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【小話】ハードルの高い百貨店【更新】

【ハードルの高い百貨店】

遙光の街でも有数の老舗デパート・鹿々苑(かがぞの)百貨店。その7階には、小さな喫茶室がある。幼少期から祖父に連れられ、店に寄っては世間話に付き合わされた黒川はちと、食に関して飽くなき探究心を持ち、はち同様、彼の祖父・伊織との同席を繰り返した氷山しろは、黒蝶堂の遣いで喫茶室のマスターを訪ねていた。マスターは伊織の逝去後も黒蝶堂と懇意にし、時折、書物の配達を頼むことが多かった。「今日は2人で来て欲しい」とのマスターからの依頼を受けた彼らは、長い世間話に相づちを打ち続けた。

そして、

「・・・ったく、いつも話が長ぇんだよな」

解放された両者は、デパートの一角を歩いていた。

手を逆手に組んで背伸びを一つ。肩や腕の骨を鳴らすはちは、ふぅと溜息一つ吐き、埃一つ落ちていない、冷たい床を歩いていく。

「デパートって、いいですよね」

その隣。朗らかな表情のしろは、両腕を広げ、まるで清浄な雰囲気漂う湖畔を散策しているかのように、空気を胸一杯に吸い込む。そして、左右に広がる専門店に引き寄せられては、通路に戻るといった”移り気”を体現していた。

しばらくの後。
エスカレータに向かっていた途中、便所に寄ると、後ろ手を振ったはちは、進行方向を斜め前方に定めた。すると、雑貨屋から出てきたしろがその背中に呼びかけた。「なんだよ」と振り返る彼に、しろが左手で看板を指さし、右手を頬に添えて囁く。

「それ、紳士用ですよ」

「・・・問題ないだろ」

青い男性用マークに、少しだけ顔を険しくしている彼が指す先、確かに、マークの下には黒色で”紳士用”とある。隣に並び立つ女性用トイレには、赤いマーク。下には同様に”婦人用”とあった。はちは「婦人用に入れってのか?オレを社会的に抹殺する気か?」と、しろに合わせて小声で返すが、

「聞いてますか、はち」

白い青年は、自らの懸念を口にする。

「お前こそ、聞いてんのか」

「はちこそ、紳士ですか?」

しろははちの進路を妨げ、人差し指を突き出した。

「もっかい言いますけど、”紳士”用なんですからね!」

「だから、わかってるっての!」

しびれを切らしたはちが声を荒げた。過ぎ行く老夫婦とベビーカーを押す母親たちが足を止め、何事かと彼らを見やる。そして、遠巻きに様子を窺っているのだが、彼らは気づきもしない。

「紳士しか使ったら駄目なんですよ、ハードル高いですよ!」

そんな指摘に、はちは、

「・・・どっからどうみても紳士だろ?」

トーンダウンして、自分の服装を確認する。いつも通りの仕事着である。寝ぼけて婦人物のスカーフを巻いている・・・なんてことはない。しかし、しろの真剣な表情が、写真に撮られて顔に張り付いたがのごとく固まったから、はちはなおさら、わけがわからなくなる。

「・・・とにかく、行ってくるからな」

白い彼の脇を通り、はちは敷居を跨いだ。



新しく改装されたであろうのか。入ったトイレは見慣れた立ち便所ではなく、屋外に置く簡易トイレのような個室が4個並んでいた。珍しいもんを作るんだなと、はちは少しの戸惑いの後、一番近い個室をノックし、ノブに手をかけ、くるりと回して足を踏み入れた。

途端、鼻先が硬いものに当たった。下がって見ると、扉の内側に、内戸が設けられていた。今度は左手で、その戸を押しやる。また戸がある。今度は、スライドさせるタイプだ。

眉間のしわが増えた。

更に進む。また戸。今度は引き戸。それでも開ける。が、まだ戸が彼の前に立ちはだかった。

進み続けていくばくか。
いい加減に引き返すかと考えていたはちのつまさきが、ゴールを踏んだ。最後の小さな空間の壁に洗濯流しが取り付けられ、隅にはデッキブラシが押し込められていた。

「・・・掃除用具入れだったか」

入ってすぐのところに作るなんざ、紛らわしいな。
はちはそう呟くと、すべての戸を逆順に閉め、共通の廊下に戻ってきた。



はちは、手前から2つ目に入ることにした。
開くとほぼ同時。眉をひそめ、「・・・どういうことだ?」と、思案を巡らせることになる。

個室内には、なにもなかった。人がいない・・・という意味ではない。本当に、なにもない。四方を白い壁に囲まれた、ただの空間である。ここも掃除用具入れかと、はちが踵を返す。

と、入ってきたはずの扉が消えていた。一面、白い壁が立ちはだかっている。思考停止ののち混乱し始めた脳内が、もう一度前を見よと忠告する。前にはだだっぴろい廊下が延々と延びていた。果てすら視界にはない。はちは額の脂汗がタイルに落ちるのを感じた。右に1週、左に2週。くるくるくるりと回ってみるが、見れば見るほど廊下は四方八方に広がっていく。もはや、どちらから入ってきたのかも、方向感覚を奪うなにもない空間に吸い込まれてしまったかのようだ。助けを呼ぶにも、携帯電話など持っていない。公衆電話もない。

とりあえずポケットを探る。

と、硬い金属製のなにかに指先が触れた。それは、このデパートに出かける前、黒蝶堂の少女が棚の上から投げつけてきたものであり、「持っていって頂戴」と言われたものであった。ポケットから引き抜き、二つの穴に指を通す。すると、穴と連結する、交差した金属がその刃先を光らせる。ポケットから引き抜き、掌に納めた。その正体は、銀色のハサミ。「なんでこんなものを店に持っていかねぇといいけねぇんだ」と、はちは抵抗したのであった。が、今は違う。少女のが「早く使って頂戴」と頭の中で言っているような錯覚を覚え、藁をも掴む思いで空中に刃先を走らせた。

すると、文字通り、空間が"裂けた"。障子を破き、向こう側に土間が見えるかのような感覚だ。

「・・・わけがわかんねぇな」

そういいながらも、はちは広がった外の世界に、足を踏み出した。脱出に成功したのであった。



「3番目には、花子さんがでるんですよ」

しろの弾んだ声が脳裏によぎる。

「・・・馬鹿馬鹿しい」

ありえねぇっての。見間違いだろ。

はちはそう呟き、扉を押した。

「・・・嘘だろ?」

結論から言えば、いた。

ただし、人間ではない。

四つ足動物だ。

しかも、犬や猫ではない。

大きな角になめらかそうな茶の毛並み。黒い目がじっとこちらを見ている。

はちは思い出す。
ここは何という店だったか。確か、

「”鹿”々苑百貨店・・・?」

「馬”鹿馬”鹿”しい」「安直すぎる」「どういう意味だ」「誰が」

異常事態にはちが頭を抱える。突っ込みの言葉を選びきる前、雄鹿が突っ込んできた。背中を無様に見せながら、廊下へでる。慌てて扉を閉める。鹿の角が、扉を割って外に飛び出した。はちは全体重を掛けて扉を押さえつけた。そして、転がっていたデッキブラシを足で蹴りあげ、斜めに掛ける。再度、内側から力強い突進が食らわされたが、しばらくすると、おとなしくなった。

間一髪、間に合った。

「・・・おかしいんじゃねぇのか、この店は」



警戒するなと言う方が無理な話である。
はちは様子をうかがい、4つ目をそろっとのぞき込んだ。

そこには、普通の洋式便器が輝いていた。

「まったくよ・・・」

ノブを持ったままの彼は、しばらくその場に立ち尽くしていた。



「待ちくたびれましたよ!」

「・・・いろいろあってな」

はちは洗面所を後にし、出入り口付近にある休憩室を覗いた。座っていたしろに呼びかけると、しろはすっと立ち上がって近くに寄ってきた。

「なにか悪い物でも食べたんですか!」

「・・・へ?」

顔色が悪いですよと、彼は続ける。

「なに食べたんですか?痛んでたんですか?それともおいしくなかっただけですか!」

矢継ぎ早に問うてくる白い彼に、

「・・・便所で物を食うかってんだ」

早く帰るぞと、はちは歩み始める。

「もしかして、用を足せなかったんですか?」

心配半分、面白半分でのぞき込んでくる青い目から目をそらしつつ、エスカレータに乗る。

「やっぱり、はちは紳士じゃなかったんですね」

聞き捨てならない言葉が発せられた。

――そう、数分前までは。

はちは一息つき、

「あれを使える奴が紳士だって言うんなら」

言葉を切り、

「・・・オレは紳士じゃなくて十分だ」

仏頂面で、ぼそりと言い放った。

その頃。
青いマークの下。”紳士用”の黒文字のシールが、一風吹かれて剥がれ落ちた。ちょうど通りかかった人影が、それを拾い上げて眺める。そして、休憩室のベンチを引きずり出し、それに乗って、”彼女”が新しいシールを貼りつけた。

そこには、黒文字でこう書かれていた。

――そう。

”新仕様”、と。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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