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【小話】秋の夜長とサクシな少女【更新】

【秋の夜長とサクシな少女】

「ご存じの通り、お米がありません」

「・・・あぁ、よくよく存じてるよ」



夕食時。腹を空かせた黒川はちは、水、カラの皿、それと調味料だけが並べられているテーブルを見て、いやな予感を覚えた。不安を更に煽るように、遠くで、どたどたと地を荒らす足音が響いている。気は進まないが仕方なく縁側に行くと、しろが庭で踊っていた。

――まさか。

目をこすり再確認する。やはり、踊っているのではなかった。しろは長い柄を握り、その頭を操って、夜の庭にてなにかを捕まえようとしているところのようだ。
一人分の気配に気づき、しろがくるりと振り返る。彼が肩に提げているのは、蛍光緑色のアミカゴ。手に持っているのは、大きな虫取りアミであった。屈託のない笑みと、汚れた掌で合図したしろは、

「もうすぐ、捕れますから!」

と、アミを振って見せた。

「ちょちょ、ちょっと待て!」

直感的ではあったが、はちの脳裏に、気色の悪い風景がよぎった。皿に盛られ、佃煮かと思って箸で摘んだそれが、実は足の多い黒い生き物の成れの果てであって、「意外と美味しいんですよ!しかも、タダで手に入る!」と、躊躇無く、それをばりばりと咀嚼するしろのいる食卓である。そういえば、「ご飯が買えないなら、ぼくたちの主食を変える必要がありますね・・・」と、神妙な面もちで話していたことを思い出し、同時に悪寒を覚えた。

「お米がなければ、虫さんを食べればいいじゃないですか!」

そんなことを平然と言ってのけそうな青年であることは、同居人のはちが誰よりもよく知っていた。

――飯が虫に侵食される!?

はちは頭を抱えて縁側にうずくまった。その姿に、しろが不思議そうな顔で近寄って「はち、大丈夫ですか」と首を傾げる。「大丈夫じゃなくなるかもしれねぇ・・・」との返答に、しろは笑って、

「お金にするんですよ!」

だから大丈夫になるはずですと、胸を張った。

「・・・は?」

突飛な発言に、はちの思考が止まる。

「虫を捕まえて、その音色を売ればいいのです」

録音して売り出せば、都会の人なら買ってくれるかもしれません。ほら、山の湧き水だって、ミネラルウォーターってラベルを貼れば商品ですよね、似たようなものですよ。

人差し指を立て、しろは熱弁を振るう。どことなく話がつかめないはちは、事情を解そうと、おそるおそるカゴに耳を寄せた。が、なにも聞こえない。それもそのはずで、はちが網越しに中をのぞき込むと、そこには一匹の虫も存していなかった。

「すばしっこくて」

しろは「なかなか難しいんです」と、ふてくされ、

「はちが営業魂を磨けば、こんな事は必要ないんですよ!」

日中の堂長の勤務態度について、厳しく指摘した。ころころと表情の変わるしろとは対照的に、はちは、

「・・・あいにく、持ち合わせがなくてな」

ため息と自嘲的な笑みで彼に応じた。内心、ほっとしていた。「虫料理の献立は先送りされたようだ」と。

その安堵は、突如として霧散する。

「もっと優れた場所があるわ」

神出鬼没なる少女が、はちの背後に気配無く現れ、しゃがみこんでいた彼の肩に触れた。衣服越しでも冷たい彼女の手である。静かな襲撃に縁側に踏みとどまれなかったはちは、呆気なく庭へと転落した。



三者は、とある河原に到着した。遙光の街を流れる”紅川”のほとりで、肌をなぜる涼しげな空気に覆われている。昼間はまだ残暑が厳しいが、ここは既に秋の様相を醸し出していた。

黒蝶堂の庭も騒がしいが、それ以上に、鈴虫の合唱がそこかしこから聞こえる、月光の美しい夜だ。さわさわと夜風が足下の草むらを揺らし、水面はいたって穏やかで大人しい。「捕り放題ですね!」文字通り諸手を挙げて走っていくしろを放置し、はちはきょろきょろとあたりを見渡した。

最初は耳鳴りかと思っていたが、それにしては長い。

「・・・なんか聞こえるんだよな」

どこからともなく聞こえてくる特徴的な高音の音源を、目で探していた。正月や盆祭り時によく流れている祭り囃子のようだ。

「・・・こんな遅くに、川辺で練習か?」

言うと同時に、自然と両足が動いていた。徐々に大きくなる音と、奏者の息づかい。その後ろ姿が見えてきたところで
「痛ってぇ・・・」襲ってきた頭痛に、気を取られていた――

途端

――視界が灰色に支配された。

条件反射で目をつぶる。水鉄砲の数倍の威力で飛んできた水流は、たちどころに収まった。すさまじい水圧が、眼鏡のレンズにかかり、前髪や上着やらがびしょ濡れになった。滴ごしに見える仁王立ちの少年の姿。

周囲に水の渦を漂わせている彼が、威勢良く啖呵を切る。

「人間が、何の用事だ!?」

ゴーグルが、月光を鋭く反射している。その下に光る瞳が、はちをキッと睨みつける。少年の名前はカコ。時折黒蝶堂にやってきては、ゆりと一悶着を起こす、はちの悩みの種の一つである。

「何の用って・・・別に大したことじゃ」

対峙する少年とはちとの間に、少女が割って入った。はちが頭を抱え、ため息を一つついた。

「ごきげんよう、零落童子」

「その名で呼ぶな!」

叫ぶと同時に、彼の指先から鉄砲水が発射された。
月が陰って、地上が暗闇に落ちた。

次の時。

はちは目を丸くした。

草むらに、うつ伏せに倒れていたのは、少女の方だったからだ。彼らはいつも一触即発の雰囲気であるが、いつもゆりが優勢で事が終結を迎えているから、まさかゆりが屈服させられるなど、思いも寄らなかったからである。

しかし、はちの心配は杞憂に終わる。

すぐ後、少女のリボンは溶け、ゴーグルに変形した。はちはまたもや目をこすり、眼鏡をかけ直す。そこには、倒れた少年の前で、

「貴方には、錯視に映ったかしら?」

自分に問いかける少女の姿があった。仰向けに転がっている少年の口には、白い紙の束が詰め込まれ、完全に気を失っていた。「いったい、なにが・・・」はちの戸惑いに答える代わりとして、彼女が隣の空間を指でノックした。と、ドア1枚分ほどの空間に大きなヒビが入り、粉々に砕け散った。「単なる鏡よ」と、簡易な説明を彼女がするに、得心がいくはずもなかったはちは、腕を組み、「・・・どういうことだ?」と問うた。が、少女は答えず、じっとはちを見るだけである。その代わり、

「まさに策士ですね、ゆりちゃんは」

遠くへ走り去っていたはずのしろが、険しい顔をしたはちの隣に佇んでいた。竜胆の紋が描かれた横笛を、「本物の少女」は気絶した彼の脇に置いた。少年の肩がぴくりと動いたが、目は閉じられたまま。ゆりは何事もなかったかのように、両者の近くへ無言で歩き、しろを見上げた。

「どうかしら、ここは?」

尋ねるのではなく、事実を確認するような調子でゆりが問う。しろは満面の笑みで答えた。

「こんな素敵なところがあったんですね!」

そして、こう続けた。

「一番いい場所を見つけましたよ!」



伸びをして草むらに背中を預けたしろは、明るい夜空に手を伸ばして、

「この安心感は、機械には収められませんね」

青い目を、まぶたの裏に隠す。
少しの間が流れ、

「・・・単に録音機がねぇだけだろ」

両手を後ろ手についたはちの呟きが吐かれた。間髪いれず「なんて情緒のない!」との、嘆きがこだまする。耳を押さえる隣人に、

「蓄音機なら、あるんですよ」

黒蝶堂の隅で音を奏でる彼の存在を、改めて主張したしろである。
しろの案内で到達した場所は、ちょっとした広場のようになっていた。適度に草むらが広がり、砂利も少なく、空を見上げるにはとても都合がよかった。しろに促され、しぶしぶ寝転がったはちではあったが、目前に広がる星屑の瞬きに、すぐに目が釘付けになった。空を雲が風に流され月が露わになると、今度は眩しい月光に晒され、星がなりを潜める。そのまま目を閉じると、あちらこちらからりりりと鳴り響く鈴虫の声が、ぐっと近くなったように感じる。こだまを重ねるような音色に、はちの意識は黒い底なしの無意識へ落ちていく。少女が「そろそろ時間よ」と言わなければ、このまま、眠ってしまいそうであった。



3者は家路につき、ゆったりとした足取りで黒蝶堂へ向かった。夜道を月が照らすため、3者はまっすぐ黒蝶堂の見える場所まで戻ってきた。

そして、黒蝶堂の前の通りに差し掛かったとき、

「あれ、どなたかいらっしゃいますね」

中学校の制服を着た少女が、店の前で膝を抱えていた。

「まだ開いてますか!?」

彼女はすっと立ち上がり、大股で歩を進めた。そして、「この本が欲しいんです、今すぐ!」と、四辺が茶色に変色した古いメモの切れ端を通学鞄から取り出し、はちに突きつけた。「こんな夜に、だとか、なぜうちに、だとか、学生がわけありなのは疑うべくもないが、はちは問わずに黙ってメモに目を通す。うっすらだが見覚えのあるタイトルにはちが頷き「うちにある」と発言。と同時に、当書物が白い手によって彼女に差し出されていた。

「これで、間違いないですか?」

「あ、これ!これです!」

しろに微笑まれ、彼女はかすかに頬を染める。わずかの間の後、キャラクター物の財布を取り出した。そして、代金を紙幣で支払うと、彼女はぺこりと礼をして、夜道を走り抜けて行った。

「・・・いったい、なんだってんだ」

あれほどまでに古い本を、今時必要とする時と場合があるのかと、はちは腕を組み、眉をひそめる。

「新しいとこには、無いんでしょうね」

しろは柔らかく笑み、「でも危ないですね、こんな時間に一人で外出だなんて」と、彼女を気遣った。

両者の後ろを歩いていた少女は、彼女の後ろ姿を見送り終えてから、

「明るい月夜が見守ってくれるわ」

眩しげに、目を細めて告げた。

庭ではうるさいほどに、鈴虫の合唱が続いている。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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