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【小話】鮮やかなる色を【更新】

【鮮やかなる色を】

「人手がほしいんだぞ。」

「来ると思っていたわ。」

これが、昨晩のやりとりである。



翌、夏の朝。
「黒川」と、刺繍入りのジャージを着、緩やかな坂を登る彼の息は上がっていた。到達した坂の上、死者のための集合住宅地は、見晴らしがひどく良い。そんな遙光の街でも有数の墓地・深見ヶ原の片隅にて。

「縁者が切れる。よくある話なんだぞ。」

深見ヶ原墓地の憑者と名乗る少女・牡丹は、鼻から息を抜きつつ、彼らに説明を与えている。

「・・・つまり、盆に参りに来ねぇ奴の、祖先の墓を、赤の他人のオレたちが掃除しろってことか?」

「なんでそんなことをしなきゃならねぇんだ」と、黒蝶堂堂長である黒川はちは、息を整え、バケツと柄杓を両手に掴まされた状態で牡丹に問う。
すると牡丹は、今度は鼻を鳴らしつつ、得意顔で言い放った。

「"こっち"に存在してる者が綺麗にしてやるべきだぞ。」

「特に、お前たちみたいな若くかつ人間の労働力がやると喜ぶ」と続け、うんうんと頷く。

「言ってる意味が、よくわからんが・・・」

質問者が率直な戸惑いを口にする。

だが、

「端から、あの辺までやってくれ」

まるで聞こえなかったかのように、彼女は仕事の話を始めた。彼女の指さす先、墓の群が数列、長々と連なっている。

「やりがいがあるぞ」

牡丹の声に、

「結構あるんですねー」

ゆりに命じられ、はちを堂から連れ出した張本人・氷山しろが、のんきに応じる。一人、

「・・・終わらねぇだろ、1日じゃ。」

はちはぼやき、眉根のよった眉間をひと撫でする。と、バケツの中のタワシがぶつかり合い、濁った音がこぼれた。その音を合図にしたわけではなかったが、

「・・・仕方ねぇな。」

水を汲むべく、つま先を広場へと向けた。



「お疲れだったな!これが、今日の報酬だぞ。」

陽は既にとっぷりと暮れていた。作業がひと段落したところで、牡丹が一つの風呂敷包みを差し出した。受け取る腕がヒリヒリと痛んだのは日焼けのためだと、疲労にまみれているはちは遅れて気がついた。藍色のボタンの華が緻密に描かれている風呂敷を、はちは「どうも」右腕にのしかかってくるような重さに驚きながら、それを抱えなおした。

「残りは明日、頼んだぞ!」

時刻は日を跨ぐか跨がないかの頃合いであろう。深夜でもエネルギーみなぎる牡丹は、音を鳴らさんばかりに手を大きく振り、黒蝶堂の者たちを見送った。



月が照らす薄暗い光が、砂利道をぼんやりと浮かび上がらせている。こっちから帰りましょうよとのしろの提言で、近道になるはずの道を選択した彼らであったのだが。

「いやぁ、出そうですね。」

「・・・なにがだ。」

「言ったら、更に出そうじゃないですか!」

「お墓も近いことですし、ここはうってつけですよ」と、語尾を弾ませるしろは足を止め、両腕を左右いっぱいに広げる。
一方のはちは、顔をしかめ、

「・・・出るわけねぇだろ。」

しろが暗に示す主語に感づき、長息を吐く。次いで、腰に巻いていたジャージの上着を羽織った。この道に入った途端、なぜか外気温が突然、それも急速に下がったように感じたからである。その上、頭に鈍い痛みが走っていた。

と、月がふいに流れる雲に隠され、辺りが一瞬暗闇に飲み込まれた。

そのとき。
突如として、暗がりから、顔よりも大きいほどの円形の発光体が顕れた。それは側面より上下真っ二つに割れ、中から赤い舌を出す。形状は、手持ちの提灯に近いが、動きゆくその様は、まるで顎をガクガクと鳴らしている生首のようで、宙に漂っては、点滅を繰り返している。

絶句する堂長の前で、口裂けの化け物が、口をきいた。

「これより先は、黄泉路に通ず。さまよう心は、フカミに嵌るぞ。」

臓物の底にずしりと響き留まるような不気味な不協和音に、はちは耳をふさぐ。なおも近寄ってくる化け物と、ひどくなる頭痛に、

「や、や、やめろ!」

目もそらせず、後ずさりをする。と、足が空を蹴った。更に、軽石にバランスを崩し、尻餅をついた。立ち上がろうとするに、足が言うことをきかない。その鼻先に、化け物の舌先が触れた。

・・・その時。

「あれ、堂長さんじゃないですか!」

聞き覚えのある声が届き、呼びかけられたのだと気づくのに時間を要した。はちは、おそるおそる目を開く。メガネをのぞき込んできているのは、水底を彷彿とさせる青い瞳。放心状態のはちの頭上を

「あ、この間はお世話になりました!」

ぺこりと頭を下げたしろの言葉が飛んだ。
そこで、はちの中の記憶が、ようやっと繋がった。

彼は先日、黒川家の和室にて夕飯を腹に収めていた男であった。彼の手に、闇を照らす提灯が握られているが、ようよう見れば、それは古めかしくもごく普通のもののようである。先ほど化け物のように壊れて見えたのは、どうやら目の錯覚だったらしい。メガネを外し、上着の裾でぞんざいにレンズを拭き取ると、立ち上がって、彼に向き直った。

「確か・・・獅子之丞だったか?」

拍子抜けしたはちは問いかける。彼は大きく頷き、

「そうです。自分、朝咲寺の獅子之丞です」

得意満面の笑みで、黒蝶堂の面々に名乗りを上げた。
朝顔の花の刺繍が施された着物に黒い袈裟のようなものを中途に羽織り、ブーツで砂利を踏みしめている彼は、先日、牡丹に命じられて黒蝶堂にやってきたのであった。

「こんな夜分遅くにいかがしたのですか?」

獅子之丞の疑問に、ようよう立ち上がったはちの代わりとしてしろが「かくかくしかじかなんですよ」と、事情を説明した。すると、

「牡丹様のために働けるなんて、堂長さんは幸運な人だ!」

ゆりいわく”寺院領の忠犬”は、はちの手を取り、満面の笑みでのたもうた。反射的に、手を離してしまった提灯は、おぼろげな光を漏らし宙に浮いている。

「はぁ・・・」

どこらへんが幸運なんだろうかと、はちは首を傾げ生返事を返す。

「でも、お気をつけください。」

人なつこい笑みと明るいトーンそのままに、

「ここから先、冗談抜きに出ますんで。」

「その提灯に入ってる奴も、さっきこの先で捕まえた奴なんですよ。生きがいいでしょう?」と、浮かんだ提灯を掴み直し、彼は両者に笑いかける。眉を顰めた堂長と、ぱぁっと顔を明るくさせた副長の表情を確認して、獅子之丞は「では」と、通り過ぎていった。

その後ろ姿を見ながら、

「どいつもこいつも、出る出るうるせぇな・・・」

はちは、治まらない頭痛に、更に顔をしかめた。

「だってはち。ここは、いかにもな感じですよ。」

「だから・・・」

「そんなもん、いねぇっての。いねぇってことは、出るはずねぇっての」しろを見やろうと、はちは右を向いた。そのとき、自らの右肩に、なにかが乗っていた。顔をひねらせ目を凝らし、顔を近づけてみる。それ自体が光を放っている、重さのない青白い物体。それは、しろの左肩にも乗っていて。

たとえばそこに、第三者がいたら、こう報告しただろう。

――2人の肩に、異様に白い、骨張った人間の手が這わされていたように見えた、と。



「そうか、獅子之丞と会ったのか。」

「そうなんですよ。」

翌日。昨日の掃除の続きをしながら、しろは牡丹と雑談を交わす。

「で、堂長はどうして不機嫌なんだ?」

「ちょっとびっくりしすぎたみたいで。」

くすりと笑うしろの視線の先。はちは、彼らの話に入ってくることもなく、黙々と墓石周りの雑草を抜いていた。その頬には大きな絆創膏が貼り付けられている。それは昨夜、足がもつれ、前のめりに転倒し、砂利に顔を強かに打ちつけた結果の負傷であった。

「ゆりちゃんだったんです。」

僕らを心配して、迎えにきてくれたんですよ。

「・・・いや、悪意があったとしか思えねぇ。」

雑草を抜きながら告げるはちをそのままに、しろと牡丹は最後の仕上げに入ろうと、広場を出ようとした。
「・・・どこに行くんだ」尋ねるはちに、「大丈夫ですよ、明るい間は出ませんって」軽くあしらうしろと、「いや、明るいうちもいるんだぞ」真顔で言い放つ牡丹は、連れだってはちより離れていった。



「ここに眠る奴らを、綺麗な色で迎えてやりたいものだぞ。」

無縁仏か、縁遠い人間が存在するのだろうか。知ってか知らずか、彼女はどの墓前にも、一基ずつ、手を合わせ小さな花を供えて廻っている。花の入ったバケツを持ったしろが、牡丹へ次の花を渡す。その作業も終焉を迎えようとした時。

「そういえば、昨日のお礼で僕らがもらったものなんですが。」

広場が見えてきたところで、ふいに、しろが彼女の背中に話を掛ける。彼女のツインテールが左右に揺れ、彼女の目が笑んでしろを捉えた。

「旨かっただろう?」

「それが・・・」

珍しく言い淀むしろの前方から、犬のようにまっすぐ、曇らない目で、脇目も振らず駆けてくる者がいた。

「あれは・・・」

「牡丹様!ホオズキを準備してきましたよ!」

「おー、よくやったぞ。」

両手一杯に抱えた橙と緑の果実に顔を埋めるように、寺院領の忠犬は大量のホオズキを運んできた。足下にシートを広げ、それを置いたところで、「あ!しろさん、こんなところに」と、お使いを終えたばかりの獅子之丞が、自分の着物の懐を探った。

「ちょうどよかった。昨日、堂長さんが落としてましたよ。」

手から手へ渡されたのは、藍色のボタンの花が施された風呂敷であった。綺麗に折り畳んでしろへと渡した。

「あ!やっぱり、はちが無くしてたんですね。」

転んだくせに、走って逃げたものだから、その時に落としたんでしょう。拾ってくれて、ありがとうございますと、ぺこっと獅子之丞に礼を述べたしろであった。
と、ふと、怪訝そうな表情になった牡丹が、両者に割って入る。

「中身はどこにやったんだ?」

獅子之丞はハキハキと答える。

「はい!美味しかったです!」

「獅子之丞!」

「お前が食べてどうするんだぞ」と、牡丹は左のひとさし指を突きつけ、右手で背中の卒塔婆を抜いた。獅子之丞は「牡丹様!申し訳ありません!」と恐縮しきり、大きな体を縮こませた。

「元気がいいですねぇ。」

「・・・この空間には、そぐわねぇくらいにな。」

墓周りの雑草抜きを終えたはちが、泥だらけの軍手を外して地面に放りなげつつ、話に加わった。

「鮮やかなる彩りを、か・・・。」

墓前の野草を視界に捉えたはちは、牡丹と初めて遭遇した時のことを思い出していた。


【了】


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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