【小話】振り返る者、振り返らざる者【更新】


【振り返る者、振り返らざる者】

「その時、彼女が迫りくる気配に気づいていれば・・・。」

瞳孔開かんばかりの両目が接近者を捕える直前、再現VTRはCMに切り替わった。はちの向かいで興味津津に目を輝かせていたしろが、左手の箸をテーブルに叩きつけて立ち上がる。

「ホラーですよ!」

何が彼の琴線に触れたのであろう。

「・・・ホラ話だろ。」

自分の飯茶碗を引きよせ、黒川はちは言い捨てる。

「…この街には全く縁のねぇ、根も葉もない都市伝説ってやつだ。」



次の日。

「あの、こんな都市伝説があって。」

堂長席の前で言い澱んでいた客人が、やっと口を開いた。灰色のスーツを着こなし、後ろ髪を一つに束ねた年若の女性である。

「・・・だから、うちはそういう店ではなくて・・・」

黒蝶堂には時折このように、変わった客人が来る。
黒蝶堂は怪しい宗教団体の店であるとか、幽霊退治家業をこのご時世でやってるだとか、そんな噂を真に受けたごく一部の人間が、依頼を持って真面目な顔でやってくるのだ。
だからこそ、堂長の嘆きも、自らの論説に心奪われた彼女の耳に届く事は無い。
彼女もどうやら、先日のテレビ番組を見たらしく、

「本当にあるのか、気になったら眠れなくなって。」

調べてみてほしいんですけどもと、続けた。
勿論、はちはそんな依頼を受ける気もなく。

「だから…」

話に割って入ろうと、後頭部を掻いた。
その時。
堂の奥からひょっこり顔をのぞかせたしろが明るい声を出した。

「行ってみましょうよ!」

彼女が「本当ですか!」と問うてきた。
だが、すでに「嘘です」とは答えられない空気であった。



話の舞台は、遥光の町の極南に位置する、とあるトンネルである。
白い光がところどころ点滅し、少々視界が不明瞭な点以外は、いたって普通のトンネルであり、単に通過する分に問題は無い。

守るべき事項はただひとつ。
客人が言葉を切り、自分としろとの目を順々に見たのが思い出される。

「決して振り返ってはならない、らしいです。」

というのも、このトンネルで振り返った者は冥土の世界に連れられ、二度とこのトンネルから出られないそうだ。

「ならばどうして、その話の語り手が存在しているんだ?」

だれかが振り返ったことを証明できるのか、そいつは。それができたとしても、そいつの仲間かなにかが冥土の世界なんていう意味の分からん概念世界に飛んだことをどうして知っているんだ?

月夜の下、すでにトンネルの前に到着したはちが疑問を投げる。昼間の客人の話を受け、彼らは早速現場に来ていた。
周囲には背の高い草が生え、闇夜にぽつねんと浮かぶトンネルは、車一台が通るほどの幅員と2人が並んで歩ける歩道を呑みこんでいる。

隣のしろがはちの肩を叩く。

合点得たりとの満足げな表情で、

「はちが怖い思いを抱えているのは十分わかりました。」

「お前、全然わかってねぇよ。」

「牡丹ちゃんに会えるかもですよ。」

墓地の憑者の名を言えば、はちは口元を歪ませた。

「会いてぇなら、深見ヶ原に行きゃいいだろ。」

「こういうとこで会うから、素敵なんですよ。」

「そりゃ「遭遇」だろうが。「会う」じゃなくて「遭う」だ。」

文字の見える目を持つ彼が指摘するも、白い彼はおかまいなしのようで。

「だからですね。」

彼は、白地に黒い斑点が浮いた四角い物体を荷物の底から取り出し、はちの眼前に突きつけた。勢い余って顔にぶつかってきた物体の、ぶにぶにとした感触を無理やり引き剥がす。

「ちゃんと、持ってきてますよ。」

「・・・こんにゃく?」

怖い話にはお約束じゃないですか。ちゃんと食べられないやつを準備してきました。あとは懐中電灯と、非常食用のおやつと、それから・・・

持参したサックの中身を荒らしながら、しろが解説を加える。

その時。
はちの耳が、微かな音を拾い上げた。

「・・・おい、何か聞こえねぇか?」

「え?」

今度はしろが青い目を閉じ、聞き耳を立てた。
コツンコツンと、トンネル内を乱反射する高音。自分たち以外にも、このトンネルを通る者がいるようだ。

「足音ですね。1人前分の。」

あれ、おかしいですねと、小首を傾げ、しろが指摘する。

「幽霊さんは足がないですよ、足音なんて妙です。」

「幽霊なんざ、存在するわけねぇだろ。」

徐々に足音が近く、間隔が短くなってきている。

「それにしても、こんな夜更けに誰が…」

はちが振り返ろうとするのを、しろが留める。

あぁ、そうだったなと、気を取り直して歩き始める。
数秒後、二人の足取りは徐々に徐々に速くなってきた。
お互いをけん制するかの如く、片割れが一歩前に踏み出せば、片割れが二歩前に先を急ごうとする、そんな塩梅で。

「おい、何走ってるんだ。」

「はちこそ、びびってるんですか?」

「誰が。」

いつのまにか駆けていた。
背後からの音は、自分たちの近くまできている。
足音の主は確実に走り始め、しかしその息遣いはまったく聞こえない。ただただ、地を蹴る軽快な音だけが、彼らに迫っている。

――このままじゃ追いつかれるな。

息の上がったはちが、隣人に手を伸ばす。

「おい、こんにゃくよこせ。」

そして、受け取ったそれを半分にちぎり、背後に投げた。
途端、追跡者の足音が途切れた。続けて、ドンっという鈍い音――地へのげんこつが落ち、はちは自分の後頭部をさすった。

「ぐぅ…痛いんだぞ!」

聞き覚えのある声に誘われ、しろが視線を送ろうとしたが、今度ははちが制止した。
振り返れば連れて行かれるという迷信を信じたからではない。

「…これ以上の厄介事はご免だ。」

ただそれだけの理由である。

駆け抜け切った彼らは、転がり込むように外の世界へ出た。
彼らの道はT字に交点を持つ延長線上の道路に繋がっていた。まばらながら車が通過していてヘッドライトが彼らを照らす。

「もう見てもいいんじゃないですかね?」

安堵と期待に満ちた表情で、しろははちを見上げた。
そして、両者は振り返った。

はちは、絶句した。

まず目に飛び込んできたのは、立ち入り禁止の看板。それから、縦横無尽に張り巡らされた、元は黄色と黒色だったであろう色あせたテープ。暗闇でよくは見えないが、トンネルの周囲を二重三重にも蔦が覆っているようで、それがテープをも浸食している。人工物と自然が手を組んで、人を拒んでいるようで、子供が入れる隙間すらない。そしてその奥はがれきで空間のほぼすべてが埋まっている。

「僕たち、確かにここからでてきましたよね?」

「・・・おい、どうやって帰るんだ?」

「ここが冥土の世界なら、よみがえらないとですよ。」

手続きが大変そうですね。土を掘り起こしてもらえれば楽なんですけど。
それとも、川を泳ぎ切らないとだめなんでしょうかと、彼の間延びした声音が頭に響き、
はちはうんざりした顔を彼に向けた。

「冥土の世界なんざ、ねぇよ。」

「あら、おかえりなさい。」

声につられ、振り返った先に、見覚えのある赤いリボンの少女が立っていた。

「・・・へ?」

「ここは、あれ?」

再度振り返った先に、見覚えのある書棚の山が隆起していた。

「ここが冥土の世界・・・ではないですね。」

「…どうみてもうちの店内だな。」

先程まで外の、極南の地域にいたはずが、数秒もせず店に戻ってきていた。
はちははからずも少女に呆けた顔を向けることになった。
自らのぽかんとあいた口にすら、気がつかない程に。

少女はわけもないわと前置きし、

「貴方たち、山の神とやらに遊ばれたのよ。」

いわゆる神遊びに捕まったのでしょうと、ため息交じりに答えた。

【了】
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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