【小話】帰り道を見失わないよう【更新】

【帰り道を見失わないよう】

黒川はちは、若者であるが、その割には、規則正しい生活を送っている。
反転すれば、彼の機嫌が著しく損なわれる要因の一つが、睡眠の不足である。

「・・・はい、こちら黒蝶堂。」

日中の二割り増しの低音で応対する口振りは、とてもではないが接客向きとは言えない。それもそのはずで、時刻は、まもなく午前0時。翌日を迎える現時刻は当然、古書店が営業中の時間でもなかった。黒電話のベル音が、すでに夢の世界へ旅立っていたはちの耳へ侵入し、聴神経にガリガリと傷をつけたのであった。
受話器を取り、相手の反応を待つ。
無礼を謝罪した上で、古書を100冊くらい買い上げるというのなら、胸中にこみ上げている静かな怒りをぶつけないでおこうと思いつつ。

だが、はちは自分の耳を疑うことになる。

「今日は遅くなる。ごめんね。」

「・・・はい?」

条件反射で「かけ間違いでは?」と問いかける前、電話は一方的に切れた。

はちは思い返す。
しろはコタツ猫よろしく丸まって眠っていたし、ゆりの姿は見えないが、いくら帰りが遅くなろうとも、決して「ごめんね」などと言う奴ではない。他に、この家に帰ってくるやつがいるというのか?

「・・・いや、いねぇな。」

はちが呟くと、再び、堂長席机上の電話がけたたましく鳴った。

ひとま置き、受話器を取る。

「今日は遅くなる。先に寝といてくれ。」

「・・・あの?」

今度は、中年男性の声であった。先ほどとは違う声質で、別人からの電話のようだ。これもまた、返事を待たず一方的に切れた。

はちの脳内に、ある言葉が浮かぶ。

”二度あることは三度ある”

何を根拠に。
冷静な頭でその言葉を打ち消した時。
 
「今日も遅くなる。明日も仕事なのに。」

気がつけば、受話器を耳に当て、愚痴を聞いていた。

「・・・はぁ。」

そんなやりとりが2、3度ならず4、5…と繰り返され、しまいには、

「友達と遅くまで飲むから。心配する必要ないか・・・」

ざわめきを背景にした女性の声をみなまで聞かず、受話器を叩きつけた。

リンと間の抜けた音が堂内に響き、静寂が訪れた。

「・・・いたずら電話も、ここまでくると犯罪じみてるな。」

こめかみの痛みをおさえて、はちは独りごちる。
月の傾く金曜日の夜である。表通りがどことなく騒がしく感じられる。
はちは1分ほど待ち、電話がおとなしくなったと確認できたところで、自室へと戻った。



翌、土曜日の朝。

「はち、大変ですよ!」

「あと5分。」

「おい、水をくれ!」

「・・・うるせぇぞ、しろ。」

「僕じゃないですよ!」

机に伏していたはちは、しろの小さな憤慨によって目を覚ました。
妙な体勢で眠りを貪ったせいか、体のあちこちが凝り固まっている。伸びをし、首を左右に傾け骨を鳴らすと、散らばった意識が手元に集まってき始めた。

はちは、なぜ自分がこの部屋にいるのかを思い出した。

昨夜は電話が断続的に鳴り響き、結局、席にて一夜を過ごすはめになったのであった。時計を見上げれば、時刻は午前7時。頭の奥にずしりと残る不快感に、朝から疲労が溜まりに溜まっている。

なにやら表通りが騒がしい。
そのざわつき加減に、はちは嫌な予感を覚える。
机の端に追いやられた眼鏡を拾い上げ、汚れを雑に拭き取って装着した。

表通りが正面に見える席にて、彼は目を凝らす。

「早く開けてくれ!」

黒蝶堂の門前には、よれたスーツを着たサラリーマン達が、バーゲン会場さながらに群がっていた。

「悪かったから、開けてくれ。」
反省するそぶりで、懇願する者。

「亭主に対して、その態度は何だ!」
明後日の方向に、逆上する者。

「もう会社に行くから。いいね?」
内側の人間から、許可をもらおうとする者。

「朝帰りじゃない!浮気じゃない!」
朝の路地にて、青い顔で訴える者。

老若男女、種々こもごもの人間が、黒蝶堂のガラス戸を叩く。
その光景を、目一杯にしかめた顔で見ているはちであったが。

彼の耳に、皆が一同に口を揃えて言う事柄が滑り込んできた。

「「「昨日、電話で連絡しただろう。」」」

あちらこちらから噴き出ている訴えに、

「・・・どうなってんだ、これは。」

彼は怪訝そうに、目を細めた。



扉を一枚隔てた向こう側に、多数の人がたむろしている事態は改善していない。その風景を若草色のカーテンで遮断し、堂長席にて、はちはしろに朝方の事情を聞くことにした。

「今朝、新聞受けに、こんな写真が入ってたんです。」

「・・・これはどこだ?」

写真に写るは、暗闇に浮かぶ、だいだい色の光で照らされた空間であった。赤いレトロな柵で囲われたその空間の中央に、灰色の公衆電話と、青い電話帳が開いた状態で置かれている。

「もう1枚ありまして。」

差し出された写真は、どうやら青い電話帳を拡大したものであるらしい。びっしりと並ぶ掲載項目の一番上に、店名の「黒蝶堂」と先の堂長の名である「黒川伊織」、そして電話番号が掲載されていた。

「それは、簡単な移転装置ね。」

「公衆用電話ではないわ」と、はちの斜め後方の空間を裂いて現れた少女が、2枚の写真を覗き込んだ。

「てめぇは、いつもどこに隠れてんだ・・・」

「移転装置、ですか!?」

目を輝かせたしろとは対照的に、席に背を預けたはちは、唐突な登場を見せた少女の姿に冷や汗を垂らす。
彼女の言葉を反芻したしろに、ゆりはゆっくりと頷き、右手に抱えた書物を机上に広げた。

「電話番号の掛け先へ、瞬時に移動させられるの。その過程で彼らは混乱し、到達した場所を自分の家と勘違いしてしまうのよ。」

「んなこと、できるわけが・・・」

「一介の憑者の他愛もない悪戯よ。」

だから、わざわざ気に留める必要もないわ。
ゆりが書物のページをめくる。

「・・・で、あいつらをどうすりゃいいんだ。」

店の前で溜まりに溜まったスーツ姿の群をみて、目の下に隈をこしらえたはちは、げんなりと問う。

「容易い事。」

ゆりは指を宙に舞わしながら、さもなげに返す。

「電話を掛ければいいのよ。」

「もう電話はこりごりなんだが…」

ぐったりと覇気なく答える彼に、ゆりは返す。

「迎えを待つ人間が、彼らにはいるのでしょう?」

彼女の台詞が終わると同時に、若草色のカーテンが表のガラス戸ごと、自動的に開いた。大量の人間がなだれ込み、三々五々散らばっていく。「あれ、ここ、家じゃないような気がする」と、誰それから戸惑いの声が挙がった。

眉を顰めたはちではあったが、現状の解決をしなければ安眠は得られないと判断し、寝起きながらも精いっぱいの声を張り上げた。

「家に帰りてぇやつは、席の前に並べ!」

あと、電話番号もちゃんとしたやつを調べるんだ!
少女の広げた書物――ゆり特製の、分厚い電話帳を、彼らに高々と掲示したのであった。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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