【雨の日は頭上に注意】

【雨の日は頭上に注意】

足下の悪い夜道を一人歩きするのは危ないですよ、としろに言われた数分前。
はちはまばらに雨が落ちてくる夜の中を、なんとも機嫌が悪そうに歩いている。
もちろん、「危ない」と忠告されたのは彼ではない。黒蝶堂の憑者と宣う少女・ゆりである。
その後のしろの采配により、彼女の代理として、はちに白羽の矢が立った次第である。

「・・・ゆりが危ねぇなら、オレはやばいと感じる暇すらねぇだろうよ。」

傘を差し、独りごちながら、砂利道を行く。
空には雨雲から覗いた星が瞬き、月は隠れている。
軽自動車一台が走行できるかできないかくらいの狭い道幅の両脇には、赤と緑で彩られた背の高いランプの整列が続き、その頭部から穏やかな橙の光が漏れている。ざりざりと小石同士が擦れ合い、傘の表面を空から落ちてくる雨粒が叩く。出歩くには、あまり条件のいい空模様とは言えず、はちはふと立ち止まって、息を吐いた。

さて。

彼は先の懸念通り、自分に危険が迫っているとは、全くもって全然、気配を感じる事さえなかった。
そう、まさに、”降って湧いた”と表現するべき唐突さで、彼は襲われた。

びりり、と布が裂けるような耳障りな音と共に、傘を支える右手に感じた重圧。
バキリ、と乾いた木の枝が割れるような音が続けて降ってくる。
と思うと、飛び出た鋼の枝が、視界一杯に広がった。
街灯の光を浴びながら、空中で数回前転をして目の前に着地した少女は、はちを振り返り、右手を挙げた。
下手くそなウインクをかましているのが見て取れる。

「おう、失礼したんだぞ!」

「てめぇ、オレの傘がダメになったじゃねぇか!」

あと一歩躊躇していたら、もしくは進んでいたとすれば、後頭部もしくは頸椎部位に傘の骨が突き刺さっていただろう。
はちは恐ろしすぎる可能性に、ぶるりと身震いをした。
しかし、少女は忙しそうに、足を止めることもなく。

「堂長、また後でなんだぞ!」

少女・牡丹は翻る。
背負った2本の卒塔母、その片割れに付けた巾着状のお守りを揺らしながら、傘を傾けることもなく、あっと言う間にはちの前方に深々と広がる闇へと溶けていく。
彼女の右手には、虫取りカゴらしき透明な小箱から伸びる紐が握られていた。
彼女のブーツで泥が跳ね上がり、勢いよくはちのメガネに飛んだ。

「・・・あいつ、何をあんなに急いでるんだ?」

突き刺さりポカリと穴の空いたブーツのヒール跡に、折れ曲がった傘の骨が遺されたはちは、そのみっともない様をどうしてか他人事とは思えず、ゆっくりと畳んで小脇に抱えた。



「・・・たでぇま。」

「おかえりなんだぞ!」

堂に戻り、びしょ濡れの、くたくたになった体を迎えたのは、往路で出会った少女であった。
はちへと手を伸ばし、「土産が楽しみだぞ」と目を輝かせる。
その額を右手の掌で押さえ彼女の視界を遮りながら、「見えないんだぞ!」との彼女の文句ごと、後ろに置き去りにして奥間へと急ぐ。

「何にも起こらねかったじゃねぇか!」

「まさか、本当に墓地中央の樹木周囲を9周したの?」

「てめぇがやれって言ったんだろうが・・・まさか」

「・・・ご苦労様。」

出迎えた少女・ゆりは呆れ顔ではちを一瞥すると、再び手元の書物へと目を落とした。

「9周すれば待ち人訪れるわ」って言ったじゃねぇかと、はちは外出前の様を思い出す。
疑い深く、しかし、まぁ、ゆりがそう言うならと、はちは実践したのだが、結果は不発。
そうか、反対周りだったかと、墓地の真ん中で暗がりに飲まれそうになりながら、ぼろぼろの傘を抱えて再度トライするも、結果は以下略。

「おい、まさか、まさかまさか。」

「まさかさかさま!」

「・・・黙ってろ。」

タオルを片手に割入ってきたしろが、はちの制止に対し、面白くなさそうにふてくされる。
唇を尖らせながら、抗議の声を上げた。

「だって、逆さまから読んでも同じなんですよ!」

「つまり、逆方向から回っても、意味はなかったんだな。」
しろから渡されたタオルで、濡れた髪を乱雑に拭う。
ついでに汚れた眼鏡を吹けば視界良好。寝る前に着替えをすればいいだろうと、タオルを肩に掛けた。

「怖くなかったんですか?お墓ですよ、お墓。」

「びびる必要がどこにある。幽霊なんざ、いるわけねぇんだよ。」

「本当は怖かったんでしょう?」
それでも食いついてくるしろを視界の端に追いやり、はちはため息一つこぼす。
彼女の反応から察するに、どうやら、9周がどうしたというのは、彼女なりの冗談だったようだ。
それならそうと、愉快なそぶりで軽口として叩けばいいものを。堂を出る前の彼女が機密事項を告げるかのように言うものだから、神妙な面もちで受けたというのに。

そんなはちの気持ちなどつゆ知らず。客間の引き戸を両サイドへ勢いよく開いた牡丹は、三者三様の彼らを見やり、からっと笑った。

「気の利かない堂長に成り代わって、あたしからプレゼントだぞ!」



「ほら、お土産だぞ!」

その言葉に、饅頭の類か茶菓子のような、一般的な手土産を想像したはちは、「・・・これが?」と思わず聞き返してしまった。
牡丹が差し出したのは、先ほど彼女と接触した時、右手に持っていた虫取りカゴであった。紫色の蓋が、透明の本体に被さっている。
電灯を切った黒蝶堂堂内で、そこから朧気な灯りが漏れる。
カゴの中央付近。小部屋の中では、青白い光が点ってはゆっくりと絞られ、四者の視線を釘付けにした。

「綺麗ですね!」

「・・・蛍なんてこの御時世珍しいじゃねぇか。しかもこんな雨の日に。」

「貴方、これ、どこで採取して来たの?」

三者が同時に感想を述べ、

「もちろん、深見ヶ原の小川だぞ!水辺でふわふわ漂っていたからな!」

得意げに胸を張る牡丹が、二つ結いの茶けた髪を揺らす。

風情めいた洒落た事しやがるな、とはちが感心を抱いた。
その時。
ゆりが鋭い視線で、牡丹を射ぬいたのがはちの目に映った。
ほぼ同時に、牡丹の肩がびくりと跳ねた。ゆりの無言の圧力が最大限かかっているのか、
「いや、それは、誤解で、そのれは、その、だな」と、問われてもいない”誤解”に対し、らしくなく言い澱んでいる。

そして、

「ゆっ、ゆりが蛍を見たいって言ったから持ってきてやったんだぞ!」

ようやく視点を定めた牡丹は、びしりとゆりを指さした。
一方、彼女の動揺どこ吹く風。ゆりは、厳しい目のまま、牡丹を窘める。

「訂正して頂戴。見たいなど一言も発してないわ。」

「『深見は辛気くさいところだから、蛍も逃げ出してるのでしょうね。』って、馬鹿にしたのを覚えてないのか?!」

「ただ推測を述べただけ。馬鹿にする気なんて更々。」

「屁理屈ばかりだな!」

じっと冷たい視線がゆりから飛ばされ、牡丹はひるみ、視線を落とした。心なしか、堂内の空気もひんやりと冷える。

「それに、あなたは嘘を吐いているわ。」

「・・・だから、これは蛍ちゃんだと言ってるじゃないか!」

「誤魔化さないで頂戴。」

「・・・おい、オレの目にも蛍に映ってるんだが。」

はちはしろの準備した茶を啜り、一息入れる。ゆりはこれが何に見えていると言うのだろう?
しろはニコニコと、事の成り行きを見守っている。

「これは、貴方がよく撃ち落としてる”あれ”ね。」

「アレ?」

「もしかして、お化け屋敷とかでよくお目にかかる、発光と点滅を繰り返す浮遊物体ですか?」

「物体じゃなくて、虫だろ?」

驚きと好奇心がない交ぜになった表情のしろにつっこみを入れたはちは、ゆりに「なぁ」と同意を求める。

が。

「そう。人の心を惑わし煙に巻いては、黄泉の世界へと誘う、異形の姿。」

彼女はしろの言葉を続けるように、注釈を入れた。

「・・・おい、何言ってんだ。」

蛍に導かれて川に落ちるとでも言うのか。そんなバカな。
確かにそういった事故はあってもおかしくないかもしれないが。そんな稀有な事例を取り上げなくとも。

はちの戸惑いに満ちた遮りも聞かず、ゆりは淡々と告げる。

「あ、あいつらはもっと大きいぞ。」

「これは細切れにされているけど、貴方が裁断したのね。こんな芸当ができるのは、この街でもかなり限られてくるわ。」

どうも話が通じないな。はちは蛍を細切れにする牡丹を想像し、気分が悪くなった。
一方の牡丹は、観念したのか。冴えない顔色ではあるが大げさに肩を竦め、

「降参だ・・・その通りなんだぞ。」

眉根を下げ、弱々しく微笑んだ。



「弄んでいいのかしら?」

ゆりは、相変わらず無表情である。彼女を咎めようとする口調でもなく、淡々と事実を抽出する作業に従事しているかのようだ。
すると、牡丹は片目を細め、口元を歪めた。
こんなに表情筋が活躍する奴もそうそう見当たらないなと、はちは珍品を観察するような視線を牡丹に投げた。
彼女は悪巧みを企んでいそうな、なんとも意地の悪い表情で、

「こいつら、いつもあたしの邪魔ばかりするんだ。どうせすぐ元に戻るんだし、少しは痛めつけてやらないとな。」

ふふふ、と笑い、カゴの上部に位置する開閉口を、じゃらじゃらと垂れ下がる数珠でぐるぐる巻きにする。
すると、数匹の”蛍”は一つになり、光を強め、カゴの中で激しく飛び交い始める。
口元を引き攣らせるはちに構わず、牡丹はカゴごと頭に乗せ、

「今日は雨で準備できなっただけだからな!これはあくまで代理で、いつもだったら蛍ちゃんはわんさかいるんだぞ。悔しかったら、見に来るんだな!」

苦虫を噛み潰したような表情で、再度びしりとゆりを指さした。
デジャブを感じたはちであったが、他方、指されたゆりは口元に三日月を造りながら、

「私を騙そうなんて、いい度胸してるじゃないの。」

にぃこりと笑った。
見ているこちら側の背筋が凍りそうな、凄みのある空気。

「どうもすみませんでした。」

牡丹が土下座をするまでに、大した時間はかからなかった。迫力に気圧されたのだろうか。
はちは「おいおいおい!」と、なんとかやめさせようとする。
が、隣のしろが「いやぁ、ゆりちゃんと牡丹ちゃんはなんて仲良しなんでしょう!」と笑うものだから、

「どこが仲良しさんなんだ!」とツッコむ役目も同時に回ってきて、はちは人手の足りなさを痛感するのであった。



「文字通り、『冥途の土産』ってやつだったんですね。」

「あー、座布団一枚。」

やりました!と笑うしろは、はちの座っていた座布団を勢いよく引き抜き、自分の分に重ねる。
そんなわけねぇだろ、御託だ、と告げるつもりであったはちは座布団より転がり落ちた。
そのおかげか、彼の耳はたまたま、彼女たちの小声の会話を無意識の内に拾っていた。

「”かの鬼”に怒られるわよ。」

「・・・承知の上だぞ。」

力無い笑いを浮かべながら、すっかりしょげてしまった牡丹は目を伏せた。
「ばれなきゃいいんだぞ」と小さく続ければ、「あなたが隠蔽工作できるほど器用なら可能ね」と、ゆりの皮肉が飛んだ。

まったく、誰が仕事の鬼なんだと、はちは項垂れる。
人魂収集が仕事の人間がいるとでも言うのか。第一、これが人魂なんざ、それこそ冗談に違いない。
・・・確かに青白いけどよ。

「嘘を吐くって事は、相手を欺く前に自分を偽っているという事なのよ。深く自省なさい。」

「おっしゃる通りだぞ・・・。」

果たしてこいつらは仲が良いんだろうかと、はちは眼鏡越しにゆりを観察する。
説教している少女は、友人と呼べるような存在に、いつもよりもどこか楽しそうに・・・

「・・・やっぱ、読めねぇな。アイツが何考えてんのかなんて。」

はちは、これはひどい思い違いだと、自分の頬をぱしりと叩く。第一、相手に土下座をさせるなんて、到底友人とは呼べないだろう。
はちが叩いた衝撃を受けたのか、牡丹の頭上で光を発する固まりが、ぐるぐるぐるとカゴの中で旋回し、朧気な光を一層強くした。

【完】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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