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【小話】黒蝶堂の食卓【更新】

【黒蝶堂の食卓】

「しろ。」

小さな台所でオリジナルの包丁をじっと見つめる背中に、音もなく忍び寄った少女が呼び掛ける。ぴくっと肩を震わせた彼が、包丁を背中に回し、珍しく頼りなげな笑顔で振り返った。

「あれ、ゆりちゃん。どうかしたのですか?」

「問うは私。貴方が一体どうしたというの?」

じっと見上げてくる黒目がちの瞳に、しばいの沈黙が停滞し、

「実はですね」

しろは器用に眉尻を下げてみせた。

「ありがたく思ってないみたいなんです。」



「毎回毎食、単純な作業みたいで。」

出された食事を胃に収めるだけなんですよ、まるで。
2人前の茶をそそぎ入れ、青い座布団に正座をしたしろは、青い瞳を軽く伏せた。向かいには赤い座布団に腰を下ろしたゆりが、傍らにA4版の本を携え、じっと彼の話に耳を傾けている。

「つまり、はちに美味しいと言わせたいのかしら。」

少女の問いかけに、しろはうーんと首を傾げる。
そして、

「はちが満面の笑みで「旨い!」って言ってる・・・なんて、全然想像つかないです。」

「だから、それは今更なんです。」

「だけど、少しは食べ物に対する感謝と言うか・・・なんて。」

矢継ぎ早に吐き出した言葉の後、「上手く言えないです、ごめんなさい」と、机に突っ伏した。

白い頭が、縁側からの風になぜられ揺れる。夏の昼時、まとわりつくような湿度が部屋全体を覆い、机に置かれた盆の上、包丁の刃がぎらぎらと光っている。

少女はお茶をすすり、好物のチョコレートの包みを開け、もぐもぐとそれを咀嚼する。
そして、お互いが一言も話さぬまま5分が経過した頃。

「しろ。」

「はい。」

彼女は、伏せたまま答える彼をじっと見た。

「その考え方は間違っているわ。」

「え?」

顔を上げた彼に、少女は、ほとんど開けずに言葉を紡ぐ口の端を引き上げ、片側の前歯を覗かせる。

「目的があるのなら、達成させてみるが吉よ。」



その日の晩時。

「今日はごちそうですよー!」

食卓には、ハンバーグにカレー、オムライスにサラダと焼き肉、エビフライに刺身に寿司と、これでもかとの品目が並んでいる。それだけではない。テーブルに置ききれなかった天ぷらが、台所のシンクの上で待機し、温かな湯気を漂わせている。

「どうですか?」

しろはキラキラと瞳を輝かせ、食卓に座ったはちににじりよる。
しかし、一通り皿をつつき、胃に収めて、飯茶碗を置いたはちは、

「・・・出資元はどこだ?」

対照的な目で、しろへ三白眼を向け、低く返した。
口調がぶっきらぼうなのは通常運転だが、それに加えて機嫌が悪そうに眉をひそめている。

しろは笑顔を崩さず答える。

「ゆりちゃんですよ。」

”この未来のため”の準備をしてくださってたんですよ。

「あり得ねぇっての。」

はちは続ける。

「明日からの飯は、大丈夫なんだろうな?」

黒蝶堂の家計は火の車である。当然、贅沢をして良いわけはどこにもないから、はちの懸念は当然のことであった。

と、

「そう。」

隣に座っていたゆりが、はちを見やり一言吐いた。

「貴方の反応も、予測通りよ。」

怪訝そうな彼をよそ目に、円を描くよう、小さな人差し指を宙に巡らせた。

すると、所狭しと並んだ食器類が一斉に動き始めた。白い楕円の皿は、両端を曲げ、中央部分に大きな亀裂を入れ、食べ物がその亀裂へと徐々に飲み込まれていく。湯呑みの茶は水位を減らす。割れた皿が肉を切り、刃先が二つに裂け、肉を続々と咀嚼する。

それは、食器が、食物を食うと表現してしかるべきの光景であった。

「な・・・!?」

目を疑うはちは、思わず後ずさる。と、彼の耳にうなり声のような物音が、隣室から届いた。

逃げるように立ち上がり、和室の前に立ってふすまを開く。電気を付けると、

はちの目が点になった。

そこには、飯を食らう見知らぬ男の姿があった。



黒川はちは冷静であった。

「しろ、警察に連絡だ。」

不法侵入の現行犯だと、自らの常識を振りかざす。

「ま、待ってください、堂長様!」

豪勢な食事が並ぶテーブルから離れ、畳の上で体を小さくする男。どうも、それは先ほど食器類が食べた献立のようであるが、はちは気づかなかった振りをする。
顔も上げず土下座を継続する彼に、はちは目をしろにやり、意見を求める。

「一体、どういう事だよ。」

すると、

「面を上げて頂戴。」

はちの背後からお代官さまならぬ、おゆりさまが彼にお慈悲を与えた。

「名乗って頂戴。」

「は。お初にお目にかかります。」

自分、朝咲寺の獅子之丞と申します。
牡丹様に言われ、ここに参ったのですと、彼は説明した。

「アサキ寺の、ししのじょうさん。」

朝咲寺って、深見ヶ原墓地の近くの古くって、すんごく大きなお寺ですよね。

しろは告げる。が、

「牡丹・・・さまぁ?」

はちは怪訝そうな顔を隠すことなく、侵入者を見下げていた。彼がひどい頭痛に見舞われていることは、額と頬に浮かぶ脂汗で一目瞭然である。

「はい。深見ヶ原の牡丹様です。」

侵入者は言葉を継ぐ。

「どんなに美味しいものでも、堂長様が気に入らなければこちらに回ってくると聞きまして。」

「オレは別に、気に入ってねぇとは言ってねぇよ。」

だが、侵入者は、はちの二重否定語を理解する素振りさえ見せず話を続け、

「もしや、牡丹様が自分に嘘を・・・!?」

突如、目に涙を浮かべ、青い顔となった。ぎょっとしたはちは、「とりあえず、皿と箸を置け」泣かれても困るんだがな・・・と、気まずそうに後頭部を掻く。

「それは違うわ、寺院領の忠犬。」

場を引き継いだゆりに、全員分の視線が集まる。「では・・・!」救いを求める信者のように、獅子之丞がゆりに詰め寄る。

「では、堂長様はこのような素晴らしい料理すら、ないがしろにする人だというのですか?」

「はち、どうなんですか!」

「いや」はちは、話の方向が変わってないかと感じながらも、

「・・・美味いとは思う。」

「ありがたく思っていると!?」

熱を篭めた侵入者の視線と、どうなんですか!とにじり寄ってくるしろに、

「・・・そらそうだ。」

はちは、あっさりと根負けした。

「・・・オレ、料理できねぇし。だいぶ、助かってるさ。」

「こんなこと、今更だろ」と、眉間のしわをさらに一本増やして答えた。



翌朝。

「はち!朝ご飯ですよ!」

しろの声にしぶしぶ起床したはちは、着替えもせずに1階へと降りた。食卓には味噌汁とたくあんの漬け物と白米が並んでいる。いつも通りの、質素な食卓だ。

はちは席に着き、箸を取ろうとした。と、向かいのしろと目が合う。手を引き戻し、両手を合わせる。

「い・・・」

「いただきます!」

はちはさっと身をひねる。昨夜の男がそこに座り、味噌汁をすすっていた。

「てめぇ、なんでここにいるんだよ!?」

「さっさと帰れ!」と、命じるはちに、

「いえ、牡丹様がお迎えに来て下さるまで、ここで待機しろとの話なので。」

堂長様の話と言えど、従うわけにはいかないので。
にへらと、だらしのない犬のように顔をほころばせる彼に、はちはため息一つ吐き、

「皿と犬に食われる前に、食わねぇとな。」

手を合わせぼそりと「いただきます」と呟き、箸と茶碗を手に取った。



【了】




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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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