【小話】【一見さん】一休みしていかれませぬか?【大歓迎】【更新】

やっとこさ小話更新です。
一話完結。どぞっとどうぞ!

【【一見さん】一休みしていかれませぬか?【大歓迎】】

夕暮れ時を歩く私の肩の荷は、とても重たい。
荷物は革製の手提げだけ。
だが、右肩にずしりと偏った重みがある。
例えるなら、質量のある漬け物石が乗っているかのような、しかも、段々と重たくなっているような。そんな錯覚すら覚えるのだ。時折頭痛さえも感じ、くらりと目眩で倒れそうになる事もあるこの痛みには、いつまで経っても慣れそうにない。

最近はいろいろな出来事が一度に重なり、正直、精神的にも体力的にも限界だ。なのに、久しぶりに仕事が早めに終わった今日でも、思案の種は明日の仕事のことばかり。幸いにも、今日は給料日である。受け取った給料袋を懐にしまい、なにを買うアテもなく、街を徘徊している。

夕方であるのに、昼間のように明るいアーケードをくぐり、一道隔てた先に抜けた。普段は興味なく通過してしまうような、昔からの店が建ち並ぶ通りである。
その中でも、一段と年季の入った建物に行き着いた。
表には、これまた古めかしい看板が掲げられている。「黒蝶堂」と書かれているそれと、飾り気のない佇まいから、どうやら古本屋らしいことがわかる。

特に理由があるわけではないが、ワゴンに乗った本を覗いてみる。そこには、大衆文芸から小難しい専門書、美術本の山が積まれていた。ふと、とある作家の名が目に止まった。昔、好んで読んでいた作家だと気づくのに時間はかからなかった。懐かしくなり、手に取る。ぺらぺらとページをめくる。本を閉じて思う。彼もずいぶんひねくれた文表現をする作家に成長したのだな、と。少々もの悲しい気分に襲われた。

と、
店の奥からこちらへ歩いてきている人影が見えた。
手にハタキを持っているから、おそらく店員であろう。
今すぐ本を置けと、脳内の警報が鳴った。
頭上でパタパタされてはかなわないし、郷愁に誘われた勢いのままに買う、というつもりもないからだ。

しかし、手放すよりも先、店員の到着の方が早かった。
それでも、まだ遅くはない。
「あの、それじゃ」平静を装い、きびすを返す。

そのとき、
私は彼に呼び止められた。
黒縁の眼鏡に赤いネクタイを締めた、ずいぶんと若い男だ。実家の手伝いでもしているのだろうか。
彼は低い声で言った。

「・・・あの、もう暫くだけ、いてくれませんか。」

「は?」

発言の意図が分からない。
彼は目を背けながら、小声で呟いてきた。

「・・・誰かが居る方が、入りやすいと思うんすよね。」



結局、閉店までの時間帯、客人は私一人であった。私はなぜか彼が気の毒になった。が、本を買うつもりはない。それとこれとは別問題であるし、第一、本を読む時間がないからだ。しかし、立ち読みは続けている。生まれ持った、ノーと言えない性格である。

再び店内に人影が現れた。眼鏡の男かと顔を上げると、見るも見事な、白い頭の青年が立っていた。大きな毛布の乗ったテーブルを、扉に引っ掛かりながらも果敢に健闘し、外の空間へ運んできた。
私は彼を避け、本を置く。すると、彼は店の入り口にテーブルを設置し、即席のコタツを作った。そして、なにを思ったか、再び奥に引っ込み、戻ってきたときにはコンクリートに座り込み、急須から湯呑みへ、湯気の立ち上る温かなお茶を注いだのである。

「粗茶ですが、どうぞ。」

辺りを見渡すが、表通りを歩く人々は足早に通り過ぎるのみ。どうやら茶を勧められたのは、自分らしい。再び、断れない性格が災いし、私はコンクリの上に直に座り、わずかに温もったコタツに入った。
茶が冷えた体にじんわりと沁み込んでいく。心まで、解されていくようだ。
雑談を交わしながら、白い彼はにこりと笑い、さぁもう一杯と注ぐ。飲めばもう一杯。さらにもう一杯。腹内がたぷたぷになる。
そんな頃合、にこにこと笑う彼の白い頭がガクリとつんのめった。
先ほどの眼鏡の男が、ハリセンを握って彼の後ろに立っていた。

彼は板に付いたような呆れ顔だ。

「無関心とお節介なら、無関心が好まれるだろ。」

「まったく!はちは、心まで冷たい人間ですね。」

「冷たくて結構。火傷するより冷てぇ茶がいい。」

「知ってますか、はち。低温火傷って言葉をね!」

得意げな白い彼を前に、はちと呼ばれた男はため息を吐く。こちらへ向かって、申し訳なさげに頭を下げる。
ふと、私は思った。

――いい店じゃないか、なにかが妙だが。

それは、彼らの言葉の応酬に起因する感想かもしれない。
コンクリートに触れ続ける尻は冷たいが、最早感覚は無くなりかけているから、さほど関係は無い。

眼鏡の男、はちと目があった。

「…ついでなんで、中も見て行かねぇっすか?」

私は立ち上がり、彼に追従して店内に入った。



外から見たときはそれほどでもないと思ったが、中は意外と広い造りだ。向かいに小さなレジスターと黒電話の置かれた机があり、今は誰も座っていない。
誰もいない。

が、誰かがいる。
鳥肌が立つのを、抑えきれない。
ゾクゾクと、背の毛が立つような感触に襲われ、私は寒くもないのに腕をさすった。なにかしらの気配を感じるのだ。
この店に限った事ではない。最近、よくある身体の不調だ。だが、もちろん、誰にも言えない。言ったところで、白い目で見られるのがオチだからだ。

彼が席に着く。そして、私を見上げた。

「あんた、悩みがあるんじゃないか?」

唐突に砕けた口調にはなったが、不思議と不快感はない。
私は、返事に窮した。

「ずばり、恋の悩みですね!」

続けて飛んできた言葉に、今度は卒倒しそうになった。いつの間にか、背後から、白い男がやってきていた。私は挟まれ、身動きが取れない。

「もしかして、最近恋人と別れた、とか!」

白い彼の発言が、私の心拍数を上げる。

な、なんでわかった!
ここは古本屋だったよな!?興信所じゃないよな!?
確かに3日前、長々と付き合った彼女と別れたばかりだが。

「ここは黒蝶堂で、オレは黒蝶堂の堂長だ。お前の悩みなど何でもお見通しだ。」

内心の疑問に答えるかのような彼の発言に、私はくらりと目眩がした。
堂長と名乗った彼は、机上に広げた白い紙をちらちらと見ている。
小声で、「いるわけねぇだろ」と。咳払いし、こちらをみた。そして、言いにくそうに逡巡した後、

「・・・あんた、幽霊が見えるんじゃないのか?」

ぼそりと発言した。

な、なんでわかった!
ここは古本屋だよな!怪しいイタコの里じゃないよな!?
確かに1週間前、夜道の脇に佇む女性を乗せたら、途中で消え去ったけれども。

図星を指され、私は言葉を失った。
堂長のめがねが光った。

「それは、疲れてるからだ。」

「つ、憑かれているんですか?!」

「・・・あ、そっちじゃねぇけど・・・まぁいいか。」

なにがどう「そっち」ではないのかとつっこむ余裕はない。

「だがな、この本を読めば万事解決するぜ。」

私の前に、本が落ちてきた。反射的にキャッチしてしまう。彼の言葉が終わると同時の、まさに、「運命」としか言いようのない、ジャストなタイミングで、だ。
この店には、誰もいないはずだ。
そう、彼らのほかには誰も。

誤解の無いように言うが、私は気がついている。

この店はおかしいと。
しかし、なぜか抗えない。

私は、とある物語の路線上に、すでに立ってしまっている。
つまり、途中下車なぞできない。私には、話の「結」を見届ける義務があった。

そんな馬鹿らしい妄想にすら、私はNO!を突きつけられない。
堂長は私をじっと見据え、しろい男は笑う。

「今なら定価62000円の所を、39800円だが・・・どうする?」

「買った!」

私は、給料袋を懐から出しながら、即答していた。




男が去って幾ばくもなく。
はちはふぅと息を吐き、眉をひそめた。

「4万もする本を買っていく奴が居るとはな・・・オレの良心が痛んじまうぜ。」

「痛んだら、食べられないじゃないですか!」

なんともったいない。

明後日の方向に怒りを露わにするしろは、至極悔しそうな表情である。

「本も嬉しがってるわ。あんなに大切に抱えられたのは、100年ぶりですって。」
頭上から言葉が振ってくる。抑揚のない、今回の首謀者の声である。
通常であれば、はちは他人の心配事などに気を回せる人間ではないし、すべてを分かりきるような察しのいい性格でもない。しろの直感も明後日の方向に飛ぶことが常であるから、あのようにずばりと悩みを当てることなど、まず期待できない。
そんな彼らに、彼女は棚の上から指示を出していた。目的のためには手段を選ばない彼女がとった、平たく言ってしまえば、「高い本を売りつける」商法である。

彼女は落ち着いた声で告げる。

「珍しい本よ。図書館の地下書庫に眠れるくらいに。」

「つまり、絶版ってことなんだな?」

「きっと、よく眠れるに違いないわ。」

ご心配には及びませんよ!
しろが楽しげに、人差し指を立てる。

「さっきのお茶、お薬を入れてたんで、きっと大丈夫です!」

「お前の頭が大丈夫じゃねぇよ!」

やだなぁ、そんな強いやつじゃないですって。しろは笑う。

「彼には睡眠が必要よ。きっと、「つかれ」状態も解決するわ。」

だから「ちょこれーとを沢山」買ってきて頂戴ね。
彼女は言い、はちは再度ため息をついた。

そして、

「・・・ま、本人も納得して買ったならいいか。」

そう、結論づけることにした。



私は、夢見心地で帰路に就いていた。
冗談に聞こえるかもしれないが、何かいいことがありそうな、とても高揚した気分だ。
明日が楽しみだなどと、思い返せば本当に何年ぶりの事だろう。
過ぎゆく怪しげなネオンなど、私の目には留まらない。今すぐ帰って、この本を読まなければならないからだ。
もちろん財布は満身創痍であるが、久しぶりに、いい夢が見れそうな予感すらしていた。今度あの店に行ったら、
あのワゴンの本も買おう。これはつまり、偶然ではなく「運命」なのだから。

分厚い本を腕に抱きしめ、私は家路を急いだ。

【完】

お付き合い頂きありがとうございます!
なんだかいつもとはちょっと違う感じになったかな。珍しく働いているところの描写が、こんな詐欺まがいな感じですが^^;少しでも楽しんで頂けたら幸いです。




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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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