【小話】グレーゾーンをめぐる攻防【更新】

【グレーゾーンをめぐる攻防】

「ぼく、思うんですけど」

隣人からこのように切り出されたとき、黒川はちは顔には出さぬが、精神的に身構えている。そして隣人が、目を輝かせていればいるほど、その内容には警戒すべきだと知っている。無論、彼が深刻な表情で告げてくるときは、それはそれで気をつけるべきである。彼の発言の前に、数あまたの罠を事前に仕掛けておかなければ、あっという間に彼のペースに巻き込まれ、スクランブル交差点の真ん中で体育座りをさせられる羽目になるかもしれない。はたまた、客人が0の環状線バスに乗せられ、なぜか降りることかなわず、いつまでも車内で揺られて運転手と気まずい思いを共有しあう事態に陥るかもしれない。昼食の握り飯に手を伸ばしていたはちは、それをほおばりつつも、隣人・氷山しろに相づちを打つ。

「・・・なんだよ」

しろは少々の逡巡を見せた後、

「はちはいつ、ぼくになるんですか?」

小首を傾げて言った。そして、再度茶をすすり始めたから、問いかけは以上で終了らしい。平然と投げかけられたシンプルな質問だが、だからこそ、どういう意味だろうかと、はちは考える。”ぼく”とは、もちろんしろ本人のことを指すのだろうが、なにかの暗喩だろうか?文字面をなぞったところで、自分がしろのような格好を真似て、電波的発言で周囲を振り回せるようになる日など来るわけがない。

無言で考え込んだはちに、湯呑みを置いたしろは続ける。

「同じ物を食べていたら、同じ人になってもおかしくないと思うんです」

「・・・その発想自体が、おかしいと思うんだが」

「豚肉を食べ続ければ豚になると思ってんのか?」と黒い彼が返す。が、その返答に白い彼は憤慨する。

「お菓子は、ぼくだけが食べられればいいんですよ!」

「”お菓子い”じゃねえよ!」

つっこむはちは、ため息で応戦する。ため息の矢は、しろに刺さることはなく地に落ちる。どころか、

「同じになったら、はちを自由に使ってあげますのに」

第二の僕としての第二の人生も、悪くはないですよとまじめに発する始末である。

「・・・オレが仮におまえになったとしたら」

考え込んでいたはちは、言葉を切って、こめかみを掻いた。

「オレだった奴もおまえを使おうとするだろうな」

「考え方が同じなんだろうからな、まあありえねえ話だけが」ときっちり念を押した。すると、少しの間の後、しろはにこりと笑み、

「それなら、はちは、はちのままで使ってあげましょう」

それが一番いいですねと人差し指を立てる。そして、右隣に広げていた雑誌を右手で畳んだ。雑誌の表紙には、大きなフォントで”クローン特集”とあり、羊の写真が掲載されている。「一体、なんの雑誌を読んでるんだ」と、尋ねるはちは、まさか「友人をクローンにする方法」など特集されているはずもないだろうと察し、しろ特有の思考回路の複雑怪奇さと想像の飛躍力を垣間見るのであった。

【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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