【小話】道楽息子と電波青年【更新】

【道楽息子と電波青年】

昼過ぎの黒蝶堂に、来客があった。
一人で店にやってきた初老の男性は、かかとでせわしなく音を立てながらまくしたてている。原因は一つ。気に入りの作家による作品が、以前は店に置いてあったのに、今は存在していないと言う。
堂長席に座りその話を聞かされたはちは参考までに、「以前」とはいつくらいかと尋ねた。

憮然とした表情で、彼は答える。

「かれこれ、10年ほど前になるか。」

「そんな昔の話をされても・・・」そう言おうとしたはちの言葉は、突如として顕れた眼球への痛覚にかき消された。眼鏡を外し目をこすれば、1本の髪の毛が手に付着した。どうやら、長くなってきた前髪が入り込んでしまっていたらしい。
はちの小さなトラブルにも気づかず、客は続ける。
昔はこうではなかった。先代・黒川伊織の時ならば。彼なら気を利かせて商品をとり置いてくれたはずだ、と。

そして、

「・・・これだから道楽息子は。」

世間知らずなのだ、と吐き捨てた。
ぴきぴきと、はちの額に青筋が走ったが、彼が何かを言い返す前に、男は店を後にしてしまった。



「遊んだ覚えなんて一つもねぇ!」

夜時。黒川はちはそう言うとワンカップ酒・・・ではなく、湯呑みの茶を一息に飲み干した。筋の通らない不条理きわまり無い暴言に、彼としては珍しく、怒りの感情を表にしていた。

「第一、息子じゃねぇよ!孫だ、孫!」

「不機嫌な人に食べさせるご飯はありませんよ!」

食卓を一にする隣人の言葉が終わると同時。
ぐるきゅるるるると、典型的な腹の虫が部屋に響いた。
腹の主は慌てて、自分の茶碗と汁椀を引き寄せる。

隣人・しろは「そんなに怒る必要もないでしょう」と、慰めるわけでもなく、どちらかと言えば明日の天気予報を告げるキャスターのような妙なイントネーションで言った。

彼も気が立ってただけで、言葉に深い意味なんて無いですって。

こいつにしては珍しくまともなことを言っているなと、はちは希少な動物を見るような目を向け、彼の言葉に耳を傾ける。

それに――と、調子づいてきたしろは続ける。

「はちのことが全部わかっちゃう人なんて、僕だけで十分ですよ。」

「・・・」

はちは、自信満々に宣う電波青年の言葉に、返す言葉もない。窮したはちは、

「・・・なら、オレが今なにを考えているか、わかるな?」

決して答えの分かるはずがない問いを投げた。
人の心が読めるなんぞ、ありえるはずがないんだからな。

すると、

「もちろん!」

しろは朗らかな笑みを浮かべた。途端、彼はあぐらをくみ、両の手の人差し指をこめかみに当て、顔を伏せた。とんちでも考えているかのようである。
ぶつぶつと何かを唱え、数秒後。

「わかりましたよ!」

まっすぐに、はちの目を見据えた。
そして、右手をつきだし、推理ものに登場する探偵が、犯人を名指しする時のお決まりのポーズで。

『・・・今日の晩飯は魚か。嫌いじゃねぇが、今日は魚じゃなくて、肉の気分だったがな・・・食べるけどよ。』です!」

やけに似ている声真似をしながら、ビシリと、断言した。

「な・・・!」

はちは箸を落とした。

なぜだ、なぜそこまでわかった!?顔に出ていたのか?ひきつる頬をそのままに、顔を触るが答えは出ない。犯行が暴かれた犯人のようにうなだれ、言葉を失った。

前に立ったしろは、慈愛と憐憫の二つを併せ持った瞳を彼に向けた。

そして――、一転。

「やっぱり、ご飯抜きですね。」

冷たい眼差しをはちに投げ捨てながら、焼き魚の乗った大皿を、台所へと運んだのであった。

【完】


≪あとがき≫

忙しい時、ご飯を食べる時間は、作る時間よりも短いような気が。
今年も小話作ろうと考え中なので、どうぞよろしくお願いします。


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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