【夏のギフトは黒蝶堂で】

【夏のギフトは黒蝶堂で】

「可視な事象が全てで、かつ、真実とは限らないわ。」

説教じみた言葉が、少女から語られる黒蝶堂。
数刻前の、朝方の出来事。

黒蝶堂堂長・黒川はちは、階段から転げ落ちていた。

「痛ぇ・・・何でこんなに散らかってるんだ・・・!」

玄関前の床に、側頭葉部位を強かに打ちつけた彼は呻く。

と言っても、朝食が楽しみで楽しみで仕方がなく急いでいた、という訳ではない。
階段上、自らの足をつまづかせた要因を、寝転がったまま見上げる。それらの物体は各段の脇に、所狭しと積み上げられており、起床直後の寝ぼけた頭では具合良く避けることが出来なかった。

結果が今の事態、そして、失態である。

「・・・ったく、最悪の朝だな。」

「こんなところで二度寝なんて、器用ですね。」

のぞき込んでくる丸みを帯びた青い瞳に、はちは口をひきつらせ、顔を歪めた。格好の悪い姿とは、だいたい他人に見られているんだなと、身をもって知る。

「・・・二度寝じゃねぇよ。ちょっと引っかかっただけだ。何だこの箱は。遂にお前の部屋のガラクタどもを捨てる気になったのか。」

「信じられます?これ、ぜーんぶプレゼントなんですよ!」

はちは打撲部位をさすりながら、その場に座る。びりりと鈍い痛みが走るが気のせいだと蓋をしながら。
階段を背にした目線の先には、店舗・黒蝶堂とは違う居住区域用の玄関があり、外側には緑広がる風景が広がっている。

「でも、はち宛では無いんですよね。」

がっかりですねぇと大げさに肩をすくめる白い彼の言わんとしている事はなんなのか。皆目見当がつかず、一体何の話だ、と問いかける前。

「あ!」

しろが前方を指さした。

なんだ、なんなんだ。落ち着きのねぇ。
はちは億劫そうに振り返る。

と。

その先には、ぐらりぐらりと揺れる箱。

そしてまもなく、それはまるで、はちの頭上にめがけたかのごとく体勢を崩した。

思わず目を塞ぎ、頭を腕で覆った。

数秒後。
なかなか襲ってこない衝撃に、おそるおそる様子を伺う。

「へ?」

戸惑いの声が宙を舞う。
目を開いた先で、落下し始めた箱は、停止していた。
しかし、彼の指定席に戻ったわけではない。
空中でその自由を奪われ、重力を無視した状態で、だ。

唾を飲む。
そして、こんな芸当が出来るのはあいつくらいだろうと、辺りを見回した。

「・・・やっぱりな。」

1階の階段脇に、箱を凝視している少女が控えている姿を発見した。そのまま彼女の指が動いたとき、はちの手に、まるで蜘蛛の糸に絡め取られた様な体であった、宙づりの箱が落ちる。ズシリと腕にかかる荷重に、はちは冷や汗を垂らした。

「ご明察。」

「・・・一体なんだっての。」彼女は答えない。

はちは眼鏡の端を指で押し上げ、じろじろと箱を眺めた。

表面にはご丁寧に熨斗が張ってあり、”御中元”と見事な達筆で書かれてある。いわゆる、夏のギフトとやらであろう。

しかし、なにかが妙だ。
喉元を通り過ぎた魚の骨が、胸部に刺さるかのような、違和感がある。

はちは首を捻り、うなり声をあげ始める。
どうにも解析しきれない文字の上を、幾度も視線を滑らせるが、違和感はぬぐい去れない。

「まさか、読めないんですか?!」

「まさか。」

分かるが、理解らないだけだ。

そうしろに言ったが、はちの返事を受け流したしろは人差し指を立て、得意満面に字面を読み上げた。

「「黒蝶堂堂長・故黒川伊織様へ」ですよ!」

「・・・いつから中元は、死者への供物も兼ねることになったんだ?」

じいさんが死んだと知っている上で、中元を寄越す人間が居るのか。
まさか、「故」だけに「故意」な仕業か。

はちはしょうもないとは思いながら、つっこまざるを得ない自分の性格に、さらにげんなりする。

「憑者達の中には、義理難い者も居るの。」

いつの間にかはちとしろの間に立っていた少女が、口を開く。衣擦れの音一つ立てない彼女の挙動に、はちは一歩後ずさった。

「妙なもんじゃねぇだろうな・・・。」

「さぁ、どうかしら。」

どうせしょうもないもんだろうと、はちがそれの一つを持ち上げたとき。

「あれ、これ、食べ物みたいです!」

はちから箱を奪い、がしゃがしゃと箱を振るしろが、目を輝かせながら言った。どういう才能だとつっこむ前に、はちの眼鏡の奥に潜む眼光が、キラリと光る。

と同時に、腹の虫がきゅるると鳴った。

「・・・ちっとは期待できるんじゃねぇの?」



「・・・暫くは、味気ない生活が続くな。」

「美容には白いものが効果的だそうですよ。」

ヨーグルトとか豆乳とか。あとバニラアイスとか!
夏休みの楽しいイベントを数える小学生のように指折り数えるしろが、ツユを注いだお椀を差し出してくる。テーブルに肘をつき、顎を掌に乗せていたはちは、

「・・・顔に小麦粉でも塗っとけ。」
椀を受け取りながら、無愛想に返した。

「ひどい!つっこみに愛がないですよ!」

「うるせぇ。口にティッシュペーパー詰めるぞ。」

白い彼の指摘通り、はちは大層機嫌が悪くなっていた。
上等なハムとか、珍しいカニとかがいいなと期待していた贈答品は、どれを開けてもこれをひっくり返しても、出てくるのは白く堅い束の山。示し合わせたかのごとき夏の定番、そうめんだったからである。

「・・・別に、嫌いじゃねぇけどよ。」

喉を通り過ぎれば、すずやかな風が清涼感となり、体内を循環するがごときである。残りの箱々は、仏壇の前に山積みにした。すべて開けた後であるが、まぁじいさんなら許してくれるだろう。

ーーそれにしても、妙だな。

はちはとある疑念を検討する。
そう、食事を始めたときから目に付いていた、そうめんの「色」である。
茹で上がり、氷で冷やされ、透明の容器の中で漂うそうめん達は本当に白い。しろが麺を啜れば、頭部から顎の先までを、白髪と麺とが白色で囲った。その表面は光を反射し、日陰の室内では白を通り越して青く光るようである。

「味はともかく、色がおかしくねぇか?」

あぁ確かにですね。
しろが珍しくはちの意見に同意する。
腕を組み、首を傾げた彼が、ぽんと手を叩く。

「もしかしたらこの麺に、何か物質が含まれてるのかもしれないです。」

得意げに、人差し指を立てる。
ゆりは黙々と、腕に抱えた書物のページをめくっている。

「着色料ってか?」

「えーと。例えば・・・僕の髪の毛が編み込まれているのかも!」

はちは咳込む。

まさか!なにを考えてるんだこいつは。
そもそも、誰がいつどうやって何を目的に、そんなことをするんだ。
もしかして・・・はちは思考を巡らせる。

ーーしろ本人が手を下したのではないだろうか、と。

既製品に手を加えてまで出来るはずがないとは知りつつも、こいつならやりかねん。
途端、目の前のありふれた食物が、見るも怪しい物に感じられ、はちはゆっくりとした手つきで、箸を椀の上に置いた。

「自分の舌くらい、信頼なさい。」

ゆりの言葉が飛ぶ。そらそうだと、正気に戻ったはちが、箸を再び手中に収めた。文字通り、箸も飛んできたために、とっさに手を握ったら掴めたのであった。

「・・・そりゃ、旨いか不味いか位は判断できるけどな。」

はちが言うと向かい。にこにこと笑うしろが居た。
彼の圧力に負け、白い麺をツユからすくい上げる。うん、確かに旨い。オレの舌は正常だ。

「そういえば、昨夜のハンバーグはどうでしたか?」

「あぁ。」

頷く。
うんうん、確かに旨かった。
久しぶりの肉だったから余計に、印象に残ったんだった。

するとはちの隣、少女がしろに向けた。小首を傾げながら、彼女にしては楽しそうな気配で、

「本物のお肉みたいになるのね。」

わずかながらに、口調を弾ませた。

「えぇ。ただのお豆腐なんですけどね!」

化けるもんですよと、目を細めるしろ。

うんうん、確かに。
しろは異様な思考回路の持ち主ではあるが、料理だけはできる奴だ。

「そうだな・・・って、」

はちは箸をとり落とした。
え、どう言うことだ!?

はちは耳を疑う。
”ホンモノノオニク”との少女の言葉を、脳内で反芻する。
まさか、そんな、あれが、ばかな。なら、何だというのだ。豆腐がどうしたんだ。新しい牛肉の品種か?いや、聞いたことがねぇ。

しろを見やる。
もちろん、否定後を求めて、だ。
が。
彼はにこにこと笑ったまま、

「知らない方が幸せ、ってこともあるってことですよ。」

全てを悟ったかのような、演技じみたポーズを取りながら、やっぱり夏はそうめんですねと、器の中の氷をカランと鳴らし、麺を啜った。

そして話は冒頭に戻る。


【完】

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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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