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【小話】そして、転倒する顛末【更新】

【そして、転倒する顛末】


黒蝶堂の表戸は、大通りを透かして居住者に様子を伝える。堂長席に座る黒川はちは、帳簿を付けている作業の途中であったが、一息入れようと机上の湯呑みに手を伸ばした。ぼうと表を見やれば、大きく膨れ上がった風呂敷を丸まった背にくくりつけた老婆が、あたりをきょろきょろと見渡していた。荷物を下ろし、中から縦長の書物を取り出して大きく広げた。おそらく、旅のマップとやらであろう。黒蝶堂は大きなアーケードから外れ、幾分か奥まったところに存しているためか、迷い人が紛れ込むことも、そう珍しいことではなかった。

「・・・あ?」

はちは、声を漏らした。老婆がさまよい行くその足下に、小さな石が落ちていた。そして、打ち合わせていたかのように、彼女がそれに躓いたのであった。彼女の曲がった背中がゆっくりと前方に倒れる。彼女のつま先は、短い抵抗もなく、後方へと弧を描こうとする。はちは一歩も踏み出せず、ただそれを眺めているだけである。
その舞台に、一筋の風が流れた。

「大丈夫ですか!?」

あいつ、いつの間に。

黒川はちは、目を見開く。突如として現れた白い青年は、彼女の両肩を支え、訪なうはずの惨事を防いだ。
彼・・・氷山しろは彼女の深々としたお辞儀を笑顔で受け止めている。声は聞こえないが、彼女の地図をのぞき込んでは、それに指を指しているから、おそらくは道案内をしているのだろう。そのさまを見て、はちは安堵のため息をつく。そこで初めて、自分の呼吸が止まっていたことに気がついた。



「ここを曲がると・・・あ、ここのケーキ屋さんがですね」

とってもおいしいのですよと、彼は身振りで伝える。

「それから・・・そうそう、この置物なんですけど」

彼はポケットから犬の人形を取り出す。
ここの雑貨屋で買ったんですよと続ければ、彼女はかわいいですねとほほえんでくれたので、嬉しくなって会話に拍車がかかる。

話は弾む。
彼は言う。

「はちがこの通りでずっこけたんですよ。今から6年と3ヶ月、25日前の、とてもいい天気の日の話で・・・」

話が途切れた。

話者の後頭部に、衝撃が走ったのだ。
振り返れば、彼の隣人が眉をひそめていた。
ハリセンを手に、はちは言う。

「・・・ひとさまに迷惑を掛けるんじゃねぇよ」

「道案内をしてるんですよ!」

「迷ってんのに、さらに、惑わせてるだろうが」

「惑ってるのは、はちの未来ですよ!」

夕飯の材料がなにもありませんよと、しろは首を左右に振る。顔をゆがめたはちは、腕を組み思案する。冷蔵庫になにが入っていたか、思い出すためだ。しかし、心当たりはない。いっそのこと、電源を抜いたほうが電気代が浮いて節約になるかもしれないと思う・・・そんな始末である。

「・・・って、今はそんなこと関係ねぇだろ」

オレまで惑わされるところだったぜと呟き、一呼吸置いてから、灰色の婦人に視線を移した。

「すいません。こいつが余計なことを・・・」

「貴方がたは、饒舌ですね」

彼女の周囲に漂う空気を小さな袋に包み込むかのような笑みを見せる。嫌みを言われたのか?とはちは勘ぐるが、彼女の人当たりの良さそうな微笑みからは何も読みとれない。
マイペースな反応に、

「いや・・・」

口ごもるはちと、きょとんとするしろである。

彼らの反応を前に、婦人は、手提げのバッグを探って、一冊の本を取りだした。

「これ、よかったら」

まるでこの機を窺っていたのかと言いたくなるほどのタイミングに、はちははたと動きを止める。たとえば、半強制的に参加させられるボランティアの知らせか、怪しい宗教雑誌か。身構える彼であったが、彼の隣人は、なんのためらいもなく手を差し出した。しろにひじをぶつけ、制止を試みるが、効果はなかった。

「うちの孫が、出してるんです」

時代小説、で難しい単語がいっぱいなんですと、少女のように笑う老婆である。他方、真実と嘘が入り交じっている部類だなと、はちはしろの手元を覗く。著者名は、ちょうど彼の指の位置に隠れており、確認できなかった。

「貴重ですよ」

「・・・はぁ」

あまり出版されてませんからと、謙遜なのか冗談なのか事実なのか、判断のできない発言に、はちは生返事で応えた。

その時、通りの向こう側から男性が横断してきた。こちらに気づくと、いくぶんか早足になって向かってくる。はちには見覚えがなかった。

「孫です」

にこやかに婦人が紹介してくれる。
どうもと頭を下げる彼は、中肉中背の、中年男性であった。彼は礼を言うと、彼女の荷物を持って歩き始めた。

彼らを見送りながら、はちは呟く。

「本屋が本をもらってどうするんだ」

「タダより、高いものはないですよ」

しろが楽しげに応ずる。

「本末転倒だろ」

「転倒本末です」

しろの返しとほぼ同時、婦人の後ろ姿がよろめいた。はちはもちろん、しろも一歩も動き出さない。が、問題はなかった。今度は、彼女の孫が肩を支えたからだ。

結果、こたびの転倒も、未遂にとどまった。

「・・・たどりつけねぇなんて、まさに」

「転倒本末転倒です」

はちは渡された書物を手に、堂に入ろうと後方につま先を翻す。が、行く手を阻むように、しろが彼と店の間に割り入った。

彼は、けらりと笑って言う。

「本持ち店頭、ですね」

発言の漢字が見える目を持つはちは、その意をくみ取り、同時に表情を歪めて

「”そして転倒”なんて、期待するんじゃねぇぞ」

これ以上惑ってたまるかってんだと告げ、黒蝶堂の看板をくぐった。



【了】


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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