【小話】死に続ける男【更新】

【死に続ける男】

「お前には判るまい。」

突如として本から飛び出てきた男は、胸に深々と突き刺さるナイフの根本から血をドクドクと垂れ流しながらも、平然と薄ら笑いを浮かべた。

古書店である黒蝶堂に入荷した書物の点検を、はちが行っていた矢先の珍事である。ぱらぱらと落丁が無いかを確認していたはちの脳内は、事の唐突さに全ての機能を停止した。

「私は死ぬという使命を全うすることで、この世界に存在し続けている。言うなれば、死に続けることが、私を生きながらえさせている。矛盾しているように聞こえるかもしれないがね。」

はちは理解した。
話の意味が分からない、と。
やけに哲学的なことを言っているようで、そうでもないような。そんな印象を受ける。第一、人間死んだら終わりなのだ。子供でも判る、単純明快な命題であるのに、目前の男はそれを真顔で否定している。

開いたページは書物中央より後方で、はちより少々背の高い男は、堂長席の前で手を広げた。自分の論に酔っているかのごときその仕草が、発せられる内容と共に、やけに様になっている。
・・・と思ってしまう自分が、無性に腹立たしい。

「・・・分からねぇし、解りたくもねぇな。」

怒りが我に帰してくれたのか。
事の展開に追いつけないはちの脳内が、やっと言葉を見つけてくれた。ため息一つ吐き、眉間を掻く。男から放たれる眼光鋭い蔑みの瞳が、皮膚を割くようである

「なら尋ねるが、お前は何のために生きている?」

「御託を並べてる暇があれば、さっさと土・・・じゃねぇ、話に還れ。」

「・・・若造が。」

男は舌打ち一つ。顔を目一杯しかめ、唾を黒蝶堂の床に吐き捨てた。この仕草も演技じみているが、彼の職業病のようなものだろうか、と、絶賛現実逃避中の頭がそれらしい答えを弾き出した。

きっとオレは疲れているのだろう。だから幻覚を見るのだ。
はちが男から目を逸らし、メガネを拭き始めた、ほんの刹那。
突然うめき声が聞こえたため、慌てて視線を戻す。

男の足が徐々に消えていき、ゆっくりと見えなくなっていく。男は頭を抱え、苦痛に端正な顔を歪めながら、髪をぐしゃりとかき乱している。

「やめてくれ!私のアイデンティティを奪わないでくれ!」

視線を落とせば、男の近傍ではこの事象の根源であろう少女・ゆりが、書物を手に取り、文面を右手でなぞっている。彼女は淡々と語る。

「他者の迷惑を考えない輩の愛なんて、欠片もいらないわ。出戻り伯爵。」

「いや、アイデンティティってのはな・・・」

カタカナに弱いゆりはしかし、説明を加えようとするはちなどお構いなしに男へ向かって歩いていく。

「汚す者は、汚される覚悟があるのでしょうね?」

はちは合点がいった。男の唾を吐くという行為に、彼女は腹を立てているのだ。それも、顔に出さず、静かにしかし冷たく、自己顕示欲の強い彼に最も効果的方法である、その世界から消すという手段で。冷たく笑う少女に、

「こいつも悪気があったわけじゃねぇんだよ、多分な・・・。その辺で許してやれ。」

伯爵と呼ばれた男は、南無阿弥南無さんと唱え始めている。その様子が余りに哀れで、はちは少女に提言する。少女は手を止め、はちと視線を合わせた。
すると、苦しんでいた彼の頬に赤みが差し、足が戻り始めた。ゆりは万年筆を書物に走らせ、何かを書いているようだ。
彼女が書けば彼の世界も変わる?そんなバカな話があるか。はちは目を疑いーー

耳を疑うことになる。

男は胸に刃物を突き刺したまま、逃げるように書物へと帰っていく。
彼女とだけ空間を共有することになったはちは、口の端が痙攣するのを抑えきれなかった。

「昔、私が彼を死ぬように仕向けたわ。」

「は?」

「それまでは、幸せな結末だったの。」

「・・・そうか。」

「仕置きのつもりだったけど、暫く見ない間に、彼は死ぬことに意味を見いだしてしまったのね。」

きっと昔も、先程と似たやりとりがあったのだろう。そして、彼女は彼の人生を変えてしまったのだろうと、仮説の上に話を構築したはちは、

「・・・それこそ、不気味なお伽話みたいだな。」

数ミリも信じられないけどな、という感想は胸に終った。

「悪いことをしたかしら。」

「さ、さぁな。」

少女があまりにも冗談を言っている風が無いものだから、はちは反応のしようもなく、ははは、と乾いた笑いを返すに止まったのである。
机の上に遺された書物からは、何の音もしなくなった。

【完】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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