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【小話】青い希望【更新】

【 青い希望 】

「この著者が書いた本を全部見せてほしい」

男はリュックサックから取り出したポスターを広げた。1000ピースのパズルほどの大きさで、輪郭のはっきりした絵が描かれている。中央には剣を持った少年と勝ち気そうな眉を持った色素の薄い少女が立ち並び、彼らを取り巻くように、他の登場人物が大小さまざまに書き込まれている。堂長席にて、はちがそれをのぞき込み、眉根を寄せた。「この著者」と言っていながら、絵の右下に記された著者の名は肩身の狭い思いを抱えているかのように、とても小さな文字で羅列されていた。

「・・・何か調査っスか?」

はちはちょうど傍らにいたしろに頼んで、本を準備してもらうことにした。少し前、彼がこの店のどこに誰の何の本が並んでいるかをすべて把握していると、得意げな様子で語っていたのを思い出したからだ。黒蝶堂の本は、先代の頃から、ジャンルで並んでいたり著者順で並んでいたり、はたまた客人が触れて移動していたりと、カオスなる本棚に収まっている。ゆえに、はちはそれらを片づけるつもりはない。片づけるには、まず足下に溢れている雑貨や骨董品の類を整頓しなければならないからだ。

「合点承知ですよ!」と言い放ち、書物をかき集め始めたしろが、次々と堂長席の客人側に本を積み上げていく。結果、8冊の文庫本に、1つのタイトルが揃った。すべての表紙に、ポスターの少女が一面描かれている。性別のにおいを感じさせないペンネームの著者は、どうやら駆け出しの小説家のようで、著者紹介の欄を見るに、出版されているのはこの作品だけのようである。

「これで、全部ですね!」

しろが声を弾ませると、客人は再度リュックサックを開いた。そうして取り出した物を見、はちは瞠目した。

客人は、手に刃渡り15センチ程のナイフを握っていた。ギラギラと不穏な色を見せるそれを振り上げ、机上の横に積まれた書物に襲いかかった。上からすべてを串刺しにするかのような勢いで、刃物が振り降ろされた。

古書店にとって、本は大切な商品である。が、思いもしない客人の犯行に、身を挺して守ろうとするほどの行動力を、堂長であるはちは発揮することができなかった。男を止めようとすることもできず、ただことの成り行きを呆然と見送った。

だが、はちが瞬きをするよりも早く、”彼ら”は動いていた。
8冊の本は、イラストの描かれた装丁を翼のように広げ、堂長席から飛び立ったのである。そして近くの小さなイスに、1巻から8巻まで順序よく並びなおした。一方の若者はというと、力任せに振り降ろしたナイフが書物を捉えられなかったため、勢い余ってそのまま弧を描くように宙を切り続け、自らの左手の甲を突き刺したところで止まった。

「大丈夫ですか?!」

頬を痙攣させ絶句するはちを脇に、どこからか包帯を取り出したしろが若者に駆け寄る。しかし、痛みのために顔を歪めていた若者は、右手でしろを制すと、

「・・・気に入らない」

彼は、机に広げたままだったポスターを手に取った。
彼の視線は主人公の右後ろにいる、青いポニーテールの女性に注がれている。柔らかい笑顔を浮かべ、祈りを捧げるためか、指を絡める彼女の存在に、はちは彼の熱い視線でやっと気がついた。


彼は、唇を歪めつつ言う。

「自分は誰よりも、このこの気持ちをわかってやれる」

こいつは、このこの気持ちをすべてを踏みにじったんだ!
だから僕は、彼女を救うために、こいつから解放してみせる。

そう宣言すると、刃物が突き刺ささり、傷口から血が滲んできている左手をも用いて、ポスターをちりぢりに破り捨てた。続けて、ぞんざいに投げ置いていたリュックサックを拾い上げると、唇をかみしめたままきびすを返して店を出ていった。



「・・・よくそんなに思いこめるもんだ」

ただの娯楽小説なのによと、席を立ち、椅子に移動した書物を取り上げるはちは、男の行動に感心さえしそうになる。推測であるが、男の言っていた「このこ」とは、小説の表紙に描かれていた少女ではなく、彼が熱視線を送っていた青いポニーテールの女性のことで、「こいつ」とは、おそらく、著者のことであろう。作中での青い女性の役割は皆目見当がつかないが、彼女を巡る物語の展開が彼の意に添うものではなかったのであろう。

「それがファンというものなんですよ」

しゃがみこんだしろは、ポスターの破片を集めながら「違いありません」と頷いた。右手にあるビニール袋に欠片を入れ込み、更にそれを自らのポケットにしまって立ち上がる。

「与えられるものだけじゃ、つまらないんですね」

「・・・つまんねえって言ったって、どうしようもねえだろうが」

はちがため息をつき、「所詮は、嘘っぱちなんだからよ」と答えたとたん、しろの頭上に豆電球が点った。

「だったら、こんなのはどうでしょう?」

彼の青い目が、キラリと光を反射させた。

2日後。

「・・・あの客がまた来るとは思えねえけどな」

朝食時、しろが「自信作ですよ」と言っていたのはこれだったのか。開店時間前の準備をしていた頃、黒蝶堂の表戸に一枚の絵が張り付けられていることに気がついたはちは、それをじいと見て1分後に、数日前の珍客を思い出したのであった。そのときに彼が持参したポスターとほぼ同じサイズの絵は、どうやら貼絵のようである。確かしろは、あの時の紙片をポケットにしまっていたはずだ。もしかしたら、その破片からこの絵を生み出してみたのかもしれない。しかし、

「原形を留めてねえな」

中央に位置するのは、主人公の少年と勝ち気そうな眉の少女・・・ではなく、青い髪の女性であった。元絵と同じ祈りを捧げるポーズをとってはいるが、彼女の背後には、小さく描かれた主役級の二人が巨大なモンスターらしき動物と戦っていた。

その日の昼。まどろんでいたはちの目に、白い包帯の巻かれた左手が映った。睡魔に襲われ、船をこいでいた姿勢をさっと正せば、そこには先日の男が立っていた。

「い、いらっしゃいませ」

彼は、先日と同じリュックサックを背負っている。「傷は大丈夫なんスか?」と問うはちに、表の絵を見たと小声で答えた彼は、眉をぎりりと釣り上げ、

「ちがう!君たちは何もわかっていない!」

黒蝶堂がふるえるほどの大声で言い放ち、大げさなそぶりで頭を抱えた。「主人公って感じじゃないんだよ、まさにそこがいいんだよ」と、声のトーンを落として言う若者に、はちは肘を机に突けて手のひらに顎を乗せると、「・・・はあ」と曖昧に相づちを打った。それから彼女について滔々と述べ始めた彼の話を、口を閉ざして右から左に受け流す。
と、若者の声につられて、しろが奥間からでてきてしまった。

「本当に、わかってないな!」

若者は、堂内に現れたしろにも言葉の刃を向けた。

きょとんとしていたしろは、見る見る目を細めていった。足元から昇ってくるヒンヤリとした冷気が一層強くなる。「おい、余計な事は…」と肩を抑えるはちの手を振り払って

「本当に貴方は、このこのファンなんですか!?」

しろは客人に向けて、びしりと指を突きつけたのであった。
はちが更に一段、ため息の塔を積み上げたのは言うまでもない。

しろは続ける。

「物語を横から見れば誰だって主人公です!」

そんな上澄みばっかりみていている人は、ファンなんて名乗るべきじゃないですよ!と。

すると、言い返すであろうとのはちの予想に反し、彼は言葉に詰まった。

しばらくの時間、彼らはぎりぎりとにらみ合っていた。
傍観者のはちはただ、「早く終わらねえか」どうでもいい上に、面倒くせえ事だと、机の上に出された湯呑みを傾ける。湯呑の底がそこまで迫った頃、

「・・・君の言うとおりかもしれない」

客人は、間を置いて噛みしめるように言った。左手をぎゅっと握り「もう一度、ぼくがこのこを信じてもいいのか」そんな資格があるのかと、まっすぐな目で堂長を捉えて問うた。はちは「オレの知ったこっちゃねえよ」と喉まで出かかった言葉を飲み込む。隣のしろが、冷たい空気をまとい、「わかってますよね、はち?」と言わんばかりの目で見てきたからだ。これを言えば面倒なことになるなと直感的に感じ取ったはちは、ただ重々しく見えるように、唇を引き結んで軽くゆっくりと頭を下げるに留めた。ふっと、若者の緊張が解け、彼は再度、にらみ合っていたしろに向き直る。

彼は、はっきりと告げた。

「あの絵がほしい」

もう一度、彼女を信じるために。
決意を新たにした彼の背筋はピンと伸びている。堂々とした出で立ちは、まるで仲間を信じる熱血漢の主人公のお手本のようである。

「もちろんです!」

次の瞬間、しろはすでに扉からはぎ取っていた絵を、彼の手中に納めていた。

「信じる者は、救われるんですよ!」

彼女も、貴方も、です。

にこりと笑うしろと「またどうぞ」とため息をなんとか堪えて発するはちへ、客人は包帯の巻かれた白い後ろ手を振って、店を後にした。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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