【小話】分速60mで本物を見抜け!【更新】

【分速60mで本物を見抜け!】

黒蝶堂の存する遙光の町。その中心市街にどっしりと構える、巨大なデパートがある。開業以来、着実に歴史を刻み、街人の贔屓を一身に受けている老舗だ。

その7階、年季の入った店の控室にて。
呼び出された黒川はちは、目の前で豪奢な椅子に腰掛け、煙草をふかす老人に、素朴な疑問を投げかけていた。

「このデパートには、本屋があるんすよね?」

しかも、とびきり大手のテナントが入っていたはずだ。要望とあらば、どんな商品でも地球の裏側からですら取り寄せてくれそうな店で。
だから、黒蝶堂のような時代錯誤な店から買う必要性が果たしてあるのだろうか。

と、はちは考えているのである。

もちろん売る側の人間としては、自己の店から買ってくれるのは、ありがたい話に他ならないのではあるが。

すると、白髪交じりの初老の男ー7階ファミリーレストランの店長ーは、今し方、はちが配達した本の表紙をゆっくりと撫で、

「はち君の成長が楽しみだからね。」

左手の煙草で、灰皿の縁を叩いた。

「昔、伊織とよく遊びに来てくれたろう。」

伊織とは、今は亡き黒川はちの祖父である。今も昔も黒川家は、金銭的に決して裕福であるわけではないから、飯を食わず、本当に、遊びに「だけ」来ていたこともあった。

「はぁ、まあ。」

「本当に、大きくなった。」

――そりゃそうだ。
はちは回想する。

彼と初めて会ったのは、伊織に手を引かれてやっと歩いているような年頃であり、記憶も曖昧である。当然のことだが、成長期を迎える前だった。

――その頃よりも、小さくなることはねぇだろ。

そうつっこみたくもなるが、相手は客で、祖父の昔なじみだ。邪険に扱うわけにもいかず、しかし反応に困った彼は、

「もう成長するとこなんてねぇっすよ。」

苦笑を浮かべ、次いで、腰も浮かせた。
先ほどから座っているパイプ椅子が、冬真っ盛りのこの時期、とても冷たいのであった。来てからだいぶ時間も経つ。そろそろお暇してもいいだろうか・・・いや、そろそろ帰らせてくださいとの、無言の主張でもあった。

だが、

「人間、年を重ねても成長するもんだよ。」

「・・・そういうもんすかね。」

店長は、新しい煙草に火を付け、「まぁ座りなさい」と告げたのである。



それからの話は、ひどく長いものであった。

絶え間無く昔話に花を咲かせ続けた店長は、

「もうこんな時間か。」

一通り話して満足したのか、地味だが高級そうな腕時計を確認した。

「ずいぶん話し込んでしまったかな。」

花を咲かせるために水を与え続けー相槌を打ち続けー疲れていたはちに照れ笑いを向け、

「コーヒーでも飲むかい?」

と、問うた。

「・・・頂きます。」

ようやっと口を開いたはちの返答を受け、店長は両手を叩いた。

すると、唐突に部屋の扉が開かれた。驚いたはちが何事かと、振りかえる。

しかし、そこには誰もいない。

途端、聞こえてきた店長の「ありがとう」の一声。「オレが感謝されるようなことを?」疑念を抱いたまま席に居直れば、店長に一礼するウエイターの茶髪があった。テーブルの上には、先ほどまで無かった白さ眩しいソーサーと、暖かな湯気の立つコーヒー。机上の状況から察するに、彼がそれらを運び込み、店長の前に置いたようであるが。どんな奴だと目線を上にするが、彼の姿は忽然と消えていた。はっと振り返ったが、扉が遠慮がちな音を立てて閉じたのと重なり、彼を確認することはできなかった。

店長は、

「やはりうちのコーヒーが一番だな。」

機嫌よく香りを楽しんでいるようだ。
呆気にとられたはちは、「そうかもしれねぇっすね。」適当に相槌を打った。

数分後。

はちは彼の喉が動くのを観察しながら、彼の話に耳を傾け続けていた。コーヒーをご馳走になりますと意志表示した手前、席を立つわけにもいかず、だが、用意されたコーヒーを見ていれば、1人前が2人前になるわけでもなく。かといって、催促するわけにもいかず。

「・・・あの」

はちは所在に困り、遠慮がちに声を出して彼の話を遮った。
数秒後。
彼の戸惑いに合点を得た店長が、

「申し訳ない!言ってなかったね。」

眉を下げ、両手を叩いた。
どうやら、察してくれたようだと、はちは胸をなで下ろす。

店長が再度、両の手を叩いた。扉が外側から開かれた。そこには先ほどのウェイターが居住まいただしく控えていた。

「券売機は、入り口のところだよ。」

――あぁ、そうだった。

この好々爺がいなければ、はちは嘆息を吐いていたところだ。

「・・・知ってました。」

券売機の場所だけでない。
店長が商売上手な性格なのも、今、自分が身銭を切ってまで、コーヒーを欲しているというわけではないということも。なにせ、黒川家の家計は火の車だ。

彼は不慣れな”営業スマイル”を顔に張り付け、

「またどうぞご贔屓に」

ゆるゆると一礼し、ひらひらと手を振る店長を扉の向こうに押しやった。店を出、券売機の前でため息を吐いたのは、言うまでもない。



このデパートには、エレベータが2台ある。隣接するそれらは、1台は無人、もう1台はエレベーターガールが乗車し、各階の案内を施しているものである。話によると、彼女がとても美人らしく、時にそのエレベータは、乗車率120%を叩き出す。

・・・との根も葉もない噂話を、まことしやかに繰り広げたのは、同居人のしろである。デパートに出かける前、今朝方の出来事で。

「あり得ねぇよ。」

大体、100%の時点で重量オーバーだろうが。それでもブザーも鳴らず動くというのなら、疑う余地無く欠陥品だ。
そんなはちの指摘も。

「本当だったら、面白いじゃないですか!」

目を輝かせるしろには、うまく届かない。

「狭いだけだろ。」

「はちの心が、ですね。」

「お前の思考回路の偏り方だ。」

はちは言う。

「お前の思考には、「面白い」か、「面白くなりそう」しかねぇだろうが。」
なんでもかんでもオオゴトにしやがって。
彼の嘆きいざ知らず、

「ご安心を。僕、楽しそうなことには目がありますから。」

「”目がない”の間違いだ。」

「”見る目”はありますよ。」

彼は自前の青い目を指さした。
はちは眼鏡の端を押し上げて、眉をひそめた。

「目を瞑りたくなるようなトラブルばっかり起こしやがって。」

「はちは真実を見抜けますかね。」

「・・・少なくとも、お前よりはな。」

「見えるものばっかり信じてたら、頭が固まっちゃいますよ。」

「”見る目”があるならば、使わねぇわけにはいかねぇだろ。」

今度は、はちが茶けた目を指さす番であった。しろは笑い、はちは手を軽く振って黒蝶堂の表戸を開いた。

――なんて生産性のないやりとりなんだ。

回想に浸っていたはちは、間の抜けた電子音により、現実に戻された。エレベータが到着したらしい。



まもなく、彼は無人の箱に一人で乗り込んだ。



この時。
自分の”見る目”を信じられなくなるような出来事が起こるとは、はち自身、まったく想定していなかった。





違和感は、乗った瞬間に沸き上がってきた。

1階行きのボタンがオレンジ色に点灯したのを確認すると、はちは、腰ほどの高さの手すりを背もたれとして寄りかかった。

理由は簡単。
一つ。客は自分だけ。二つ。誰の目を気にすることもない。

そして、三つ。
耐えきれない痛みに、我慢の限度が越えたからで――。

「頭いってぇ・・・!」

一向に治まる気配のない痛みに、こめかみを押さえ呻いた。ぎりぎりぎりと、前頭葉を左右から鋭く押さえつけられているようで。頬が痙攣し、顔が歪む。

――風邪を引いたのか?今流行りのインフルエンザか?

――まさか。こんな突発的な頭痛が起きる風邪など、今まで患ったことなどない。

ならばどうした?

狭まり、歪みゆく視界に、考察が遮断された。
痛みに支配されたはちは、その場にうずくまった。
と、同時に、頭上を煌々と照らしていた白光が、一斉に光を失った。エレベータ内が突如として暗がりになった。

「・・・嘘だろ。」

中途な浮遊感も収まり、分速60mは完全に沈黙した。

そのときふと。
はちは、誰かの視線を感じた。
前髪の隙間から外界を窺えば、エレベータの中央に張り付けられた鏡の中の自分と目があった。

――あぁ、オレだったか。

自意識過剰ではないが、なんとなく恥ずかしい気もする。

しかし、なにかが妙だ。

そう気づいたのは、10秒ほど経過した後のことであろう。

再び、鏡を確認した。

暗がりでよくは見えないが、鏡の中の自分は、うずくまる自分を平然と見下ろしていたのだった。そして、それだけにとどまらず。

「よう、気づいたか。」

鏡が波打ったかと思えば、鏡から足をはみ出させ、地に足をつけた。

「・・・冗談だろ?」

喉がからっからに乾いていた。
すでに朦朧としてきていた意識が、飛びそうになった。



――これは幻覚か?

否定しながら、はちは暗闇に慣れた目で彼を観察する。

だが、顔から服から、髪の跳ね方から声質から、目の前の男は、「自分」だと告げる。自分の意志とは関係のないところで、勝手に動き回る「自分」だ。

彼は、底意地の悪そうな表情をして詰め寄ってきた。視界がぐらぐらと揺れる。前言撤回。自信に満ちた顔は、自分の「もの」だが、自分が「する」ものではない。彼は、自分ではない何かの意志系統の元動いている。

――こんなことがあり得るか?

もちろん、自分に一卵生の双子の兄弟はいない。

ならば、これはまさかあれか?

俗に言う、ドッペルゲンガーか、もしくはクローンか?
はちは首を左右に振る。

「あり得ねぇ。しょうもねぇ都市伝説だ・・・。」

混乱の海に漂い続けるはち。
彼とは対照的に、鏡の中からの男は得意満面に笑み、

「てまえさんの常識が、音を立てて崩れゆく快楽は、如何なものさんね?」

楽しげに、軽口を叩いた。

「そういう顔をするために、生まれてきたのかってくらい、そういう顔が似合うさんね。」

段々と、近づいて来た。狭い箱の中、逃げ場は無い。

「てめぇは、何者だ・・・!?」

「ほう、いい質問さんね。」

ふざけた妙な言葉遣いに心当たりはない。

と。
再度間抜けな音を立てて、エレベータの下方運動が止まった。いつ動き出したのだろうか?天井の明かりも、いつの間にか目を覚ましていた。表示は5階。どうやら、外から誰かが乗ってくるようだ。

開いた扉の向こうに立っていたのは1人きりであった。

青年は、戸が開くと同時に口を開いた。

「あれ、本当に居ましたね?」

乗り込んできたのは、はちの同居人・氷山しろであった。
意表を突かれたはちは、「な、なんでお前がここに…?」安堵よりも疑問を口にしていた。



鏡の中からの男は、腰を抜かしたはちの首根っこをつかみ、力づくで引き上げた。そして、

「どちらが本物でしょうか。」

エレベータの扉が閉まるやいなや、そっくりな顔を並べ、しろへと問うた。
彼の顔を左方向に置かれながら、はちはしろを見た。

両者を2秒ずつ見つめたしろの目に、迷いはなかった。

「こっちが偽物ですね!」

しろが指さしたのは、鏡の男・・・

・・・ではなく、彼に向かって左方向の、はちであった。
はちは慌てて、彼の結論に異議を申し立てた。

「何言ってんだ。オレが本物で、こいつはただのそっくりさんだ!」

しかし、口がうまく回らない。どもりながらの発言を、

「黙りなさい、この偽物が!」

「な・・・!」

「僕は本物にしか興味がないのです。」

空間の温度が1、2℃下がるかと案ずるほどの凄みを効かせながら、しろははちの発言を一蹴した。
そして、はちの肩を突き飛ばし、床に尻餅をつかせた。

「いってぇ・・・!」

痛みよりも驚きがまさったはちを放置し、しろは男の手を引いて、2階の表示が光るフロアで降りていってしまった。

取り残されたはちは一言。

「一体、どうなってるんだよ・・・。」



降車後、しろははちの右隣を歩いていた。そのはちは、鏡の中から出てきた男である。彼らはエレベータ乗車口からまっすぐに伸びる道を、周囲の商品には目もくれず、黙々と歩いていく。

そろそろ頃合いかな。
隣の男は、へらへらと笑い、

「残念ながら、オレは偽物の方だよ。」

足を止め、あっさりと告白した。

「いえ、本物ですよ。」

しろは確信に満ちた目で、前を見据えている。

「だから、オレは堂長じゃあない。」

白い彼は、後方で留まっているはちの顔を仰いだ。

「ゆりのお嬢のことだ。オレと堂長が出遭うことを、あの店にいながらも予測していたろう。で、不確定要素のあんたを送り込んで、間接的に堂長を救った。そうだろ?」

「・・・・・・」

「だが、予想外のことが起きた。」

男は鼻で笑った。

「あんたが本物を見抜けなかった。今度は、あんたが危ない目に遭う番さんね。」

しろの目がだんだんと厳しく、険しいものになる。

「つまり、貴方は堂長ではない、と?」

「そうだよ。やっとわかってくれたかい?」

「・・・そう、でしたか。」

「君の知ってる黒川はちは、こんな口調じゃないし、こんなに饒舌でもないだろう?」

「そうですね。」

「さて、何をして遊ぼうか。」

背伸びをして、ぎらりと光る瞳が、しろを捉えた。
しろは、顔を伏せ、ひんやりと笑った。

「・・・本当に、言った通りだ。」

黒蝶堂を出発する前、ゆりは、彼にこう言った。

「今すぐ百貨店に向かいなさい。そして、5階の乗降車の扉を蹴破りさえすれば、向かって右にいる方が、貴方の『本物』よ。」

さすれば、貴方の念願のものは貴方の手に落ちるでしょう。
ゆりは、「私の予測を信じる信じないは、貴方次第だけど」と付け加えたのであった。

その本物は、今、目の前に。

「だから、オレは堂長じゃない。」

男の顔から笑みが消えた。
不敵に笑んだしろが、口を開く。

「・・・だからこそ、本物なんだってば。」

僕にとってはね。

顔を上げたしろは、はちの手首を掴み、

「捕まえた。」

猫のように目を細め、唇の端をくいと引き上げた。
そして、

”しろ”は、手首より先はそのままに、他の体の部位を一瞬にして溶かした。

溶けた水が再構成されて現れたのは、ゴーグルの少年・カコであった。

カコは、忌々しそうに顔を歪め、吐き捨てる。

「あの子どもの言うことを信じるのは癪だけど、やっぱり来てみて正解だったのかな。」

予測能力に長けた少女の思惑通りに動くことは、多分に不服だと、カコは常日頃から思っている。

一方。
眼鏡の奥の瞳を丸くさせながら、はちではない男が不敵に笑った。

「あーら、追っ手だったか。ぜんぜん気づかなかったさんね。」

「トボケるのもいい加減にしてください。」

ゴーグル越しの少年・カコの瞳は鋭い。

「僕が氷山しろでないこと、あなたが気づかなかったはずがない。」

「しばらく会わない内に利口になったさんね、カコ。」

男は、精巧に模した黒川はちの、赤いネクタイを緩めた。
カコは男に冷たい視線を突き刺しながら、

「鬼桐隊長がご執心だ。今すぐ来てもらうよ。」

指先の力を、一層強めた。

「それはそれは。だけど、オレは捕まらない。」

彼は眼鏡をデパートの輝かしい床に叩きつけ、踏みつけ砕いた。

「え・・・!?」

一瞬の隙、カコが気を取られた瞬間。
男は背を向け、煙となって消えた。




「一体何だってんだよ・・・」

頭痛は、とうに去っていた。
1階にて、エレベータは止まった。

ぐったりと疲労感にまみれたはちは、一歩踏み出した。

デパートを出て、スクランブル交差点に入る前、はちは足を止めた。
車道を挟んで向こう側に、見覚えのある白い頭が揺れていたからだ。

「・・・え?」

信号が青に成り、彼は走ってきた。

「はち!丁度良かった!」

しろは息を切らしながら、はい!と巨大な風呂敷を差し出してきた。

「お弁当忘れていくんですから!」

「・・・この距離とこの仕事量で、弁当なんていらねぇだろ。」

しかも、こんなに食えるわけがねぇだろと続ける。重箱何段分だ。

「腹が減っては戦はできないですよ!」

「戦なんてする予定は一秒たりとてねぇ。」

一つ聞くけどよ。
はちの前置きに、しろはなんですかと耳を貸した。

「・・・お前、さっき5階に居なかったか?」

少しの間があり、はちは右頬に痛みを感じた。
しろの利き腕、左の拳で、思い切りよく殴られていた。

「な・・・!?」

理不尽な暴力に、はちは言い返す言葉もない。しろは頬を紅潮させ、険しい表情で。

「たった今着いたところですよ!僕だって忙しいんですからね!」

はちには理解ができなかったが、彼はひどく怒っているようだ。だが、嘘をついている気配はない。第一、先ほどの彼とはまとう雰囲気が全く違う。

はちは、考えた。

「・・・そうか。」

きっとあれは、あれだ。

――見間違いって奴だ。

しろから受け取った弁当。ちゃんと持ってくださいよと念押ししてくるその手が、異様に冷たい。

そこで、先ほどのしろに感じた違和感の正体にいきあたった。

――あいつは、とても暖かい手をしてやがったな。

今日はとても寒い。「外気が体温と同じなんです」との、白い男の妄言を信じるなら、しろの体温はとてもとても冷たいものだろうはずなのに、だ。

――やはり、よく似た他人だったのか。

もしもだけどよ。はちの問いかけに、先を歩くしろが振り返った。

「・・・もし、オレが2人居たらどうする。」

はちがそんなこと言うなんて珍しい。しろは目を丸くした。

「もしもの話なんて、余りしないですよね。」

しろは腕を組んで、そうですねーと首を傾げる。

「偽物の方に近寄って、『そんな冴えない顔はやめて、「悪かったな冴えない顔で

すかさず、ツッコミを飛ばすも、しろは気にせずに続ける。

「僕にも変身できるか確認できたら、僕の影武者になってもらいます!」

「・・・本物の方には興味がねぇのか?」

「え?」

しろは少し考え、にまーっと締まりのない笑みを浮かべた。

だって、わかるじゃないですか。

「本物なら、お腹が空いたら帰ってくるでしょう?」

タイミング良くか悪くか、はちの腹の虫が鳴った。

「で、はちはもしも僕の偽物が現れたら」

言葉を切り、はちを見やったしろの目が青く光る。
はちはため息をつき、

「・・・おまえは一人で十分、腹一杯だ。」

目前に迫る横断歩道に踏み入れた。
一方、しろは足を止め、寂しげに目を伏せた。

「ならば、お弁当はいらなかったですね。」

「・・・いや、腹は減ってんだよ。」

「え?」

ぱっと顔を上げたしろは、白い指を口元に当てた。

「つまり、戦に行くと?」

「だから、いかねぇよ。」

「でも、お弁当を食べるんですよね。」

「単に食欲を満たすためだ。相手を倒そうなんざ、思ってねぇよ。」

「その相手が、はちのそっくりさんなんですか?」

「どうしてそうなる。」

お前と話していると話がややこしくなる。

はちは後頭部を掻き、しろはへらりと笑った。



人間のいない黒蝶堂にて。
誰かの帰りを待つ少女は、自らの予測を口に出していた。

「・・・零落童子は、目標物捕獲に失敗したでしょうね。」

棚の上の少女は時計を見やり、淡々と答えをはじき出す。

「あの子を探索係にするなんて、例の鬼も捕まえる気がないのかしら。」

まさに、不適材不適所ね。
わずかに微笑むと、少女・ゆりは再度、手元の本に目を落としたのであった。


【完】



☆あとがきは追記から☆


≪あとがき≫

いつもより長めのお話でした。お付き合い頂きありがとうございます。
今回は饒舌なやからばかりで、制御にとても労力が必要で…笑
「きみたち、もう少し静かに!」と、怒鳴ってやりたくもなりました。

なにはともあれ、久しぶりの小話いかがだったでしょうか。
今度は短めの話で行きたい…ところですが…。


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ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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