【小話】白の一害、黒の百害【更新】

しろ


【白の一害、黒の百害】

氷山しろは、寒さに強い。寒ければ寒いほど元気がいいと表現しても、あながち大げさではない。

同居人・黒川はちは、事あるごとに確認する。

「・・・ふざけた妄想だろ。」

忌々しそうに吐き捨てる彼自身は、朝が大の苦手である。

特に、暗く冷たい冬の朝は。



これは、黒蝶堂の今朝の出来事である。



「粉雪ですよ!」

「うっせぇ・・・。」

夢と現の挟間。
まどろみの中、はちは腕から先を布団から伸ばし、枕元を探った。そして、例のものを掴んだ手を再び布団の中に引き寄せて暖める。例のものーー眼鏡を掛ければ、グラスが白く濁った。視界不明瞭。今朝も今朝とて、外界はとても冷たい寒気に覆われているようで、はちはより一層強く、毛布にくるまった。

「ほら、起きてください!」

雪ですよ、雪!

掛け布団をはぎとったのは、頬を紅潮させ、雪に騒ぐしろである。
部屋を走り回る侵入者を見て、

はちに、悪意に満ちたいたずら心が沸き上がった。

彼は足をシーツの先からはみ出させた。
すると案の定、しろは突如として出現した障害物に躓き、布団の上に倒れ込んだ。

「ざまぁみやがれってんだ。」

そう言おうと準備していたはちの口が、盛大に歪んだ。

しろの持っていた硬質の何かが、彼が転んだ瞬間に手から離れ、はちの膝の上へと落下し、

「ぱきり」

軽く、嫌な音が鳴ったからだ。

布団にうつ伏せになったしろは、物珍しい動物を見るような目と共に、

「沢庵をたくさん漬けようと思いまして!」

ハキハキと、事情を説明した。

特段大きい漬け物石を選んでたんです。
それくらいが、ちょうどいいですかね?どう思います?

あ、その前に。この部屋には落石注意の看板が必要ですね。町役場に問い合わせてみましょうか?

寝ころんだまま、立て続けに楽しげに語るしろの下。

「・・・まず取り合ってくれねぇぞ。」

痛みにうめきながら、はちは布団の上から顔をのぞかせた。膝の上には、石が乗ったままである。あまりの重さと落下の衝撃で、上体を起こせない。
そんな状況下、役場の電話番号を暗唱する隣人に投げかけた。

「・・・お前のせいで、目が覚めたわ。」

「僕のおかげですね!」

「お前のせいだって…痛ぇ…」

はちが力無い訂正をすると、

「あ、お湯かけっぱなしでした!」

しろは飛び上がり、ばたばたと引き戸を引き、騒がしく階段を下りていった。

「その前に、石をどけてくれ!」

沢庵よりも先に、オレが漬かってんぞ!
彼の嘆きは、部屋の冷たい壁に吸い込まれて消えた。



室内であるのに吐く息白く、石を抱える指先は冷たい。タンスに収納されていた上着は当然暖かくもなく、背に触れるそれが、逆に寒気を引き起こす。もやもやと靄のかかった脳みそが、階段の段を下りる度に揺れ、吐き気すら感じる。室内温度は0℃前後だろうか、考えるのも億劫だ。

――だから朝は嫌なんだ。

はちは、誰にも届かない文句を呟き、1階に続く戸を開いた。

黒蝶堂と隣接する居住用のこの家で一番広く、かつ、4人も座れば狭い一室が居間である。

ようよう着いたはちは、早急にこたつのコンセントを入れ、最大出力につまみを回す。毛布をめくれば、赤く光る熱源がとても頼もしく見えた。足と手と、肩から下を全部炬燵に入れこんでしばらく待つと、

「あったけぇ・・・」

頬が、自然とゆるんだ。

と。

はちは、正面からの視線を感じた。
顔をテーブルにくっつけたまま、目線だけを送れば、向かいにゆりが座っていた。いつものごとく、膝の上には分厚い本が乗り、ちゃっかり炬燵に入っている。

彼女は、見事な黒髪を揺らしながら、

「よかったわね。」

よかったことなど、今まで一度もないような無感動な声で言った。

「・・・そ、そうだな。」

恥ずかしさと頼りなさを織り交ぜた苦笑を返したはちは、突如として背中をなぞってきた冷気に身を固めた。閉めたはずの、台所と居間を繋ぐ戸が開いていた。

音もなく登場した彼女とは対照的に、トントントンと軽やかに部屋へと入り込んできたのは、戸を開けた張本人・しろであった。

「早く閉めろ。」

そんなはちの注意空しく、しろは2つの空間を繋いだまま、料理やら急須やらを運び込む。結果として、どんどんと冷気が侵入し、部屋の暖気は浸食されてしまった。
はちがじろりとにらめば、彼のいつになく剣呑な雰囲気を察したのか。しろは笑って告げた。

「僕の事は、空気みたいなものだと思ってください。」

「お前が空気だったら、圧が強すぎて息苦しいだろ。」

あぁ、寒い寒い。
はちはつぶやき、机に伏した。

そうこうしているうち、朝食の準備が整った。湯気を立てるそれらは、温かな味噌汁と白飯に沢庵の漬け物だ。質素ではあるが、これが黒蝶堂の日常である。

3者の前に箸が置かれ、しろとゆりは手を合わせてから食べ始めた。

だが、はちだけは、箸を手に取る気分にさえなれなかった。
理由は簡単だ。

普段、飯を食べたり食べなかったりの少女が、茶碗片手に、柳眉を顰めた。

「だらしないわよ。」

寒さなど、小事に過ぎないわ。
短く説教を垂れる彼女に、はちは思う。

――こいつ、容貌は子供だが、言っていることは古くせぇな。寒さにも、びくともしてねぇし、なんだってんだ?

ぼんやりと彼女の様子を観察していたはちに、彼女は顔色一つ変えず、ぼそりと呟いた。

「誰が、老婆ですって?」

はちは、茶を吹き出しそうになった。いや、少し吹き出た。上着のパーカーの袖で口元を拭い、

「心を読むなって言ってんだろ!」

それから、彼女をじっと見た。

まさか本当に心が読めるなどとは、はち自身、信じていない。だから、この表現は語弊があるが、まぁ使っても意味は伝わるだろう。
そんな心持ちである。

ゆりは、淡々と答える。

「貴方の場合、顔に書いてるのよ。」

壁に貼っている標語を、ただ読み上げているように。

そして、

「本当に思っていたのね。」

トーンが一つ、落ちた。

どうやら、かまをかけられたようだ。
人形のような無感情の目に、はちは怖じ気づく。思っていたことを否定するわけにもいかず、

「・・・さみぃもんは、さみぃだろ。」

若干、口をとがらせながら文句を言った。
すると、

「ならば、今すぐ暑くなりたいのかしら?」

彼女の目が赤く光った。
はちは、 

「・・・言っとくが、”熱く”もならねぇからな。」

ぼそりと、忠告を加えた。



なんか。

・・・あちい。

彼が気づいたのは、それから直ぐのことである。
差し湯で水が徐々に暖かくなるというよりも、熱湯を直接肌に撒かれたような唐突さで、部屋の温度が急激に上昇している。
襟をくつろげ、次に、ズルズルとこたつから抜け出す。足先が蒸れている。原因は靴下か。

――こんなもん、履いてられっか。

2重に履いたそれを脱ぎ、上着を捨て、袖をまくりあげ、額に浮いた玉の汗を腕でぬぐう。ぬぐえなかった分が、首筋に伝ってべたべたする。

不快指数が、鰻登りだ。

――これ、異常気象だろ。

はちは脂汗浮かぶ額をゆりに向けた。

「貴方、私は黒蝶堂の憑者なのよ。憑場の気温を操るくらい、たやすいわ。」

彼女は言葉少なに、解説を返した。彼女の小さな指が、宙に円を描いている。

「そんな戯れ事を信じろっつー方が、不可能だっつってんだよ。」

そして、はちにはもう一つ、懸案事項を覚えていた。
隣人の様子がどうもおかしいのだ。

右手に茶碗。左手に青い箸。
ぼうと虚空を見つめるしろが居る。

彼の顔が、ひどく赤い。

彼は湯呑みを両手で持ち上げたが、数秒せず、慌てて机に置いた。訝しげに見るはちの視線に気づいていたのか。

「僕、どうしてこんな熱いお茶を準備したのでしょう?」

ちょっと氷取ってきますねと、俊敏な動作で席を立った。

戻ってきた彼の掌の上には、冷えすぎた氷が山盛りになっていた。指先は青くなり、溶けた滴が手首へと伝っている。

「冷やさなければならないですよ!」

彼はそれを自分の湯呑みに大量に投入し、はちのそれへも。

「おいおいおい!」

今度は、止めようと口を挟んだはちの口へ。
氷の塊を躊躇無く詰め込む。言葉を発せなくなったはちの額に押しつけ、ぼろぼろと落ちたそれらが、シャツの隙間から背中に入り、はちは声にならない声をあげた。

身を捩り、氷を吐き出したはちは、しろの肩を揺する。

「どうした!?」

呼びかけるも、しろは、焦点の合わない目をふらふらさせている。
合点を得ていないはちに、ゆりは咳払い一つ。

「彼の体温は、外気温と同値らしいわ。」

「信じられねぇけどな。」

「今、この部屋の温度は真夏と同じよ。35度。」

「…信じられねぇけどな。」

「ここで問題よ。」

彼女は言葉を切り、じぃと慌てふためくはちを見上げた。

「36,5度が平熱の貴方が、突然39度の発熱を起こしたらどうなるかしら。」

「そりゃ苦しいだろ。たとえ2.5℃でも上がれば・・・」

まさか。
はちは、合点のようなものを得た。

はちの手を離れたしろが、冷蔵庫の前に居た。扉は全開で、機械の前に座り込み、冷気を背中に浴びているようだ。

はちは駆け寄り、冷蔵庫を閉めた。

「野菜がダメになるだろうが!」

彼の家庭菜園で育てられた野菜たちの一部が、冷蔵庫に保管されているのである。

「だって、暑いんですよ!」

しろは再度扉を開くと、体全体を冷気に当て始めた。
彼の頭から、白い煙がもくもくと立ちのぼっている。

――これは、湯気か?

彼はゆりを振り返り、息を吸い込んだ。暑さ寒さなど、問題ではなくなっていた。

「てめぇが原因だとするなら、今すぐ元に戻せ!」

そして、彼は付け足した。

「いや、元に戻してくれ!」

「なら、貴方が食べてしまえば如何。」

「わかったよ!朝飯、食うからよ!」

はちは叫んだ。

だが、その前にやることがある。

はちは表戸のカーテンを開き、店の入り口を解放した。今にある窓は凍り付き、なかなかに開かない。
隣で、しろが冷たい場所を探してふらふらしている。万が一、寒さを求めて玄関から出、雪の上に倒れ込まれたら通行人の大迷惑だ。忙しく走り回る彼の後ろ姿に、ゆりは呼びかけた。

「私は老婆ではないわ。訂正して頂戴。」

それもわかってらぁ!
はちは続ける。

「てめぇはどうみても子どもだ。若干しっかり気味の!」

ゆりは微かに笑った。

「頭のいい子は嫌いじゃないわ。」

と、
窓が開いた。涼しいを通りこし、冷たすぎる風が流れ込んできた。

「なんと若い事。風の子ね。」

「・・・風邪の子になっちまうぜ。」

くしゃみを一つかますはちに、彼女は涼しい顔で言う。

「しろを困らせれば貴方はもっと困る。簡単な道理よ。」

「んな、冷静な解説なんざいらねぇから!」

あいつ、なんとかしてくれ!

彼の眼鏡グラスに、若干細まった彼女の両目が映った。

「ちょこれぇと2枚で、請け負ってあげるわ。」

僅かの逡巡を経て、

「・・・承知してやるから!」

店の主は、ゴーサインを出した。

「折角のちょこれぇとも溶けて終えば、味気ないわね。」

ゆりは目を赤く光らせた。


【完】


⇒⇒⇒あとがきは追記から⇒⇒⇒

≪あとがき≫

ここまでお付き合い頂きありがとうございますv
氷山しろの特異体質と、黒川はちの相変わらずの受難っぷり。
そして、結果的にチョコレートを得るゆりの手段。図らずも、バレンタインデー近くの更新となりました。


個人的な話ですが、寒いと言い続けて寒さが無くわけでもないのに、寒い時は「寒い!」と言ってしまいます。

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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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