【夏夜の石畳を砕いて渡れ】

【夏夜の石畳を砕いて渡れ】

夜の足音が近づき、黒蝶堂に西日が射す時間帯。
街を一望できる高台から、笛の音が鳴り響き始めた。黒蝶堂の存する街・遙光の櫻坂神社で、毎年恒例の夏祭りが始まった合図だ。

黒蝶堂の内部は茜色に染まっている。
そこはもぬけの殻。
冷たい沈黙が堂内を支配し、まるで夜逃げをしたごとく・・・であるが、実はそうではない。

黒蝶堂の面々は今、祭りに参加しているのだ。
と言っても、単に店が暇で暇で仕方なく、気晴らしにその周辺をぶらついている・・・わけでもない。

遙光の街では、祭りに限らず、街の商店を経営する者や、その家族は、行事の際、なにかしらの役割が与えられることになっている。
今回は、中央広場の会場特設広場、その設営担当を請け負った、という次第だ。
もちろん、祭りの後には片づけが待っている。
準備を終え、少々の休憩時間を与えられたはちとしろは、様々な出店で彩られた石畳の上を、のろのろと歩いている途中である。

「ゆりちゃんも来れたら、よかったのにですねぇ。」

「私は忙しいの、貴方とは違ってね・・・だそうだ。」

しろの感嘆じみた言葉に、俺も好きで来てるわけじゃねぇっての、付き合いって奴だってのと、はちはため息一つ吐く。
ふと、今日の朝方、彼女が一つの助言をくれた事を思い出した。

「忘れずに持参して頂戴。」

そんな荷物になる物を持って行けるか。はちはそう思い、出かける頃合いには、すっかり”それ”の存在を忘れてしまっていた。
だが、準備は終わり、後は片づけを残すのみ。結局、特に必要でもなかったから問題はないだろう。

それならばなぜ、あんな物を持たせようとしたのだろうか。

もしかして、彼女の嫌がらせだったのか?
だとしたら、彼女の気に障るような事を言っただろうか?

はちは思考を巡らせ、隣で文字通りのお祭り騒ぎにキョロキョロと目を輝かせるしろとは対照的に、腕を組み、視点を足のつま先に固定しながら、悶々と歩いていた。

その時、はちの背中を叩く者が現れた。
真っ直ぐに歩いていけぬほど人がごった返して居るのだから、旧友の一人や二人とすれ違っても不思議ではない。
はっと我に返った彼は、面倒くさそうに背後を振り返った。

そこには、想像だにしなかった”生き物”が居た。

眼鏡を通して視界一杯に広がったるは、両目が細くつり上がり、太く強靱な犬歯が覗く、世にも恐ろしい形相の赤顔であった。頭部には、二本の鋭い角が、今にも天を突き刺さんとし、ぎょろりと剥いた二つの真黒い瞳は何の光も反射せず、ただただじっとはちを捕らえている。

異形の口が、もったいぶるようにゆっくりと動いた。

「ぼた餅いるか?」

まるで地獄から立ち昇ってくる、腹の底に沈殿するドスの利いた、低音域のうなり声のよう。
ごく近くの耳元で囁かれた感覚に陥ったはちは腰を抜かし、石畳の上に昏倒した。



「可愛いだろう!欲しがってもやらないんだぞ。」

痛ててて・・・と上体を起こしたはちは、あたりを見回す。
人の群衆が、こちらを好奇な目で、しかし、遠巻きに観察しながら、足早に去っていく。

はて、今の声はどこかで聞いたことのあるような・・・。

「ほら、もっとよく見てくれてもいいんだぞ!」

背後からの声の主は、大層上機嫌のようだ。その証拠に、右手に綿飴と林檎飴、左手首に水中で揺れる金魚を下げ、たこ焼きとイカ焼きを、パックの形がゆがんでしまうほど力一杯掴んでいる。
そこには、まるで歩く屋台のような、誰の目から見ても明らかにはしゃいでいる少女・牡丹がいた。

「よく見ろ・・・って!」

ずいずいっと押しつけてくるそれは、先程の鬼の顔であった。
尻餅を付いた状態で、後方へずるずると下がる。と、肩に、冷たい物体が触れた。体が跳ねる。

「これ、お面ですよ。とっても良くできていますね!」

冷たい物体は、しろの右手であった。
この変温人間めと、はちは舌打ちしたくなる。
一方のしろは、いつの間にか、ぼた餅を食べている。やけにイビツな形であるが、随分と旨そうに見えるから不思議だ。

「だろう!」

「格好いいですよ!」

楽しげに談笑する少女と青年。

はちは間を置き、

「良くできている、ってレベルじゃねぇ!まるで昔話の敵例題集に出てきそうな、典型的な鬼のツラじゃねぇか!これが屋台で売ってたら、少なくともオレがガキだったらその店には二度と近寄らねぇな!」

疎外感を振り払うがごとく、一息で言い放った。
まくし立てた彼を、ぽかんとした表情で見つめる牡丹は、一瞬遅れて、再び頬を紅潮させた。

「ははん、羨ましいんだな!」

「どうしてそうなる!」

「許してやるんだぞ、さぁ、よく見ろ。」

「熱いんだよ!てめぇの周りを漂ってる火の玉がよ!」

はちは、吹き出す汗の原因を手で払いのけようとした。

深見ヶ原墓地の憑者・牡丹の背後には、4玉ほどの彼女曰く「ヒトダマ」が浮遊している。
勿論、はちはそれを彼女の妄言だと相手にもしていないが、事実、それは彼の前髪を焦がし、先端から青い閃光をくすぶらせながら、細く黒い煙を発生させた。何であれ、熱い事に変わりはない。彼女の頭を右手でぐいと押し、その茶けた目を見据え、言葉を刻むように一言一句、ゆっくりと告げる。

「・・・こんなところで何やってんだ。」

遠ざかった彼女とその熱源に安堵し、はちは手を離した。
眉間を触りながら、今度は、焦げ付いた前髪を梳く。まったく、ひでぇナリになったなと思いながら。

「お仕事なんだぞ。今日は特に、忙しいんだぞ。」

落ち着きを取り戻した彼女は、唇を引き結んだ。その口に、ラムネのビンを傾ける。いったいどこに持ってたんだこいつは。背中には、卒塔婆二本が背負われているだけのようであり、その一方に括りつけられた小さな巾着が揺れた。

「・・・どうも、そうは見えねぇけどな。」

はちの感想を横に置いたまま、えふー、とラムネのガスを口からゆっくりと吐いた牡丹は、着物の袖で唇をゾンザイに拭った。
ガラス玉がカランと音を立てた時、彼女はしろの隣を通過しようとする人間の前へブーツの足先を向けた。

そして、空のビンを持ったまま、右手の人差し指を目先に突き出しながら、

「お前、滞在時間は明朝までだからな!」

唐突に、厳しい表情を作った。

「わかってますよ、牡丹さん。」

「それならよし!」

返事をした彼は、刈り上げた黒髪に、Tシャツと短パンのラフな格好をした好青年で(しかし足下は編み込みのブーツである)下がり眉が特徴的な人物であった。おそらく、自分や、しろと同い年くらいであろう。彼は、はちと目があった瞬間、目を見開き、一歩たじろいだが、すぐ、気恥ずかしそうに頭を小さく下げた。はちも釣られて返す。顔を上げた時、彼の姿は下駄と草履の入り交じる雑踏の中に消えていた。

訝しいなと、はちは呟く。
しろは、楽しそうに手を振っている。
牡丹は目を細めながら、両手をメガホン代わりに、弾むような口調で叫んだ。

「曾孫がどれだけ可愛くても、イタズラするんじゃないんだぞ!」

青年の青白い腕が天に伸ばされ、雑踏の山から合図を送って来たのが見えた。



忙しい、まったくもって忙しいんだぞと、周囲の露店を物色し始めた牡丹と別れ、はちは一人で神社の本殿に向かった。
「一応は参詣しとくべきじゃねぇの?」との提案も、「もう少しだけいいじゃないですか」との主張の前に却下され、しろは牡丹に付き添って行ってしまった。今頃は、二人でヨーヨー釣りに勤しんでいるところだろう。

と、暇つぶしに両者の行動を予測しながら、行列の出来ている賽銭箱に向かって順番待ちをしていた時。

紫煙くゆらせる、目つきの鋭い男が一人、屋台の並ぶ石畳から外れた左手方向に控えていた。境内に喫煙所があっただろうか?黒い手袋を両手にはめた男から、はちはすぐに、ふいと視線を移した。
「ガンつけてんじゃねぇぞ」と、妙につっかかられたら困る。
いわゆる、「触らぬ神に祟り無し」だ。

そう用心した。
・・・にもかかわらず、

「ガンつけてんじゃねぇぞっ!」

一足遅かった。
見ていたのは一瞬であったのに、目敏く目を付けられてしまったようだ。
その上、台詞さえまさかの的中。
彼は周りの人間たちがざわめくのも意に介さない風で、ざくざくざくと近づいてきた。その視線は、はちを射殺そうとしているかのごとくに鋭く、事は大変まずい方向に傾いている気配を醸し出している。
肩を竦め、冷や汗を垂らし、危害を与える気は毛頭ございませんよとの姿勢を見せながら、はちは男から一層の距離をとる。列から外れ、人通りの少ない場所へ移動した。
しかし絶望的なことに、男が革靴で地面を蹴る音が響いた。
男は、はちの進行方向に仁王立ちで立ちふさがり、頭の先から足のつま先まで、舐めるようにゆっくりと観察する。はちは心中で両手を挙げ、降参のポーズを取る。もちろん、状況が改善されることはないだろうと自嘲しながら。

しかし、はちの願いが届いたのか、男の表情が動いた。
片眉を上げ、被っている帽子のツバを親指で押し上げる。
初めて男と、はちの目線が交錯する。若いなと、はちは意外に思った。

そして、

「貴様、もしや黒川伊織かっ!?・・・」男はそう言い放った。

はちは息を呑む。見ず知らずの人間が自分の身内を知っている事実に、妙な違和感が湧き上がってきたからだ。
そんな胸騒ぎを飲み込み、はちは神妙な面もちで答える。

「・・・黒川伊織は死んだ。3年前にな。」

途端、破裂音が聞こえ、空気が裂かれた。何かが視界を横切った。
そう感じたのは、”六光星”が刻まれた後であった。足下の、石畳を削って描かれたそれから白煙が立ち昇っている。
男は、こめかみに青筋を浮かべていた。目が血走り、茶けた髪の毛が空気を含んだようにぶわりと膨らむ。

彼は言う。

「貴様に許される返答は、『賛否』、もしくは、『了解、真先に地獄へ』だけだっ!」

男は近づいてきてはちのネクタイを掴んだ。首が締まり、大変に息苦しく、生き苦しい。

はちは悟る。

――こいつ、かなり”ヤバい”奴じゃないのか。

もがくに、自分より小柄な目の前の男の力は尋常ではなく、一向に事態は改善しない。
色素の薄い瞳で射ぬかれ、目を逸らすに逸らせない。
少ない酸素を絞り出しながら、言葉を発する。

「違う。オレは黒川伊織じゃない。」

「ならば、貴様に白羽の矢が立ったのかっ?!」

「白羽?一体何の話だ。」

「答えろ!」

霞みゆく視界に、妙な風景が広がっていた。これが走馬燈か?とも勘ぐったが、脳味噌の栄養素が足りず、現実を見つめることしかできない。
その現実は、男の肩越しに見える。
美しかった夕暮れの空に、突如、暗雲が立ちこめ始めた。
かと思うと、機嫌が損なわれてきたかのようにゴロゴロと空が駄々をこねだした。瞬間、人々の悲鳴が響いた。ピカリと、青い閃光が走った。稲光だ。雨粒は落ちてこない。男ははちから手を離し、懐に左手を入れた。

「おいおい、冗談だろ・・・。」

射的ゲームじゃあるまいに。皆まで言えず、口を噤んだ。

男が手にしていたのは、黒光りするごつい短銃であった。
それを、脱力し地面にへたりこんだはちの額に当て、にぃと意地悪く笑む。
硝煙の焦げたような臭いが鼻をつく。
あの六光星はもしや、これの弾丸跡だったのではないかと、今更に思う。
はちは今度こそ、両手を上げ、降参のポーズを取った。
なにがいったいどうなっているかさっぱりだが、どうも撃たれてしまうらしい。
逃げたいが、足に力が入らなかった。
じいさんの後ろ姿が、雑踏に消えた気がした。

そのとき。

「後ろの正面は誰かしら?」

歌うような口調が響いた。男は振り返り、はちははっと正気に戻る。
次の瞬間、小さな掌には収まりきらない、巨大な桃が男に突きつけられた。申し訳程度のタルトの上に、桃の果実がまるまる一玉、きらきらと輝く甘蜜のコーティングを施されて鎮座している。はちは胸焼けを感じた。
危うくじいさんの見えそうになった自分にとって、あまりにも重たい食べ物である。桃の甘ったるい匂いが、硝煙と解け合って気持ちが悪くなる。

数歩後ずさりした男は、赤いリボンの揺れる黒髪の下、黒目がちの瞳をじっと見、

「ゆり嬢じゃねぇかっ!」

煙草が口の端から外れないままに、驚嘆の声で叫んだ。

「御機嫌よう、極北東の万鬼。」

「キョクホクトウノバンキ?」

聞き慣れぬ言葉に、いつの間に来ていたのか、はちの隣に立つしろが首を傾げる。

はちに、いやな予感が走る。
”深見の墓守”に”零落童子”。
ゆりのふざけた呼び名を付ける癖が適用されるのは、決まって訳ありの相手ばかり。

つまり、目の前の怪力男も・・・。

「ここは喫煙禁止よ。貴方の上司に告げ口しても?」

はちの懸念など露知らず。
ゆりは、淡々と告げる。男は苦々しい顔で、しかし煙草を口の端から離すことなくぷかりとふかした後、

「不死鳥ならぬ、不死蝶か。」

小さく呟き、手中で煙草を握り潰すと、くるりときびすを返した。
一体何だったんだ?
はちはネクタイを緩め、ゆりに事情を聞こうと彼女を見やった。

ゆりは、突然、大きくふりかぶった。
そして、掌上のタルトを、思い切りよく投げた。
それは、はちの口に勢いよく飛び込んで行った。

「私の助言を聞かなかった罰よ」

感情なく事実を告げる少女の目に、まるまる一つが気管に入り、顔色を青くするはちと、がんばれーと覇気のない応援を送るしろが映る。
彼女は続けて話を進める。

「先人の知恵が、戦陣での勝利を呼ぶの。」

つっこみ担当ではあるがそれどころではないはちと、不思議そうな視線を送ってくるしろ。
彼女は腕を組み、ふぅと息を吐いて応えとした。

「貴方たちも小さい頃に習ったはずだわ。」

「・・・危ない奴には近づくなって事をか?」

何とか意識を保ったはちの指摘に、ゆりはかぶりを振り、はちの頭を指さしながら言った。

「鬼退治の主犯と、その必勝法を、よ。」


【完】


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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