【小話】死亡特需【更新】

【死亡特需】


黒蝶堂が、にわかに賑わっている。
断続的に、とまではいかないが、ちらほらと客人が寄せては引き、数分の間の後に、また寄せては引いていく。客人の内、5人に2人は手に取り、その内の1人が買っていく商品には、ある共通点があった。どことなく雰囲気の似通った表紙に、帳簿をつけていた堂長は、ようやっと合点を得、

「そういや、こないだ死んだって言ってたな。」

誰もいない堂内で独り言を吐いた。

本の著者は2、30年か前、一世を風靡し、時の寵児となった人物
・・・だったらしい。それも今は昔の物語のように、伝聞調でしか語られず、仏様となったと知れたおとといの朝方の情報番組の片隅をにぎわせていた。

「・・・死んだ後に売れたところで、本人には関係ねぇだろうに。」

「それが、そうでもないんだぞ。」

はちの呟きを、表通りから入ってきた少女が拾った。はちはため息をつき、「どういうことだよ」どいつもこいつも突然現れやがってと、ツインテールの少女に問い返す。
が、返ってきたのは欲している返答ではなく、

「こんな小難しいものくれてやる。」

言うや同時に、何かを投げつけてきた。
宙を一直線に飛ぶその軌道に、はちが慌てて両手で挟み込むように割り込めば、見覚えのある表紙が掌に収まった。

「あたしたちの間でも、情報交換ぐらいするんだぞ。」

墓場の憑者と名乗る彼女は彼女はブーツの踵を鳴らし、堂長席の前まで進んだ。「人間の間で流行っていると聞いた」で、近くの憑者から回覧が回ってきた。だから、次は引きこもりのゆりに渡そうとやって来た、と続ける。

「そりゃ、わざわざどうも。」

脳内にて、彼女の発言裡は冗談だと決めつけた彼は、一応、感謝の言葉を述べておく。いつもの棚の上を見上げるに、ゆりの姿はない。気まぐれ猫のように、ふらりとどこかへ出かけてしまったのだろう。

「・・・で、そうでもないってのはどういうことだ?」

席にひじをつき、手の甲に顎を乗せて少女・牡丹を見やる。と、「オマチの死神様が言ってたんだがな」と牡丹は前置いたから、はちの眉間のしわが、さらに1本加わった。

「三途の川を、こっちの世界で例えると、豪華客船みたいなもんで渡ったらしいぞ。」

「・・・冗談きつすぎんだろ、それ。」

それだけじゃないぞと、彼女は声をひそめる。堂長に耳打ちするかのごとく、右手を自らの頬に添え

「仏壇に供える線香を、こっそり高級でいい匂いのヤツに変えたらしい。」

至極まじめな顔と小声で告げた。
「ばかばかしい」はちは彼女の報告を真っ向から否定し、

「誰が言ってんだ?信憑性に乏しい占い師か?」

あきれ顔で相づちを打つ。牡丹は腕を組み、うーんと唸って「簡単に言うとだな」奴には心配ごとがあるらしいんだぞと、話を続けた。

数年前みたいに人気が急騰して売れすぎたら、遺してしまった家族が財産を巡って、結果として不和が広がってしまうかもしれない。今は協力して、自分のいない世界の中で生き抜く準備をしてほしいというのに。

不安はだんだん膨張し、おちおち眠りにもつけない。向こうの世界を抜け出してまで、人気の再高騰を押さえつけたい、と言っているらしい。
そんな相談が、遙光の街の墓場の憑者・牡丹にまで届いてきたものだから。

「だから堂長、なんとかしてやってほしいんだぞ。」

できることをしたいんだぞと、彼女は言った。

「なんとかって・・・」

誰がなにをいつどうしてどんな結論で、そんな心配ごとにたどり着くというのか、つっこみどころが多すぎる話に、はちは半開きになった目をこする。こすったところで、目から鱗は落ちてこなかったが。

「大丈夫ですよ。」

突如、奥間より声が届いた。右手に青いフライパン、左手に菜箸を持っている。湯がいたほうれん草を炒めている途中であった彼・居候のしろは、

「安心してください。」

甘ったるいバターの香りを漂わせながら、満面の笑みで告げる。

「人の噂も、45日目ですよ!」

「79日だ。」

すかさずはちが訂正を入れる。

「”45日”が済めば、故人が忘れられちまうみたいじゃねぇか」

「大丈夫です、ぼくが忘れませんから」

「それじゃ、まるでオレが故人みたいじゃねぇか」

75日と45日を間違う奴が覚えとけるわけねぇだろとため息混じりに返せば、

「大丈夫です、ぼくは、1度”見た”物は忘れない性質なので」

にかりとした笑顔が反射してきた。

「あぁそうかい」

そこではちは会話を雑に切り、牡丹に向き直って答える。

「どいつもこいつも忘れるだろうよ、すぐにな。」

だから安心して眠ったらどうだ。寝不足だから、そんな世迷い言を言って、周りに迷惑をかけるんだ。

その”占い師”によくよく伝えろと牡丹に念を押し、はちは欠伸を一つした。



それから、しばらくして。

「これ、買い取ってほしいんですが。」

またか。
はちはぴくりと頬をひきつらせながらも、黙々と事務に励む。言わずもがな、数日前、一時期”死亡特需”に沸いた同著者の本だ。
それも、1冊ではない。朝方、昼休み、夕暮れ時、ちらほらと客人がやってきて、手に持った本を買い取ってくれと請うてくる。まさかなと感じた彼の直感は、ズバリ的中してしまったようである。

夏の夜の陽が沈み、客足がやんだ頃。
帳簿をめくる手が止まり、正の字を書き終えた。

「・・・経済っつーのは、よくできてんな。」

本のタイトルは異なるが、冊数を換算すると、販売数と買い取り数の結果は、プラマイゼロであった。売り手は先の買い手とはまったく違う面々であったから、不可思議なことではあるが。結果として、黒蝶堂はその特需の恩恵に預かれたのであった。

はちの小さな感慨に、

「人間の平衡感覚には、興味をそそられるわ。」

棚の上の少女は本に目を落とし、ぽつりと言った。膝の上に広げられたのは、先日、牡丹が情報伝達だと運んできた本のようだ。見覚えのある表紙に、「やっぱり杞憂じゃねぇか」牡丹が脳裏によぎったはちは、これ以上買い取りが増えるとまたあの妄言話を思い出して面倒くせぇなと一人思うのであった。


【了】


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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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