【小話】黒き世界を渡す船【更新】

【黒き世界を渡す船】

ガラス戸を叩く音で黒川はちは目を覚ました。いつまで耐えれど、音は一向に止まない。しぶしぶ暖かな寝床から抜け出で、目をこすり、階段を降りて、黒蝶堂に足を踏み入れる。冷えた空気が、寝間着越しに体全体の体温を冷やしていく。カーテンを開けると、正月特有の静けさに包まれた表通りが店に光を与えた。
と、はちの目が、ガラス戸に張り付く少女の姿を捉えた。顔を歪めたはちに対し、彼女は白い息を吐き、頬を紅潮させて言った。

「さあ、お年玉を寄越すんだぞ!」

正月から古書店を開けたところで、客人はそうそうこないであろう。頭痛に悩まされながらはちは着替えを終えると、屋上で絵を描いていたしろを呼び、ある物の場所を尋ねた。しろは人差し指で「それは、ここですよ」と、堂長席の上から5段目の引き出しを引いた。かさばっている書類を漁り、底の方から、小さな袋を取り出してはちに渡した。黒い蝶のイラストが右下にあしらわれた、少々変色が見えるポチ袋だ。はちは書棚の脇に置かれたイスに座っている来堂者・牡丹に見えぬよう、こそりと袋に金銭を入れた。生活はかなり苦しいが、なんだかんだでこの少女には世話になっているし、お年玉くらいはやるべきだろうと感じたからであった。寝ぼけていたからとも言う。封をして、「大事に使えよ」と続けた。

「やったぞ!」

ポチ袋を手に、その場でくるくると回転する牡丹を見ていると、

「ぼくにも、くれてよいのですよ」

隣から、白い右手が伸びてきた。

「・・・いい歳して何言ってんだ」

はちが手を振り、軽くあしらうと、それを合図にしたかのように、少女の回転が止まった。彼女は袋を開け、中身を覗いている。そして、

「舟渡し賃にも、ならないんだぞ」

口をへの字に曲げ、眉を悲しげに下げた。はちは「舟?」と問い返し、少女が一人で旅に出るとは考えにくかったこともあり、

「…豪華クルーザーに乗る訳じゃねぇんだろ?」

それでこと足りるおもちゃの船でも買えばいいじゃねぇかと助言してみた。すると、牡丹は首を左右に振り、

「あたしの舟じゃない。お前たちが川を渡る時のための舟だぞ」

無いと、かなりきつい旅路になるなと、遠くを見据える目で堂長を見つめた。わけのわかっていない堂長に、

「出世払いで許してやるんだぞ」

最初から、大して期待していなかったしなと、幾分かの落胆を隠すこと無く言い、

「毎年の蓄積分で、お前たちの舟を準備してやろう」

仕方がないな、と腕組みをした。

「呉越同舟になるか、ノアの箱船になるかですね。」

しろがうんうんと頷き、はちに向かって「がんばらないとですね!」と拳を突き上げる。対するはちは、

「・・・さっきから一体何の話をしてんだ?」

正月からわけのわからん奴らだなと、再度、首を傾げたのであった。



【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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