【小話】 水溶性の容疑者 【更新】

【水溶性の容疑者】

最近の黒蝶堂は、いつになく忙しい。というのも、一週間ほど前に、仕事が立て続けに飛び込んできたからである。

一つは、近所にある古本屋の亭主が、「老齢だから」との理由で、年末を機に店を畳むと言い出して、「そうっスか」と気のない返事をした若き店主に、本をやるから、似るなり焼くなり売るなり好きにしろと、なかば強制的な提案をしてきたことに起因する。「・・・タダなら喜んで」と、さほど興味なさげに応じたはちを、「世の中はそんなには甘くない」ぴしゃりとはねのけた彼は、「今年中にな」と、倉庫を埋め尽くしていた大量のダンボールを指さしたのである。まさか、ダンボールを組み立てるところか?と、はちは口の端をひきつらせたのであった。

そしてもう一つが、発注の仕事であった。聞き覚えの無いマニアックな書物を、大量に取り寄せてほしいとの要望が、よりにもよってこの時期に、である。慣れない忙しさに拍車がかかったものだから「師走ですね」のんびりと発するしろの横で、机にかじりついている堂長である。

そんな年の瀬のことである。

堂長席の前に、珍客が現れていた。黄色い制服に身を包んだ男は、黒く光る短銃のグリップを右手に握り、引き金に指をかけている。

「おとなしく、年を越してもらおうっ!」

「・・・物騒なおもちゃだな」

本物と見紛うほどよく似せているそれを額に突きつけてくるから、着席しているはちも”偽物とは知りながら”も、書類をめくる手を止め、顔を歪めてみたり、目を泳がせてみたりしている。はちは、男の持つピストルが偽物であることを”知っていた”。だから、今現在、熱を帯びた銃口から白い煙が立ち昇り、硝煙の臭いが鼻を突いても、顔の斜め後ろの壁に、銃弾がめり込んでいる現実があっても、その確信はゆらぎようがない。これほどに精巧な再現のできる技術に感心しながらも、この国で、これほどまで、いとも簡単に銃がぶっ放されることなど、ありえもしないし許されるはずもないとの常識が勝り、疑う余地もないからである。

「それ本物ですよ。」

「・・・馬鹿言うな。」

隣で目を輝かせるしろの発言に、「まさか」と心がゆらぎそうにもなるが、それよりも先に、黄かつ黒色な男が口を開いた。

「いいか、絶対に、問題を起こすなっ!私は忙しいっ!」

彼のデータを思い出す。彼は確か、鬼桐と言う名前であり、この遙光の街の警察業のような仕事をしている・・・だったか。ヒートアップする彼とは対照的に、はちは冷静なる思考回路を構築できていた。それは、自前の常識に巨大な風穴があきそうになっているからで、そんな非常事態を回避しようとしている防衛本能からきているのかもしれない。仮にこの段階で、銃が本物だと証明されてしまえば、平常心ではいられないだろう。

と、三者が三様の反応を見せる下界を、

「来年の話をするなんて、鬼が笑うわね」

見下ろしていた少女が、書棚の上から声をかけてきた。彼女を鬼桐の鋭い視線が射抜く。彼は黒煙漂わせる煙草を噛みしめ、短筒を腰のホルダーに押し込んだ。続けて「お前達が動くと、私の仕事が増えるんだっ!」と吐き捨て、乱暴に扉を開けて黒蝶堂を出ていった。

「・・・いったい、なんだっての」

はちは、呆気にとられている。


その日の午後、黒蝶堂にまたしても、妙な客が来ていた。

「立腹は体に有害よ。有害物質を、持ち込まないで頂戴」

「今日こそは、決着を!」

はちはズキリと痛むこめかみを押さえながら、堂長席でゆりに対峙する彼の様子を観察している。来堂したゴーグルの少年は確か、鬼桐の部下だったような。彼らは一定の距離間を維持し、間合いを詰める機会を窺っている。毎度の光景に、相性が悪いんだろうなと思う一方、一触即発の中に割り入ろうという気もさらさらない堂長である。

「早く用件を述べて頂戴」

数分後、大量の書物の下敷きになり意識を失っていた少年が、ゆりの声にゆっくりと瞼を震わせた。彼はそこから抜け出せぬまま、唇を尖らせ、

「・・・最近、河川敷で遊ぶガキがいるんだ」

ぽつりと、事情を話し始めた。うるさくて、おちおち眠れもしないから、なんとかしてほしい、と。

「お前達に頼むのは、とてもイヤなんだけど。」

「・・・なら頼むんじゃねぇよ」と、すかさずつっこんだはちはため息一つ吐く。するとカコは額のゴーグルを光らせ、

「人間のことなんだから、黒蝶堂が何とかするのが筋だろ!」

はちをぎりっとにらんだ。
再度、ため息を吐くはちに対し、

「とにかく、やってみましょうよ!」

おもしろそうですし!と、お茶を運んできた青年・しろは人差し指を立て、にこっと笑った。


その日の夜のこと、黒蝶堂の一同は店を閉め、現場へと向かうことにした。北風吹きすさぶ夜道をしばらく歩いていると、橋のたもとで人型の影に出会った。

「遅い」

「・・・約束の時間には間に合ってると思うが。」

はちの反論にも、「だから時間に縛られてる人間はイヤなんだ」と、カコは顔を歪め、ついっと横を向いた。肩をすくめるはちの隣で、しろが彼に投げかける。

「思ったんですけど、隊長さんに相談したらよかったのでは?」

するとカコはしろを一瞥し、再度そっぽを向いた。

「隊長には、言えない。隊長は、休まないんだ。」


川のほとりに到達したはちとカコは、身を屈め、背の高い草原に隠れるようにして周囲を観察している。事態を正確に把握するために、ゆりが考案した偵察行動である。が、地面より体を這ってく冷気に、指先の感覚すら失ってしまいそうな状態であり、第三者などに気を配っている余裕なんかねぇぞと愚痴を言いたくなるはちである。「だから余裕のない人間は嫌いなんだ」と、うつ伏せの状態で目を凝らすカコが、毒を吐いた。

「てめぇ、いい加減に・・・!」

「あ、来た!堂長、静かにして!」

はちの顔に冷水がかかった。「冷てぇ!」と反射的に発するはずの声も、口への鉄砲水で喉の奥へと追いやられる。カコの指先より発射され、口に飛び込んできた水流は一直線に食道から胃へと流れ落ち、不思議なことに、彼はむせることもなく済んだ。眼鏡を袖で拭き、カコの視線を追う。そこには、先ほどまではいなかった高校生くらいの男女5人組が座り込んでいた。彼らは持ってきた荷物を開け、中から何かを取り出している。A3サイズの透明なビニール袋に入っている物のようだ。隣には、ロウソクにライターを傾けている男の姿がある。スポーツでもしているのかがたいがよく、声の響く若者である。

「・・・花火、か?」

このくそ寒いのに、なぜ河原で花火なんざする必要があるんだ?

はちが考えていると、彼らは一様に棒状の花火を手に取った。彼らがそれを翳すと、一帯が突然、光によって眩しい色を持ち、歓声があがった。徐々に辺りは煙たく、嬌声は大きくなり、皆が皆、足元にたまった燃えカスを川へと投げ込み始めている。あぁ、確かにこれはうるせぇかもしれねぇなと、はちは冷えた体を抱えて思案している。

その時、ギリギリと彼らを睨んでいたカコがいなくなっていることに気がついた。途端、はっと我に返った。たった一人で河原に寝転び、若者の夜遊びを観察している自分の姿は、どうみても不審者であろう。はちは、ゆりの話術に乗せられた自分を呪う。

「・・・帰るか」上体を起こそうと構えた時、

彼は、自分の背後に懐中電灯を持った制服の人間が立っていることを、やっと認識したのである。

電灯の光を目一杯にあてつけられたはちは、手で目元を覆いつつ「・・・あの、逮捕されるんスかね?」なんだこの質問はと、問うた瞬間、頭を抱えたくなるザマであった。

さて、カコがどこにいったのかというと。

「貴方も手伝って頂戴」

これは願い出ではないわ、わかってるでしょう。

「わかってるよ」

張り込みをしていたカコは、現場から少し離れた物置小屋にいた。ゆりから手渡された四角い箱をポケットにねじこむ。そして彼女の指示通り、若者5人組の近くで待機し始めた。彼らが自分の憑場である川にゴミを捨てた瞬間、皆例外無く、川にひきずりこんでやろうとも思ったのだが、脳裏をよぎる鬼桐隊長に足を止め、ひと呼吸おいて、自分を抑えることができたのであった。

若者達まであと少し、ロウソクのすぐ近くに身を隠す。体を溶かして地面と一体化させるのはたわいもないことである。あとは、耳を澄まして堂長からの指示を待てばいい。堂長が発する言葉で、自分は動き始めればいいと聞き及んでいた。

それからしばらくの後、事態は動いた。

「・・・火を付けろ、今すぐに。」

こんなにはっきりと言うとは思わなかったなと、カコは「これだから人間は」と呟きながらも、その冷静で的確な指示に従い、ポケットを叩いた。出てきたマッチ箱でマッチを擦ると同時に、5人組が使っているろうそくを指から発射する水流で倒す。そして、ためらう間もなく、近くの草原にマッチを放った。しばらくすると、若者達の内の一人が異変に気がつき、仲間に声をかけた。駆け寄ってくる男の手元には、小さなバケツがある。それで火を消そうとしているが、消されては意味がない。カコは”水面下でマッチを擦り”彼の背後に捨てた。男は驚き、残った水を辺りに振り撒く。だが、それを消しても次は彼の横に、さらには残った花火に火を放ってしまえば、彼はいとも簡単にパニックに陥った。「おい、大丈夫か!?」との仲間の声も、かえって彼の動揺のゆらぎを拡幅させ、伝染させる。遠くからサイレンの音が響く。と、どこから匂いを嗅ぎつけたのか、懐中電灯を持った制服姿の男が、「君たち!何をしてるのか!」と土手から降りてきた。彼らは荷物をひっ掴み、蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。マッチの燃えカスを一つ残らず拾うと、指定された瓶に詰め、遅れてやってきた堂長に手渡した。そういう段取りになっていると、ゆりから指示されていたから、堂長が眉をひそめても関係がなかった。



異変が引き起こされる少し前、はちは、草原に座り込んでいた。隣には藍色の制服の姿がある。しかし、その中身は彼のよく知った人間である。

「・・・いったい、それはどこから調達したんだ?」

「この服ですか?これは、ゆりちゃんがくれたんです。」

これで、ぼくもお仕事できますよ、逮捕しますよ!と、月光に輝く銀色の二つの輪を見せつけてくる白い青年は、たいそう機嫌がよかった。制帽も制服も、警察官のそれとほぼ同じである。というよりも、そもそも警察官の制服などよく見たことがないのだから、違う箇所を指摘することすら、はちには不可能なのではあるが。

「・・・どこからそんな金が出たんだか。」

そういや、最近のうちの家計はどうなんだと寒空の下でしろに問うた。すると、しろは血色のよい顔色をさっと青く変え、それでも笑みは絶やさぬまま、

「前は火の車だったのが、今は、例えるなら、風前の灯火です」

これ以上赤字が続くと、吹かれたら消えちゃいますよ。食べ物もなくなって、僕らも、すうっと消えちゃいますと語気を弾ませる。

火の車に戻った方が、ましかもしれませんけど、どう思います?との問いかけに、はちは腕を組んで首を傾げた。どちらももののたとえに過ぎないのだが、ただでさえ寒いこの季節、火が消えるのは好ましくないように思えたから、

「・・・火を付けろ、今すぐに。」

と、しろに言った。いつもの、単なる言葉遊びである。
すると、しろはぴんと背筋を伸ばして「忘れてました!」と、唐突に立ち上がった。

「ぼく、お仕事があるんでこの辺で!」

敬礼して走り去っていく後ろ姿こそが、カコへと繋がっていく。



若者達が次々に土手へとあがり、夜でも明るいネオン街の方角へ消えていった頃、彼らと入れ替わるように”鬼”が現れた。

紫煙をまとう黄と黒は、はちの足すら竦ませるほどの威厳と威圧感に覆われている。彼はまっすぐ河原へ降り、一直線に早足でカコへと向かった。カコはただただ、彼を見上げているだけである。が、その顔はひどく怯えきっており、目をいっぱいに見開いては、泡を吹く口元をふるわせている。
鬼桐は、彼の胸ぐらをつかみ、

「私を過労死させたいのかっ!?」

帽子より覗く眼光と、大気をふるわせるような大声で、彼に食ってかかった。

「ち、違うんです隊長!ぼく、隊長の仕事を少しでも減らそうと!」

「結果をみろ、結果をっ!!」

カコは完全に、萎縮しきっている。

「やり方ってのがあるだろうがっ!」

そんな盛り上がる上司と部下とのやりとりを、じっとみていた少女がいた。鬼桐は彼女の気配を察知し、彼女に向き直って頭を下げた。

「悪かった、うちのもんが迷惑かけて。」

キツく言っとくから、許してやってくれ。

少々の間の後、かまわないわ、と少女・ゆりは宣った。

「部下の責任を上司がとる。すばらしい心がけね」

たとえ人を追い払う為だとはいえ、自分の憑場に火を放つなんて凶行に及ぶ憑者がいるとは、世界は広いわねと、完全なる首謀者は白々しくも鬼桐に言って聞かせた。

「ドンマイですよ、カコちゃん。」

鬼桐は、よどんだ空気にまみれたカコを呼びつけた。カコは針金の入った背筋をピンと伸ばすかのようにし、弱弱しい返事をして、居住まいを正す。鬼桐は正座をしたカコの前で仁王立ちになって続ける。
2度とこういうことをするな。身の回りの変事は、大小事構わず、逐一報告しろ、と。

そして、新しい煙草に火を付け、

「・・・必要なら、私も協力しよう」

吸っていた煙草を、自分の掌に押しつぶした。細く、黒い煙が彼の手から夜空に昇った。濁っていたカコの目は、彼の言動に爛々と輝き始め、

「はい、隊長!」

彼は立ち上がっていた。が、

「その前に、報告書をあげておくんだなっ!」

再び、顔を歪めて立ち尽くした。それでも、鬼桐が引き返そうとすると、足をもつらせつつも、彼の背中を追った。

「・・・これで、よかったんだろうな」

残された黒蝶堂の面々であるはちが言えば、

「ゆりちゃん、この服はもらってもいいんですよね!」

また使いたいんですよと、しろが楽しげに語り、

「この火遊びの現場から、早く立ち去るべきね」

”本物”がきたら面倒だわと、ゆりが忠告する。そして、「珍しく仕事がたくさんあるのだから、それで火をおこして頂戴」と、はちに告げる。

今度は、はちが顔を歪める番であった。

「…火遊びする暇なんてねぇっての」

「水遊びでもしておきましょうか!」

本気でしろが川に入っていこうとするのを水際で留め、「・・・さっさと帰るぞ」と、青年と少女を順に見て言った。


【了】
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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