【小話】右手に杓子を、左手に包丁を【更新】

【右手に杓子を、左手に包丁を】


「あちぃ・・・」

堂長席にうなだれるはちは、堂内の温度計を見た。すぐさま、「見るんじゃなかったぜ」と、後悔するはめになるとも知らず。

肘より手先にかけてすら、汗をかいている。日誌を書いている腕が、じっとりと机に吸いつき、タオルで拭かねばならぬ程の蒸し暑さが、黒蝶堂を覆っている。

と、突然、頭の芯をくらりと揺るがす刺激臭が、鼻の奥を突いた。
嫌な予感を覚えたはちは、匂いの原因を見つける事にした。

はちは、まっさきに台所へ向かった。
彼は、すぐに見つかった。

「…なに作ってんだ?」

しかし、彼は返事をしない。やはり、どうも様子がおかしい。
杓子を右手に、包丁を利き手に握った彼は、両の青い目で一点を凝視したまま微動だにしない。視線の先には、調理台に置かれた、どこかで見たような白いタンクがある。不審に思ったはちが、「しろ」と呼びかける

・・・寸前。

「待て待て待て!!!」

彼は反射的に、しろへと駆け寄っていた。

台所の主は、白いタンクに右手の杓子をくぐらせた。
と同時に、包丁の刃をタンクの側面に勢いよく突き刺したのであった。

「あれ、いたのですか。」

青年は笑顔で振り返った。杓子内ではオレンジ色の液体が波を打つ。
彼はタンクより引き抜いた、べっとりと油の張り付いた包丁の刃先をはちへと向けた。

顔を反らせ刃を避けたはちは、やっと気がついた。

漂う臭気の正体が、タンク内の液体・・・ガソリンだということに。

「お前、なにやってんだ!」

すると青年は、さもなげに言う。

「はちの元気が無さそうでしたので」

暑さでへばってましたよね。だから、燃料を注入すれば、なんとかなるかと。ほら、燃料と言えば、ガソリンじゃないですか。だから、慌てて買いにいって。

煮るなり焼くなりして、献立に入れ込む方法を考えてたんです。

「でも」

矢継ぎ早に言葉を紡いだしろはふっと一息入れ、右手の人差し指を立てた。

「これがなくても、エンジン全開ですね!」

「あったりまえだ!オレは、人間だ!」

「あれ、そうでしたっけ?」

「意外でした」と、とぼけるしろに、はちはため息で応答する。急上昇したボルテージが一気に冷め、口から自然と、覇気のない声が出た。

「・・・うちには車なんてねぇんだぞ。ガソリンなんざ、消費できるわけねぇだろ。」

「なら、車買いますか!」

「買わねぇっての!」

「車なら、あるわよ。」

はちを、赤い瞳が捉えた。唐突に、しろの陰より現れた少女が告げる。少女・ゆりは、両者を見渡して、

「こっちに来て頂戴。」

台所を後にし、先だって歩いていく。
青年たちは顔を見合わせながらも、彼女に従うことにした。

堂内を通り、表通りへ抜けると、青い空、白い雲、じりじりと肌を焼く日差しといった夏の背景に、古ぼけた自転車が晒されていた。どこから引っ張りだしてきたのか。自転車はずいぶんと年代物のようであり、巷の空気から浮いているかのような雰囲気を醸し出していた。

対照的に浮かない表情のはちは、彼女に問うた。

「確かに「車」だけどよ・・・」

「近い未来で、必要になるわ。」

ゆりがパンクした後輪に触れると、タイヤが適度に膨れ上がった。チェーンが自動的に噛み合い、乗り手のいないペダルが勝手に回り出す。ブレーキがきりりと返事をするかのように音を鳴らす。

と、しろが、合点を得たと手を挙げ、

「これでガソリンを返しにいけばいいんですよ!」

白いタンクを、手早く後部の荷物置き場にくくりつけた。同時に、ゆりがはちへ、自転車の鍵を渡す。

「・・・え、オレが行くのか?」

なんでオレがと、抗弁する。

が、

「貴方、少しは日焼けした方がいいわ。」

このままだと彼岸前に夏風邪をひくからと、未来を読む少女は脅すわけでもなく、淡々とした口調ではちに説明する。

一方、

「麦わら帽子と水筒も準備しましたからね!」

自転車のカゴに黒い水筒を投げ入れ、はちの頭に強引に帽子をかぶせたしろがぐっと親指を立てた。

――こいつらが組むと、自分の抵抗は意味を持たないことが多い。

はちは早々にそう察し、

「・・・わかった。行ってくればいいだろ。」

体力づくりも兼ねてな。
いまひとつ納得を得てはいなかったが、「さぁさぁ」しろに促されるままサドルに跨った。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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