」

「えぇ。大人ですらそう思うみたいですから、ちびっこにも逃げられること数回、いや数十回です。」

「・・・困ったわね。」

「ほんと、はちは手が掛かるんですよー。」

口は減らないが、悪気無くけらけらと笑うしろに、困った様など一つも伺わせず、相も変わらず仏頂面のゆり。とたん、日誌を片手に、うつむき加減になったはちから「ブチリ」と音が鳴った。ツッコミどころ満載の会話に加え、なぜにここまで槍玉にあげられねばならんのだ、との思いが渦巻き、噴出してしまった。「・・・退屈結構、平穏第一じゃねぇの。それに、お前の手に掛かった覚えはねぇ」と呟きながら、机と一体化するのではないかと思われるほど強く日誌を閉じ、がたりと席を立つ。なにもおかしくねぇのにヘラヘラできるかっての。もう我慢ならねぇ。

ーーそうだ、オレに必要なのはここぞという決断力だ。

ふわっと舞い降りた啓示に、はちは思わず身震いする。

たまには、ガツンと言ってやらねば。それでこそ、堂長ってもんじゃねぇのか?
じいさんは「お前の正しさがいつも正しいと思ってはならないぜ」とかなんとか言ってやがったけれど、知ったことか。少なくとも、オレにはこいつらが正しいとは全く思えねぇ。

だから、いつも妙な出来事に巻き込まれてばかりなのだ。そうだろ、じいさん。

「うるせぇぞ、手前ら!」

叫ぶと両者は、立ち上がったはちを見た。浮かぶのは、驚きに見開かれた4つの瞳。
ーーよしよし。うまい塩梅だ。さぁ、トドメを刺そうじゃねぇの。

「お前らのふざけた談義に付き合えるほど、オレは暇じゃねぇんだよ!」

決まった。これで完璧だ。
しかし予想に反し、たどり着いた先に待っていたのは、大人しくもない沈黙。
ーーあ?オレは妙な事を言ったか?

両者の顔のそれぞれの表情が、はちを捉える。呆れ顔と、すごくいい笑顔。はちは腕を組み、原因を探る。そして、眉を顰めた。
ーーわかっちまった。

はちの内心を読みとったのか、それとも単なる偶然か。
答え合わせをするかのごとく、両者は口々にこう言った。

「十二分に暇じゃないですか!」

「・・・冒頭に戻って出直しなさい。」

「・・・ですよねー」

重力に従い、席へと引き戻される。頭を抱えたはちは、「・・・やっぱオレが間違ってたのか?」
ぶつぶつと独り言を繰り返したのであった。

【完】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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