【小話】月は知っている【更新】

小話更新です。
中秋の名月に、お彼岸にと、この時期は忙しいですね。
というわけで、一話完結です。お時間ある方はどうぞ。

【月は知っている】

白い月の浮かぶ、明るい月夜が辺りを包む。
うだるような昼間の暑さも、夕暮れの到達と共になりを潜めたかのようで、涼しげな風が、黒蝶堂の中庭を吹き抜けていく。
はちとゆりは互いの間隔を座席二つ分ほど空けた状態で縁側に腰掛け、それぞれのペースで白い饅頭を口に運んでいる。

「あてられないで頂戴ね。」

食べかけの団子を脇の小皿に置き、ゆりは前を見据えたまま告げる。
縁側に座ったはちは、とっさに身構える。

表通りからボールでも飛んでくるのか?
一見、有り得ないと一笑に付されそうな想像に対処するためである。
というのも、
ゆりの注意喚起は、予測と言うよりも未来の決定事項を読み上げるかのような確信さを持ち合わせていると、経験上学習していたからだ。

しかし、事態が急変する兆候はなく、庭先からは秋の虫が羽音をすり合わせる音が控えめに聞こえ続けるだけだ。

正座をしたゆりは、調子を変えず続ける。

「突発的に海へ飛び込む人間にはならないで頂戴。」

あ、そっちの「あてられる」か。
はちは緊張を解き、左手の中指で眼鏡を定位置に押し戻す。
確か「月は人の心を惑わす」との言葉があったはずだ。

そう思い至り、続けて、失笑がこみ上げた。

「知ってるだろ。そんな繊細な人間は、ここにはいねぇよ。」

軽口を叩き内心を滲ませたが、ゆりの硬い表情は壊れない。

「そう思っていた人間こそ、惹かれてしまうの。かの存在に。」

「・・・かの存在?」

「来たわ。」

意味深な発言を残したまま、風景は変貌のきざしを見せた。
彼女が言い切るやいなや、縁側が軋み始めたのだ。はちの不安を煽るように、視界が上下左右に揺れる。地震だと直感し、体が固まった。

が、いつまでたっても、地鳴りはやまない。

「・・・地震じゃねぇのか?」

音の震源は右手前方より正体を現そうとしているようだ。土煙が上がり、ざっざっざっと地が勢いよく掘り返される音は聞こえるが、得体が知れない分、気味が悪い。
庭先に設置したテーブルの上には、しろが運んだ茶色の大皿。その上には、山のように築かれた大量の団子がある。団子の中身は黄色いカスタードが詰め込まれており、傑作ですよえへへと、朝から準備に勤しんでいたしろは得意げに笑っていた。

はちがそんなことを思い出している内に、
「それ」は、縁側から見てテーブルの外側を、一息に走り抜けた。

その姿はまさしく、「猪突猛進」の体現であった。

そのとき。
瞬きをする暇もなく、木製の空間が空を切った。
つっかえぼうという名の仕掛け(しろの料理用の麺棒である)が「それ」の背負う「卒塔婆」の下部に触れ、作動した模様である。

仕掛けなさいと命じた張本人は、

「二つ目の端。狙いどころはお見通しよ。」

なに食わぬ顔で、茶を一口すする。

「このご時世、こんな原始的な罠が活躍するとは・・・」

約一時間前、ゆりがどこからか持ち出したザルのような形状の檻を見、そのちょうど下のスペースに団子を置きなさいと命ぜられた時は、こいつはどんな巨鳥を捕まえる気なのかと半信半疑であった。

しかし、まさか知り合いが罠に嵌るとは。
はちは絶句し、二の句が継げないでいる。

一方、当の捕獲された者はというと、

「お前たち、ぜったい絶対、許さないんだぞ!」

檻の柵を握り、唾を飛ばさんとするほどまくし立てている。
まるで「彼女」が凶暴な動物そのもののようである。そこに、ゆりの冷たい目線が飛ぶ。

「月は全てを見ているわ。」

間を置き、

「貴方が窃盗を謀った処も、見事に失敗した処もね。」

平淡な口振りで、彼女を追いつめる。

捕らえた者は余裕のある足取りで歩み寄り、捕らわれた者は唇を噛む。被捕獲者は、狩猟活動の結果手に入れた右手の、「二つ目の端」に置かれていた月見団子を鋭い前歯で噛みちぎった。

「しかし・・・月代殿ならば、御慈悲を下さるはずだぞ!」

もぐもぐと食べながらの籠もった声ではあるが、ゆりに掴み掛からんとする勢いを持つ語気である。

「ツクヨドノ、ですか?」

「うわ、びびらせんな!」

いつの間にか、はちの背後に佇んでいたしろが口を開く。

彼は戸惑うことなく、外履きを引っかけ庭へ降りると、湯呑みを檻の前に置いた。

「おい!それはオレの湯呑みだ!」

はちの指摘なぞどこ吹く風。
牡丹はそれを草地から拾い上げ、一息に飲み干した。
そして、

「月代殿に裁いて頂けるなら、極刑でも許容してみせるんだぞ!」

勢いよく湯呑みを地面に叩きつけ、啖呵を切った。
湯呑は彼女の足元に在った石に衝突し、無残に砕け散る。
はちは怒りを即座に爆発させる事も出来ず、一方のゆりは肩をすくめる。

「なんと殊勝な心がけかしら。」

「…棒読みじゃねぇか。」

なんとか突っ込みおおせたはちの口に白い団子が飛んできた。
「黙って頂戴」の台詞の代わりのそれは、強制終了のサインだ。

しかし、予想外のことが起きた。
被害が別方向からも飛んできたのだ。

「月代殿はあたしたちを見捨てはしないんだぞ!」

牡丹が叫び、はちが気づいたときには、両肩を見えない手によって抑えつけられていた。
正確には、額を強い衝撃に襲われ、倒れざるを得なかった。廊下のひんやりとした温度に首筋をなぞられ、ぞわわと鳥肌が立つ。

目に火花が散るってのは、本当に起こるんだな。
はちは、冷静に分析している自分に驚く。それは、もう一人の自分が、痛みにもだえる自分を観察しているような感覚である。

ふと視界に入った、縁側の廊下に転がっている黒い石に見覚えがあった。
いつぞやの時、交差点で世界を変えた、例のブツである。
強化ガラスさえ突き破ってしまう”それ”から与えられた痛みは尋常ではない。血が出ていないかと確認したいが、四肢はおろか、体がまったく動かない。稼働しているのは眼球と、聴覚、わずかの痛覚だけのようだ。

残された感覚器官が世界を拾う。

だから「あてられないで頂戴」といったのに。
白くなり、狭まっていく視界の中、隣のゆりの瞳がそう語った。
はちは苦笑する。

「・・・予測していても、避けられねぇことだってあるんだな。」

あ、口もまだ動いたんだな。
はちは力なく言い放つと、意識を失った。

それはまるで、深い底無しの海に体が沈んでいくかのような、暗く静かな時の訪れであった。

【完】

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今年はスーパームーンなるものもあり、月に対しての興味は尽きないです。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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